393に転生しました   作:ヨロシサン製薬

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その6 引っ越しする393

中学2年生の終業式も無事に終わった春休み。

僕達はリディアン音楽院に編入すべく、風鳴司令の手配してくれた住まいに引っ越してきた。

そこは原作で雪音クリスが住んでいた部屋の隣だった。

 

なぜそれが分かったかと言うと、クリスを連れた風鳴司令がお蕎麦を持って訪ねてきたからだ。

僕達が引っ越しをするのと同じタイミングで彼女の行動制限も解除され、今日からお隣さんとしてここで暮らすらしい。

クリスも含めてアメリカ側に狙われている僕達は、1ヶ所にまとめておいたほうが守りやすいのだろう。

 

ちなみに僕も響もそれぞれ個別の部屋を貰っていたが、僕の部屋はトレーニングルームにして響の部屋に2人で暮らすつもりだ。

トレーニング用の機器も含めて、家具の設置は全て2課のみなさんがやってくれた。

だから僕達が持ってきたのは洋服と本くらいである。

 

至れり尽くせりの好待遇だったが、対価として最近書き上げた原作2期の原稿を渡してある。

もうだいぶ原作ルートから逸れていたのでそれほど価値はないかもと思っていたが、そうでもないらしい。

むしろ続きがあるなら早く言え、と怒られたくらいである。

 

2期の小説を提出したその場で、3期と4期の内容も厳しく聴取された。

色々と考えながら少しづつ文章を作るのとは違い、口下手な僕は理路整然と説明するのが苦手なので、かなりきつい体験だった。

その時の苦痛を振り返ると、これらの対価はけっこう妥当なように思えてきた。

 

そんな僕の苦労と引き換えに2課が準備してくれた新品の食器棚からティーカップを4つ取り出して、用意してあった色々なティーバッグの中から無難にダージリンを選ぶ。

ティーポットにパックとお湯を入れて、カップと一緒にリビングへ運ぶと、そこには気まずい空気が流れていた。

 

「あー、彼女が今日から君達の隣人となる雪音クリス君だ。よろしく頼む」

「ちっ。あたしはお前らとよろしくするつもりなんかないからな」

「あ、あははー。立花響です。よろしくね、クリスちゃん」

「だから、よろくししねーっての!」

 

クリスは全方位に牙を向けているような態度だ。

なんにでも反発したいお年頃なのだろうか。

 

と、そこで僕は思い出した。

そういえば原作で小日向未来が果たした役割の1つに、路地裏で雪音クリスを拾うというエピソードがあったことを。

今のクリスは、フィーネに捨てられるというプロセスを踏んでいないのだ。

 

原作ではクリスに虐待の痣があったことから、フィーネの扱いが良くなかっただろうことは想像出来る。

しかしフィーネは彼女にとって育ての親も同然なのだ。

 

原作での決裂後ですら、クリスはフィーネに対する情を失っていなかった。

当然2課に保護された後、フィーネの思惑やら陰謀やらは聞かされているだろう。

それを加味しても、今の彼女は原作以上に愛憎の狭間で心が揺れているのだと思う。

 

しかし僕がクリスに出来ることなど、せいぜい淹れてきた紅茶を差し出すくらいである。

 

「温かいもの、どうぞ」

「……あったかいもの、どーも」

 

大きなため息をついたクリスは、ティーカップを口に運び、その手を傾けた。

そして口に含んだ液体を、僕に向かって噴出した。

 

「なんだこりゃ! 渋い! 渋さが爆発し過ぎてる!」

「汚いよ、クリス」

「あ、悪りぃ。じゃなくて、お前、どういう淹れ方したんだよ! 嫌がらせのつもりか!」

「ごめんね。時間が経ち過ぎたのかも」

 

実はリビングの空気が悪かったので、扉の前で少し様子を伺っていたのだ。

そのせいか紅茶の温度が下がっていたので、顔に火傷をせずに済んでラッキーだった。

いや、紅茶が冷めるほど出過ぎる前に運んでいれば、そもそも顔に吹き掛けられずに済んだのか。

 

クリスはすっかり機嫌を損ねてしまい、風鳴司令を置き去りにして部屋を出て行った。

夜は頂いたお蕎麦を茹でたので、彼女も夕飯に誘ってみたのだが、素気無く断られてしまった。

 

今後の新生活が思いやられる、前途多難な幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

リディアン音楽院での生活は、当初不安に思っていたほど悪くはなかった。

響との仲違いの時に出した大声を体が覚えてくれたようで、今までの苦戦が嘘のようにきちんとした声量で歌えるようになったのだ。

特にずっと練習してきた「加賀岬」は、担任の先生にもクラスメイトにも、まるで歌手本人のようだと絶賛された。

 

もともとリディアン音楽院は小中高一貫教育であり、中等部や高等部での切り替え時に外部の生徒を編入させることもある、程度の閉鎖的な学校だ。

中学3年生での転校生など極めて珍しいので、悪目立ちしてしまう。

僕は人と打ち解けることが得意ではないので尚更浮いてしまうと覚悟していたが、この歌のおかげで意外と早くクラスに馴染めそうだった。

 

逆に響はあまり歌が上手くない。

でも持ち前の元気さと人懐っこさで、あっさりクラスに溶け込んでいた。

 

前の中学校の時とは違って、陸上部には入部しなかった。

部活動で遅くなったりしたら、2課のみなさんが守りにくいだろうとの配慮からだ。

それを見越してトレーニングルームを作ってもらったのだが、やはりルームランナーで走るのとグラウンドを走るのでは爽快感が段違いである。

僕は走るのが特別に好きではないつもりだったが、どうやら陸上に愛着があったようだ。

 

当然やり投げも室内では出来ないので、イメージトレーニングに終始する。

イメージするのは常に最強の自分である。

具体的には原作2期13話のBパートだ。

 

ひと汗かいた後は軽くシャワーを浴びて、リビングで宿題をやっていた響とおしゃべりをする。

そこからは、おさんどんの時間だ。

最初は2人で一緒にやっていたのだが、響のぞんざいな包丁捌きは見ていてハラハラする。

ネフィリムに食べられるより先に、彼女の片腕が無くなってしまいそうな勢いだった。

 

かく言う僕もお蕎麦を茹でるくらいならともかく、手の込んだ料理など作れない。

原作では調の手料理(298円)が切歌に「ごちそうデース!」と大喜びされていたが、流石にそれは味気ないだろう。

とりあえず今日は、具を煮込んでルーを入れればなんとかなるカレーで誤魔化した。

 

食事が終わればお風呂を沸かして響と入り、就寝の時間だ。

特に2段ベッドにする必要性を感じなかったので、最初からダブルベッドを設置してもらった。

僕の隣に寝転んだ響が、今日あった出来事などを嬉しそうに話してくれる。

そうしているうちに、いつの間にか寝てしまうのがいつもの響である。

 

「今日もお疲れ様、響」

「ふもー。おゆぁえ」

 

謎言語を操る響の頭を撫で、布団を掛け直す。

そうして僕も目を瞑ったところで、ふと思い出した。

 

(そういえば引っ越し初日以来、クリスと絡んでないかも……)

 

恩義のある風鳴司令によろしく頼まれた以上、何もしないのは不義理な気がする。

まずは根気よく夕食にでも誘ってみようか。

そのためにも、料理のレパートリーを増やす必要があるだろう。

 

「明日から料理、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、響の大好きなごはん&ごはん定食の作り方をネットで調べようと思う。

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