もう色なんか関係ない。そもそも、そんなもので軽蔑することが間違いだった。しかし、とダニエルは思う。レベッカは賛成してくれるだろうか。
ちらりとレベッカに視線を向けた。
レベッカは、地面に横たわるママズの腹部に馬乗りになっていた。頭頂部の先端を鞭のようにしならせ、ママズから黄色いリボンを弾き飛ばした。
「わたしのリボンが一番って言え!」
「あ、あんた、の……」
「ああん? 聞こえないんだよ!!」
腹の上で、何度も飛び跳ねる。そのたびに、ママズが苦しそうな呻き声を上げた。
「あんたの、リボン、が、いちばん……だ」
「でしょうね! だってこれはリリーの形見だか――」
熱い視線を感じて、レベッカは顔を上げた。横を向くと、そこにはダニエルの真剣な眼差しがあった。ダニエルのことは、ほとんど記憶していた。戦闘に余裕があるときは、ちらりと彼の様子を確かめていたからだ。
もしものときは、ダニエルに加勢しようと思っていた。オスのプライドを傷つけるかもしれないが、レベッカには彼の命のほうが大事だった。そのため、ダニエルの深刻そうな視線の意味がすぐに理解できた。
憎悪に燃えた目をかつての仲間にくれ、それからすぐにダニエルにうなずいた。
どうやら心は同じらしい、とダニエルは思った。
地面に這いつくばったままのダニエルから、パパズが助走をつけるべく後ずさる。上向くダニエルの顔面を、とどめとばかりに蹴り上げるつもりだろう。
急速に迫りくるパパズの体を、ダニエルは地面を転がって避けた。標的が消えた地面に向かい、パパズが蹴りを放つ。ダニエルが、パパズの背後に回り、全力で体当たりした。
体勢を崩したパパズは顔面を地面に打ちつけ、悲鳴を上げた。すかさずダニエルが、倒れたパパズの横っ腹を蹴り飛ばす。
パパズが後方にふっ飛ばされて、近くにいたかつての仲間たちが駆け寄った。
「何やってんだよ、おまえ! ……このまま負けるわけにはいかない」
全員が顔を見合わせ、次々に地面を蹴り、幾つもの小さな体が段状に積み上がっていく。合体する気だ。
させるものか! おまえたちの嫌いな橙色にしてやる!
全身で思いを迸らせ、ダニエルは、なんとか立ち上がろうとするパパズを押しのけた。レベッカは、ママズから飛び下りた。二匹は彼らのもとへ疾走した。作り上げられた段が崩される前に二匹は飛び上がり、かつての段の定位置に体をぴたりと乗せると、たちまち巨体のキングスライムに変化した。いや、キングスライムベスだ。
かつての仲間たちが自らの橙色の体に動揺し硬直した気配を、二匹は巨体の体内で感じていた。事態を呑み込めずにいるキングスライムベスの口をかりて、ダニエルが話し出す。
「僕は、君たち姉妹みたいに善良ではいられない。こいつらが心底憎いんだ」
サマンサが信じられないものを見たかのように目を見張る。
「なんでだよ! ベスはスライムとは合体できないはずじゃないか!」
「あなたたち、本当にスライムだったんですね。信じた私がバカでした」
かつての仲間たちが分散しようと、内側から圧力をかける。バラバラに崩れないようダニエルとレベッカは懸命に踏ん張り続ける。
「僕たちは仲間だろ?」
エラ姉の憤怒に満ち溢れた目つきに、ダニエルの問いかけは虚しく中空を漂い、あっという間に霧散した。仲間という思考が、はじめから存在していなかったかのような冷淡な空気に、ダニエルとレベッカの心は急速に冷やされていった。
「洗脳されてたわけじゃ、なかったんですね。本気で私たちを蔑んでいたなんて。あなたたちの心は醜い」
エラ姉の鋭利な言葉が、ダニエルとレベッカを容赦なく突き刺した。
途端に、堪えきれなくなった、はちきれんばかりの肉体が崩れた。無理やりに分散したため、スライムたちは四方に弾き飛ばされた。地面に叩きつけられた痛みよりも怒りのほうが勝っているようで、すぐに起き上がって口々にダニエルとレベッカを責め立てた。
「ふざっけるな!」
「よくも汚れた色にしやがったな!」
「どういうつもりだよ!」
「そんなにボクたちが憎いのか!」
「おまえらだけは、ボクたちが息の根を止めてやる!」
スライムが再び段を作りはじめ、まずいと思ったダニエルとレベッカも即座に加わろうとした。しかし、姉妹たちから受けた精神的な打撃から肉体の反射が遅れてしまった。パパズとママズに出し抜かれ、必死に駆け寄った二匹は突き飛ばされた。
瞬時に変化したキングスライムが、姉妹に突進していく。
「まずは薄汚い橙色からだ!!」
「まずは薄汚い橙色からだ!! ダニエルたちは後で散々いたぶりながら殺してやるよ」
怯えてぴたりと身を寄せ合い、姉妹は震えあがっていた。姉妹めがけて、キングスライムが飛び上がり、体の底で踏みつぶそうとした。
「やめろー!!」
ダニエルとレベッカが土を蹴る。巨体に向かって跳躍し、落ちてくる尻の穴に鋭く尖った頭頂部の先端を突き刺した。奇怪な声を上げ、キングスライムは力なく落下していく。
ダニエルとレベッカが巨体から離れ地面に下り立つと、凄まじい土煙が立ち上り、辺りを覆った。それが次第に静まり、視界が晴れたとき、ダニエルとレベッカは驚愕に打ち震えた。
散らばるスライムたちに混じって、姉妹が倒れていたのだ。キングスライムが、地面との衝突と、尻の激痛で分散したのはわかるが、姉妹の身に起きた顛末は謎だった。
風圧や衝撃に巻き込まれたのかもしれない、とダニエルは思った。
「そんな……助けたかったのに」
「死んでしまったの?」
レベッカの問いかけに、ダニエルは弱々しく首を横に振った。
「わからない。僕はちゃんと謝りたかった、傷つけたことを」
「わたしもよ……」
二匹は落胆し、悲しみに暮れた。姉妹のそばから離れることができず、荒れる悔恨の波に心を委ねた。
「あんたたち、派手にやりあったのね!」
突然の声に振り返ると、ダニエルとレベッカの後ろに人間の女が立っていた。腰に手を当て、愉快そうに笑む彼女に、二匹は身の危険を感じた。しかし、身が竦み逃げ去ることができない。
「へえ、ベスじゃないんだ」