新訳桃太郎   作:ロッシーニ

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猿の倍返し

犬のもとを後にした桃太郎と女子高生がやってきたのは岡山県一の都市、倉敷市です。

 

馬と牛車がかけ抜ける大通りと、その脇に建ち並ぶ高層ビル。

そんな街を桃太郎と女子高生は腕を組み、イチャつきながら歩いています

 

「ねぇ、ダーリン。猿さんってどんな人なんですか?」

 

女子高生の言うダーリンというのは勿論、桃太郎の事です。

イケメンかつ、女性経験が豊富な桃太郎にとって、ここに来るまでに、純粋な女子高生一人を口説き落とすのは簡単な事でした。

 

桃太郎は信じられないような速さの舌使いで女子高生の口にディープキスをかましてから答えました

 

「あぁ。猿ね。何かおしゃべりな上に品がない奴だったなぁー。アイツ、何かある度に『きび団子くれ、きび団子くれ』ってうるせぇの。だから俺、アイツにはあんまり頼み事しなかったね。専ら俺に忠実な犬とか頭のいい雉をパシってたよ」

「そんな役にたたなさそうなの、無理矢理連れて行く必要ないんじゃないですかぁ?」

 

先ほどの濃厚なキスのせいで未だに顔を火照らせたままの女子高生がやや虚ろな声で疑問を呈すと桃太郎は

「ハニー。君は、全く…。君は俺と二人で旅がしたいだけだろう?」

と言い、再びディープキスをブチかましてから答えました

 

「まぁ、でもその分、単純だから扱い易いんだよな。きび団子さえやれば水の中でも泥の中でも突っ込んで行くし」

 

そんな話をしながら、この高層ビル群のなかでも一際、背の高い建物の前に差し掛かると、桃太郎は足を止めました。

そして、犬の時と同様に手がかりにしてきた一昨年の年賀状を懐から取り出して言います

 

「住所によるとココみたいなんだが…」

 

しかし、桃太郎には猿がこんな立派な所に住んでいるとは思えませんでした。なにしろ、初めて会った時には家に屋根もついていなかったのですから。

戸惑い、立ち止まっていると、ビルの自動ドアが唐突に開き、中からスーツ姿の男が出てきました。そして桃太郎達に語りかけます

 

「桃太郎様とお連れの方ですね。お二人の事は社長から聞いております。さあ、どうぞ、中へ」

 

男は眼鏡の下から涼やかな瞳を覗かせ、微笑みながら言いましたが、桃太郎はそんな彼に素直に従う事はできませんでした

 

「オイオイ。お前、俺達が何をしにきたか知っているのか?」

男は頷きます

「ええ、勿論。わが社のネットワークならその程度は朝飯前の事…。社長は全てお見通しですよ。だからこそ、私はあなた方を迎えに来ました。さあ、どうぞ。社長がお待ちですよ」

自信満々に手招きする男に桃太郎は呆れました

「あのさぁ。言っとくけど、人違いじゃないか? 俺が探してるのは昔、一緒に旅をした猿でな。社長なんてガラの奴じゃないんだよ」

 

それを聞くと男は不敵に微笑みます

「騙されたつもりで一緒に来てください。ガッカリはさせません」

 

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桃太郎と女子高生は眼鏡の男に連れられてエレベーターに乗り込みました。

ドアがしまるとエレベーターは一同にフワッとした感覚を与えながら急速に動き出し、一気に50階まで浮上しました。

 

チン――

 

そう音がしてエレベーターのドアが再び開くと、男は二人に対して先に降りるように促しながら言いました

 

「このエレベーターは社長室専用のモノになっています。ですから目の前の扉をあけたらもう社長室ですよ。いよいよ、社長とご対面ですね。桃太郎様、嬉しいですか? 嬉しいですか?」

 

さっきから社長、社長、うるせぇなぁ。その社長とやらに一番会いたがってるのは俺じゃなくてお前じゃないのか。よし、コイツのあだ名は社長信者だ。

桃太郎はそんな風に思いつつ、男に付いて行きました。

 

 

扉が開き、桃太郎の視界に映ったのは整理整頓の行き届いた広い部屋。壁に絵画がかかり、隅には観葉植物が置いてある、いかにも『社長室』といった感じの落ち着いた空間です。

しかし、唯一、普通のイメージと違ったのは部屋の中央に位置する机の上から覗いていたのが、やけに低い椅子の背もたれと毛むくじゃらの後ろ頭だった事でした。

男は二人を部屋に招き入れると、その毛の塊に向かって言いました

 

「社長、桃太郎様をお連れ致しました」

 

それを聞くと『社長』は椅子ごとグルッと回転して真っ赤な顔を桃太郎達に向けました。

 

その顔を確認すると桃太郎は言いました

 

「よぉ。久しぶりだな、猿」

「ええ。お久しぶりですね。桃太郎さん」

 

