ベル・クラネルにレアスキル【ヌケボー】が生えたのは間違っているのだろう 作:銀剣士
アイズ・ヴァレンシュタインは困惑していた、厄介なトラブルもあった遠征の帰りに出会ったミノタウロスの群れ、それが逃げ出した事も、その内一頭が上層階に向かった事も、そして……
『ブモォォォォォォッ!!???』
円筒形の白い何かに右手を差し込んだまま、それに振り回されているという、意味の解らない光景に。
「あ」
と声を出した処でミノタウロスは天井に向かって跳ね上がりそのまま落下、歪に首を曲げて絶命、円筒形の物と一緒に魔石を残して消えてしまう。
そのあまりにも常識の消し飛んだ光景に、アイズは後続が追い付くまで、ただただ立ち尽くしていた。
明くる日、遠征明けでもあるという事で、遠征組は数日の休暇に入っていた。アイズはホームに居ても何処か落ち着かず、副団長のリヴェリアに、外に出てはどうかと勧められ、折角だからと頂いたミノタウロスの魔石を換金、お小遣いを得て、馴染みのじゃが丸君の屋台でいつもの味を買い、街を散策する。
(……ミノタウロスをいとも容易く……)
だが、考えることはやはり昨日の出来事。
(……あの物体は何だったんだろう……)
もしも、自分が同じ目に遭ったとして、果たして無事で居られるのだろうか。そんな事を思ったところで、買っていたじゃが丸君小豆クリーム味が尽きていることに気付く。
同時に、ダンジョン手前まで来ている事にも。
装備はなくとも上層のモンスター程度ならどうとでも出来る、それは自信をもって言える。だが今は潜るような気分でも無ければ、そもそも装備無しで潜ろうなんて思いもしない。
そしてダンジョンの入り口に背を向けたその時、アイズの耳に聞き慣れない音が届く。
振り向くと白い髪の少年が、何やら見たことの無い板に乗って正しく滑るように移動していたが、次の瞬間アイズは目を疑った、少年の進む先にあの円筒形の物体があるではないか、危ないと声を出そうとするが及ばず、少年は円筒形の物体に正面から当たってしまう。
先日の惨状を思い出し思わず目を閉じる、想像するのは少年の……だが、思った音は聞こえない、聞こえてきたのはけたたましい音一つ。
そっと目を開けそちらを見れば、無事に立つ少年の姿。
ホッと胸を撫で下ろせるかと思いきや、少年は板をその場で前に投げ『呼び戻す』と、辛うじて目で追える速度でバベルを『登って』行ってしまったではないか。
「……は?」
思わず声が漏れてしまい、周囲を見渡すが、少年が登って行った先を眺めている様で、気にされずに済んだと今度こそホッと胸を撫で下ろした。
しかし油断大敵。
「……え……」
上空からあの円筒形の物体が一つアイズの間近に落ちてきた、そのあまりにも大きな音に、悲鳴をあげる周囲とアイズ。
それをたまたま耳に出来た男は語る。
『ああ、生きててよかった、アイズたんマジ可愛い』
それを聞いたどこぞの神は悔し涙を流し、以下のコメントを残した。
『何でうちが居らんとこでそんな激萌えイベントあんのんじゃぁぁぁぁぁぁっ!』
(……あの子……あの白い髪の子……)
あの円筒形の物体と何かしら関係がある、そんな予感を抱いてギルドを訪れたアイズの目に、受付で職員に何やら注意を受ける白い髪の少年が映る。
どうやら先日バベルを登って行った件について叱られているようだ、当たり前だが。
だが普通バベルを登ること自体は禁じられていない、問題は『外壁を登った』ことにある、と言うか普通外壁を登ると言うこと自体考えられなかった。
(……うん、でも常識的に考えれば……ね)
やがて説教も終わったか、何度も頭を下げながら白い髪の少年が振り返り目が合うと、アイズは聞きたいことを言葉に出来なくなる。
一方の少年もまたアイズに見惚れたか、その瞳に負けず顔を紅く紅く染めていく。
(……どうすれば……)
それは奇しくも少年の心の言葉と一致していた。
『あっあのっ……名前を教えてくれますか?』
一語一句違わず告げられる二人の言葉は、見守るもの達に様々な心模様を浮かばせる。
「えっと、ベル・クラネルです」
「アイズ・ヴァレンシュタイン」
「スケボー?」
ギルドを出て色々と聞きたいこともあると言うことで、人気の無い開けた場所へと移動、アイズは先ずベルが持っている物について聞いてみた。
見せてくれたのは四つの車輪が車軸で対になった物が付けられている板だ、あの時見た滑る様な移動はこれを使っていたのだろう。
