新訳桃太郎   作:ロッシーニ

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負け犬の遠吠え

「うーん、住所だとこの辺なんだけどなぁ…。あの野郎…去年も年賀状送って来なかったし…。まさか主人に黙って引っ越したとかじゃねぇだろうな…」

 

犬から一昨年届いた年賀状に書かれた住所を頼りに犬の住む街へとやってきた桃太郎。先ほどからそのはがきを片手に犬の家を探しているのですが、なかなかそれが見つからないのです。

 

桃太郎がキョロキョロと辺りを見渡してみると、前方の大きな家老屋敷が目に映りました。高い塀に囲まれて、入り口付近には監視カメラまで備え付けられているのに、なぜか門が開けっ放しになっています。

 

 

もしや、これは空城の計…。

何かの罠…。

鬼達の仕業だろうか。

 

 

桃太郎はそう警戒しながらも、吸い込まれるように入り口に近づいて行きます。

するとそこから、若い女性の甲高い声が聞こえてきました

 

「ほら、キャンディちゃん! とってくるのよ、えい!」

 

その緊張感のない声を逆に不審に思った桃太郎が屋敷の門の中を覗きこんでみると、そこには制服を着た女子校生の姿がありました。

色白な肌と、それとは正反対の色をした真っ黒いロングヘアーが印象的な美少女です。

 

そんな彼女を見ると、桃太郎が先程まで抱いていた警戒心はどこかへ吹き飛んでいってしまいました

 

「うーん、なかなか可愛い子だな…。よし、あの子に電話番号を聞くついでに犬の居場所を知らないか聞いてみよう」

 

桃太郎は開けっぴろげになっている屋敷の門を無断で潜り抜けて女の子に近づいていきました

 

 

「あのー、すいません…」

桃太郎がそう声をかけると、女子校生は振り返り、目を見開いて叫びました

「えぇー!」

 

驚かせてしまったか。屋敷に無断で入って来たのだから当然だ。何とか怪しい者ではないという事だけでもわかってもらわないと後々マズい事になるな…。

 

そう思った桃太郎。

「あ、いきなりすいません」

と申し訳なさそうな顔を懸命に作って深々と頭を下げますが、その必要はなかったようです。

 

「あ、あなた、あの有名な桃太郎さんですよね!」

「まぁ、はい…」

 

桃太郎が間の抜けた返事をすると、女子高生は両手で桃太郎の右手を握り、言います

 

「私、ファンなんです!」

返ってきたのは余りにも都合のいい言葉でした

「あーどうも。サイン書きましょうか?」

調子にのった桃太郎が自ら申し出ると、女子高生は着ていた制服の裾を力一杯引っ張りました

「是非、お願いします!」

どうやら、制服の腹の部分にサインが欲しいようです。

 

この制服、明日からも着て行かなきゃいけないんじゃないの?

こんなところにサインしていいのか?

 

桃太郎はそう疑問に思いましたが、直接それを聞くような事はしませんでした。

 

どうやら、ファンとはそんなモノらしい。

桃太郎には何度も同じような経験がありました。

 

そんな訳で、桃太郎が女子高生の制服にスラスラとサインを書いているとそこへさらに声がかかりました

「も…桃太郎さん…」

 

何だ? またファンかな? 

そう思って桃太郎が振り向くと、そこには体中に真っ白い毛を生やした獣の姿がありました。

 

そう、彼こそが桃太郎の探す犬でした

 

「おぉ! 犬じゃないか!」

桃太郎は探し人を見つけた達成感と懐かしさからハイテンションで叫びますが、犬の反応はそれと正反対でした。桃太郎を激しく睨んで言います

 

「桃太郎…。あんた…今さら何しに来やがったッ…!?」

 

その言葉に真っ先に反応したのは桃太郎本人ではなく、女子高生でした。

彼女は目を丸くして言います

 

「あの、桃太郎さんはキャンディちゃんと知り合いなんですか?」

 

桃太郎は頷きます

「あぁ、それはもう。一緒に鬼退治をした仲だからさ」

「えぇ! 桃太郎さんと一緒に鬼退治をした犬ってキャンディちゃんだったんですか!」

 

そんな女子校生の様子を見て桃太郎が犬に言います

「おい、犬。何でそんな事も言ってないんだよ。お前の人生で一番の功績じゃないか」

 

そこまで言うと、犬が明らかに態度を変えました

「ハハハハハ!」

犬は高笑いした後に続けます

「あのなぁ、桃太郎。俺はあの頃の事はもう忘れたんだよ」

 

犬のただならぬ様子に何かを察した桃太郎。

まるで何かを確かめるような口調で言います。

 

「犬…。お前、しばらく会わない間に何があった…?」

「知りたいか?」

「あぁ…。だいたいお前、あの頃は犬のクセに誇り高い一匹狼とか言って野良を貫いてたじゃないか! いつの間にか、こんな飼い犬に成り下がりやがって!」

 

犬はそう叫ぶ桃太郎を鼻で笑います

「俺は昔も今も変わらない。俺は昔からあんたの飼い犬だったのさ…」

「どういう事だ!?」

「わからないのか!? じゃあお前は何で今まで俺を訪ねて来なかった? 鬼退治の手柄を独り占めしやがって!!」

 

