Just Because! over and over 作:磯野 光輝
俺と乾さんが再びジュエリーショップに戻ったとき、陽斗と夏目はすでに買い物を終えていたようで、二人は店先で話をしながら時間をつぶしていたようだった。
「ごめん! おまたせ!」と乾さんが言った。
「ううん。こっちも今終わったばかりだから」と夏目が首を振りながら答えた。
そんな二人の些細な会話の狭間に、小さなアイコンタクトが一つ交わされる。裏で何が行われたかは分からないが、どうやら二人が今回の買い物のために事前に組んでいた作戦は成功したようだった。そんな二人の様子を横目に、俺は陽斗にそれとなく質問をした。
「それで、買ったの?」
「ふへへ」陽斗が気味の悪い笑みを浮かべた。「おうよ。とびっきり最善の奴をな」
とびっきり高価、ではなく、とびっきり最高、でもなく、「とびっきり最善」という表現はどこか独特で含みのある言い方のように思えた。しかし、陽斗の手に抱えられている紙袋を見る限り、少なくとも何かを買ったことは事実であるようだった。
「まあ、良く分からないけど、陽斗が満足ならそれで良いや」
なんだか俺だけが現状についていけていないことに不満を覚えるが、とりあえず事態は穏便に済んだようだ。
「まあ、陽斗が満足なら何でも良いや」と俺は言った。
「ハハハ。あとは明日を待つだけってことよ」
それは頼もしいね、なんてことを白々しく言いたくなったが、言葉を発する前に陽斗がさらに話を続けた。
「いやー、それよりも安心したら腹減って来たべ」と陽斗は言った。「なあ、夏目?」
「え? 私?」と夏目は答えた。
「いやー。さっき昼めし食ってきてないって言ってたべ?」
「いや、言ったけどさ……」
そう言って夏目は肩をすくめた。
「夏目さん、昼食べてないの?」と乾さんが言った。「実は私もなんだよねー。もうお腹ペコペコ。泉は?」
「俺?」
とりあえず疑問形で答えたものの、一人だけ早い時間に集合して昼飯を抜いているのだから、もちろん腹は減ってる。ただ、それ以上に心配事ばかりが頭を占めていて。俺は返答に困った。
「うん、まあ……」
そうして呟くように俺はそう言った。
そんな曖昧な返事を陽斗は肯定と受け取った様だった。
「よし! じゃあ決まりだ! 飯だ飯!」
そう満面の笑みを浮かべる陽斗のことを、俺は心底羨ましいと思った。
〇
移動中、乾さんと夏目が先導して歩く中、俺は陽斗に耳打ちするようにして話しかけた。
「それで、結局のところ上手く行きそうなの?」
すると陽斗は心地の良い笑顔を浮かべながらそれに答えた。
「大丈夫だって、心配すんなよ」
その口調から、陽斗は心の底から自信に満ち溢れているのだと見てとれた。
「ふーん。まあ、大丈夫なら良いんだけどさ」
「おうよ。任せとけ」と陽斗は言った。「それよりも、瑛太の方だろ? 問題はさ」
「俺?」
「本当に、どうするつもりなんだ?」
陽斗はそう言って、前を歩く夏目の方へチラリと目を向けた。乾さんと楽しげに話す、数メートル先の、夏目の横顔――。
「……別に、なるようになるだけだって」
「なるようになる、か」と陽斗はうわごとのように繰り返した。「否定はしないんだな」
俺はそれに何も答えなかった。
「まあ、俺が瑛太と夏目に関して言えることなんて何もないと思うし、それに正直、俺自身偉そうに何かを言えるわけでもないし……。ただ、さ。後悔だけはすんなよ。俺にできる事があれば、協力するからさ」
「……ああ」
俺はそうやって相槌を打ちながら、ただ前だけを見つめていた。