やってみますかと訊かれたのもあり、また、自分が知らない事への興味も手伝い使わせて貰うことになったが、乗るのが意外と恐い。
「始めは何かに掴まっておくと良いですよ」
そう言われたのでベルの肩に両手を置いて挑戦、どうにか立つことは出来る、でもここからどうすればと聞こうとしたら、ベルは顔を真っ赤にして立ったまま気を失っていた。
「……どうしよう」
日も傾いてオラリオが朱く染まっていく、ベルが気が付いたのはそんな時間になってからだった、自分の身に起きた事を思い出すと、まるで其処にあるかのように、彼女……アイズの髪から香る匂いを思い出す。
「起きた」
「え、あ、アイズさん!?」
思い出すも何もなく、現在進行形でベルはアイズの香りに包まれていた、正確に言えば膝枕をされていた。経緯は果たして何だっただろう、思い返せばアイズがスケボーに乗っかる際、自分の両肩に手を置いてに寄り掛かった事だったか。
意識がはっきりとすると同時に飛び起きかけたベルだが、アイズによって阻まれる。
この行動に驚いたのはベルだけではなく、アイズ当人も驚いていた、面には出していないが。それは咄嗟と言って差し支えはない無意識の行動、困惑する中何処か冷静にアイズは今の行動を分析しようと考える、考えるが解らない。
感じたのは安らぎだっただろうか、ファミリアに所属して此方、始めて感じた時間の進み。穏やかにただ穏やかに、こんな時間を過ごせたのはひょっとすると初めてかもしれない、だからこそベルが起き上がろうとした時、ついぞ邪魔をしてしまったのか。
遠征前後には休養日が設けられる、そんな日はホームで寛ぐか今日のように散歩するか、軽く汗を流すかが基本の過ごし方であるアイズ、男と過ごす等は考えたこともない。だが、今こうして過ごす時間の何と安らぐことか、手放したくないと思ったのは愛剣に出会ったときか、ジャガ丸くん小豆クリーム味と出会ったとき以来である。
(ああ、そうだ、手放したくないんだ……でも……)
時間は許してくれない、どうしたって離れなければならない、もしも彼がファミリアに所属していなければ、あるいは改宗を受けてくれるなら……それは叶わないだろう、アイズからゆっくりと離れたベルは、真っ赤な顔で、惜しみながらそれでも申し訳なさそうに、神様が待っていますからと、去ってしまったのだから。
(……私も、帰ろう)
いつもは感じない物寂しさを夕陽に照らされる街を見下ろして、アイズも広場を後にした。
「よーし宴やー!」
一日遅れの遠征帰還の宴席、主神をロキに置くアイズ所属のファミリア『ロキ・ファミリア』は、この宴席を豊穣の女主人で開く事が殆どである。
盛り上がる宴席の中、アイズは出されたワインで少しづつ唇を湿らせながら出された料理を堪能、ファミリアの面々を見てはやや頬を綻ばせる。
「随分機嫌が良いようだな」
「……そう見える?」
「ああ、今朝出かける前と比べるとな」
そう言えば、朝もこうしてリヴェリアに声を掛けられたのがきっかけだったと思い返すと、自分は朝どんな顔をしていたのか聞いてみた。返ってきた答えは何かを抱えていたと言うもので、そんなにはっきりと出していたのかと思うと頬が赤くなる。
「それでもそうして何処かスッキリしているのは……何かあったのだろう?」
何かと問われればそれは間違いなくベルとの出会い、その時抱いた想い……それがきっと何かを変えたのだろうとは思う。
「何があった?」
優しい顔でリヴェリアは問う、周囲には耳をそばだてながらも騒ぐ仲間達、アイズは簡潔に答えた、知り合った子にスケボーを教えてもらっていたと。
「は?」
それは誰の声か、アイズの口から出てきたのは聞き慣れない単語と『教えてもらっていた』という『誰か』と過ごしていたという事実。
盛り上がっていたファミリアの面々は一斉にアイズに注目し、主神であるロキが問い詰めた。そこで解ったのは相手が男の子で、冒険者であることだった。
「ベル・クラネル……リリ、知ってるかい?」
ロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナは同族の少女でありファミリアの縁の下、リリルカ・アーデに訊いてはみるも彼女も知らないと首を振る。
「リリが知らないとなると余程の駆け出しか、零細ファミリアの子なんだろうね」
リリルカは元はロキ・ファミリアの卷属ではなくソーマ・ファミリアの眷属だった。冒険者のサポートを生業とする『サポーター』として生活していたが、そこで半ば奴隷のように扱われていたところをフィンが救出し、改宗させたのがほんの数ヵ月前の話。
