バシャ! バシャ! バシャ!ー
激しいシャッター音と眩いフラッシュ。
数百人の記者が集まる岡山市内、某ホテルの会見場。
桃太郎はいつもの派手な着物ではなく、白スーツにサングラスという出で立ちで、そこへ現れました。お供の未亡人、女子高生も一緒です。
「では、これより、桃太郎氏による記者会見を始めます」
会見の司会を務める秘書がそう宣言すると、質疑を求める記者たちの手が一斉に挙がります。秘書はその中から、まず最前列に座る眼鏡をかけた背の低い中年男性を質問者に指名しました
「では、前の方、どうぞ」
桃太郎と記者の質疑応答が始まります。
「岡山かわら版の山本です。桃太郎さん、今回、鬼退治を思い立ったきっかけがあれば、教えて下さい」
まず、これが始めの質問でした。無難なところです。
桃太郎は一言一言、丁寧に答えていきます。
「きっかけもなにも…。これだけ鬼が蔓延っていれば、誰かが退治しなければならない。当然でしょう?」
「しかし、桃太郎さん以外にも日本には一寸法師氏、力太郎氏など鬼退治のエキスパートが揃っていますが、鬼退治に二回行ったという話は聞きません。その中で桃太郎さんだけが二度目の鬼退治に行かれるのには理由があるのでは?」
「うーん、例えば、ですよ? M-1グランプリで優勝した芸人さんって、その後、トークとかバラエティの仕事が増えて、漫才をしなくなるじゃないですか? それっておかしいと思うんですよね。だって、優勝したことでそのコンビは漫才の王者になる訳です。当然、視聴者は王者の漫才が見たい。なのに、需要の高まりと反比例するように王者は勝負を避けるようになる。何たる不条理。他でも、格闘技のチャンピオンが弱い相手としか戦わないとかあるでしょう? それじゃあ、ダメなんですよ。そして、それは鬼退治も同じくです。」
「つまり、『一度、鬼退治に成功した者は、名声を失う事を恐れ、自身が鬼退治の第一人者でありながら、それをしなくなる。腰抜け共め。俺が、王者の鬼退治を見せてやる!』そういう事ですね!」
やや大袈裟に言えば、そういう事ですが、簡単に肯定する事はできません。
記者が先ほど例に上げた一寸法師や力太郎は両方共、桃太郎と同じ御伽党の議員なのです。
だいたいの意味が合っているとはいえ、「そうですね」などと首を縦に振ってしまえば、記者はそこを更に強調して悪意ある記事を書くに決まっているのです。
「そう言い切ってしまうと少し違う、といいますか。これは私なりの矜持、哲学なのです。そうですね、私の心の中の小さな桃太郎、つまり、『Little 桃太郎 in my heart』 が私自身に対して、そうしろと言ったからとでもしておきましょうか。」
「…ありがとうございます」
記者は少しだけ苦々しい表情を浮かべながら席につきました。
桃太郎から期待通りの言葉を得ることが出来なかった様子です。
でも、桃太郎にとっては大成功です。
何しろ、記者の悪意の矛先を巧みに躱しながら、過去の栄光にすがる一寸法師らを非難できたのですから。
これで鬼退治が成功すれば世論は「一寸法師に比べて桃太郎ってすげー」となるに決まっています。
「それでは、次の方」
秘書に指名されて次の質問者が立ち上がります。
背の高いモデル風の女性記者です。
秘書め、なんて奴を当てやがる。いや、でもある意味ナイス…!
