料理は愛情だ、と言ったのは誰だったか。
おいしく食べて欲しいという気持ちがあるなら、そのための知識や技術を習得しようとするのが愛情を形にするということらしい。
しかし実際に自分で料理をしてみて分かったが、料理は理科の実験だと思う。
決められたセオリーに従って作れば、間違いない結果が出る。
数ヶ月の間に学んだこの真理を適用すれば、あっという間に鍋一杯の煮物が出来上がりだ。
2人で食べるには多すぎる煮物を、1人前分タッパーに分けて紙袋に入れる。
中にいつも通り「作り過ぎてしまったので、良かったらどうぞ」と書いた紙を入れて、クリスの部屋のドアノブに掛けた。
夕食の誘いには頑として応じないクリスも、こうしておけばきちんと食べてくれることは経験済みである。
いつもタッパーは綺麗に洗って返してくれるし、たまに「美味かった」とか「ありがとう」とか言葉少なに書かれた手紙が入っている時もあった。
こういうのを貰うのは、とても嬉しい。
クリスから貰った手紙は、すべてきちんと取っておいてある。
最近の悩みは、響がびっくりするくらい大量に食べるようになったことだ。
原作でも数人前のお好み焼きを食べてたから、成長期ということもあって平気なのだろうか。
クリス分として多めに作っても彼女が食べてしまうので、作る量がどんどん増えていった。
お腹は大丈夫なのかと心配になってしまう。
あんまり響がたくさん食べるものだから、今日のように確実に余る分量を作らないとクリスへのお裾分けも難しい。
クリスのために響の食事が足りなくなっては本末転倒だ。
それを考えると、もう1サイズ大きい鍋を購入すべきだろうか。
こういうことに頭を悩ませていた日々は、宝石よりも貴重な時間だった。
僕はそれを、今まさに実感していた。
「未来、こっちに行こう!」
「うん」
響と2人、夕暮れの商店街を駆け抜ける。
先ほど買った今日の夕食の材料など、とっくに手放していた。
周囲には人の形をした炭が、そこかしこに転がっている。
街がこの世の地獄に変わっていた。
認定特異災害ノイズ。
人間だけを襲い、接触した人間を炭素転換する対人兵器である。
シンフォギアを除いて有効な撃退方法はなく、出現から一定時間後に起こる自壊まで逃げ切る以外に選択肢はない。
先導してくれていた2課の黒服の人達とも、ノイズに分断されて引き離されてしまった。
避難所へ向かう人々は、その混雑で逃げきれずにノイズの標的となっていた。
2課本部からの情報で、ノイズはリディアン音楽院高等部を中心として大量に出現したらしいと黒服の人が言っていた。
だから僕達は、リディアン音楽院から遠ざかるように街中を逃げていった。
「響。誘導されてる気がする」
「ノイズに? そんなことってあるの?」
建物の影に隠れた僕達は、周りの様子を伺いながら一息ついた。
そのお陰で脳に足りなかった酸素が回りはじめ、その不自然さに気が付いたのだ。
「郊外への道が、ノイズに封鎖されてるから」
「言われてみれば、確かに……」
僕達が選んだ逃げ道は、すべて途中で行き止まりだった。
すでに分かっていたことだが、これは自然発生などではなくソロモンの杖による襲撃なのだろう。
第一目標は原作から考えても2課本部にあるデュランダルだと思うが、街から人を逃がさないノイズの配置から考えて、あわよくば僕達やクリスの確保も目論んでいそうだ。
僕達の確保が目的の1つならば命は安全なのかと言えば、実際にはノイズが遠慮なく襲いかかってきたので、本当にあわよくば程度の話なのだろうが。
「囲まれたら逃げられなくなっちゃうから、そろそろ場所を変えよう」
「うん」
「それにしても私、未来とジョギングしてて良かったよー」
「無事に逃げきれたら、前みたくマッサージしてあげる」
「エヘヘッ、それじゃ頑張って生き残らないとね!」
「そうだね」
僕達は、新しい安全地帯を求めて駆け出した。
ずっと陸上部だった僕も、休日はジョギングに付き合ってくれていた響も、体力には自信がある。
ソロモンの杖による制御のせいか、幸いノイズも無軌道に動いているわけではない。
危険なことには間違いないが、僕達なら制限時間まで逃げ切れると思っていた。
その計算が狂ったのは、響が逃げ遅れた少女を保護してからだった。
少女の足に合わせれば当然速度は落ちるし、速度が落ちればノイズに見つかる頻度も増える。
そんな時には交互に少女を背負って逃げたため、僕達の体力もどんどん削られていった。
既にダウンした少女を背中に乗せた響の体力は底を尽き、僕も限界の一歩手前である。
そしてとうとう、周囲をノイズに囲まれてしまった。
「ごめん、未来」
「謝らないで」
響は謝るようなことなど、何もしていない。
人として当然のことをしただけだ。
「ありがと、未来。私、未来と親友になれて良かった」
「響……」
原作ではここで響が覚醒したが、胸にガングニールを宿していない今、それはありえない。
翼さんや奏さんも、高等部を中心に大量発生したノイズへの対処で手一杯と思われる。
救援はない。
「それでも、諦めない」
「未来?」
原作で奏さんは響に言っていた。
生きるのを諦めるなと。
原作を壊してしまった僕には、その思いを響の心に伝える責任がある。
響の生存ルートを壊してしまった僕には、最後まで足掻く義務がある。
いや、責任とか義務とか、そんなのはどうだっていい。
「響には、ずっと笑っていて欲しいから」
「……未来。うん、私も諦めない!」
前世で無気力だった僕が今まで努力してこられた理由は、響の笑顔だった。
響が笑ってくれるなら、僕はまだ頑張れる。
ノイズの囲みを超えた先には川がある。
OTONAのジャンプ力さえあれば、あそこに飛び込んで逃げられたのに。
そう思った僕の脳裏に、ふと疑問が過ぎる。
なぜOTONAはあんなに屈強なのだろうか。
発剄とか鍛錬で理由付けされていたものの、要はアニメーションだったからである。
だからOGAWAは忍術を使えるし、それを習った翼さんも影縫いが出来る。
出来るから出来る、そこに理屈は不要なのだ。
そして原作の小日向未来には、レズ特有の強肩と揶揄されたほどのパワーがあった。
僕が練習してきたやり投げは、中学生にしては優秀な、それでも常識的な飛距離だった。
でも今の僕は、自分が出来ることを知っている。
僕が大声を出せるようになったのも、それが出来ることを体が知ったからだ。
絶対に出来る、僕は自分にそう言い聞かせて、響の腕を鷲掴みにした。
「あれ? ちょっと、未来?」
「えいやっ!」
「ひょえええぇぇぇぇぇー!」
背中の少女ごと、響をぶん回して投げ飛ばした。
やり投げというよりハンマー投げになってしまったが、狙い通りに響は川の真ん中へ着水したようだった。
響さえ助かれば最悪僕はどうなってもいいと思っていたが、響の空中遊泳に釣られてノイズの包囲網に穴が開いた。
勝機を零すな、掴み取れ!
自分に発破をかけた僕は、原作のような陸上走りに体力のすべてをつぎ込み、ノイズの間を縫って川へと飛び込んだ。
こうして僕達は、辛くもノイズの襲撃から生き残ったのだった。
命は助かったものの、響は両肩を脱臼して入院した。
本当に申し訳ないことをしてしまった。
「明日からお見舞い、がんばろう……」
とりあえず明日は、退屈していそうな響にカンフー映画のDVDを持っていこうと思う。