使った食器を洗い終えて
今度は姉さんが寝ているのを確認してから、リビングに戻り
僕は床の上で美波に膝枕を……
――――してあげている。
「ねぇ、美波」
「なぁに?」
美波は穏やかな表情で目を瞑り
僕の太腿の上に頭を預けている。
僕は美波のおでこの髪を払いながら
「普通、膝枕って女の子がやってくれるんじゃないのかな?」
僕がそう言うと美波は大きな目を開いて僕を見ると
「アキが女装したいって言うなら、ウチは止めないけど?」
すごく楽しそうに笑っている美波。
女装をさせられるくらいなら……
「このままで良いです……是非このまま膝枕をさせてください」
「判ればよろしい。でも、アキってすごく可愛いのに……ウチも嫉妬しちゃうくらい」
美波が手を口に当てて、くすくす笑っている。
「可愛いって言われても……やっぱり僕は男だから嬉しくないよ」
すると美波は僕の太腿の上から頭を上げて起き上がると
膝を揃えて座り直し、僕の方に身を乗り出すように両手を床に付いて
「じゃあ、アキは……ウチがなんて言ったら嬉しいの?」
「えっと……」
大きな瞳で僕を真っ直ぐ見ている美波。
やっぱり……好きな女の子に見つめられると照れちゃうな。
「何よ、いきなり顔を赤くして……そんなに言うのが恥ずかしい事なの?」
「やっ……恥ずかしいと言うか、言い難いと言うか……」
僕がなかなか言い出せずにいると……
「ウチ、絶対に笑ったり怒ったりしないから……何でも言って、ね?」
美波が頬を赤く染めながら優しく微笑んで少し首を傾げて僕を見ている。
その笑顔を見た時――
美波が僕に告白をしてくれた時の……
すごく優しい笑顔を思い出した。
大丈夫。きっと美波も……僕と同じ気持ちのはず。
恥ずかしい事なんて何もないよね。
「僕のことを……」
「僕のことを?」
僕は美波の大きな瞳を真っ直ぐ見ながら
「僕のことを大好きって……美波に言ってもらえるとすごく嬉しいんだ」
僕がそう言うと……美波も僕を真っ直ぐ見つめて
「僕のことを大好き……これで良い?」
「うん……って、違っ――」
一言一句間違いなく僕の言った事を復唱してくれたんだけど……何かが違う。
すると美波は楽しそうに笑って
「冗談よ。アキが嬉しいならウチも嬉しいから――」
そう言うと僕の首に手をまわして頬と頬が触れるか触れないかくらいに顔を寄せてきた。
シャンプーの良い匂いを漂わせながら
綺麗に纏められたポニーテールが僕の目の前で揺れている。
「大好きよ、アキ」
美波が優しく囁いてくれた後、頬に温かくて柔らかい感触が……
そして頬を染めた美波が僕から離れると
「そうだ。玲さんにアイスを作ってあげようと思ってたのよ」
「さっきの桃とイチゴで?」
「そうよ。ほら、アキも手伝って」
美波が立ち上がって僕の手を引っ張る。
柔らかくて温かい手……ずっとこの手と手を繋いでいたい。
「そうだね。早く作って姉さんに食べさせてあげよっか」
僕も立ち上がって、美波の手をぎゅって握り返すと……
美波は嬉しそうに笑顔で返事をしてくれた。
「うんっ」
僕たちはキッチンまで手を繋いだまま……移動した。
☆ ☆
そしてキッチンへ着くと美波が
冷凍庫から桃とイチゴをカットした物とバニラアイスを
冷蔵庫からヨーグルトを取り出すと
「アキ。フードプロセッサーってあるかしら?」
