393に転生しました   作:ヨロシサン製薬

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その7.5 パンドラ文書だとぉッ!!

2課の情報班から上げられた報告書。

それこそが俺達のターニングポイントだった。

 

 

 

 

 

 

その日、情報班に激震が走った。

インターネット上にアップロードされた小説、そのタイトルに存在を完全秘匿状態にしているはずのシンフォギアという名が冠されていたのだ。

驚いた情報班は即座に小説投稿サイト自体を凍結、即座に行動を開始した。

 

投稿サイトの管理者へ連絡を取り、小説の削除や作者のアカウント停止を求める者。

投稿サイトに利用しているサーバをハッキングして、保存された小説のデータを破却する者。

投稿ログとアクセス履歴から位置情報を割り出し、作者の特定を急ぐ者。

 

その中で最も貧乏くじを引いたのは、小説の内容を確認するために読み進めていた者だろう。

情報班の中でも比較的若手な彼の顔色は、物語を読み進めると共にどんどん悪くなっていった。

彼の顔がこれ以上ないくらい蒼白に変わったまさにその瞬間、彼の心臓に致命の一撃が加えられた。

 

「あらぁ、なんかバタバタしてるわねぇ。どうしたの?」

「櫻井女史、それが大変なんですよ」

 

情報班の班長へ気さくに声を掛けながら、櫻井了子が現れたのである。

彼の口はアワアワと言葉にならない声を勝手に吐き出し始めた。

 

「へぇ、そんな面白そうな小説、私も読んでみたいわぁ」

「まぁ櫻井女史なら構わんでしょう。おい、そのデータをコピーして渡してやってくれ」

 

彼が読んでいた小説内では、櫻井了子が「私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁ」と叫んでいるところだった。

読み飛ばしながら内容をざっくり把握して自分に合った小説を探すスキルは、玉石混淆のネット小説やSSを嗜む者、特に新規投稿をチェックする場合には必須能力と言ってもいい。

休日は「なっちゃいなよ」や「笛吹き」のスコッパーをしている彼だからこそ、短時間でここまで読み進めることが出来たのだ。

当然ながら、彼は櫻井了子の行動を阻止しようと大声を上げた。

 

「は、班長! じょ、情報班の精査した内容は、まず風鳴司令に報告するルールです!」

「君ねぇ。私は櫻井理論の提唱者、櫻井了子なのよ? シンフォギアに関することで私が関われないことなんて、あるはずないじゃない」

「しかし、ルールはルールです!」

 

そう叫んだ彼の足の甲に、櫻井了子のヒールが突き刺さった。

全体重をかけてグリグリと足を踏みにじりながら、彼女は言葉を続ける。

 

「レディーファーストって言うでしょ。そんなんじゃ、私みたいな可愛い女の子にモテないぞー」

「ぐぅ、し、しかし、ルールですから……」

 

チャカしたようなセリフとは裏腹に、櫻井了子の彼を見る眼は冷たかった。

もはや彼に出来ることは、ルールを盾に絶対譲らないことと、「女の子?」と疑問を抱かないことだけだった。

 

「櫻井女史、その辺にしてやって下さい。そいつはまだ若いが融通のきかない奴でね。そこがこいつのいいとこなんですよ」

「えぇー、でも私、今すぐその小説読みたぁい」

「あっさり頷きかけた俺が言うのもなんだが、こいつの言うようにルールですから。せめて風鳴司令の許可を貰って下さい」

「もう! わざわざ面倒なことさせないでよねー」

「なぁに、櫻井女史なら一言でしょう。こいつのメンツのためにも、申し訳ねーが今日のところは手順を踏んで下さいよ」

「わかったわよ、もう。弦十郎君にオッケー貰ってすぐに戻るから、準備しといてよねっ」

 

プリプリと怒りながら、櫻井了子が去っていった。

足の痛みが限界に達してしゃがみこんだ彼の下に、班長が駆け寄ってきた。

 

