――姉さんは僕と美波を見ても特に何も言わず
「お薬を飲みたいので御昼御飯をお願いしますね」
と言っただけだった。
てっきり『不純異性交遊』とか言って、何かしてくるかと思ったんだけど……
そんな事をする元気が無いほど具合が悪いのか
美波が僕にお仕置きをしているように見えたのか
どちらにせよ、助かった事には違いないんだけど……
「ううっ……首が痛い……」
僕が首を押さえながら立っている横で……
「アキ、ごめんね」
すごく申し訳なさそうに美波も僕の首をさすってくれている。
「ずっと寝ていて少し汗をかきましたので御飯の前にお風呂に入りたいのですが」
姉さんはそう言うと僕の方を見て微笑んだ。
嫌な予感しかしないんだけど……
「一人で入ると危ないのでアキくんが一緒に……」
「何で僕なのっ!?」
僕が姉さんと一緒に入るとすごく危ない気がするんだけど……僕自身が。
姉さんが、お風呂場で変な事をしてくるかもしれないし
お風呂から上がったら……きっと美波に殺されるだろう。
――そうか。
さっき何も言わなかったのは、これが目的だったからか。
「同じ女性同士なんだから美波が一緒に入った方が良いんじゃ」
「そっ、そうですよ。ウチが一緒に入ります。
美波は顔を赤くして慌てて頭を下げている。
美波も少しテンパっているみたいだ……ちょっと危ないかも?
すると姉さんは少し赤い顔をさらに赤くして
「だって……家族以外の人とお風呂に入るのって恥ずかしいじゃないですか」
「家族以前に僕は男だからねっ!?」
「私は気にしません」
「僕が気にするのっ!」
「ウチも気にしますっ!」
さすがに姉さんと同じくらい顔を赤くした僕と美波の二人で反対したので
姉さんは渋々と言った感じで美波と一緒にお風呂に入る事に……
そして姉さんが着替えを取りに行くのに、何故か美波に付き添ってもらっている。
でも、本当に美波が来てくれて良かった。
もし僕一人だと力づくで一緒にお風呂に入らされていたかもしれない。
姉さんも、もう少し僕への配慮って物を考えてくれても良いんじゃないかなぁ。
――――とか、目を瞑りながら考えていると
やんわりとした物に包まれて、グッと絞められるような感覚。
何事かと思って目を開けると……
――立ったまま、布団でぐるぐる巻きにされていた。
「ちょっとっ!何してるのさ、二人ともっ!?」
僕が慌てて問い
二人とも物凄く真剣な顔で僕を睨み
「アキくんが美波さんの裸を覗きに来ないようにするためです」
「アキが玲さんの裸を覗きに来ないようにするためよっ」
――二人とも自分の裸は見られても良いのだろうか。
☆ ☆ ☆
こうしている間に僕が御昼御飯を作った方が良かったんじゃ……
と、思いながら立ち続けていると
――カチャ
リビングのドアが開いて美波がお風呂から上がってきたみたいだ。
でも、その表情は物凄く暗く、目も虚ろだった。
「どうしたの、美波?何かあったの?」
僕が声をかけると美波がすごく悔しそうな顔をして……
「何も無いわよっ!どうせウチは……ウチは……全然無いのよーっ!!」
「一体何があったぶほぁっ!!」
美波が右手で胸を押さえながら、左手で僕に拳を繰り出してくる。
一番最初に貰った右頬の一発以外は全部身体の方に打ち込まれているから
布団で衝撃が緩和されているはず。
……なんだけど、割りとズンズン身体に響いている気がする。
「なんで神様は……みんな平等にしてくれないのっ!?」
美波は時々神様に文句を言いながら
右手を胸に置き、左手一本で僕に打ち込んでいる。
『左を制す者は世界を制す』なんてボクシング漫画で見た気がするけど
今の美波の左拳なら可能かもしれない。
――と、サンドバッグ状態で思ってしまう。
しばらく、その状態が続き……
美波の息が少し上がった頃、ようやく気が晴れたのか
僕の布団を縛っていたロープを解いてくれた。
ずっと打ち続けていた美波もすごいけど
今はそれに耐えていた僕を褒めてあげたい。
☆ ☆ ☆
―― キッチン ――
「さて……姉さんも食べるんだから、やっぱりおじやが良いのかな?」
僕がそう言うと……
美波があごに指を当てて
「そうね。でも玲さんが風邪を引いてなかったらアキは何を作ってくれるつもりだったの?」
「ボロネーゼかな。チーズを乗せてグラタン風に焼いてみようかと思ってたんだけど」
「美味しそうね。今度作ってくれる?」
「うん。じゃあ、今日はおじやを作ろうか」
僕が出汁取り用の昆布を手にすると美波が
「ウチに作らせてくれない?」
「良いけど……御昼御飯は僕が作るはずだったんじゃ?」
「良いからウチに任せなさい。去年アキが美味しいって言ってくれたから、また作ってみたいの」
そう言えば、去年僕が風邪を引いた時にも美波が作ってくれたんだっけ。
確かに風邪を引いて具合が悪い状態の僕でも美味しかったなぁ。
「それじゃ、お願いしても良いかな」
「もちろんよ」
美波が笑顔で引き受けてくれた。
そうすると僕は暇になっちゃうな……あ、そうだ。
「じゃあ、僕は付け合わせでも作るね」
「付け合わせって?」
「美波が作ってくれたおじやは美味しかったんだけど、風邪を引いてない僕たちだと少し味が薄いでしょ?」
「そうね」
「だから僕たちが食べても味が薄く感じないようにおじやに載せる具を作ろうかと思うんだ」
「へぇ……良く考え付くわね。それで何を作るつもりなの?」
「ボロネーゼ用の挽き肉で、甘辛くしたそぼろでも作ろうかなって思ってるんだけど」
「アキって本当に料理の事になるとすごいわね」
「早く作って僕たちも食べようよ」
「うんっ」
そして美波がおじやを、僕がそのおじやに載せるそぼろを作り始める。
☆ ☆ ☆
――コンコン
「姉さん、入るよ?」
――カチャ
美波と二人で姉さんの部屋へ入る。
「玲さん、具合はどうですか?」
「はい。お腹が空くくらいは元気になったみたいです」
今朝ほど、顔もあまり赤くないから少しずつだけど良くなっているのかな?
