人は逞しい生き物である。
特に地震や台風などによる自然災害で1年中被害を被っている日本人は、そのDNAに不屈の魂を刻まれていると思う。
認定特異災害ノイズによって半壊した街は、たったの1週間で早くも復興の兆しを見せ始めていた。
そんな街中を僕は1人歩いている。
目的地はリディアン音楽院高等部に隣接している2課医療施設である。
両腕を脱臼した響が、せっかくだからと色々な検査を受けさせられているのだ。
復旧しつつあるとはいえ普段よりも治安が悪化している現在、狙われている身としては1人歩きなどもっての他だと思われるかもしれない。
しかし力の使い方を覚えた今、暗殺はともかく拉致に対して僕は無力ではなくなったのだ。
「小日向未来ダナ、オトナシクシロ」
「いい加減に懲りて下さい。えいやっ!」
今日も僕は誘拐犯の外人さん達を、元気に投げ飛ばした。
病室の扉を開けると、ようやくギプスが取れて三角巾になった響が笑顔で出迎えてくれた。
「やっほー、未来。今日は何を買ってきてくれたの?」
「プリンを買ってきたよ」
「わーい。早速食べよう!」
「うん、ちょっと待ってね」
今日はいつものスーパーではなく、休業から復帰したケーキ屋さんのプリンである。
箱から出したプリンをプラスチックのスプーンで掬い、響の口元へ持っていく。
「うーん、おいひー!」
「良かった」
「すっごい口溶けが滑らか。未来、私これ好きかも」
「また買って来るね」
この一週間、両手を使えない響の食事のお世話は僕の仕事だった。
響は何を食べても嬉しそうにするので、僕も楽しくお世話が出来る。
それに何と言っても、響の役に立てている実感が持てるのが良かった。
将来は響の看病をしてお給料が貰える仕事に就きたい。
体を拭いたりとか、食事以外のことも色々としてあげた。
けれど残念ながら、下のお世話だけは頑として拒まれてしまった。
響の看病を完璧にこなせていないと思うと、どうにも落ち着かない。
ギプスが三角巾になっても、響の両手が使えないことに変わりはない。
だから下のお世話をする機会も、そのうちあるかもしれない。
毎日お見舞いをしながら、その時が訪れるのを気長に待とうと思う。
家に帰るとクリスが僕の部屋の前で佇んでいた。
そういえばクリスと顔を合わせるのも久しぶりである。
「こんばんは、クリス」
「おう……」
なぜかクリスは深刻そうな表情を浮かべている。
響が入院してから僕は夕食を作っていない。
だから彼女へのお裾分けもしていなかったので、もしかしたらそのことかもしれない。
「ごめんね、クリス。最近バタバタしてたから……」
「ああ、聞いてるよ。アイツ、入院したんだってな。お前も危なかったってオッサンが言ってた」
クリスは返事をしようとする僕を遮るように大きく頭を下げた。
そして泣き叫ぶように言った。
「すまねぇ! 全部アタシの責任だ!」
その言葉で僕は原作を思い出した。
完全聖遺物であるソロモンの杖を起動したのは、雪音クリスだったことを。
だからと言って、僕にクリスを責める気持ちはなかった。
これは原作を知っている明確なアドバンテージだと思うが、クリスの経歴や人柄を把握しているため、今の彼女が心から後悔していることを僕は理解出来ているのだ。
仮に櫻井了子が同じように目の前で謝罪をしたのなら、その頭を鷲掴みにしてお星様の仲間入りをさせてやる所だ。
しかし櫻井了子に攫われて利用されていたのだから、クリスは明らかに被害者である。
僕達を危険に晒した一因であることは確かだが、クリスはどちらかと言えば被害者側だと思う。
あの事件のせいで響は脱臼して未だ入院中だけど、クリスはたぶん被害者寄りなはずだ。
「響が入院中だから、1人で寝るとお布団が冷たいし寂しいし寒いし……」
「ひっ!? お、お前、なんか目つきがヤバくなってるぞ!」
「全部、クリスの責任、なんだよね?」
「は、半分、いや、8割くらいはフィーネのせいだっ!」
怯えるように後ずさるクリスの両肩を掴む。
