世界樹は崩壊を続けていた。
轟音が響く。
白い壁が砕け散り、巨大な鉄骨が軋みながら崩れ落ちる。
足元さえ揺れ続ける世界で。
シンは静かに壁へ身体を預けていた。
もう立ち上がる力は残っていない。
刀も傍らへ置かれている。
戦いは終わった。
本当に。
ようやく。
終わったのだ。
◇◇◇
ファンは歩き出した。
一歩。
また一歩。
しかし。
三歩目で足が止まる。
そのまま振り返る。
シンは静かに笑っていた。
「……駄目です」
小さく呟く。
「こんな終わり方」
再び駆け出した。
崩れ落ちる瓦礫を飛び越え、シンの前まで戻る。
「ファン」
シンは困ったように笑う。
「言っただろう」
「行くんだ」
「嫌です」
即答だった。
「もう」
「誰も置いていきたくありません」
シンは小さく息を吐く。
「困ったな」
「レックスに似てきているんじゃないか?」
「レックスさんのせいにしないでください」
涙を流しながら笑う。
「私は」
「私の意志で戻ってきました」
崩壊音が近付いてくる。
残された時間は僅かしかない。
それでも。
二人は急がなかった。
五百年という時間に比べれば。
数十秒など、あまりにも短かった。
「ファン」
「はい」
「覚えているか」
「ラウラが」
「旅の最後に言ったことを」
ファンは目を閉じる。
鮮明だった。
あの日の光景は。
五百年経った今でも。
一度たりとも忘れたことはない。
『笑って』
『生きて』
『前を向いて』
ラウラは最後まで笑っていた。
だから。
シンも静かに笑う。
「ようやく」
「約束を守れそうだよ」
ファンは涙を拭う。
「違います」
シンが首を傾げる。
「約束は」
「もう守っています」
「……」
「あなたは」
「レックスさんを守りました」
「ホムラさんを許しました」
「未来を選びました」
「だから」
震える声。
「もう」
「十分です」
シンは静かに空を見上げた。
崩れた天井の向こう。
青空が見える。
五百年前。
ラウラと見上げた空と、何一つ変わらない空だった。
「……綺麗だな」
「ええ」
ファンも空を見る。
「本当に」
「綺麗です」
風が吹く。
優しい風だった。
その風が。
どこからともなく、一輪の白い花びらを運んでくる。
シンは目を細めた。
「ラウラ」
自然と、その名前が零れる。
その時だった。
「シン!」
遠くからレックスの声が響く。
振り返る。
崩壊する通路の向こう。
レックス達が立っていた。
最後まで。
待っていたのだ。
「早く!」
「行くぞ!」
シンは笑う。
本当に。
最後まで。
あの少年らしい。
「レックス」
声を張る。
「未来を頼む!」
レックスは大きく頷いた。
「ああ!」
「約束する!」
その返事だけで十分だった。
シンはゆっくりと目を閉じる。
もう思い残すことはない。
ラウラ。
ようやく。
おまえの願いが分かった気がするよ。
世界は。
人は。
簡単には変わらない。
それでも。
信じ続ける者がいる限り。
未来は。
必ず続いていく。
◇◇◇
「ファン」
最後に名前を呼ぶ。
「はい」
「ありがとう」
「こちらこそ」
涙を流しながら微笑む。
「ありがとうございました」
シンはゆっくり頷く。
そして。
最後にもう一度だけ。
ラウラが好きだったあの笑顔を浮かべた。
「……行ってくるよ」
その瞬間。
世界樹を支えていた巨大な柱が崩れ落ちる。
眩い白光が管理区画を包み込み。
レックス達は咄嗟に目を閉じた。
轟音。
爆風。
そして。
静寂。
◇◇◇
ファンはレックスの腕に抱えられ、崩れゆく通路を走っていた。
涙は止まらない。
それでも。
後ろは振り返らなかった。
振り返れば。
きっとシンに叱られる。
だから。
前だけを見る。
それが。
五百年前、ラウラが託した願いであり。
今、シンが未来へ託した、最後の約束だった。
五百年続いた旅は終わる。
だが、その願いは終わらない。
人から人へ。
想いは未来へ受け継がれていく。
それこそが――五百年の約束だった。