Just Because! over and over   作:磯野 光輝

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Chapter 11 Drunkards

「プロポーズ大作戦」LINEから届いた指示は次の三つだった。一つ、指輪の件は適当にはぐらかしておくこと。二つ、土曜日つまり陽斗と森川さんが会うことになっている前日に陽斗を呼び出すこと。そして三つ、あとの細かいことは私たち(つまり夏目と乾さん)に任せておくこと。そして詳しいことは後ほど連絡するとのことだった。

 これらの指示は夏目と乾さんの両方からタイミングよく送られてきたことから、二人が今、同じ場所にいるであろうことは容易に想像できた。そして送られてきたメッセージの節々からは、森川さんもその場にいる、ないしもうすぐそこへ来るのだろうと予想することもできた。彼女らは所謂女子会というものをやっている最中なのだろう。けれどもそんなことは、まるで俺には関係のないことだ。俺は俺で、これから行われる男子会の中でできる事をやろうじゃないか。

 

       〇

 

「よ、待たせたな」

「いや、俺も今来たところ」

 片手をあげて軽く挨拶をしてきた陽斗に対して、店に先に来ていた俺はテンプレートとでも言うような返しをした。

 陽斗とは近場の居酒屋で軽く飲みながら話をすることにした。店内は既に程よく酔っぱらったサラリーマンたちが上げる声で満たされていた。誰も彼もが皆楽しそうに声を上げ、グラスをぶつけ合い、音を鳴らしている。そんな中で俺と陽斗も、少し控えめに「乾杯」と言いながらグラスを軽く合わせた。

「ぷはあ。まったく。このために生きてるって感じだべ」

 陽斗はそう言いながら、グラス満杯に入ったビールを一口でほとんど飲み干した。

「大袈裟だって。それにあまり飲み過ぎるなよ。陽斗を背負って帰るのなんて御免だから」

「それこそ心配ないべ。俺、自慢じゃないけど、酒なら強いから」

 そう言って笑う陽斗に対して、俺は不安しか抱かなかった。

 酒が進み、テーブルに並べられた料理を平らげていく内に、陽斗はどんどん顔を赤くしていき、またそれに伴って気分も盛り上がって来ているようだった。それに対して、俺はどうやって本題を切り出すのかばかりを気にしていて、いまいちこの状況に酔いしれていない感じがした。

「それでよお」と陽斗が言う。「結局女子ってどんな指輪が好きなんだ?」

 俺が何かを言う前に、陽斗の方から聞いてきた。俺は自分の表情を悟られないように、少し酔ったふりをして額に手を当て、顔を隠す。こうでもしないと、自分の視線があちらこちらに動いて一点に定まらないような気がした。

「……さあ。見当もつかない」

 とりあえずここはこれで良いはず。

「やっぱりよお。ダイヤがいっぱいついてるキラキラっみたいなのが良いんかな」

「いや、それこそ俺に聞かれてもって感じだけど」

「だよなぁ。あーあ。やっぱりこういうときって、誰か女子の意見でも聞けたらなあ……」

 陽斗がそうぼやく。

「うん……」俺はそう同意しかけて、ふとあることに気が付いた。「……ごめん。ちょっとトイレ」

「うん? なんだ瑛太。そんなに酒弱かったっけ?」

「いや、違うって、普通のトイレ」

 そうやって陽斗の言葉を適当にあしらって、俺はトイレの個室に入り込んで、「プロポーズ大作戦」LINEを開く。

「土曜日呼び出すって、具体的にどういう事?」

 至極当然の質問だったが、LINEを受けたときの俺は、陽斗に対してどんな言い訳をするかばかり考えていたため、そこまで頭が回っていなかった。結局のところ、彼女たちがどういう意図でこの指示を送っているのか、それを理解していなければ、どのように立ち回れば良いのかが決められない。

 俺が送信ボタンを押した直後、スマホが激しく震えた。いつものLINEメッセージが届いたときとは違う、連続的で長い振動だった。そしてチラリと見えた「依子」という文字。

 俺はスマホを床に落としそうになりながらも、通話開始ボタンを押した。

「……もしもし」

「あ、泉。今電話大丈夫?」

 乾さんの声だった。

「いや、電話してから大丈夫か聞かれても困るって」

 俺がそう言うと電話の向こう側から笑い声が聞こえた。

「ごめんごめん。でも、大丈夫そうだね」

「まあね。でも、席外している状態だからできるだけ手短に」

「オッケー。こっちも今同じような状況だから」と乾さんは言う。「まあ今こっちもこっちで女子会? みたいなことになっててさ。さっき相馬に対する指示を送ったじゃん。そのすぐ後に葉月が来ちゃって」