桃太郎は彼女の顔を見てそう思いました。
何故なら、彼女が動物愛護団体の長として有名な人物だったからです。
「吉備日報の難波です。桃太郎さん、あなたはこの鬼退治について、オーストラリアから『これは動物虐待である』という抗議がきている事をご存知ですか?」
いかにも自分が正しいと信じきった迷いのない口調。なかなか手強そうな相手です。桃太郎は慎重に首を横に振ります。
「いいえ」
「このまま実行することになれば重大な国際問題になりますよ! そのことについてどうお考えですか?」
「酷い差別だなぁ…と」
「差別…?」
思わせぶりなフレーズを呟いて聴衆の注意を引きつける、桃太郎得意の会見テクニック。それに相手がうまくノッてくれたところで、「しめた!」とばかりに桃太郎は机を叩きながら、その場に立ち上がり演説を始めます。
「ええ。あなた方は度々、鬼の保護について訴えますが、鬼について何をご存じなのですか? 鬼という生き物は、人間とは姿形こそ違いますが、言葉を話すし、文字も書く。彼らは、自分の頭で考えられる生物なんです。それを動物だのなんだのと言って保護の対象にしてしまうこと、それ自体が差別なのです。だってそうでしょう? 保護とは、まぁ、良く言ったものですが、それは同時に抑圧にも繋がる訳です。我々と同じように考える能力を持った相手をペットや玩具のように扱ってしまう事ほど、恐ろしいことはない! 一方的に保護するのではなく、まずは彼らに人格を認めて対等に付き合っていくこと、それこそが本当の意味で彼らを守ることになるのではないでしょうか!」
桃太郎の演説に呆気にとられ、返す言葉もない女性記者を置き去りに、桃太郎は記者席の後方に位置どるTVカメラに目線を移して叫びます。
「だが、しかし! それは同時に彼らも自分たちの行動に我々と同等の責任を負わなくてはならないということです! それにも関わらず、鬼達は人を拐い、畑を荒し、金を盗み、女性に乱暴を働いています! だから、私は鬼を粛清する! 彼らが罪を清算し、自らの悪事を悔い改めた時、鬼と人間との間に真の友情が結ばれる事でしょう!」
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一方、そのテレビ放送で混乱したのは鬼ヶ島の住人達です。
ダッダッダッダッ――
鬼ヶ島の副島長・鬼平は鬼ヶ島島会会議場の長い廊下を全速力で駆け抜けます。
島の郊外にある自宅からここまで走ってきたので、「ゼェゼェ」と息が切れ、脇腹の辺りが痛むようになってきました。
こんな時、鬼平は純粋な鬼族の体力が羨ましくなります。
鬼平は人間と鬼族との混血です。しかも人間の血がかなり強く、パッと見た目でわかる鬼の特徴といえば、額に少し、祖先が持っていた角の名残のようなコブがあるのみです。
ですから、体力も言わずもがな。人間達が恐れた鬼の能力など持っていないも同然です。
そんな鬼平はやっとの思いで島長室まで辿り着くと、そのドアを開けて勢いよく叫びました
「島長! ニュース見ましたか?! 大変です!」
しかし、部屋の中にいる白いヒゲを生やした、鬼平よりも更に人間に近い風体の老人は、鬼平とは真逆のテンションでした。気だるそうに的外れな返事を返してきます。
「なんだよー。『相棒』の再放送、また同じ回やんのかよー。幸子の回は見飽きたっつーの」
なんと、この一大事、島長の鬼瓦は呑気にも部屋のテレビで『相棒』の再放送を視聴していたのです。
「島長、そんなことしている場合ではありません。ニュースを見て下さい!」
鬼平の忠告にも、鬼瓦は態度を改めません
「何事だ? 『相棒』見てからじゃダメなのか?」
ダメだ、コイツ。もう自分で話した方が早いな。鬼平はそう判断しました
「桃太郎が攻めてきますよ」
「何!?」
鬼瓦はここで初めてテレビから目を離し、鬼平の顔をしっかりと確認しました。
「さっき、ニュースでやってたんです。桃太郎の奴、記者会見までしてましたよ。随分と出世したものです。3年前はただのチンピラだったのに。」
それを聞くと鬼瓦は間髪入れずに叫びました。
「鬼平!今すぐ、金と宝物を用意しろ!」
「島長! あなた、まさか! 桃太郎を買収する気じゃないでしょうね!?」
その、まさかでした。
「何が悪い! 3年前もそれでなんとか収まったじゃないか!」
鬼平はため息をつきます
「無駄ですね。桃太郎は3年前とは違います。奴は議員です。もう金なんて唸るほど持ってるんですよ。今回、奴が求めているのは鬼ヶ島を平定した、あるいは鬼を全滅させたという名誉です。つまり、我々は戦わなくては生き残れないんです! 戦うしかないんですよ!」
「うるさい! うるさい! いいから言う事を聞け! 和睦! 和睦だ!」
頑なな鬼瓦に対して鬼平は思わず呟きます
「チッ、老害めッ…!」
「何か言ったか?」
「げ…」
鬼平は地獄耳だけは一流の鬼瓦に一瞬怯みますが、それでも対抗策だけは提示します。
「島長の方針には従いますが、いちおう次善の策も考えておきますね」
「次善の策…。それは、いったい…?」
「茨木童子を呼び戻します」
「鬼平! 貴様、なんて恐ろしいことを!」
鬼瓦は立ち上がり叫びますが、鬼平は正式に止められる前にと素早く部屋を出ていきます
「じゃあ、やっときますねー!」