「――なんて事があったんだ」
アキは話し終わる頃、少し疲れた顔をしていた。
「玲さん、相変わらずね」
「まったく、姉さんは……」
何故だろう。
葉月も玲さんもアキに必要以上に近付きたがるのは、いつもの事なんだけど……
今日に限ってはアキを励ましているような気がする。
――今日がバレンタインだから?
ううん、何か違うわね。
なんだろう?と思いながら歩いていると……
「…………」
ふと横を見るとアキがウチを見てて……
「どうしたの?」
「なっ、なんでもないよっ。なんでもっ」
ウチが視線を向けると、少し顔を赤くして慌てて前を向いた。
どう見てもなんでもないって顔をしてないし
普通そんなに慌てて視線を逸らしたりしないわよね。
「アキ?何か隠し事してない?」
「そっ、そんな事ないよ。ほら、今日は美波が久しぶりにポニーテールだからドキドキしちゃって」
そっか……やっぱり、この髪形にして良かった。
何よりアキが喜んでくれるのが嬉しい。
アキの顔を見ているのが少し照れくさくて……ウチも前を向く。
「ありがと」
「美波のポニーテールを見てると懐かしいなって昔を思い出しちゃってさ」
懐かしい、か。そう言えば……
最近、あそこへ行ってないわね。
ウチらが行く時はいつも目的が違うんだけど……
でも静かだし、人もあまり来ないし、たぶん今日行っても問題無いわよね。
「ね、アキ?」
「なに?」
ウチはアキの腕に
「ちょっと行きたい場所があるの……付き合ってくれる?」
「うん。何処に行くの?」
「あのね――」
――――
―――
――
途中でウチの家に寄ってもらってチョコを持ってくる。
うん、あそこならいつもみたいに何か問題は起きないわね。
問題を起こしそうな人たちは絶対来ないもの。
ウチの家を出てから……
「そう言えば、アキはバレンタインにお花をくれる事は、ちゃんと覚えているのね」
「うん」
「でも忘れっぽいアキがなんで、きちんと覚えているのかしら?」
ウチが質問をすると、アキは少し照れたように右手の人差し指で頬を掻き
「あはは、ひどいなぁ……たしかに僕は忘れっぽいけどバレンタインに美波にお花を贈るのは絶対忘れないよ」
「どうして?」
首を傾げてアキの顔を見上げると……
アキはウチの顔を見て優しく微笑み
「だって、お花を受け取ってくれた時の美波の嬉しそうな笑顔を見てると僕も嬉しくなるんだ」
「アキ……」
「美波がくれるチョコはどんな形でも美味しいから楽しみだけど……」
そしてアキの笑顔が……いっそう輝いて
「僕の傍で美波が嬉しそうに笑ってくれるのが一番のプレゼントだよ」
☆ ☆
そして二人で寄り添うように並んで歩いていき――
昔からずっと変わらない古い洋館のような建物。
大きなガラス張りのドアを抜けて中に入ると
中央は吹き抜けのエントランスホールがあり
左右にはカウンターやエレベーターがある。
高校生だった頃は、たまに来ていたけれど
大学生になってからは滅多に来なくなった……
――――図書館。
「すごく久しぶりに来たけど、全然変わってないね」
「うん」
懐かしそうに周りを見ているアキ。
(ここなら静かでちょうど良いかも……)
あごに手を当てながら小声で何か言っている。
「どうしたの?」
「なっ、なんでもないよっ。それより、ここでチョコくれるの?」
そんなに慌てて、なんでも無い訳ないじゃない。
でも今は何を慌てているのか無理矢理アキから聞くより
ちゃんとチョコを渡す方が先よね。
「うん。そのつもりだけど」
「でも図書館の中でチョコ貰っても良いのかな?」
「渡すだけなら良いんじゃない?中で食べなければ、問題ないわよ」
そんな事を話しながら館内を歩いていくと……
「あら、貴方たち。ずいぶん久しぶりね」
「「お久しぶりです」」
いつもお世話になっていた司書さんが居たのでアキと一緒に軽く頭を下げる。
そして司書さんはアキに向かって
「貴方、もうチョコは貰った?」
「いえ、まだです」
すると司書さんは、ふぅ、とため息を一つ吐くと
「たまには、ちゃんと本も利用してね」
そう言うとウチらが歩いてきた方へ行ってしまった。
司書さんの後姿が見えなくなると、アキと二人で少し苦笑いして
目的地だった言語の棚の前へ。
棚の前にある机の上に上着を置いて
昨日一生懸命、心を込めて作ったチョコを手に取り、アキの方を見ると……
ウチのあげたマフラーを丁寧に畳んでいる。
ずっと大切にしてくれているのね。
アキの気持ちがすごく嬉しい。
――幸い、今なら誰も近くに居ないわね。
アキの気持ちに応えるべく、ウチのありったけの好きを込めて、このチョコを渡そう。
こっそりアキに近付いて……
アキがこちらへ振り向いた時に軽くキスをして一歩離れると
出来るだけの笑顔で……
「アキが好きです……ウチの気持ち、受け取ってください」
アキはちょっとビックリした顔をしたけれど……