リリルカのサポート能力は元より情報収集能力はかなり高く、ロキ・ファミリアの面々は結構頼りにしていた。そんな彼女が解らないと言うのだから、それこそ件のベル・クラネルという冒険者は冒険者となって数週間程度なのだろう。
「ですが変わった冒険者の話なら聞いていますよ、何でも車輪の付いた板で滑るように移動する冒険者が居るのだと、真偽は定かではありませんが、その方はその板で浅い階層をそれこそ読んで字のごとく『縦横無尽』に駆けているとか」
「どういうこった?」
「ですから読んで字のごとく、そのままの意味だそうです、壁も天井も関係なく板で移動しているらしいのですよ」
ベート・ローガはその言葉に思わず間の抜けた声を漏らしてしまう、どうやら自身の理解の許容範囲を超えてしまったのだろう。無理もない、アイズでさえ今朝見た光景に理解を超えていたのだ、前日のミノタウロスの一件も含めて。
『いらっしゃいませー』
何時もであれば、その話になっていなければ、気にも留めない店員の挨拶に目をやったベートの目には、白い髪の少年の姿が映り、密かに想いを寄せるアイズの口からその少年の名前が知れた。
「ベル……」
噂をすればなんとやら、件のベル・クラネルが豊穣の女主人に姿を見せたのである。手に車輪の付いた板を持っての入店に迎えた店員とひと悶着あるかと思われたが、あっさりと通してしまう。
「お通しでーす」
ベルが案内されたのはカウンター席、お通しを食べつつ先ず頼んだのは辛口あたりめ。そのチョイスにロキから盛大な突っ込みが入るも、ベルはさして気にせず美味しいですよと一つ薦められ素直に噛むロキ、その光景に胸がざわめくアイズと、給仕のシル・フローヴァ。
「おお……うん、美味い、美味いやんか」
咀嚼しながらベルに笑みを向けるロキ、興味を引かれたティオナとアイズもベルに近寄り、辛口あたりめを貰うことにしたようだ。
「……うん、ジャガ丸くんには負けるけど、美味しい」
「あんたホント好きねぇ」
「ほぉう……まあ悪かねぇ、が俺ぁジャーキーだな」
「流石浪人」
「おうティオネ何かニュアンスちがくねぇか?」
「おーい流石に人様のもの頂きすぎだよ」
ベルが頼んだはずの辛口あたりめは、気がつけばロキ・ファミリアの上位冒険者達の胃に収まってしまい、フィンは申し訳なさそうに同じものを頼みベルに差し出すと、改めて宴席に誘うことにした。
「良いんですか?僕他所のファミリアに所属してるんですが……」
「かまへんて、うちのせいやし、ああせやけど聞かしてもらえへん?自分何処のファミリアなん?」
「あ、すみません、じゃあ改めて……ヘスティア・ファミリア所属のベル・クラネルです」
僅かに……と言うよりも思いっきりひきつるロキの笑み、しかし『当神』が居ないのであればとどうにか取り繕う。
「あ、あのやはり迷惑……」
「あ、す、すまん、迷惑ちゃうねん、迷惑じゃあ……ただちーっとばっかなんやこう……なぁ?」
「なぁ?と言われましても……」
宴席に於いてベルは絡まれ通しだった、特にベートとレフィーヤの二人にはアイズとの関係をつつかれ、フィンとリヴェリアには『スケボー』の事を、アイズには……
「……」
アイズは特に何を訊くわけでもなく、何かを紙に書いて皆の死角からベルに渡すに留まった。
『今日の場所で、明日』
それだけを書いた紙を。
あの日から随分経ったとアイズは笑みを溢す、スケボーを自由に乗りこなす事が出来るようになったものだとも。
だが、自分にスケボーを教えてくれた彼のスケボーは何か、やはりおかしい。自分は表現として縦横無尽にスケボーで滑る事は出来る、しかしベルがスケボーで滑ると最近はよく地面に埋もれたり、唐突にいつか見たミノタウロスの様に体のあらゆる関節をあらぬ方向に曲げながら、瞬時に移動したりするのだ。
おまけに何処からか取り出したベニヤ板等で空まで飛び始めている、流石にそれはスケボーじゃあ無いんじゃないかと訊いてみると。
「ああ、そうですね、なんでも『ヌケボー』っていうらしいです」
そう言って、ベルはアイズの目の前で、背後から転がってきた円筒形の物体に右足を捕らえられて、何時ものように……
FIN
ベル・クラネル
Lv1
ステータス割愛
スキル
【ヌケボー】
・スケボーに関わるあらゆる事象に於いて『死』の概念が変わる。
・スケボーに関わるあらゆる事象に於いて『物理』の概念が変わる。
・辛口あたりめをこよなく愛するようになる。