「うん。ちょっと待っててね」
僕はシンクの横にある扉を開けて中からフードプロセッサーを取り出し
近くのコンセントにソケットを差し込む。
「これで良いかな」
「ありがと。じゃあ、ちゃっちゃと作るわね」
美波はフードプロセッサーに
凍らせたイチゴとアイスとヨーグルトと少量の砂糖を入れてスイッチを押す。
そして時々スイッチを入れたり切ったりしている。
「何やってるの?」
「こうやって攪拌させてアイスに空気を入れてるのよ」
「なるほど。そうするとアイスが滑らかになるのか」
「そういうこと」
美波はしばらくスイッチのオンオフを繰り返して……
「出来たっと。アキ、冷凍しても大丈夫な容器を貸してくれる?」
「うん」
今度はシンクの右斜め上にある扉を開けてタッパーを取り出す。
「はい、お待たせ」
「ありがと」
美波はフードプロセッサーからタッパーへ、今作ったアイスを移し替える。
「美味しそうだね」
「あ、まだダメよ。あと一時間くらい馴染ませないと」
「えっ、そんなに時間かかるの?」
「うん。ちょっと食べてみる?」
移し替えに使ったスプーンを美波から渡されたので舐めてみると……
確かにイチゴはイチゴ、バニラアイスはバニラアイスと言った具合に
それぞれの味が良く判るので、まとまりがない感じがする。
僕がスプーンを握ったままでいると美波が
「さぁ、アキ。次は桃のアイスを作るわよ」
――――
―――
――
「ふぅ……やっと終わった」
「ふふっ、お疲れ様」
桃のアイスもイチゴと同じ様に作り、冷凍庫へ仕舞う。
食べ頃は、あと一時間後か……今何時だろ?
時計を見ると午後四時を少し過ぎた頃だった。
窓から外を見ると……空がうっすらとオレンジ色に染まり、陽が落ち始めている。
「もう、こんな時間……ウチ、そろそろ帰らないと」
美波も時間を確認したみたいだ。
「そっか。送っていくよ」
「大丈夫よ。まだ陽も落ちてないし……玲さんも心配だし」
「姉さんなら御飯を食べた後に薬を飲んだから、まだ寝てると思うよ」
薬を飲んだのは御昼御飯を食べた後だけどね。
たぶん今頃は、ぐっすり寝ているだろう。
美波は、あごに手を当てて何か考えていたみたいだけど……
少ししたら、僕の方を見て
「じゃあ……一応、玲さんの様子を確認してまだ寝ているようなら送ってくれる?」
「うん」
もし、姉さんが起きているようなら……
無理難題を言われないように是が非でも美波を送らせて欲しいんだけどなぁ。
――コンコン
「姉さん、入るよ」
カチャ、と静かにドアノブをまわし、美波と二人で姉さんの部屋に入る。
そしてなるべく物音を立てないように姉さんのベッドの傍へ移動する。
寝息は聞こえないけれど、穏やかな表情で寝ている姉さん。
顔もうっすらと赤みが差しているくらいで、それほど辛そうに見えない。
この分なら明日まで、このままゆっくり寝ていたらきっと治るだろう。
僕は小声で
(美波。姉さんもぐっすり寝ているみたいだから送っていくよ)
(そうね。じゃあ、お願いするわね)
美波も笑顔で頷いてくれた。
そして来た時と同じ様に物音を立てないようにドアの方へ向かうと
(あ、アキ。念のため、玲さんをもう一回見てくるわね)
(そう?じゃあ、僕は部屋から出て待ってるね)
何か気になることでもあったのかな?