それを聞くと桃太郎は若干気まずそうにうつむきます

「そりゃあ…忙しかったからさぁ。テレビ出演に講演会、それに県議会の活動も…」

「県議会…?」

 

犬が首を傾げると桃太郎は急に饒舌になりました

「あ、お前知らなかったのか!? 俺、この前の地方選で見事に当選を果たしてな…。やがては国政にも進出しようと思ってるから今度の選挙では応援宜しくな」

 

桃太郎は懐から名刺を取り出して犬に渡しますが、犬は受け取ると、すぐさま、それを二つ折りにします。そうすると表からは桃太郎の名前や県議会議員の肩書が見えなくなり、電話番号の部分だけが見えるようになりました

 

「あんた…こんな事までやってたのか…」

そして桃太郎を見て言い放ちます

「俺は今のあんたに興味なんかない。でも、俺がたてた手柄の分の金の催促はしないといけないからな。電話番号だけ貰っておくよ」

 

桃太郎は半ば呆れた様に言います

「手柄ねぇ…。わかった、わかった。やるよ」

しかし、犬は信用しません

「県議会議員様の発言は信用できないな。だいたい約束を守る政治家なんて聞いた事がない」

「トラスト ミー!」

「余計に信用できないな」

「いやいや、だからさ。政治家も大きな支持団体との約束は守ってるよ。破るのは守る事になんの価値もない有象無象の無党派層との約束だけだってば。つまり、見返りさえあればちゃんと約束は守るんだ」

「要するに交換条件か…。俺に何をさせる気なんだ?」

 

さすがに物分かりがいい。

犬の言葉を聞いて桃太郎はニヤリと笑いました

 

「最近また鬼が出没するようになっててな。そこで俺はもう一度鬼退治をする事にした。だからお前も力を貸してくれないか?」

 

それを聞くと犬は吐き捨てました

「ふん、バカバカしい。そんなのが交換条件になるか。俺が手柄を貰うのは当然の事。だがこのままじゃお前は権力と知名度を利用して逃げるだけだから多少の望みは聞いてやろうと思ったが…。もう一度鬼退治だぁ? ふざけんな。労力も危険も大きすぎる」

 

今度は桃太郎が鼻で笑います

「お前賢くなったな」

「騙されて賢くなったのさ…。だいたいお前みたいな地位も名誉もある人間が今さら鬼退治なんて…どういうつもりなんだ?」

「決まってるだろう。ボランティアだよ、ボランティア。俺は心が清いからな…。」

「へっ、笑わせやがる。どうせ次の選挙の為の功績作りだろ。必死だな」

「そんな事ないって。俺はただ神の国、日本をこの未曾有(みぞーゆー)の危機から救いたいだけなんだってば」

 

桃太郎は政界で培った演説技術で必死に説得しましたが、どの言葉も犬には響かなかったようです

 

「お前、さっきから政治に染まったような発言ばっかりだぞ。それにお前は俺との約束は絶対に守らない。なぜなら俺は飼い犬…。人間で言えば、そう。ニートだ。こんな立場の俺がいくら叫んだってお前の地位は揺らがない。どうせ今回も使い捨てるつもりなんだろ」

 

桃太郎は犬の目を見て縋るように言います

「わかったよ。確かに俺が悪かった。謝るよ。だからあと一回力を貸してくれ。今度は手柄もキチンと…」

「ダメだ。信用できない」

「俺達、仲間じゃないか」

「俺はもうお前を仲間だとは思ってない」

 

それを聞いた桃太郎は呆れたように言いました

「わかった、わかった。じゃあもうお前には頼らないよ」

 

にらみ合う桃太郎と犬。そこへ女子校生が声をかけます

 

「ねぇ、キャンディちゃん。本当に行かなくていいの?」

「あぁ」

 

犬が頷くと女子校生は桃太郎に向かって言いました

 

「桃太郎さん、じゃあ私を連れて行って下さい」

その発言に思わず、桃太郎も犬も声をあげて驚きます

「えぇ!?」

「だって鬼問題は桃太郎さん達だけの問題ではありません。みんなの生活に関わる重大な問題です。キャンディちゃんが行かないなら飼い主として私が行きます。それに私、ずっと強くて勇敢で高潔な桃太郎さんに憧れてたんです」

 

そんな女子高生に対して犬が叫びます

「やめろ! 君はTVで見るイメージに騙されている! ソイツはそんな人間じゃないんだ、君は桃太郎が鬼ヶ島でやった恐ろしい所業を知らないだろう…」

 

それを聞いても女子高生の真っすぐな瞳は揺らぎません。

女子校生は犬の頭を軽く叩いて言います

 

「英雄の桃太郎さんにそんな事言ったらダメでしょ」

「そんな…俺は君を守ろうと…」

「じゃあキャンディちゃんが行ってくれるの?」

「それは…」

 

犬が口ごもると、桃太郎は得意げに女子校生の肩を抱きました

「犬、もういい。俺はこの子を鬼ヶ島へ連れて行く。俺もお前みたいな奴より女の子と旅をした方が楽しいからな。じゃあな、犬。貧乏人は麦を食え」

 

桃太郎はそう言い残して犬に背を向け、女子高生もそれに駆け足でついて行きます

 

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こうして桃太郎は女子校生と共に次なる仲間、猿のもとへと旅立って行きました

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