ゼノブレイド2 五百年の約束   作:natsuki

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第九十話 ただいま

 

 

 世界は静かに生まれ変わろうとしていた。

 崩れゆく世界樹の外へ飛び出したレックスたちは、思わず足を止める。

 誰も言葉を発することができなかった。

 目の前に広がる景色は、これまで知っていたアルストではなかったからだ。

 白い雲海が、ゆっくりと引いていく。

 まるで長い眠りから覚めた海が、その姿を現そうとしているかのように。

 その下から現れたのは――大地だった。

 どこまでも続く緑。

 山脈。

 川。

 森。

 風に揺れる草原。

 巨神獣の背中ではない。

 誰かに支えられることのない、本物の大地。

 

「……これが」

 

 レックスは息を呑む。

 

「楽園」

 

 ホムラが小さく呟く。

 その瞳には涙が浮かんでいた。

 ずっと目指し続けた場所。

 けれど、その意味は旅の始まりとはもう違っていた。

 楽園とは、誰かが用意した場所ではない。

 誰かと共に未来を築く場所。

 クラウスが最後に託した言葉の意味を、今なら理解できる。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 遠くで轟音が響く。

 世界樹の頂が、ゆっくりと光へ還っていく。

 無数の光の粒子が空へ舞い上がり、まるで流星群のように世界中へ降り注いでいた。

 ファンはその光を静かに見上げる。

 

「ラウラ様」

 

 微笑む。

 

「見えていますか」

「世界は」

「ちゃんと前へ進みました」

 

 その横で、ホムラも空を見上げていた。

 

「シンさん」

 

 小さく目を閉じる。

 

「ありがとうございました」

 

 風が吹く。

 優しい風だった。

 まるで、誰かがその言葉に応えてくれたように。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 レックスは一歩前へ踏み出す。

 草を踏み締める感触。

 土の匂い。

 初めて立つはずなのに、不思議と懐かしさを覚える大地。

 

「帰ろう」

 

 振り返る。

 

「俺たちの世界へ」

 

 誰からともなく笑みが零れる。

 その一歩は、小さなものだった。

 けれど、それは五百年の時を越えて受け継がれた願いが、新しい時代へ踏み出す最初の一歩でもあった。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 新しい大地へ降り立った、その直後だった。

 誰もが空を見上げていた。

 世界樹は静かに光へ還っていく。

 白く輝く巨塔は、その姿を少しずつ崩しながら、まるで役目を終えたように空へ溶け始めていた。

 誰も口を開かない。

 長い旅だった。

 あまりにも多くを失い。

 あまりにも多くを得た。

 だからこそ。

 今、この静けさだけは壊したくなかった。

 

 

     ◇◇◇

 

 

「終わったんだね……」

 

 ニアが小さく呟く。

 誰へ向けた言葉でもない。

 自分自身へ言い聞かせるような声だった。

 メレフは静かに新しい大地を見渡す。

 

「これほど広い世界が」

「雲海の下に眠っていたとは」

「まったくや」

 

 ジークが苦笑する。

 

「人生、最後まで分からないもんやな!」

「世界も同じも」

 

 トラも頷く。

 ハナは静かに周囲を見渡し、その景色を記録するように瞳を細めていた。

 ホムラは胸へそっと手を当てる。

 鼓動が聞こえる。

 まだ生きている。

 レックスも。

 ニアも。

 皆も。

 そして、自分も。

 その時だった。

 胸元のコアクリスタルが、静かに脈動した。

 

「……え?」

 

 淡い光。

 最初は、本当に小さな光だった。

 しかし。

 次の瞬間。

 眩い蒼白い輝きが周囲を包み込む。

 

「ホムラ!」

 

 レックスが駆け寄る。

 

「何だ!?」

 

 誰も答えられない。

 コアクリスタルから放たれる光は、次第に強さを増していく。

 

「これは……」

 

 ファンが目を見開いた。

 

「まさか」

 

 その光を、彼女は知っている。

 五百年前。

 アデルと共に旅をしていた頃、一度だけ目にしたことがあった。

 聖杯の、本当の力。

 光は渦を巻く。

 優しく。

 暖かく。

 そして。

 まるで一つだった命が、再び二つへ分かれていくように。

 

「レックス!」

 

 ホムラが思わずその名を呼ぶ。

 レックスは迷わず手を伸ばした。

 

「ここにいる!」

 

 その声へ応えるように。

 光はさらに強く輝く。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 やがて。

 ゆっくりと。

 一つだった光が二つに分かれ始める。

 誰も息をすることさえ忘れて見つめていた。

 蒼白い光。

 黄金色の光。

 二つの輝きが静かに形を持ち始める。

 そして。

 光が消えた。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 そこには。

 二人の少女が立っていた。

 一人は、燃えるような紅い髪。

 もう一人は、黄金色の長い髪。

 二人はゆっくりと目を開ける。

 ホムラ。

 そして。

 ヒカリ。

 五百年前。

 最後まで一つになることのなかった二人が。

 今、並んで立っていた。

 

 

     ◇◇◇

 

 

「……レックス」

 

 ホムラが小さく笑う。

 その隣で。

 ヒカリも照れ臭そうに目を逸らした。

 

「何ぼさっとしてるのよ」

「え……」

 

 レックスは言葉を失う。

 目の前の光景が信じられない。

 ホムラと。

 ヒカリが。

 二人とも。

 ちゃんとそこにいる。

 

「……帰ってきた」

 

 震える声が漏れる。

 

「二人とも」

 

 ホムラは静かに頷く。

 

「はい」

 

 ヒカリも、小さく笑う。

 

「ただいま」

 

 レックスは笑った。

 涙が溢れる。

 止まらない。

 

「おかえり!」

 

 その一言だった。

 ホムラも。

 ヒカリも。

 同じように笑う。

 その笑顔を見た瞬間。

 ニアも泣きながら笑っていた。

 

「ほんっと」

「最後まで泣かせるんだから」

 

 ジークは豪快に笑い飛ばす。

 

「めでたい話やなぁ!」

「これで全員揃ったも!」

 

 トラが飛び跳ねる。

 ハナも静かに微笑む。

 メレフは小さく息を吐き、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

     ◇◇◇

 

 

 その光景を見つめながら。

 ファンだけは、少し離れた場所で空を見上げていた。

 風が吹く。

 優しい風だった。

 

「ラウラ様」

 

 微笑む。

 

「見えていますか」

「約束は」

「ちゃんと未来へ届きました」

 

 返事はない。

 けれど。

 風に乗って、一枚の白い花弁が彼女の肩へ舞い降りる。

 ファンはそれをそっと掌へ乗せた。

 そして。

 静かに微笑んだ。

 

「……お帰りなさい」

 

 それが誰へ向けた言葉だったのか。

 もう説明する必要はなかった。

 

 

 

 長い旅の終わりに待っていたのは、別れではなかった。

 それは、新しい未来への「ただいま」だった。

 

 

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