ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第八十八話 行ってきます

 

 世界樹は崩壊を続けていた。

 轟音が響く。

 白い壁が砕け散り、巨大な鉄骨が軋みながら崩れ落ちる。

 足元さえ揺れ続ける世界で。

 シンは静かに壁へ身体を預けていた。

 もう立ち上がる力は残っていない。

 刀も傍らへ置かれている。

 戦いは終わった。

 本当に。

 ようやく。

 終わったのだ。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 ファンは歩き出した。

 一歩。

 また一歩。

 しかし。

 三歩目で足が止まる。

 そのまま振り返る。

 シンは静かに笑っていた。

 

「……駄目です」

 

 小さく呟く。

 

「こんな終わり方」

 

 再び駆け出した。

 崩れ落ちる瓦礫を飛び越え、シンの前まで戻る。

 

「ファン」

 

 シンは困ったように笑う。

 

「言っただろう」

「行くんだ」

「嫌です」

 

 即答だった。

 

「もう」

「誰も置いていきたくありません」

 

 シンは小さく息を吐く。

 

「困ったな」

「レックスに似てきているんじゃないか?」

「レックスさんのせいにしないでください」

 

 涙を流しながら笑う。

 

「私は」

「私の意志で戻ってきました」

 

 崩壊音が近付いてくる。

 残された時間は僅かしかない。

 それでも。

 二人は急がなかった。

 五百年という時間に比べれば。

 数十秒など、あまりにも短かった。

 

「ファン」

「はい」

「覚えているか」

「ラウラが」

「旅の最後に言ったことを」

 

 ファンは目を閉じる。

 鮮明だった。

 あの日の光景は。

 五百年経った今でも。

 一度たりとも忘れたことはない。

 

『笑って』

『生きて』

『前を向いて』

 

 ラウラは最後まで笑っていた。

 だから。

 シンも静かに笑う。

 

「ようやく」

「約束を守れそうだよ」

 

 ファンは涙を拭う。

 

「違います」

 

 シンが首を傾げる。

 

「約束は」

「もう守っています」

「……」

「あなたは」

「レックスさんを守りました」

「ホムラさんを許しました」

「未来を選びました」

「だから」

 

 震える声。

 

「もう」

「十分です」

 

 シンは静かに空を見上げた。

 崩れた天井の向こう。

 青空が見える。

 五百年前。

 ラウラと見上げた空と、何一つ変わらない空だった。

 

「……綺麗だな」

「ええ」

 

 ファンも空を見る。

 

「本当に」

「綺麗です」

 

 風が吹く。

 優しい風だった。

 その風が。

 どこからともなく、一輪の白い花びらを運んでくる。

 シンは目を細めた。

 

「ラウラ」

 

 自然と、その名前が零れる。

 その時だった。

 

「シン!」

 

 遠くからレックスの声が響く。

 振り返る。

 崩壊する通路の向こう。

 レックス達が立っていた。

 最後まで。

 待っていたのだ。

 

「早く!」

「行くぞ!」

 

 シンは笑う。

 本当に。

 最後まで。

 あの少年らしい。

 

「レックス」

 

 声を張る。

 

「未来を頼む!」

 

 レックスは大きく頷いた。

 

「ああ!」

「約束する!」

 

 その返事だけで十分だった。

 シンはゆっくりと目を閉じる。

 もう思い残すことはない。

 ラウラ。

 ようやく。

 おまえの願いが分かった気がするよ。

 世界は。

 人は。

 簡単には変わらない。

 それでも。

 信じ続ける者がいる限り。

 未来は。

 必ず続いていく。

 

 

     ◇◇◇

 

 

「ファン」

 

 最後に名前を呼ぶ。

 

「はい」

「ありがとう」

「こちらこそ」

 

 涙を流しながら微笑む。

 

「ありがとうございました」

 

 シンはゆっくり頷く。

 そして。

 最後にもう一度だけ。

 ラウラが好きだったあの笑顔を浮かべた。

 

「……行ってくるよ」

 

 その瞬間。

 世界樹を支えていた巨大な柱が崩れ落ちる。

 眩い白光が管理区画を包み込み。

 レックス達は咄嗟に目を閉じた。

 轟音。

 爆風。

 そして。

 静寂。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 ファンはレックスの腕に抱えられ、崩れゆく通路を走っていた。

 涙は止まらない。

 それでも。

 後ろは振り返らなかった。

 振り返れば。

 きっとシンに叱られる。

 だから。

 前だけを見る。

 それが。

 五百年前、ラウラが託した願いであり。

 今、シンが未来へ託した、最後の約束だった。

 

 

 

 

 

 五百年続いた旅は終わる。

 だが、その願いは終わらない。

 人から人へ。

 想いは未来へ受け継がれていく。

 それこそが――五百年の約束だった。

 

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