猿の声は昔のイメージとは裏腹にとても落ち着いたモノでした。

そんな様子を見て女子高生が桃太郎に耳打ちします

 

「何だか凄そうな方ですね」

 

他の奴にはそういう風に見えるのか…。

桃太郎は思いました。

 

昔の猿を知る桃太郎からすると、彼の高級スーツ姿は下品な野生動物が必死にブルジョワの猿真似をしているようにしか見えません。

 

「猿のクセに随分儲かってるみたいじゃねぇか」

 

桃太郎が言うと猿は感慨深そうに頷きました

 

「えぇ。貴方のおかげで、私もあれから随分と賢くなりましてね」

「俺のおかげ?」

 

桃太郎が首を傾げると猿はすかさず説明を始めました

「ほら、前回の鬼退治の時、桃太郎さん、宝を持ち逃げしたでしょう? 当時の私は強欲でしたからね。あれが本当に悔しかった…。それからどうやったら貴方より偉くなれるか考えたんですよ。それで選んだ道が起業家だった訳です。政治家なんてコネや知名度があれば簡単になれる。やはり、この国を作ってきたのは優秀な経営者達ですよ」

 

自分が再び鬼退治の旅に出たという、今のところ特に誰にも宣伝していない情報をキャッチできた猿なら当然、自分が県議会議員になった事くらいは知っているはず…。そう考えた桃太郎はその言葉を自身への挑戦だと受け取りました

 

「ほう。猿は県議会議員の俺にケチをつける気か? 偉くなったな。お前も」

それを聞くと猿は大きく首を横に振りました

「いやいや、滅相もない。私はむしろ、政治に大きく期待しているのです。だからこそ、桃太郎さんの所属する『お伽党』にも多額の献金をさせて頂いているのですから」

 

「へっ!?」

桃太郎は驚きました。相手が昔の子分という事で、いかに出世していようとも偉そうな態度で接し続けていましたが、それが所属政党への出資者であるとなると、話が変わってきます

 

「あ、あのー。猿様は我が党への出資者であらせられるのですか? 」

急にお行儀の良くなった桃太郎に猿は穏やかに言いました

「そんなに固くならないで下さい。私と桃太郎さんの仲じゃないですか。昔、騙された事だって今では感謝しているんですよ。あれが無ければ今の私はなかった」

「ははっー。猿様。流石に心がお広い…」

 

平伏すような態度の桃太郎。猿はその一瞬で互いの力関係を見極めたようです。桃太郎を試すように言いました

 

「ただ、私はお伽党の政策全てを無条件に支持している訳ではないのですがね…。それはわかっていただきたい。特に現執行部の人員刷新は急務だと思っています」

「我が党にも色々至らない所がございまして本当に申し訳ない…」

「まぁまぁ。別に責めてる訳じゃない。そういう意味で私はむしろ桃太郎さんには特に期待しているんです。なにしろ、桃太郎さんは街に蔓延る鬼を退治した本物の英雄だ。竜宮城で遊んでいただけなのに年功序列で重役についている浦島太郎や熊に相撲で勝ったこと位しか自慢できないクセに源氏とのコネで出世した金太郎とは訳が違う…」

「ははっー。何とありがたいお言葉で」

「ですから今回の鬼退治も是非、成功させて頂いきたい。さらなる手柄をたて、出世の足がかりにして欲しいと思っているんです」

「ははっー」

 

桃太郎には猿の魂胆などわかっていました。

猿はここで恩を売り、桃太郎を出世させた後、操り人形にするつもりなのです。桃太郎自身、パトロンとなる企業や支持母体に逆らえなくなった議員を山ほど知っています。

しかし、それでも党への出資者に逆らう事はできません。桃太郎は必死にペコペコし続けます。

 

そして、そこまで聞くと、何の事情もしらない女子高生が無邪気に叫びました

「と、言う事は猿さんは鬼退治に協力して下さるんですね!」

「ええ…」

猿は頷きはしますが、表情をやや曇らせます

「協力はしますが、私も忙しい身でね。前回のように私自身が鬼ヶ島に行く訳にはいかないのです」

「そんなぁ~」

女子高生は肩を落とします。

 

しかし猿も伊達に大企業の社長ではありません。

すぐに代替案を提案します

 

「そこでです。今回の件は私の最も信頼する部下に任せたいと思います」

「ははっー。猿様の仰る方ならばゴミでも屑でも連れて行きまする〜」

 

完全にイエスマンとなった桃太郎はその案をすぐに了解しました。

それを見て、猿は満足げに部屋の奥の方を指さします

 

「では桃太郎さん。そこの男を連れていって下さい。私が秘書として使っている優秀な男です」

 

猿の指差す方向をみると、そこには桃太郎達を社長室まで案内した社長信者。

彼は眼鏡の下から涼やかな笑顔をみせて言いました

 

「ふつつか者ですが、よろしくお願い致します」

 

こうして桃太郎は猿の秘書を仲間に加えて次なる仲間、雉が待つ街へ向かう事になりました

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