まぁちょっと確認したら美波もすぐ戻ってくるだろう。
僕は部屋から出て美波を待ってるかな。
――カチャ……パタン
―― 玲のベッドの傍 ――
『玲さん。アキとウチが付き合う事を許してくれてありがとうございます』
『玲さんがアキの事をすごく大切に想っている事はウチにも良く判ります』
『ウチはアキと知り合ってまだ二年足らずで玲さんほど長い間アキを見てきた訳じゃないし』
『玲さんの代わりにウチがアキを守ってあげるとか、絶対に言えません』
『そのかわり、アキと同じ物を見て同じ事を感じて……』
『アキと一緒に楽しくなって…悲しくなって…嬉しくなって……』
『ウチはアキの傍でずっと……笑っていたいんです』
『そしてアキにも……ずっとウチの傍で元気に笑っていて欲しいんです』
『だから安心して……なんて言えませんけど――』
『これからは少しずつ……アキの事はウチに任せて欲しいんです』
『じゃあ、玲さん。早く治してください。お邪魔しました』
――カチャ……パタン
『――初めて美波さんと瑞希さんに会った時』
『アキくんが二人のうち、どちらか一人を選ぶ事が出来るとは思っていませんでした』
『でもアキくんは美波さんを選んだ……美波さんだからこそ、選ぶ事が出来たんだと思います』
『姉として……最愛の弟を成長させてくれた事を感謝しています』
――――
―――
――
「美波。姉さん、どうだった?」
「ぐっすり寝てたわよ」
「そっか……じゃあ、送っていくよ」
そう言うと僕が持っていた美波の手編みの白いマフラーを首に巻いてくれて
「ふふっ……アキ。また風邪なんて引かないでね?」
「うっ、うん。じゃあ、行こうか」
「よろしくね」
――ガチャ…………ギィ……バタンッ
『アキくんが自覚を持って、もっとしっかりしたら――お願いしますね。美波さん』
『それまではまだまだ手の掛かる……目の離せない可愛い弟です』
☆ ☆ ☆
冬の冷たい風が僕らの背中を押すように吹いている。
ジッとしていたらすごく寒いんだろうけど、美波と一緒だから……
繋いでいる手から伝わる温もりと嬉しさで、寒さが気にならない。
「美波、ごめんね。折角の休みなのに姉さんの看病や御飯を作らせちゃって」
「何みずくさい事を言ってるのよ。ウチがそうさせてくれって言ったんだし、それに……」
「それに?」
美波は身体を寄せてくると腕を組んで反対側の手も添えてきた。
「今日一日アキとこうやってずっと一緒に居れたんだから……嬉しかったに決まってるじゃない」
「美波……」
「何よ?ウチとずっと一緒に居たのにアキは嬉しくなかったって言うの?」
少し不満そうに口を尖らす美波。
ちょっと拗ねた
美波ってどんな表情をしていても可愛いよね。
――目を吊り上げて怒っている表情以外は。
「ううん……僕も楽しかったし、嬉しかったよ」
「ふふっ、そうでしょ?」
僕がそう言うと、ふわっと表情を柔らかくして僕の腕をギュッと抱きしめる。
組んでる腕がすごく温かくて心地好い。
「玲さん……早く治ると良いわね」
「そうだね」
姉さんは、ああ見えて僕だけじゃなく、自分にも厳しい人だから……
早く治そうとして、きっと今日はあれでも抑えていたんだろうな。
もし抑える気が無くて美波も居なかったら僕は……
――――お嫁……じゃない、お婿に行けない身体にされていたかもしれない。
「アキ、寒いの?少し震えているわよ」
美波が心配そうに僕を見上げていた。
「大丈夫だよ……それより、今日は本当にありがとう。美波が来てくれてすごく助かったよ」
御飯を作ってくれた事や姉さんと一緒にお風呂に入ってくれた事。
それに姉さんが暴走しなかったのも、きっと美波が居てくれたからだろう。
すると美波は……
「改まって言われると照れるじゃない……バカ」
すごく嬉しそうに頭を僕の肩に凭れかけてきた。
美波の家の近くに着くまで……
美波は嬉しそうな顔で僕の腕を抱きしめるように腕を組んでいた。
――次の日。
姉さんは何事も無かったかのように普通に仕事へ行った。
昨日の僕と美波の看病が功を奏したのだろう。
代わりに……
しばらくの間、姉さんの様子がおかしかった。
いや、元々姉さんの行動はおかしいんだけど……
僕の背中を見るといきなり後ろから抱きしめてきて――
そのまま僕の首を絞めてくるので怖くて姉さんに背中を見せられない。
ひょっとして美波が僕を後ろから抱きしめていたのを真似しているんだろうか?
どちらにしろ、僕は……
当分の間、姉さんに背中を見せないように
壁を背に横歩きをするハメになった。