季節が巡る。
新しい世界にも、春は訪れていた。
柔らかな風が草原を渡り、小さな花々を揺らしていく。
空はどこまでも青い。
雲海に遮られることのない、本当の空だった。
◇◇◇
レックスは丘の上に立っていた。
眼下には、小さな港町が見える。
人々が笑い、子どもたちが駆け回り、異なる国の人々が同じ市場で言葉を交わしている。
かつては考えられなかった光景だった。
「ここにいたんですね」
後ろからホムラが歩いてくる。
その隣にはヒカリ。
少し遅れてニアもやって来る。
「また一人で考え事?」
ニアが笑う。
「そんなところ」
レックスも笑い返した。
「ただ、この景色を見てた」
ホムラは丘の上から町を見下ろす。
「平和ですね」
「ああ」
「ようやく、な」
◇◇◇
少し離れた場所では、トラが新しい船の試験運航について熱心に語っていた。
ハナはその隣で静かにメモを取っている。
「今度は世界一周も夢じゃないも!」
「航続距離も十分です」
「まだまだ改良するも!」
その声を聞いて、ジークが笑う。
「相変わらず元気やな」
隣にはサイカ。
「世界は広くなったからなぁ」
「旅も増えているようやし」
「ああ」
ジークは大きく伸びをする。
「退屈しない世界になったようや」
◇◇◇
メレフは港へ新しく建てられた交易所を視察していた。
スペルビア。
ルクスリア。
アヴァリティア。
インヴィディア。
かつて争った国々が、一つの地図の上で道を繋ぎ始めている。
「長い道のりになりますね」
部下が呟く。
「構わない」
メレフは静かに微笑む。
「未来とは」
「一歩ずつ築くものだ」
◇◇◇
丘の反対側。
一本の木の下に、小さな花束が供えられていた。
決して墓ではない。
誰も眠ってはいない。
けれど。
皆が自然と足を止める場所だった。
ファンは静かに花を添える。
白い花だった。
「ラウラ様」
穏やかな声。
「シンさん」
「皆、元気です」
風が吹く。
花びらが舞い上がる。
その風は、不思議と懐かしい温もりを帯びていた。
◇◇◇
「ファン」
レックスが近付いてくる。
「皆が待ってるぞ」
「はい」
振り返る。
ホムラがいる。
ヒカリがいる。
ニアがいる。
トラとハナが笑っている。
ジークとサイカが言い合っている。
メレフが苦笑している。
五百年前には想像もできなかった光景。
だからこそ。
ファンは静かに微笑んだ。
「ラウラ様」
「あなたが信じた未来は」
「ちゃんと届きました」
◇◇◇
その時だった。
一陣の風が丘を吹き抜ける。
白い花びらが青空へ舞い上がり、陽光を受けてきらきらと輝く。
ファンは空を見上げた。
ほんの一瞬だけ。
風の向こうに、二つの懐かしい笑顔を見た気がした。
旅装束の少女。
その隣で静かに微笑む青年。
二人は何も言わない。
ただ。
穏やかに笑っていた。
ファンも微笑み返す。
「ありがとうございました」
風が答えるように優しく吹き抜ける。
その姿は、もう見えなかった。
◇◇◇
「行こう!」
レックスが笑顔で手を振る。
「皆、腹減ってるってさ!」
「またレックスは……」
ニアが呆れながら笑う。
「それじゃ」
ヒカリが肩を竦める。
「今日は腕を振るおうか」
「私も手伝います」
ホムラが微笑む。
皆が歩き始める。
ファンも、その輪へ加わる。
もう振り返らない。
歩く先には仲間がいる。
帰る場所がある。
そして。
未来がある。
レックスは青空を見上げる。
どこまでも続く空。
どこまでも続く大地。
旅は終わった。
だが。
人生は終わらない。
今日という一日も、明日という未来へ繋がっていく。
それはきっと。
五百年前、一人の少女が信じた願いから始まった物語だった。
その願いは、一人の少年へ受け継がれ、多くの人々の心を繋ぎ、やがて世界そのものを変えた。
約束とは、過去を縛るものではない。
未来へ歩き続けるために交わされるものなのだ。
終わり