やがて俺たちがたどり着いたのは、少しこぢんまりとしたイタリア料理店だった。そこは俺と陽斗だけであれば絶対に入店しないようなオシャレ感を醸し出した個人店で、現に利用している客層も若い女性が大半であった。こういう店に来るのは、随分と久しぶりであるような気がした。
店内はある程度混み合っていたものの、ありがたいことにすぐに四人掛けのテーブル席に案内された。ちょうど昼食を終えたグループと入れ違いになったらしい。そんなことをいちいち頭で認識していると、より一層空腹感が増してきた。
座席の並び方としては、俺の隣に陽斗が、正面に乾さんが座り、そして俺から一番離れた対角線上に夏目が座った。
その食事の中で何か変わったことがあったのか、と聞かれれば、何もなかったと答えるしかないだろう。何もない。それははたして、俺にとっては救いなのだろうか。
会話のかじ取りは大体が陽斗か乾さんが取ってくれた。そして俺と夏目は、それぞれの話に対して笑いながら相槌を打った。もちろん、俺か夏目がきっかけとして会話の連なりが始まることもあったが、その場合には場の空気がどことなくぎこちなくなるのを肌で感じた。陽斗と乾さんが空気を読み過ぎてしまった、というのも、そうなってしまった要因の一つだろう。しかし、その主たる原因は、間違いなく俺たちにあった。
前菜を食べ終え、メインとなる食事が運ばれてくる直前、陽斗が思い切ったように口を開いた。
「なあ、あのさ、……明日の事なんだけど」
陽斗の突然変わった声のトーンから、この発言がおそらく先ほど言っていた「協力」に当たるのだろうな、ということは容易に想像できた。発言した後で困ったような目線をこちらに向ける陽斗の姿から、想像は確信に変わる。
「え、……何、突然」
陽斗の正面に居た夏目が少し身を引きながらそう言った。しかしそれに対して乾さんが声をかぶせるように、
「ちょっと相馬、なんか焦り過ぎだって」
と笑って言った。
「お、おう、すまんすまん」と陽斗は言った。「で、でもよ。だって今日集まったのだって、それが本題と言えるだろ?」
「まあそうだけどさ」と乾さんは言った。「それで、明日の事って?」
「おう、何と言うかよ。……とりあえず明日、葉月と『えのすい』行くことになってんだけどさ」
「え? また行くの?」と俺は尋ねた。
「お、おう。前回あそこで失敗したからこそ、そこでやり直したいなって」
「ふーん」と乾さんが言った。「それで? またクラゲの前でプロポーズするの?」
その言葉で夏目は頭を抱えてため息を付き、陽斗は「なっ」と小さく声を出した。
「ち、ちげーし! 俺あのときの俺とはちげーし。……と言うか、何でお前らクラゲの事知ってんだよ!」
「さあ、なんでだろうねー」と言って乾さんは肩をすくませた。
「おい! ……夏目も知ってんのか?」
「……さあねー」
夏目はそう答えつつも、その口元は少し緩んでいるようだった。
「はぁ。……瑛太―」
陽斗がこちらを恨めしそうに見つめてきた。
「……別に」と答えて俺は話をはぐらかすことにした。「それで? 結局のところ前回とは何を変えるつもりなの?」
「おう、そうそう。実は当日のプラン自体はもう出来上がってんだ。さっき店の中で夏目と話し合ってさ。なあ、夏目」
「まあね、それ選んだのだって、実質私だし。それに合わせたシチュエーションだって考える必要でしょ?」
苦笑いを浮かべながら、夏目は陽斗が膝の上に置いている紙袋を指さした。
「へー。だったら何が問題なの?」と乾さんが尋ねる。
「そう、そこなんだけどさ」
陽斗のその口調はどこか大袈裟で、演技臭く、違和感を覚えた。そしてとってつけたかのようにひらひらと動かす陽斗の両手を見て、その違和感は確信へと変わった。
