記者会見から二日後。
桃太郎一行は小舟に乗って新岡山港を出港しました。
瀬戸内の穏やかな海を、どんぶらこ、どんぶらこ、と二時間ほど行くと急に波が高くなる場所がありました。
「ザバーン!」
という船体を叩きつけるような大きな波に驚き、女子高生が思わず、
「きぁあ! 何なんですか、これは!?」
と叫ぶと、桃太郎はウキウキとした表情で微笑みながら答えます。
「この荒波が鬼ヶ島周辺の海流の特徴さ」
そして船の先端に足を乗せ、真正面に向かって指をピンと伸ばしながら一同に対して叫びます
「諸君! 見えてきたぞ! あれが鬼ヶ島だ!」
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それからまた暫く後。桃太郎一行は遂に鬼ヶ島に辿り着きました。
舟を停泊させて砂浜から桃太郎達が島に上陸すると、早速、その奥の雑木林から「ガサガサ」っと音がします。
敵襲かと警戒した秘書が
「そこにいる者達! 出てきなさい!」
と叫ぶと、そこから、この島の住民らしき人々、三十数人が出てきました。
しかし、秘書の心配とは裏腹に島民たちに敵意はないようでした。
出て来るなり、一行に対して一斉にひれ伏します。
そして、その中央にいるこの集落の長老とおぼしき老婆が言いました。
「いらっしゃいませ。よくぞ、お越しくださいました、桃太郎様。コチラをお納め下さい。我々の気持ちでございます」
すると、列の後ろの方にいた若者が荷車を引いて桃太郎達の前に、立派な織物や金塊等の宝物を持ってきました。
桃太郎がそれを見て
「ふむ。大儀である。表をあげい」
と大威張りで言うと、村人たちはその言うとおりに顔をあげました。
すると、なんということでしょう。
彼らは、皆、人間と同じような姿格好をしているのに、一様に額に角の生えかけのような妙なコブを持っているのです。
「彼らは、一体…?」
鬼ヶ島に初めてやってきたお供三人の疑問を社長秘書が代表して口に出すと、鬼退治のエキスパートである桃太郎が答えました
「この島の住人…鬼の一族だよ」
「しかし、我々の想像する鬼とはかなり姿が違います。彼らは、ほとんど人間ではないですか」
秘書の疑問もご最も。と、ばかりに桃太郎は大きく頷きます
「その通り。記者会見でも言っただろ。鬼だって人間と一緒なんだよ。正直、『鬼』なんて単なる蔑称だからな。姿形は違うが、彼らだって言葉を話し、文字を書き、自分の頭で考える。言ってしまえば、南蛮人や蝦夷、隼人と同じさ。住んでいる場所の環境によって、我々と少し異なる進化をし、独自の文化を築いた異民族みたいなものだよ」
「イマイチ、話が見えてきませんね。私には、彼らがどうしても鬼の同族には思えないのです」
三人のお供の中で、最も知能の高い秘書ですら未だ話に納得できないのを見て、桃太郎はもっと初歩的な話をすることにしました
「じゃあ、まず、彼らが何者なのか結論から言おう。彼らは、鬼と人間の混血なんだ」
「言われてみれば、そんな感じですが…」
「まぁ、この辺りが鬼問題の難しい所なんだよなっ」
腕組みする桃太郎。
三人に講義を始めました
「そもそも、鬼っていうのは我々よりも身体は大きく、力は強い。それで古来から我々、人間の大きな脅威になっていた訳だ。ここまで、わかるね?」
桃太郎に言われて、三人は
「はーい!」
と元気に返事をしました
「しかし、それの力関係も平安時代くらいには逆転する。相変わらず、腕っ節なら鬼が上だが、人間は集団戦法を編み出し、また、強力な武器や陰陽術等を用いるようになった。特に、源頼光の酒呑童子退治は有名だな。酒を飲ませて騙し討ちにしたってヤツ」
「はーい! 知ってまーす!」
「それから、ずる賢い人間に対して鬼は連戦連敗。それを繰り返した事で、鬼たちの多くは自分たちの文化を卑下し、また、自分たちの姿を醜いと考えるようになった。そして、人間と同じ様になりたいと強く願うようになりました。これが、鬼の悪事一つ、人拐いが行われる理由なのです。更に言うと、畑荒らしなんかも人拐いを行う為に人間界にやってきた鬼がその間の生活の為に行う訳ですから、それが鬼が行う全ての悪事の元凶と言っても過言ではないでしょう」
「先生、話が繋がりません!」
女子高生がそう言うと、桃太郎は
「それを今から説明しようとしたのに…。せっかちだなぁ」
と呆れ顔で続けました。
「つまり、自分達の存在に劣等感を持った鬼達は拐った人と交わり、人間と同化しようとしているのです! そしてその結果、生まれたのが今、我々の目の前にいる『半人半鬼』の方々です。彼らは見た目が人に近ければ近いほど美しいとされ、いい職に就くことができたり、いいお家に嫁ぐことができるのです!」
「なるほど」
「これで彼らが何者かわかりました」
