ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第八十七話 君がくれた未来

 

 

 世界樹は崩れ続けていた。

 白い壁が音を立てて崩れ、遥か下方では都市そのものが雲海へ沈んでいく。

 警報音は既に途切れ途切れとなり、それさえも世界の終わりを静かに見送る鎮魂歌のように聞こえた。

 その崩壊の中心で。

 シンは静かに壁へ身を預けていた。

 

「……参ったな」

 

 苦笑する。

 

「もう、身体が動かない」

「無理をしすぎです」

 

 ファンはゆっくりと隣へ腰を下ろした。

 昔と同じように。

 旅の途中、野営地で焚き火を囲んだ時のように。

 何も特別ではない時間が、そこには流れていた。

 

「覚えていますか」

 

 ファンが静かに口を開く。

 

「ラウラ様が初めて私たちを連れて旅に出た日のことを」

 

 シンは目を閉じる。

 

「……ああ」

 

 自然と笑みが浮かぶ。

 

「あの日のお前は」

「随分と人見知りだったと思う」

 

 ファンも笑う。

 

「シンさんもです」

「俺は違う」

「いいえ」

「ラウラ様の後ろに隠れていました」

「……そんなこともあったな」

 

 二人は顔を見合わせる。

 思わず笑みが零れた。

 五百年ぶりだった。

 こんな風に、何気ない思い出を語り合うのは。

 

「ラウラ様は」

 

 ファンは崩れゆく天井を見上げる。

 

「いつも言っていました」

『旅は終わるものじゃない』

『誰かへ繋がるものなんだ』

 

 静かな声だった。

 

「その意味が」

「今なら分かる気がします」

 

 シンは何も言わなかった。

 ただ。

 静かに頷く。

 

「俺は」

 

 ゆっくりと口を開く。

 

「長い間」

「ラウラの願いを履き違えていた」

 

 刀へ視線を落とす。

 

「世界を憎めば」

「ラウラを忘れずに済むと思っていた」

「でも違った」

 

 小さく笑う。

 

「忘れていたのは」

「ラウラが何を願っていたかだった」

 

 ファンは優しく微笑む。

 

「ラウラ様は」

「きっと怒っています」

「そうだろうな」

「でも」

 

 少しだけ悪戯っぽく笑う。

 

「最後には許してくださいます」

 

 沈黙が流れる。

 崩壊音だけが遠くから聞こえてくる。

 やがて。

 シンはゆっくりと空を見上げた。

 

「……ファン」

「はい」

「ありがとう」

「何がですか」

「待っていてくれて」

 

 ファンは静かに首を横へ振る。

 

「待ってはいません」

「信じていました」

「あなたなら」

「必ず帰ってくると」

 

 その一言だった。

 シンは目を閉じる。

 五百年。

 誰にも言われなかった言葉。

 誰にも信じてもらえないと思っていた言葉。

 それを。

 今、ようやく受け取ることができた。

 

「帰りましょう」

 

 ファンがそっと手を差し出す。

 

「皆さんが待っています」

 

 シンはその手を見る。

 白く細い指。

 五百年前と何も変わらない手。

 ゆっくりと、自分の手を伸ばそうとする。

 だが。

 途中で止まった。

 腕が動かない。

 もう。

 指一本動かす力すら残っていなかった。

 

「……駄目だな」

 

 小さく笑う。

 

「ここまでのようだ」

「そんなこと」

 

 ファンは首を振る。

 しかし。

 シンは穏やかな表情のまま続けた。

 

「分かるんだよ」

「ブレイドだからな……」

「命が尽きる瞬間くらいは」

「ファン」

「はい」

「一つ」

「お願いがある」

「何でしょう」

「レックス達に伝えてほしい」

「……」

「未来を」

「ありがとう、と」

 

 ファンは涙を堪える。

 

「それは」

「ご自分で伝えてください」

「……出来れば」

「そうしたかった」

 

 苦笑する。

 

「だが」

「俺には」

「もう時間がない」

 

 大きな爆発が起こる。

 世界樹がさらに大きく傾く。

 天井が崩れ始めた。

 

「シンさん!」

「行け」

「嫌です!」

 

 ファンは叫ぶ。

 

「もう誰も置いていきたくありません!」

「お願いです!」

「一緒に!」

「帰りましょう!」

 

 シンは静かに笑う。

 その笑顔は。

 どこまでも穏やかだった。

 

「……ラウラも」

「同じことを言っていた」

 

 シンは最後の力を振り絞り、ファンの頭へそっと手を置く。

 震える手だった。

 それでも。

 優しかった。

 

「生きろ」

「ファン」

「俺の分まで」

「ラウラの願いを」

「未来へ」

 

 ファンは堪えていた涙を流した。

 もう。

 言葉にならない。

 ただ何度も。

 何度も頷くことしかできなかった。

 

「行くんだ」

 

 その声は静かだった。

 けれど。

 決して覆ることのない決意が込められていた。

 ファンはゆっくり立ち上がる。

 一歩。

 また一歩。

 離れていく。

 何度も振り返る。

 そのたびに。

 シンは小さく微笑んでいた。

 最後まで。

 彼はラウラが愛したままの、優しいシンだった。

 

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