「……うん。それで?」

「まあそれで、隙を見て何とか話をまとめたんだけど」

「うん」

「結論から言うと、土曜日に私たちも集まれるから、一緒に買い物に行こう。あ、さすがに葉月は誘わないよ。かわいそうだけど。相馬については、とりあえず指輪を買いに行く体で誘ってくれれば良いから」

「え? ちょっと待って、状況がよくつかめていないんだけど」

「言葉の通りだって。あ、呼ばれてるから一回切るね。じゃあそういう事で、よろしくー」

 その声を最後に、通話が切れた。

「……はあ」

 ため息を吐くと狭い個室の名でぼんやりとした声が反響した。便座の上に座り込んでいた俺は、そのまま頭を抱えて、今言われたことと現状を再度顧みた。まず女子会について、続いて「私たちも集まれるから」という発言について。そして少し頭を回せば、どちらの言葉にも「夏目」の存在が含まれていることは明白だった。

「おーい。瑛太ー」陽斗の声が聞こえた。「大丈夫かー。ゲロゲロ吐いてんのか?」

「……だから、大して酔ってないって」

「なんだよー。じゃあ、うんこマンじゃねえか」

 陽斗はそう言って、一人でゲラゲラと笑い始めた。

「小学生かよ」

 呆れを通り越して、苦笑いが顔の全面に浮かび上がった。

 用を足していない大便器の水をなんとなく流してから個室から出ると、真っ赤な顔をした陽斗が壁に手を付きながら立っていた。

「……大丈夫?」

 俺がそう問うと、陽斗はまた声を大きく上げて笑い出した。

「余裕余裕。俺、顔に出やすいだけで、全然。いや、本当にぜんっぜん酔ってないから」

 俺は陽斗のその言葉に別段否定も肯定もしなかったが、今日自分に課せられている役割がまた一つ増えることを予感して、もう一つ事前に大きなため息を付いておいた。

「さー瑛太。今日は飲もうぜ。どんどん飲むぞ」

「明日、仕事は?」

「そんな小さいこと気にすんなって。明日のことは明日になってから考えれば良いんだよ」

「……明日の朝考える暇があれば良いけどね」

 俺のそんな言葉は、陽斗の耳には届いていないようだった。

 

 自分たちの座席に戻ったとき、俺はすぐに口を開いた。

「それでさ。指輪のことなんだけど」

 陽斗が酔いつぶれる前にさっさと要件を済ませておいた方が良いという判断からきた行動だった。

「おう。そうだ。そうだった。それで、結局どんな指輪が良いんだ?」

 陽斗はジョッキを空にしながらそう尋ねてきた。

「いや、それこそ俺たちがここでいくら話していたって意味がないんだって。男共だけでどんなに議論を重ねたところで、女子が喜ぶ指輪なんてのは分かりようがないよ」

「なるほど。それも一理ある。……って、それじゃあ元も子もねえじゃねえか! どうすんだ? これ」

「だったらさ、女子の意見を直接聞けば良いんじゃないかって」

 俺がそう言うと、陽斗は目を大きく見開いた。

「おい、それってまさか。……葉月に直接聞くってことか?」

「……いや、この世の女子は別に森川さんだけじゃないでしょ」

「うん? じゃあどういう事だ」

 俺は一呼吸おいて、どこからどこまでを話すか一通り頭の中で整理した。

「……今さっき、乾さんと連絡とっていたんだけど、協力してくれるってさ」

「乾?」陽斗は思いっきり眉をひそめた。「乾って、あの乾? お前らどういう関係だ?」

「……それは話せば長くなるから、置いといて」

「うっわ、マジかよ瑛太。瑛太にも春が来たのか!」

 陽斗のその発言は、丁重に否定しておいた。そもそも真冬に春なんて、訪れるわけがないだろう。

「まあ、状況は良く分からないけれど、それで良いや。でも、大丈夫かよ。あいつ、指輪なんかより肉まんの方が喜ぶんじゃないか?」

 それに対して反論の言葉をいくつか考えてみたけれど、そのどれもが的を射ていないようだったので取りやめた。

「いや、逆に考えよう。だから、一般的な女子の意見というよりは、もっとも森川さんに近い位置に居る女子の意見の方が参考になるんじゃないかって」

「うーん……」

 陽斗は腕を組み、あくまでも難色を示す。

「まあさ、そういう事で。土曜日なら乾さんも空いているっていうから、その時に指輪を探そう」

 説得の材料として、夏目の名前を出してしまえばそれが一番楽なのかもしれないが、そんな大それたこと、俺にはできそうもなかった。……いや、それはそれで、乾さんに失礼なのではないだろうか。

