Just Because! over and over   作:磯野 光輝

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Chapter 12 It's your strength

「今日会えない?」という旨のLINEが突然届いたのは昼下がりのことだった。別にそれだけなら大したことはない。むしろ忙しすぎる今日この頃の内では、ある種平凡な出来事であると言える。ただその差出人が陽斗でもなく乾さんでもなく、小宮でもなく中嶋でもなく、そして夏目であるはずがなく、森川さんだったというのは、少なからず俺の動揺を誘った。

 指定された場所は、湘南深沢駅だった。行くかどうか、俺は散々頭を悩ませたが、結局断る理由は何も見つからなかったために、OKというスタンプを送信した。

 行くという返事をした後も、森川さんが俺を呼び出そうとした理由について何度も何度も考え直した。その中で浮かんだ一番妥当な考察は、やはり陽斗との一件だ。むしろそれ以外に、俺と森川さんとの間で話すような事柄なんて存在しない。

 昨日俺と陽斗が男子会の中で「女子と相談するのが一番」という結論を出したのと同じように、向こうの女子会でも同じような議論が展開されたに違いない。そして手近に居た男子がたまたま俺だった。きっとただそれだけのことだ。……そう考えてはみたものの、いまいち釈然としない。はたしてそれだけのことのために、森川さんがわざわざ俺のことを呼び出すだろうか。

 となると、次に考えられる理由は……。いや。これ以上は、もう考えたくもなかった。

 

      〇

 

 俺と森川さんが二人きりで会うことなんて、今まであっただろうか。……いや、正確に言えばあった。森川さんが突然髪型を変えたあの日。でも、本当にそれくらいしかない。それに、今まで何度か「えのすい」LINEのメンバーで集まったことはあるけれど、その中でも森川さんと直接言葉を交わしたのは大してないと思う。それこそ、数え上げることができるほどに。

 だから俺は森川さんのことをほとんど何も知らない。それに俺の中に存在する希薄な森川さん像は、そもそもその大部分が陽斗の惚気話によって構成されている。

 さらに言えば森川さんに対しては、後ろめたい気持ちもあった。大学二年生のとき、森川さんの帰省に合わせて「えのすい」メンバーで会おうという話になっていたのに、俺と夏目の所為で流れてしまったから。

 つい先日森川さんと会ったのだって、高校を卒業して以来、つまりおよそ六年ぶりのことだった。そんな俺に対して、森川さんは会って何をしようとしているのだろうか。前日の女子会から続くこの流れは、俺に悪い予感しかさせなかった。

 

       〇

 

 俺が約束の時間の十分前に駅に着くと、森川さんはすでにそこに居た。

「ごめん。待たせた?」

 何となくそう聞いてみると、森川さんは首を横に振った。

「ううん。今バス降りたばかりだから」

 森川さんがそう言い終わると、瞬く間に辺りは静まり返った。青く晴れ渡った空の下で、風の吹く音が遠くから聞こえてくる。通りを走る車がまばらに音を発しては、すぐにどこかへと去ってしまう。

 どうにも気まずい中、何と話し出せばよいか迷っていると、森川さんが話しかけてきた。

「ねえ。少し歩かない?」

 そう言って笑う森川さんの顔は、ほんの少し困っているように見えた。

 

 森川さんに促されるまま、俺たちは歩き始めた。行先は全部森川さんが決め、俺はただその後を誘導されるがままに進んだ。歩き始めてから数分の間は風の冷たさに身を震わせていたが、それも少し体を動かしていると、段々と緩和されてきた。

「突然誘い出しちゃってごめんね。予定とか大丈夫だった?」と森川さんが聞いてきた。

「いや、俺はしばらく暇だから大丈夫だけど……。森川さんの方こそ大丈夫なの?」

「うん。今日やっておきたかったことは朝のうちに終わらせたし、それに、今は冬だから」

 そう言って彼女は小さく笑った。

 森川さんが指し示す道は、どこか見覚えがあるところばかりだった。俺がかつて高校生だったころに、いや、正確に言えば高校三年生の三学期に、何度も何度も通い続けた道のり。あの頃と同じ冬の匂いが、冷たい空気と共に体に溶けこんでくる。

「泉君はさ、年明けくらいまではこっちにいるの?」

 そう問われて、俺は返答に困った。

「……どうだろう。たぶんそうかな」

 この先の予定なんてまるで決めていなかった。ただ何となく仕事を辞めて、ただ何となくこっちに戻って来て、俺は一体、何をするつもりだったのだろう。

 俺がそうやって色々と考えている一方で、森川さんは少し吹き出して笑った。

「……今の笑いどころあった?」

 森川さんは笑いながら首を横に振った。

「ううん。違うの。泉君って色々考えているように見えるけど、実は突発的に行動する人なんだなって」

「それで笑ったんだとしたら、余計に意味が分からないんだけど」

 そう答えたものの、森川さんにつられて俺の口角も少し緩んだ。

「ふふふ。確かにね」そう言って彼女は大きく息を吸い、そしてゆっくりそれを吐き出した。「でも、それが泉君の良いところなんだろうね」

「……どうだろう。少なくとも、そんな褒められ方されたのは初めてだけど」

「そう? じゃあ。それに気付けた人は私が初めてなんだ」

「良いところって……」

 俺が理由を聞こうとしたそのとき、森川さんがそれを遮るように声を上げた。

「あ。ほら。見えてきた」

 そう言って彼女は人差し指を真っ直ぐ前に伸ばした。その先にあったのは、見覚えのある建物。

「柏尾川高校……」

 もちろん途中からここを目指していたのは分かっていた。でも、実際にその校舎を見かけると、どことなく懐かしい気持ちが込み上げてくる。ここに通っていた期間なんて、自分の人生の内でほとんどなかったはずなのに。

