Just Because! over and over   作:磯野 光輝

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Chapter 18 Bet or Surrender

「いやー、ごめんごめん。遅れちゃって……。あー……」

 そう言いながら乾さんが到着したのは、十三時二十分の事だった。彼女はこの場についた途端、俺たちの間の異変に気が付いたのか、どうにも気まずそうな様子をして後頭部に手を当て、苦笑いを浮かべた。

 結局俺と夏目は、「これでもう終わり」という会話をしてから乾さんが到着するまでの間、一言たりとも言葉を交わすことはなかった。ただ俺としては、夏目から変な気を使われて無理矢理話を繋げられるよりも、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待っている方がずっと気が楽だった。時間が過ぎ去っていくのを待ちながら、俺は時々夏目の顔を横目で盗み見たりしたが、何度見ても夏目はぼんやりと自身の鼻先を見つめているような顔をしているだけで、そこに時間変化なんてものはまるで存在しなかった。そして、そんな夏目の横顔からは、夏目の感情なんてものを読み取ることはできるわけがなかった。

 陽斗が来たのはそれから五分後の事だった。陽斗は遅刻をしたことなんてまるで気にも止めていないような様子でこちらに近づいて来て、そして笑顔を浮かべながら声をかけてきた。

「おー、瑛太! それに乾……、と、夏目?」

 一瞬、笑顔とも真顔とも断定できない表情を浮かべる陽斗。その陽斗の反応を見て、俺は今日夏目が来ることを陽斗に伝えていなかったことを思い出した。

「おっ、相馬久しぶりー」と乾さんはいささか元気が良すぎる調子で挨拶をした。きっと、今の俺と夏目の状況に気まずさを感じていたのだと思う。

「ひ、久しぶり」

 それとは対照的に、夏目はぎこちない笑みを浮かべながらそう言った。

「お、おう。久しぶり……、だな」

 陽斗はそう言いながら俺の方を見つめてきた。疑問と希望が入り混じったようなその目から、言葉を交わさなくても陽斗の気持ちがある程度理解できたため、それに応えるべく俺はハッキリと首を横に振って見せた。

「ま、まあ良く分からねえけど、夏目が居てくれるんなら今日は安心だな。いやー。乾だけじゃ正直不安だったから助かるわ」

 俺の意図を読み取って、陽斗はワザとらしく声を上げて笑った。

「お、何? 相馬―。私じゃ不満って言うの?」と乾さんは笑いながら言った。

「不安って言うか、だって乾、今日買うものは肉まんじゃないぜ」

 そんな会話がなされ、辺りには冬の大気の様に乾ききった白々しい笑い声が響いた。風が吹けば飛ばされてしまいそうなほどに軽い笑いだった。そんなただ中で俺と夏目は反応に困り、愛想笑いよりも控えめな笑みを無理矢理作り上げた。

 

 その後すぐに、俺たちはもともと行くつもりだったジュエリーショップへと移動を始めた。これ以上無駄な会話をせずに一刻も早く目的を遂げるべきだというのが、きっと俺たちの総意だったのだと思う。少なくとも、あの待ち合わせ場所に留まったまま四人で昔を懐かしむような会話をする余裕など、俺たちにはなかった。

 道中は自然と、夏目と陽斗のペアと俺と乾さんのペアに別れて話をしていた。店までの道のりを知っている夏目と、その横で会話をしている陽斗。その後ろに俺と乾さんは横並びになって付いて行った。

「あのさ……、どんな調子?」

 乾さんが声を潜めて聞いてきた。ずいぶんと漠然とした質問だったが、今の俺にはその問いの真意が痛いほどに理解できた。

「……どうも何も、見た通りだよ」

 俺はそうぶっきらぼうに答えた。

「んー……そっか」と乾さんはポツリと呟いた。

 俺と乾さんがそんな会話をしている一方で、前を行く夏目と陽斗はお互いに楽し気に話をしていた。風と僅かな距離があるため、二人の会話の内容までは詳しく聞こえて来ないが、どうも様子を察するに、陽斗が会話の中で弄られているような気がした。大方、森川さんの話でもして陽斗が惚気て、それに対して夏目があれこれ言っているのだろう。少し気恥しそうに後頭部を掻く陽斗の姿からは、そんな状況が想像できた。

「ねえ」と隣から乾さんが声をかけてきた。「大丈夫?」

「いや、別に。……大丈夫だって、なにもないよ」

 俺がそう静かに言うと、乾さんは「ふーん」とどこか不服そうにつぶやいた。

 それから俺たちは何一つ言葉を交わさなかった。その原因が俺にあるのは痛いほどわかっていたし、乾さんが俺に対して気遣ってくれた結果、話しかけてこないということは理解している。だけれど、周期的に地面を叩く二人分の靴の音と、前を行く夏目と陽斗の話し声のコントラストがあまりにも強すぎていて、思わず目を塞ぎたくなった。だけど、時々ちらりと見える夏目の横顔が、目を逸らそうとする俺を赦してはくれなかった。