秘書と女子高生が納得の表情を浮かべる中、未亡人がふと
「でも、『半人半鬼』の人達を私達の身近で見ることってあまり無いですね」
と呟くと、桃太郎は
「いい質問ですね!」
と未亡人を指差し、更に説明しました
「鬼は人間と同化したがっている…つまり、基本的に鬼は我々と仲良くしたがっている訳です。しかし、その一方で彼らは、DNAレベルでの同化を果たす為、人拐いという、人間と敵対する行動もとらなくてはならない。それは要するに、人拐いというのが、鬼の世界でも決して上品な職ではない、むしろ嫌われる職だということを示します。大きな声で人には言えないが、それを必要としている人が確実にいて、社会の歯車を回す上では重要な要素の一つになっている…。」
桃太郎は腕組みして考えます
「我々の世界だと何に近いのかなぁ…ドブさらいとか、死体処理…? 何にせよ、そういった職をするのは身分の高い者ではない。鬼の中でも醜いとされ、差別される者…。即ち、純粋な鬼族なのです。だから、人間界に来ている鬼はみんな、『ツノツノ一本』『ツノツノ二本』というようないわゆる『鬼』の姿をしているんですねー」
お供の三人は桃太郎の説明自体には納得できたようですが、それを聞いたことで更に新たな疑問がわいてきたようです。最初に口を開いたのは社長秘書です。
「ですが、そうとなると、我々は誰と戦えばいいのでしょうか?」
「まさか、彼らと…」
未亡人は半人半鬼達をジッと見つめ、女子高生は叫びます
「そんな事、できません! だって鬼は人間とは違う…そう思っていたのに…! 彼らはほとんど人間じゃないですか!」
「へっ?」
桃太郎は予想外の展開に戸惑います
「チョット待てよ、お前ら。俺が言いたかったのはだなぁ、人間界にやってくる下っ端ばっかりやっつけても埒が明かないから、彼らの人拐いビジネスを成立させている半人半鬼たちを皆殺しにしようってことなのよ。だってそうだろ? 悪事の実行犯は鬼族だけど、発注したのは半人半鬼。コイツラが黒幕だよ?」
「ですが、鬼の多くが人間とも同族であるとわかった以上、無下にする訳にはいきません。半人半鬼の上層部とかけあい、人拐いをやめさせ、そして、鬼族をしっかりと管理・飼育するように言い聞かせるのが先決ではないでしょうか?」
秘書の言葉に未亡人と女子高生も
「そうだ、そうだ」
と賛成します。
面倒な奴らだ。前回のお供たちはそんなこと気にしなかったのに。
だいたい、同族だろうが、そうでなかろうが、自分達の不利益になる奴らだってことには変わりないじゃないか。
桃太郎はそう思いました。
「あのねぇ、君たち。それじゃあ甘いんだって。だからこんな所まで出向いて来たんじゃないか。それを鬼達に『やれ』って言って彼らがキチンとそれをやると思う?」
「ええ」
「やってくれると思います」
「誰とでも話せばわかりあえますよ!」
お気楽なお供たちの態度に桃太郎は思わず、眉間にシワをよせます
「やらないよ! だって問題は鬼ヶ島の社会構造なんだから! 鬼族による人拐いがなくなったら、人間が手に入らなくなって半人半鬼も困るの! 鬼族の管理なんて絶対しないね!」
「しかし、人拐いが始まったのも元は人間の迫害のせいだとは思いませんか?」
「それを言ったら、『どっちが悪い』の応酬になって何も解決しないじゃんかよー。だから、もうどちらかが滅びるまで戦うしかないんだよ! 戦争じゃぁ! 戦争!」
「なら仕方がありませんね…」
秘書が何か吹っ切れたようにため息をついたので桃太郎は、これで納得してくれた、とホッとしました。
しかし、それも束の間。
秘書は胸ポケットからナイフを取り出します。
「何のつもりだ!」
桃太郎が叫ぶと、続いて女子高生がピストル、未亡人が短刀と、それぞれ自分の得物を取りだして構えます。それで桃太郎は理解しました。
「お前ら…まさか、俺と闘る気か? 正気じゃねーぞ!? 鬼退治しに来て鬼の味方すんのか!?」
「桃太郎さんと戦うのは辛いけど、仕方ありません。だって、私は正義と平和の為にここまで来たんですから…」
眉を下げ、複雑な表情の女子高生。でも、ハッキリとした口調で意志は固そうです。そして、秘書と未亡人が対決の火蓋を切ります
「桃太郎様、後のことは我々にお任せ下さい。さぁ、お覚悟を!」
「いざ、尋常に勝負!」
「チッ!」
正々堂々とした勝負を所望する三人に対して、桃太郎は一目散に逃げ出します。
旅の最中から非凡な身体運びを見せつける社長秘書、一流の殺し屋である孔雀の首を一撃で撥ねた未亡人、同じく孔雀戦で容赦ない銃撃を見せた女子高生。この三人を一気に相手どるのは不可能だと悟ったのです。
桃太郎は敵に背を見せながら全速力で駆け抜け、後方の雑木林に飛び込みます。
こうして、彼のゲリラ戦が始まりました。