「……なんだか釈然としないけどよ、まあ、人手は一人でも多い方が良いのか」

 幸いなことに、完全に酔っぱらった陽斗はもう考えることを放棄したようだった。真っ赤な手で、さらにそれよりも赤い顔を抑えながら陽斗はブツブツと独り言をつぶやき、そして勢いよく顔を上げた。

「よっしゃ。そうと決まったら今日はとことん飲むべ。ほら。乾杯!」

 俺は大きく息を吐いて、控えめにグラスを合わせた。

 

       〇

 

 陽斗を背負いながらの帰り道は、酷く足取りが重く、そして非常に長く感じられる険しい道のりだった。普通に歩けばたった十分ほどで着く距離であるはずなのに、陽斗が道端にうずくまるたびに足止めを食らっていたため、もうかれこれ三十分は寒空の下をほっつき歩いていた。

 陽斗が道端に唾を吐くたびに、俺はそこから目を逸らし、空を見上げた。良く晴れ渡った空には一面に星が散りばめられていて、名も知らぬ数多くの星座が俺たちのことを見下していた。

 今、例えばあのベテルギウスの位置からこの街を俯瞰したら、それは一体どのような景色なのだろう。この街の明かりも、やはり星空のように煌いているのだろうか。……柄にもなくそんな感傷に浸ってみたものの、俺たちの姿を空から客観的に見下ろしてしまえば、それはさぞ滑稽なものだろうと想像するのは難くなかった。

「だからよお。俺はさあ。今すぐにでも、いや、もうずっと前から、葉月と結婚したいって、思ってたのに、くっそお」

 陽斗の言葉は白い息となり、俺が返事をする代わりに北風が遠くへと押し流していった。ついでにこのえずき声もさらって行ってしまえば良いのに。そんなことを考えつつも、俺は陽斗の背中を擦った。

「ったく、瑛太は良い奴だ」

「次に飲むときは、その良い友人を労わって欲しいね」

「ホントだよなぁ。なぁ。俺もそう思うぜ」

 陽斗はそう言ってまた唾を吐き出した。粘性の富んだ唾液が道端の植物の葉にへばりついた一方で、俺のため息は瞬く間に大空へと霧散した。

「なあ陽斗。吐くならさっさと吐いてくれよ。いい加減寒くなってきた」

 俺がそう言うと、陽斗は激しく首を横に振った。

「いいや。俺は吐かないね。絶対に吐かない」

 そう言って陽斗は口元を抑える。

「はいはい。分かったから」

 俺はそう言って、さらに陽斗の背中を擦った。

 先ほど勢いよく首を振ったためか、俺が言葉をかけた直後に陽斗は吐瀉物を足元に散らばらせた。途端に辺りに酸性の臭いが立ち込める。ただ幸いにも、陽斗は誰の服も汚すことなく上手い具合に吐いてくれた。それだけでも十分なように思えた。

「瑛太ぁ」そう言って陽斗はまた咳をする。

「何?」

「ごめんなぁ」

「……いいって、別に」

 俺たちはそのまま、陽斗の顔色が良くなるまで道端に居座った。その間陽斗は何回か体を震わせたが、それ以上に吐き戻すことはなかった。

 陽斗の容態が落ち着いたのを見計らって、俺はまた陽斗を担いで歩き始めた。ペース自体はナメクジ並に遅かったものの、それでも一歩ずつ俺たちは前進して行った。

「なあ」陽斗が呼び掛けてくる。「瑛太って、良い奴だな」

「それはどうも」

 さっきも聞いたような会話の繰り返しだった。

「良い奴はさ、幸せにならなきゃダメだべ」

「……その言葉は、森川さんにかけてあげてよ」

「そうかもな。俺、葉月のこと幸せにできるのかなあ」

 陽斗にしては珍しい不安の吐露だった。

「できるかどうか、じゃなくて、幸せになるんだよ。二人で」

 良い奴は幸せにならなきゃダメなんだろ? なんて言葉は、俺には照れくさくて言えなかった。

「ああ、そうか、そうだな。よっしゃあ、俺、幸せになるぞー」

 ふらふらと夢心地な幸せ宣言を聞いて、俺は思わず苦笑した。

 

 陽斗を家に送り届けてから、俺は陽斗に対してすぐに、「土曜日の約束、忘れんなよ」とLINEを送った。陽斗が酒のせいで記憶をなくす可能性を危惧してのことだった。

 そして翌日、朝というよりも昼に近い時間帯に起きた俺は、重い眼をこすりながらもLINEアプリを開いた。しかし、まだそこには返信が来ていなかった。

 陽斗とのLINE画面を開くと、昨晩の言葉に既読の文字は付いている。それを見て、俺は今朝方の陽斗の慌ただしい様子をなんとなく想像した。それからスマホの画面をオフにすると、黒い平面に映る俺の顔はどことなく柔らかいものとなっていた。

 

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