 そのまま俺たちは重々しい空気を掻き分けるようにして、なんとか目的としていた場所へとたどり着いた。

 そのとき、突然思い出したかのように乾さんが声を上げた。

「あ!」

 その声を聞いて、前を歩いていた二人も振り返ってこちらを向いた。

「ど、どうしたの?」と夏目が首を傾げる。

「あー! 私たちちょっと用事があるんだった! だから二人は先入ってて」

 乾さんは分かりやすく棒読みでそう言った。

「……え? 私たち?」

 俺は彼女の言葉を繰り返した。それに対して、乾さんはウィンクを一回して合図を送って来た。

「ふーん」夏目は怪訝そうな表情を浮かべた。「そう、じゃあ私たちは先入ってようか」

「お、そうだな……」陽斗はそう言いかけて、俺の方へ目を向けた。俺はそれに対して、先に入店しておくようにハンドジェスチャーを送った。「っしゃあ、じゃあ俺たちは先入ってるわ。頼むぜ夏目―」

 そう言って陽斗は微笑み、こちらに軽く手を挙げた。俺もそれに対して手を挙げ返すと、二人はこちらに背を向けて店内へと入って行った。

「……で、どうかしたの?」

 入口の扉が完全にしまったのを確認してから、俺は乾さんに声をかけた。

「うーん。まあ、ここじゃなんだし、ちょっと歩こうか」

 乾さんはそう言って淡く微笑んだ。

 

 俺たちはそれから少し歩き、すぐ近くにあった公園へと場所を変えた。

「お、ブランコあるじゃん」

 乾さんはそう言って、少し駆け足でブランコへと近付いていき、そこへ腰を掛けた。

「ほら。泉も座りなって」

「いや、俺は……」

「立って話すのもなんでしょ? どうせ私たちの他に誰も居ないんだからさ」

「……はぁ」

 とやかく言うのも色々と憚れたので、俺は言われるがままに隣のブランコに腰を掛けた。

 こうやって改めて座り込むと、どっと疲れが押し寄せてくるような気がした。しかしそれも無理がないことだろう。今日は待ち合わせ場所に早くたどり着いて以来、つまり家電量販店をうろついてから現在に至るまでずっと歩き通しだったのだから。

 ほっと息を落ち着けてから、俺はゆっくりと公園全体を見渡した。ピラミッドの形を模したような遊具、広場の真ん中にポツリと置かれた滑り台。気温が寒いからだろうか。公園の隅から隅へとつぶさに目を通しても、そこには人影一つない。駅周辺の住宅街にポッカリ空いた穴、この公園からはそんな印象を受けた。

「で? 夏目さんとはどうなったの?」と乾さんが首を傾げながら聞いて来た。

「……どうも何も、最初から始まってなんかいなかったんだって」

 そう、全ては俺の思い上がりだった。そもそも始まるどころか、俺たちは本来、「あの日」に終わっていたのだから。

「それよりもさ、そっちが今日遅刻してきた理由の方が気になるんだけど」

 乾さんの言葉をはぐらかすために、俺は自分の方から先に質問を投げかけた。すると、

「え? あー……」

 と言葉を濁しながら、彼女は俺から目を逸らした。

「はあ」

 俺は思わずため息を吐いた。この乾さんの反応を見る限り、どうやら夏目の推論は正しかったようだ。

「いや、まあ、私としてはね……」と乾さんは目を泳がせながら話し始める。「わざと遅れてくることによって、泉と夏目さんの間の話が少しでも進んでくれれば良いかなーって、そう思ってたんだけど……。どうやら、二人の様子を見る限りお節介だったみたいだね」

「……まあ、夏目からしたら、清々したとでも思っているのかもしれないけどね」

「はあ」と今度は乾さんがため息を付いた。「それで? 泉はそれで良いの?」

「良いも何も、夏目が……」

「だから」俺の言葉を遮って、乾さんは言った。「夏目さんが、じゃなくて、泉が、それで良いの?」

 俺はそれに対して何も答えなかった。いや、答えることができなかった。

 俺は地面につけた足を支点にし、ブランコを少しだけ揺さぶった。すると金属の擦れる音が僅かに響き、地面に写る自分の影が揺れ動いた。ブランコの鎖を両手で軽く持つと、両手のひらには刺すような冷たさが走ったが、それでも構わずに鎖を握り続けていると、次第にその感覚も融解していった。

「私が来る前に何があったのか分からないけどさ、別にそんな悲観することもないとは思うけどね。……どうせダメならダメで、やれることだけは目一杯やってから諦めればよいじゃん。そっちの方が、後味はまだましだと思うけど?」