すぐに顔を赤くして嬉しそうに微笑むと
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
と言ってウチのチョコを受け取ってくれた。
やっとアキに……「好きだ」って言ってチョコが渡せた。
ウチが、その事に涙が出そうなくらい感動していると……
アキが一言――
「やっぱり今日にして良かった」
耳まで真っ赤になってウチを見ている。
「なにが今日なの?」
「今日の美波はポニーテールにしてて……あの時と同じ様に僕を好きだって言ってくれた」
「あの時って、クリスマスに告白した時の事?」
「うん。美波からチョコを貰って……告白された時のことを思い出しちゃった」
そしてアキは、はにかむように微笑んで
「今、ここで……昔、美波とした約束を果たそうと思ってさ」
「約束?」
ウチがアキの方を見ながら聞き返すと
アキはポケットの中に右手を入れて……
小さな箱を取り出した。
「うん、告白する時にした約束……怒らないで聞いてくれる?」
――『約束』という言葉を聞いた時から
ウチの胸は期待でいっぱいになって……
心臓が爆発しちゃうんじゃないかと思うくらい……すごくドキドキしている。
アキの顔がまともに見れなくて……
アキの胸に顔を押し付けるように抱きついた。
「…………アキのバカ。普通、そこは『怒らないで』じゃなくて『驚かないで』でしょ」
「そっか……ごめんね。僕、こういう事に慣れてなくてさ」
アキもウチに負けないくらいドキドキしているのが……アキの胸に当てている頬から伝わる。
「今まで僕の傍に居てくれてありがとう。本当に嬉しかった」
アキの顔は見えないけれど……
アキの声は心に染み渡るように心地好く響いてくる。
「これからも僕の傍に居て欲しい……美波とずっと一緒に居たいんだ」
ウチの肩に優しく手を置き、少し身体を離されて
アキと正面から見つめあう。
今までドキドキしていた心臓が止まったのかと思うくらい……
音や光さえも進むのを止めてしまったのかと思うくらい……
アキとウチの周りの時間が止まってしまったのかと思うくらい……
静かな世界の中でアキだけがゆっくりと動いている。
アキが右手で箱を持ち、ふたを開け……
「僕の全てを美波にあげるから……僕の傍で笑っていて欲しい」
そう言いながら箱を差し出す。
箱の中には……室内灯の淡い灯りに照らされて
そして……
視線や思考などウチの全てを惹き付けて離せなくなってしまうほど
アキは優しく微笑んで……
「美波……愛してる。僕と結婚してください」
嬉しい。
幸せ。
そして……愛しい。
心から溢れだしてくる嬉しさを……
頭の上から足の先まで身体中を包み込むような幸せを……
かけがえのない大切な人に伝えたい今のこの気持ちを……
言葉なんかじゃ伝えられないっ!
ウチは堪らず、アキの首に手をまわして顔を近付けて……
この想いが伝わるように……
――唇を重ねた。
――――
―――
――
「ウチも……アキを愛してる。ずっとアキと結婚したかったのよ」
しばらく抱き合った後、少し離れてウチがそう言うと
「良かった……本当に良かった。ありがとう」
アキは真っ赤な顔のまま、すごく嬉しそうに笑っている。
そして箱から指輪を大事そうに取り出し、ウチの左手に自分の右手を添えて……
――そっと薬指に嵌めてくれた。
「美波に大変な思いをさせちゃうかもしれないけど……」
「何よ。今更そんな事言っても結婚するって決めたんだからねっ!」
「美波と一緒に居ると本当に楽しいよ。これからもよろしくね」
心の底から嬉しいって判るアキの眩しい笑顔。
いつもウチを励ましてくれた……
見ているだけで嬉しくなる、その笑顔は昔から変わっていない。
――アキは本当に変わってない。
「何があっても、『ドンと来い』よっ!」
ウチが胸を叩きながらそう言うと……
「ふぇ?Don't 恋?僕、美波に恋しちゃいけないのっ!?」
「なんでいきなり中途半端に日本語と英語を混ぜるのよ!?」
――バカで鈍感でそそっかしくて。
「良かった……結婚してくれるって言ったのに、もうダメになったのかと」
「そんな訳ないじゃない」
「僕に出来る事は何でもするよ。美波に幸せになってもらいたいんだ」
――だけどいつも優しくて……ウチの事を見てくれている。
「じゃあ、アキ……ギュってしてくれる?」
「えっ、今ここでっ!?」
「うん。チョコをあーんしてあげたいんだけど……さすがに本の前で食べたらダメだと思うの」
――だからウチもずっとアキの事が好きでいられた。きっとこれからも……
アキは、また顔を真っ赤にしながら……
ウチを抱きしめてくれている。
アキの腕の中から至近距離で見上げて
「ウチに幸せになってもらいたいなら……」
「うん。美波を幸せにしてあげたい」
「アキが幸せになってね……アキの幸せがウチの幸せなんだから」