そして僕は、そのまま彼女を抱きしめた。
「そう、クリスのせいじゃないよ」
「……お前」
「クリスは悪くない」
「……」
思えば1期2期のクリスは、自責の念で暴走気味だった。
彼女に必要なのは、自分自身を許す気持ちだ。
この抱擁が、その手助けになればいいと思う。
しばらくそうしていたが、やがて僕の胸をクリスがそっと押した。
それを合図にして僕が腕を解くと、彼女はそそくさと離れてしまった。
「……未来、ありがとな」
「うん」
照れたようにそっぽを向いてお礼を言うクリスは、とても可愛かった。
下のお世話は結局ノーチャンスのまま響が退院して、しばらく過ぎたある日。
僕達は風鳴司令に呼び出された。
「響君にガングニール適合者の素養があることが分かった」
「えー、師匠。それってホントですか? 未来の書いた小説みたいに?」
「そうだ。だから君には日本政府特異災害対策機動部2課として、改めて協力を要請したい」
「待ってください」
僕は思わず口を挟んだ。
そして、そんな僕の行動は初めから織り込み済みなのだろう。
風鳴司令は僕に先を促す。
「ガングニールの適合者は、もう奏さんがいるじゃないですか」
「彼女は先の戦いで無茶をし過ぎてな。幸い命は取り留めたが、もう戦える体じゃないんだ」
「それって、リンカーによる薬物障害ですか?」
「ああ、その通りだ」
ここまでは想像通り。
そしてここからが大事なところだ。
「響はリンカーなしでも奏者になれるんですか?」
「いや、残念ながらリンカー服用で適合係数を上げなければ、シンフォギアは起動しないだろう」
「それってつまり……」
響に奏さんと同じ体になるまで戦えということですか。
僕はそう言いかけて口を噤んだ。
風鳴司令は平気で子供を使い捨てにするような人ではない。
なにより命懸けで戦ってくれた奏さんに失礼だ。
「未来君の言わんとしていることは分かる。だが人類ではノイズに打ち勝てない。たった一つの例外は、シンフォギアを身に纏った装者だけだ」
「それは……」
僕が口籠ると、風鳴司令は響の方に向き直り、言葉を続けた。
「立花響君。君の宿したシンフォギアの力を、対ノイズ戦のために役立ててはくれないだろうか」
「私の力で、未来やみんなを助けられるんですよね?」
「うむ」
「わかりました。私、戦います! 慣れない身ではありますが、頑張りますっ!」
こうなった響は、誰にも止められない。
それに僕は、こういう時の響にこそ最も惹かれている。
太陽のように眩しく光り輝いている響が一番好きなのだ。
僕がやるべきことは、響の決意を否定することではない。
少しでも響の負荷が軽くなるよう、手助けをすることだ。
原作によれば2課で使用しているリンカーは、プロトタイプも同然のものだったはずだ。
それは廃人や死者を大量生産するという危険なまでに激しい薬理作用があるらしい。
しかしウェル博士が脳の愛を司る部分を活用して負荷を減らせるようにした結果、リンカーの半分は優しさで出来ている感じの薬になったと思う。
それは僕から事情聴取をした風鳴司令も承知済みのことだ。
櫻井了子の異能やウェル博士の天才がなくとも、道標があるなら2課でなんとかしてくれると信じたい。
だから僕は別のアプローチを選ぶ。
原作での小日向未来は、響への愛によって元来の適合係数が引き上げられ、神獣鏡の適合者となれていた。
先ほどのリンカーもそうだが、キーワードは愛なのだ。
響の力になるためにも、まず僕は愛を知らなければならない。
愛、それは前世で経験できなかった難しいテーマである。
実は僕は、愛がよく分からない。
響に抱く感情が愛なのかと言われると、それを素直に肯定できないのだ。
なぜなら今世では同性同士だし、響とエッチなことをしようとは思えないからだ。
でも分からないなら努力する。
それが今世で響に出会ってからの、僕の変わらぬ唯一のやり方だ。
「明日から恋愛、がんばろう……」
とりあえず明日は、本屋で恋愛ハウツー本を買ってこようと思う。