 所々口を挟む余地があるものの、パッと聞いた限りでは乾さんの言葉は正論だった。夏目の言ったことを引用すれば、「このプロポーズ大作戦が終わったら俺たちはもう終わり」なのだから、逆に言えばそれまでは色々と行動のしようがある。ただ、乾さんの言葉が正論であるが故に、少しばかり胸に来るものがあった。

「あのさ。俺がそんな次に切り替えられるような性格してたら、そもそもこんなことになってないって」

 自分でも驚くほどに強い口調でそう言った。けれど乾さんは僅かに細めた目で俺のことを見つめたまま、動じることもなかった。

「ふーん。まあ、頭の良い泉様様ですし? きっと私のような陸上馬鹿では? 思いもよらない深い考えをお持ちなんでしょうけど? ……だけど、偶には自分に素直になってみたら? 夏目さんが、とか、常識とか性格とかじゃなくてさ」

 俺はその言葉に対して何も答えなかった。今度は言葉が出て来なかったというよりは、あえて何も口に出さなかった。これ以上の発言は、何を言っても口論に発展しそうな、そんな物々しい雰囲気がこの公園一帯には流れていた。

 そんな俺の様子を悟ってか、しばらくたってから乾さんは「ごめん」とそうつぶやいた。

「ごめん。……何やってるんだろうね、私たち。こんな話するために呼び出したわけじゃないのに」

「良いって、別に。乾さんが言いたいことは伝わったよ」

 俺がそう言い終わると、またそこで会話が途切れた。

 公園内を強い風が吹き渡った。凍えるような冷気をまとったそれは、公園の隅から隅を舐めるように渡り歩き、敷地内にある僅かな草花をくまなく揺らした。その間、俺は背中を丸めて風が止むのをただじっと待った。やがて風が通り過ぎて行ったとき、辺りには腕時計が鳴らす秒針の規則的な音だけが残っていた。

 横目で乾さんの様子をチラリと伺うと、彼女は俯いたまま自分の右ひざをジッと見つめていた。視線の先に添えるように置かれた彼女の手は、僅かに震えているようにも見えた。そんな姿が彼女の比較的大きい身長に対して酷く弱々しく見えて、俺は先ほどまでの自分の態度を少し悔い始めた。

 もう一度、強い風があたりに吹き渡った。冬の寒さを体全体で感じて、思わず天に向かってため息を吐いたそのとき、

「あー! もう!」と突然乾さんは大声を出した。「ねえ、泉。勝負しようよ」

 乾さんにしても、このなんとも言えない現状をどうにかしたいと考えていたのだろう。ただ、その結果が勝負というのは、俺からすればどうにも先行きが見えない発言であるように思えた。

「勝負?」俺は思わず聞き返した。「何の勝負?」

「ブランコといったら靴飛ばしでしょ!」

 そう言って乾さんはおもむろにブランコをこぎ始めた。

「いや、……別にやるとか言ってないから」

「へー。じゃあ、泉の不戦敗で良いんだ」

 そう言いながら、彼女はどんどんとブランコの振幅を強めていった。地面すれすれを通る彼女の脚、その中で器用にも彼女は右足の靴を脱いでつま先に引っ掛けた状態を作り出した。

「良いよ。別にそれで」

 正直、彼女の言葉の節々からは挑発的な意図が読み取れたし、内心あまり心地の良いものではなかった。ただ一方で、その行為が乾さんなりの確たる意志の下の行為であることも理解はできた。だけれど、俺自身そんなやすい煽りを受けて勝負に乗るほど子どもではなかったし、それに、彼女の心遣い(あるいはそれは、ただの勘違いかも知れないが)を享受するほどの心の余裕も持ち合わせてはいなかった。

「ふーん。言っておくけどこのゲーム、大切な物賭けるつもりだから、不戦勝を選ぶならそれなりの覚悟をしておいてよ」

 彼女のブランコは最高点に達し、後はもう靴を放り出すだけという状態になった。

「そんな一方的な。……賭けるって、何を?」

「うん? 告白」

「……は?」

 俺が聞き返したその瞬間、「せい!」という掛け声とともに彼女の靴は宙を舞った。彼女のピンと伸ばされた右足から靴が放たれるその瞬間が写真で切り抜いたかのようにハッキリと目に映り込んだ。靴底からパラパラと落ちる砂粒、ブランコの鎖が激しく軋む音、そして、乾さんの真っ直ぐ前を睨むような強い眼差し。余りにも突然すぎて、止める間もなかったその一連の動作が印象的に脳内に刻み込まれる。放たれた靴の軌跡。それはおよそ完璧に近い放物線を描き、遠く遠くの地面へと乾いた音を立てて着地した。

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