「まあ、何と言うか」と陽斗は言葉を繋げた。「確かにプランは決まっているんだ。だけど、それをちゃんと『俺が』遂行できるのかが、どうも不安でさ。はら、俺には前科があるだろ?」
「クラゲのね」と乾さんは失笑しながら言った。
「あんまりクラゲくらげ言うなよ。……まあとにかくさ、前回失敗したこともあって、今回は絶対に成功させたいし、それで、情けない事なんだけどさ……」
と陽斗はそこで言い淀んだ。そこに乾さんが、
「つまり、当日私たちに隠れてついて来て欲しい、という事?」
すると陽斗は大袈裟に頷いて見せた。
「そうそう。本当に申し訳ないんだけど、つまりそういう事なんだ」
俺と夏目はほとんど同時にため息を付いた。俺と夏目が同じことを考えているのかどうか、それは分からないが、少なくとも「ため息を付きたい」という気持ちだけは、かなりのシンクロ率で共有できているようだった。
陽斗が言っていた「協力」とは、つまりこのことだったのか。クリスマス当日、俺と夏目が自然に顔を会わせられるようにする口実を作る、という事。
ありがたいことに変わりはないのだろうが、陽斗が自信ありげにこちらに向けて笑顔を向けている一方で、唇をかみしめながら自身の指先をじっと見つめる夏目の姿を見ていると、きっと夏目もこの「協力」に気が付いているのだろうな、と薄々感じた。
「へー」と乾さんは真っ先に声を上げた。「面白そうじゃん。良いよ。私は別に」
言い終わると、彼女はチラリとこちらに視線を向けてすぐに戻した。この行動、つまりここまでは予定調和なのだろう。乾さんも「協力」の「協力関係」にあるという事だ。となると問題となるのは、俺と夏目の返答次第ということになってくる。
「お! マジか、助かる! それで、夏目と瑛太は?」
先に口を開いたのは夏目だった。
「純粋に疑問があるんだけどさ。うーん。どうなんだろう。仮に私たちがコッソリ付いて行ったとして、それで役に立てることってあるのかな?」
「ある! 絶対ある! めっちゃある!」
陽斗は食い気味にそう答えた。
「めっちゃあるのも問題だと思うんだけど……」
その夏目の意見も、もっともだ。
「まあ、あんまり深く考えなくても良いんじゃない?」と乾さんが言った。「めっちゃあるにしろ、ないにしろ、とりあえず後を付けておけば何かがあったときにサポートできるかもしれないし、それに面白そうじゃん。どうせ私、明日暇だったし」
「うーん。そうなんだけどさぁ」
未だ迷うそぶりを見せる夏目に対して、乾さんは追い打ちをかけた。
「あれぇ? これ言って良いのかどうか分からないけど、私『この前』夏目さんがクリスマス当日暇になりそうだってぼやいていたの、聞いちゃったんだけどなー」
「この前」というのは、おそらく女子会のことを指しているのだろう。夏目の反応と乾さんの言葉のニュアンスから、そんなことが感じ取れた。
夏目は慌てたように二、三回「あ、あ」という短い声を出しては、ついに諦めたように深いため息を付いた。
「いや、言ったけどさ……」
「頼む夏目! この通りだ!」
陽斗は深々と頭を下げた。
「はぁ、まあ、仕様がないか」
夏目のその言葉からは、どこか自分自身に言い聞かせているような、そんな雰囲気が漂っていた。
「ありがとう! 夏目! ……という事で、瑛太はもちろん俺に『協力』してくれるよな?」
今度は俺が深く息を吐く番だった。ただ、そのため息は、はたして安堵のために吐いたのか、それとも落胆のためなのか、あるいはもっと別の理由があったのか、自分の事であるはずなのに俺はそれを理解することができなかった。
「はは、夏目さんと泉、同じ反応してるよ」
乾さんはそう言って笑った。結局のところ、そう言ったところが、俺と夏目が似た者同士と呼ばれる所以なのかもしれない。