さて。桃太郎とお供の仲違いを聞いて、俄に色めき立ったのは鬼ヶ島島会会議場です。
島長の鬼瓦は早くも祝杯をあげる為、島会職員たちを一同に集め、宴会を始めていました。
「みんなぁー! 盛りがってるかぁーい!」
既に日本酒二瓶を飲み干し、赤鬼でもないのに顔を真っ赤にした鬼瓦が拳を上げながら声高らかに叫ぶと職員達も「イエーイ!」と呼応します。
そんな宴会場の片隅。
鬼ヶ島副島長・鬼平は思わず呟きました。
「狂ってやがる…」
それもそのはず。
桃太郎は現在、孤立無援の状態ですが、未だ島のどこかに潜伏しているのです。まだ全く油断できる状況ではありません。
しかも、馬鹿な島長一人が浮かれているだけならまだしも、職員も一緒になってこの馬鹿騒ぎに参加しているのが問題です。
彼らは島内から集められた精鋭エリート公務員です。よって、知能も非常に優秀ですから、彼らの中の多くの者は、今、こんな事をしている場合ではないという事に気づいているはずなのです。
しかし、残念な事に彼らは頭が良すぎました。
本当なら、誰かが島長に注意をしなくてはならない。
でも、島の権力者にそんな事を直接言ったら自分の出世に差し障る。
わざわざ自分がやる必要なんてない。
誰かが、きっと誰か他の人が先に言ってくれるさ。
もし仮に、今は誰も言わなくても危機がそこまで迫ってくれば、きっと誰かが自分より先に言ってくれるさ。
だから、ともかく今は島長主催の宴会を盛り上げて彼への忠誠をアピールしよう。
ここにいる職員達のほとんどがそんな事を考え、島長にモノをハッキリと言えずにいるのでした。
「狂ってやがる…」
鬼平は改めて呟きます。
そうして鬼平がわざと陰気な表情を作り、不機嫌そうにしていると、前方から千鳥足の鬼瓦が近づいてきました。
「おーい、鬼平! 鬼平! 魔子ちゃんは? 魔子ちゃんはどこにいるんだぁー?」
鬼瓦の言う魔子というのは彼の秘書官を務める半人半鬼の事です。
非常に優秀でかつ容姿端麗な事から鬼瓦にいたく気に入られており、彼女も普段から満更でもない態度を見せているのですが…。
優秀な彼女がこんな馬鹿島長にナビくはずはありません。彼女は出世の為に体よく鬼瓦の好意を利用しているだけで、プライベートでは鬼平と交際しているのです。
「魔子さんなら、茨木童子との交渉に向かってもらいました。私が桃太郎対策本部を動けないとなると、あとはこんな大事な役目、果たせる人間は限られていますから。」
鬼平の回答を聞くと、鬼瓦はとても悲しそうな顔をしました
「ええー。そんな役目、別に魔子ちゃんじゃなくたっていいじゃんかよー。せっかく王様ゲームの企画用意してたのに…。魔子ちゃんともっともっと仲良くなれるはずだったのに」
ウザい。面倒くさい。ついでにキモい。
これはそろそろハッキリ言ってやらなくてはいけない。
鬼平は遂に意を決しました。
「お言葉ですが、島長。今は王様ゲームなどしている場合ではありません」
「え? 王様ゲームは嫌か? じゃあ…せんだみつおゲーム! イエーイ!」
「そうではありません。てか、せんだみつおゲームなんてクソです。最低です。私はこのフザケた馬鹿騒ぎ自体中止して、桃太郎への対策をもっと真剣に考えるべきだと言っているんです。」
「え? なんで?」
「なッ…! 何でって…。あなたねぇッ!」
呆れ返って思わず絶句する鬼平を余所に、鬼瓦は続けます。
「だって、もはや桃太郎はこの鬼ヶ島に孤立無援。挙句、自分のお供に命を狙われている。我々はただ待っていればいい。このまま行けば、奴が死ぬのも時間の問題…。いや、奴はもはや死んだも同然じゃあないか!」