 俺たちはそのまま学校へと引き寄せられるように近づいていった。しかし当たり前だが、平日で授業中であるはずの校舎に堂々と入る真似なんてできないから、結局俺たちは校門の前で足を止めた。

 門から真っ直ぐに続く並木道、右手に広がる校庭と、その奥に立っている校舎。こうして眺めているだけでも、自然と頭の中に広がって来る建物の中の情景。教室の匂い、俺が通っていた部屋の椅子の座り心地。卒業式用に内装が施された体育館と、そして、生徒会長としての責務を果たす夏目の後ろ姿。

「なんだか、色々思い出してくるね」

 森川さんの言葉に、俺は無言でうなずく。

「私ね。時々思うんだ。もしもこの高校へ通ってなかったら、自分は今頃どうなっていたんだろうって」と森川さんは言葉を続ける。「ううん。それだけじゃない。もしも高校で吹奏楽をやってなかったら、もしもあの日水族館に行ってなかったら、そしてもしも、泉君がこの街に来てなかったら、って」

「……別に、俺は何もやってないって」

「本当に?」

「本当だって」

 そう互いに言い合って、お互いの顔を見合わせたとき、俺たちはどちらともなく笑い出した。別にそこに理由なんてない。理由なんてないからこそ、ただただおかしかった。きっとそれだけのことだ。

「ありがとうね。泉君」

 不意に落ち着いた声で森川さんが言った。

「何が?」

 俺が森川さんに謝らなくてはいけないことはいくらでも考えついたけれど、感謝されるようなことは何も思いつかなかった。

「きっと泉君が居なかったら、私と陽斗君は付き合うことなんて無かっただろうし、それに、いつも泉君には私たちのことで迷惑をかけていると思うから」

 そう言って陽斗の話をする森川さんの顔は、これでもかというほど輝いていた。眩しすぎて、思わず気後れしそうになって、目を逸らす。たぶん、きっとこんな森川さんのことをまっすぐに見つめられるのは、この世界で陽斗だけなんだろうと、心の中でそう思う。

「買い被り過ぎだって」

「そんなことないよ。あそこの校庭で泉君と陽斗君がやっていた一打席勝負。未だに良く覚えているもん。あれを見て私、居ても立っても居られなくなったんだ。一歩踏み出してみたいって。……と言っても、そのときはトランペットの練習を慌てて始めただけだけど」

 森川さんはそう言って、口元に手を当てて笑った。

 彼女が言っているのは、きっと陽斗との二回目の勝負のことだろう。陽斗が勝ったら森川さんへLINEの返信をすると約束して、そして俺が勝ったら、「ハッキリ」させると、そう誓った真剣勝負。

「でも、あれは結局、陽斗がホームラン打って良いところ持って行っただけだって。俺は関係ないよ」

「ううん。球を投げる人がいなきゃ打つことはできない。それに、陽斗君は相手が泉君だから普段以上の力が出せるんだと思うよ」

「どういう事?」

「泉君が誰よりも、一球一球を大事に、真剣に投げるから。考えて考えて考えて、そして最後に思い切って、最高の一球を投げるから。それがきっと、泉君の良いところだから」

 はたして本当にそうなのだろうか。……いや、そうだと信じよう。これが森川さんの俺に対する慰めの言葉だってのはもちろん分かっている。これが森川さんの優しさなんだって。きっとこんな彼女だからこそ、陽斗は真剣に愛しているのだろう。

 森川さんの言っている「考えて考えて考える」ということが本当に良い面なのかは分からない。この特質は、考えようによってはただ面倒くさい性格をしているだけだし、それにあるいは女々しいだけかもしれない。でも、俺のそんなところを良いところだと言ってくれる、森川さんの気持ちを蔑ろにしたくはなかった。そしてその先にある「ラスト一球」を、少し、信じて見たくなったから。

「ありがとう」

「ふふ。どういたしまして」

 そう言って笑う森川さんは、俺の記憶の中に居る森川さんとは少しだけ違うような気がした。これは、あのときの森川さんが一歩踏み出した結果なのだろうか。それとも、陽斗と一緒に居ることによって段々と変わっていたのだろうか。お互いがお互いを支え助け合えるように。俺たちとは違って。

「なんだか変わったね。森川さん」

 間違いなく良い方向に。

 しかし俺の言葉に対して、森川さんはゆっくりと首を横に振った。

「ううん。そんなことないよ。ただ緊張してるだけ」

「緊張? どうして」

「だって」と言って森川さんは大きく息を吸った。「だって、今日のこれは、デートだから」

 そう笑う森川さんの顔は、光の加減か冬の寒さの所為か、僅かに赤らんでいるように見えた。だけどその柔らかな表情を見ていると、ほんの少しだけ陽斗の惚気話の意味が分かったような気がした。例え、森川さんのその言葉と笑顔が本心から俺に向けられたものでなかったとしても。

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