新訳桃太郎   作:ロッシーニ

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茨木童子

さて、鬼ヶ島副島長・鬼平から密命を受けた、鬼ヶ島島長付秘書官の魔子は勤務先である島議会から、茨木童子の住む北の洞窟へと移動中です。

洞窟までの道のりは舗装されていない山道で、登り下りの連続になっています。

 

それは、身体能力の低い半人半鬼の女性にはかなりキツいモノなはずですが、それとは裏腹に魔子の足どりは軽やかでした。

 

本来なら、自分は今頃、島議会に残り、島長主催による宴会という名の乱痴気騒ぎに参加させられているはず。

 

でも、この仕事のお陰で今、こうやって自由になれている。

 

ただでさえ普段からセクハラばかりしてくる馬鹿島長。

酔いが回ったら何をしてくる事か。

目の前の災難から逃れただけでも最高の気分でした。

魔子は、ここまで気を回して、わざわざ自分にこの任務を命じてくれた、愛する交際相手に心から感謝しました。

 

ありがとう、鬼平くん! 私の気持ちをわかってくれるのはやっぱり鬼平くんだけだよ…。本当にありがとう。大好き!

無事に桃太郎を倒したらたくさんお礼してあげるからね。

 

恋人の鬼平の身に降り掛かった不幸の事など露知らず、感謝の思いを込めて真面目に山道を行くこと3時間程。

遂に茨木童子の住む洞窟が見えてきました。

 

「すいませーん、茨木童子さん、いらっしゃいますかぁぁー?」

 

魔子が洞窟の入口に向かって、そう叫ぶと、数秒後、奥の方から「ドシン! ドシン!」という足音が聞こえてきました。

 

そして、暗闇の中から、真っ赤な身体が見えてきます。

身長は3メートル程あるでしょうか。目は釣り上がり、頭には鋭く尖った角が二本。そして、筋肉隆々で見るからにガッチリとした身体つき。

 

現在の鬼ヶ島では珍しくなった鬼の特徴を色濃く残した鬼。

それが茨木童子です。

 

「どうも…。確かあんた…魔子さんと言ったか…?」

 

茨木童子は魔子の顔を見ると若干首を傾げながら、そう言いました。うろ覚えではあるものの、鬼平のお供として2~3回しか会った事のない魔子の名前を忘れないでいてくれていたようです。

 

「覚えててくれたんですねっ!」

魔子が微笑むと、茨木童子はややアンニュイな表情を浮かべます

 

「まぁな。オラは嫌われ者だから。ウチに訪ねてくる者は少ない。そりゃあ、覚えているさ」

 

茨木童子はなんだかしんみりとした雰囲気で、会話を弾ませるのは難しそうです。

そこで魔子は単刀直入に要件だけを言う事にしました。

地面に膝と頭を突き、精一杯の声で叫びます。

 

「茨木童子さん! どうか島をお救い下さい!」

「なっ! どうしたんだ、いきなり! やめてくれ、魔子さん。表をあげてくれよ」

「嫌です!」

 

魔子は茨木童子の制止を振り切って続けます

 

「島に桃太郎が襲来しました! 腐敗した島の政治組織や弱体化した鬼ヶ島防衛隊は役にたちません! これまでずっと、あなたを腫れ物扱いしてきた私たち半人半鬼にそんなこと言う資格がないのはわかっています。でも、今、この島を救える者がいるとしたら、それは茨木童子さんしかありえないのです! お願いします、茨木童子さん! 島を救って下さい!」

 

その後も、お願いします、お願いします、とただ叫び続ける魔子の身体を優しく起こした茨木童子は言い聞かせるようにゆっくりと言いました。

 

「頼ってくれるのは嬉しいが、やっぱりオラなんかじゃダメだよ、魔子さん」

 

そんな茨木童子に魔子は両手で地面をバンバンと叩きながら言います。

 

「そんな、何故? 何故ダメなんですか? やっぱり、私たちのことを恨んでいるからですか!?」

「いいや、それは違う!」

「じゃあ、何で!」

 

「それは俺が弱虫だからだ…」

 

そうして、茨木童子はポツリポツリと語り始めました

 

「俺は、酒呑童子一派の中でも随一の実力があるなんて言われながら、結局、源頼光にも渡辺綱にも勝てず、仲間の復讐も諦めて鬼ヶ島に逃げ帰って来たんだ。それからは、ただ生きているだけみたいな日々…。島に半人半鬼が増えて、半人半鬼が鬼族を弾圧しだしてからも俺は何もしなかった。たぶん、オラが本気を出せば、この島に逆らえる者なんていない。オラなら止められたんだ。でも、しなかった。挙句の果て、鬼族は島からみんな追い出されて、まだ残っているのはオラくらいだ…」

 

「それは、あなたが優しいから、同胞相手に暴力を振るえなかっただけで…」

とフォローしようとする魔子の言葉を

「違うっ!」

と強く否定して茨木童子は吐き捨てます。

 

「オラは戦うのが怖いんだ。命を奪ったり、奪われたり、もうたくさんだ。もう、オラは戦えない…」

 

そうして、茨木童子は魔子に背を向けて再び住処にしている洞窟の奥へと歩きだしてしまいました。

 

しかし、魔子は諦めません。あと一言だけ、とばかりに声を更に振り絞ります。

 

「鬼平の頼みでも、聞けませんか! 茨木童子さん!」

「鬼平の?」

「はい。鬼平の頼みなのです」

 

それを聞くと茨木童子は首を捻りながら言いました。

 

「たしか鬼平は島長には逆らわないようにしているはずだぞ。いつか反旗を翻すその日まで。今、オラなんか引っ張り出したら計画が全部パーになっちまう」

 

「鬼平は覚悟しています。このままでは桃太郎に島は滅ぼされてしまいます。全てなげうっても戦わなくてはならない時なのです。」

 

魔子のその言葉を聞き、茨木童子はついに決心しました。

「仕方ない。行こう。鬼平一人に戦わせる訳にはいかない。」

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