「島長、忘れたのですか! あの桃太郎の凄まじい戦闘能力を! 三人くらい簡単に斬り伏せてコッチに向かってきますよ! それに、もし桃太郎が負けたとしても、奴を倒したお供たちが我々の味方になるとは限りません」
鬼瓦はカッカする鬼平の肩に心配するなとばかりに手を置きます。
「なぁに。念の為、『鬼ヶ島防衛隊』にも桃太郎狩りを命じてある。4人まとめて倒してくれよう!」
「チッ!」
鬼平はわざと聞こえるように舌打ちします。
「防衛隊ごときに桃太郎らが倒せるでしょうか?」
「鬼平! お前は我らの軍を否定すると言うのか!」
酔った勢いもあり、鬼瓦が物凄い剣幕で怒鳴りますが、鬼平だってここまでくれば遠慮も何もありません。鬼瓦に負けないくらいの大声で対抗します
「3年前の鬼退治以来、防衛隊は弱体化しています! 戦闘力の高い鬼族は桃太郎に駆逐され、指揮官は戦争責任を問われ切腹させられた! なのに! あなた方ときたら、防衛隊再建の事なんて全く考えちゃいない! コネや家柄で選んで使えない兵隊ばかり採用しやがって! 奴らに何ができるって言うんだ!? せいぜい、人間の猿真似みたいな下らん戦術論を語る事と、あんたにおべっかを使う事ぐらいだろうがよぉ!」
「つまり、お前は、あの忌々しい鬼族を登用しろと言うのか! お前も半人半鬼の端くれならば言葉を慎め!」
「私はまっとうな意見を述べているつもりです。人材登用の基本は適材適所。戦闘力の高い者を防衛任務につける事の何が間違っているのでしょうか!」
鬼平は更に力を込めて言います
「何故、そこまでして鬼族を遠ざけるのか! 鬼族が醜いから? 我々だって鬼族の末裔なのに? 醜いのは、自分達の仲間すら迫害し、人間に、強い者に取り入ろうとする我々の心じゃないか!」
そこまで聞いて、鬼瓦の堪忍袋の尾が切れました。
「お前がそこまで馬鹿だとは思わなかったよ」
ボソリと呟くと、鬼平と話す事を諦め、その場にいる全員に命じます。
「鬼平を反逆罪で死罪に処す! 皆の者! 引っ捕らえい!」
「うおお!」
その言葉を受けて、会場にいる島議会の職員たちは一気に鬼平の周りを取り囲みます。そして、手柄をあげる為、我先にと鬼平に押しよって縄をかけようとします。
「ハハハ…! 死罪…? やれよ、やってみろよ! このままじゃ、どうせ、みんな死ぬんだ、桃太郎に殺されッ…!」
そう言いかけた所で、鬼平はみぞおちの辺りから走る鈍い痛み気づきました。
「何ッ…?」
鬼平が急いでその箇所を確認すると、着ている服に真っ赤な血が段々と広がっていっているのがわかりました。
功を焦った誰かが、抜け駆けをして鬼平を仕留めにかかったようです。
でも、鬼平にはそれが誰かなのかはわかりません。
犯人は人混みの中に消えていきます。
鬼平は腹を押さえながらその場に崩れ落ちました。
立ち上がろうとしましたが、身体に力は入らず、目の前の景色は霞んでいくばかりです。
自分の状態に気づいた一同が騒ぎ始めた音だけは聞こえましたが、それすらも徐々に小さくなっていきます。
そのうち、周りの状況は全くわからなくなり、「ああ、俺はここで死ぬんだ。」とそれだけがわかるようになりました。
ここで島長に異を唱えることが、危険な事なのはわかっていたが、まさかこの場で命まで奪われるとは。
無念だ。
私は、半人半鬼も鬼族も関係なく、鬼ヶ島を、自分の故郷を守りたかっただけなのに…。魔子、茨木童子、あとは頼んだぞ…。鬼ヶ島を、桃太郎から、島長派から、守ってくれ…。
そして、鬼平の意識は段々とブラックアウトしていきました。