「おい、櫻井女史にはああ言ったが、お前はそんな頑固な奴じゃないだろう。なにがあった?」

「……櫻井了子がアメリカのスパイであり、ノイズを操る黒幕だと書いてあったんです」

「おいおい、そんな馬鹿な話があるかよ」

「班長も読んでみれば分かると思いますが、現実的で説得力がある内容なんです」

「……ちっ、時間がねぇ。お前を信じるからな! あの櫻井女史に盾突くんだ。いざとなったら2人揃ってクビを切られる覚悟をしとけよ!」

 

そう言った班長は、緊急用の風鳴司令直通番号をコールした。

当然だがこの番号は、滅多に使用してよいものではない。

 

「こちら情報班です。時間がないので端的に言います。櫻井女史……いや、櫻井了子に情報閲覧権限を与えないで下さい。今そちらに向かっているはずです」

『……分かった。だが、後で必ず説明して貰うぞ』

「もちろんそのつもりです。……風鳴司令よぉ。俺達情報班に賭けたこと、絶対に後悔はさせませんぜ」

『ふっ、そう願うよ』

 

 

 

 

 

櫻井了子に対する情報封鎖の決断は、俺にとっても重いものだった。

彼女はシンフォギアの権威、欲しがる組織は星の数ほどある。

それになんといっても、今まで共に歩んできた仲間なのだ。

 

しかし己の勘が、情報班の忠告を優先しろと囁いた。

こういう時は、その思い付きに身を任せるべきというのが俺の経験則だ。

疑いたくない身内を疑い、切りたくない仲間を切る。

まったく、司令官というのも因果な商売だ。

 

情報班の班長の言葉は、結果的に正しかった。

櫻井了子の暗躍を防いで大手柄を成し遂げた情報班の若者が名付け親である、今では「パンドラ文書」と呼称される小説を読んでから、俺達は睡眠時間を犠牲に圧倒的な情報強者となったのだ。

いや、パンドラ文書を読んでからではなく、その日の夜に未来君と話してからというべきか。

 

初めて会った未来君は、とても空虚な瞳をしていた。

微笑みを浮かべて穏やかそうに佇んでいた彼女は、しかし生きる熱を全く感じさせない。

何に対しても興味がないから、何に対しても微笑みを向ける。

そういった印象の子供だった。

 

公安時代、監視対象の中でも最もやっかいだったのは、こういうタイプの人間だった。

恐らくハッキングなどの手段を用いて機密を探り、面白半分に公表した愉快犯なのだろう。

 

より正確に表すならば、愉快犯というのは少々語弊がある。

この子の中には、俺達に対する興味など一欠けらも見当たらない。

俺達を困らせてやろうなどとはまったく思わなかったはずだし、悪いことをしたという自覚もないはずだ。

なんとなく機密を探り、特に理由もなく公表した犯人、というのが適切な表現だった。

 

しかし未来君を責めるまい。

子供が歪んだ成長をしてしまうのは、俺の経験上周囲の環境という要素が大きいのだ。

ならばこれからは俺が1人の大人として、彼女の心の成長に不足していたものを大いに与えつつ矯正していけばいい。

この子はまだ間に合うはずだ。

 

しかし間に合わないものもある。

今回の件で、櫻井了子の信頼は完全に失われてしまった。

俺の判断ミスだと、素直にそう思った。

未来君が響君のことを思って小説を投稿したことを、俺に打ち明けるまでは。

 

響君のことを話す未来君の目は、まるで人形が命を吹き込まれたかのように輝きを放っていた。

俺は自分が勘違いしていたことを悟った。

心の栄養不足など、俺の思い違いもいいところだった。

未来君にはとっくの昔に、彼女の心を暖かく照らしてくれる太陽のような友人がいたのだ。

 

こんな眼差しで友を語ることが出来る彼女が、その友のためにやった行為なのだ。

話自体に誤魔化しはあれど、その目的に偽りはないだろう。

俺はいつもの如く直感に身を委ねる決意をした。

 

パンドラ文書に2課の持てる全てのリソースをBETして打った最速の一手は、雪音クリス君の保護という大成果を上げた。

だが、自身への情報封鎖に2課への疑いを持っていた櫻井了子の逃亡阻止には届かなかった。

彼女を取り逃がしてしまったのは手痛い失態だった。

 

 

 

 

 

 

俺達2課がそのことを痛感するのは、それから半年後のことだ。




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