僕がおじやの入ったお椀を載せたお盆を持って近付くと……
「アキくん、口移しで食べさせて欲しいのですが」
「姉さん、何言ってるのさっ!?こんな熱い物を口移しなんて出来る訳ないでしょ」
こんなに湯気が立ち昇っているお椀を見てるのに姉さんがまた変な事を言ってきたよ。
すると美波が顔を少し赤くして……姉さんに何か言ってくれるのだろうか。
「じゃあじゃあ、まずウチからアキに口移ししてからなら大丈夫じゃないですか?」
「ほら、美波もこう言ってるし……って、美波も何言ってるのっ!?」
「だって……」
「無理に姉さんに張り合わなくて良いからねっ!?」
二人が張り合って、
「ほら、姉さん。普通に食べさせてあげるから……それで我慢してよ」
「一生ですか?」
「今日だけに決まってるでしょっ!?」
僕は、レンゲに掬ったおじやをふーふーしながら姉さんに食べさせていると
ふと、こんな事を考えてしまった。
もし僕と美波が結婚して、姉さんが結婚出来なかったら……
お婆さんになった姉さんをこうやって介護しないといけないんだろうか?
まさかとは思うけど、お婆さんになっても『口移し』とか言わないよね……
僕がそんな事を考えながら姉さんの口へレンゲを運んでいると
「このおじや、すごく美味しいですね。今の状態の私にちょうど良い味加減です」
「美波が作ってくれたんだよ」
「美波さん。ありがとうございます」
姉さんが軽く頭を下げると美波も顔を少し赤くして照れているみたいだ。
「アキが風邪を引いた時に美味しいって言ってくれたので……お口にあって嬉しいです」
「そうだったんですか。それなら、これを食べるとすぐ治るかもしれませんね」
「はい。早く元気になってください」
美波が笑顔でそう言うと……姉さんは僕を見て
「そうですね。早く治してアキくんを力づくで可愛がりたいです」
「ねっ、姉さんっ!何を言ってるのはふぅ」
僕をいきなり抱きしめて頭を撫でながら嬉しそうに言う姉さん。
ダメだ……姉さんに抱きしめられると力が入らなくなる。
持っていたレンゲを落とさないようにするのが精一杯の状態で僕は……
――姉さんが治すべきなのは風邪だけじゃない、と思った。
――――
―――
――
そして姉さんがおじやを食べ終わり、薬も飲んだので
しばらく大人しく寝ててくれるだろう。
僕は姉さんに薬を飲ませていた(ここでも口移しがどうのと言っていたけど)ので
美波が先にキッチンに戻り、僕たちの御昼御飯の準備をしてくれているはず。
僕がテーブルに行くと美波が満面の笑みで……
「アキ、食べましょ」
テーブルの上には、お椀が一つ。
レンゲは美波が持っている一つだけしか見当たらない。
去年、僕が風邪を引いた時も、こんな風に美波に食べさせてもらったんだっけ。
――なんて僕が考えていると
美波がすごく嬉しそうな笑顔でレンゲを僕の口元に差し出し
「アキ。あーん」
―――
――
食事中、ずっと二人とも顔が赤かったのは……
おじやが熱過ぎたせいでもなく
姉さんの風邪を移された訳でもないだろう。
作中で去年明久が風邪を引いた時に美波が看病する、と言う描写がままありますが
前作『バカとウチと恋心』の中の『バカとウチの看病』からの引用なので
もし、万が一、たまたま、ちょっぴり暇だったから、など時間に余裕のあって気になる方は
そちらの方にも目を通して頂けると嬉しいです。
ちょっとした宣伝でした。