僕とウチと美春の相談
―― 昼休み ――
いつものように僕と美波、雄二や姫路さんたちと一緒に
卓袱台を囲んでお昼を食べていると……
――ガラッ
教室の扉が開いて誰か入ってきた、と思うと
真っ直ぐ僕たちの方へやってきて……
「お姉さま。折り入って相談したい事があるのですが……」
清水さんだった。
そして清水さんが僕と美波の間に割り込むように座ると同時に
僕の首に何かが押し当てられる。
「5秒あげます。この世に生まれた事を神に、お姉さまに近づいた事を美春に懺悔しなさい」
「なっ、何故っ!?」
そんな清水さんと僕を見て、美波が眉根を寄せて
「美春。それ以上冗談を続けるなら、ウチ本気で怒るわよ……何の相談なの?」
「ごめんなさい」
チキチキと音を立てて、僕の首に当てられていた物が仕舞われる。
僕は冗談で殺されかけたんだろうか?
「それでですね、相談と言うのは……」
清水さんは、そこまで言って口を
一体、美波に何を相談しに来たんだろう?
「ここだと言い難い事なの?」
美波が心配そうに尋ねると
「はい。ここで話すのは……ちょっと美春に付き合って頂けませんか?」
少し俯き加減に返事をしている清水さん。
こうして見ていると普通の女の子みたいだ。
この教室に来るなり僕を脅していた人間と同一人物とは思えない。
「そっか……判ったわ。じゃあ、アキも一緒に行くわよ」
美波は立ち上がると僕の腕を引っ張った。
「ええっ!僕も行くのっ!?」
「そうよ、アキも一緒に行くのよ……また、一人で帰られたら嫌だもの」
「あの……出来れば、お姉さまだけに相談したいのですが」
いつも美波の前だと傍迷惑なくらい元気を振りまいている清水さんが
珍しく静かで大人しいと、少し違和感があるな。
「この前の平賀の時で懲りたの。アキも一緒じゃないと行かないからね」
「――っ!?」
何故か、顔を赤らめる清水さん。そして……
「……判りました。では女子更衣室でも良いですか」
「ええ、良いわよ。ほら、アキ」
そう言って美波は僕の腕を引っ張った。
美波は僕を何処へ連れて行くつもりなのっ!?
「ちょっとっ!なんで女子更衣室なのさ?」
僕が質問をすると清水さんはムッツリーニを睨んで
「女子更衣室が美春のテリトリーだからです。それ以外の場所だと、そこのムッツリスケベが何かを仕掛けている可能性が高いです」
「なるほどね」
うんうん、と美波は頷いているけれど……
たしかにムッツリーニが女子更衣室に何か仕掛けていたら犯罪だけど
清水さんだって何か仕掛けていたら、いくら女の子とは言ってもやっぱり犯罪なのではっ!?
「美波や清水さんはともかく、僕が女子更衣室に入れる訳ないじゃないか」
「
清水さんが『女装』と言った途端、ムッツリーニが顔を輝かせて……
いつの間にか、両手にはデジカメが握られている。
「…………明久、準備オッケー」
「女装なんてしないからねっ!?」
ムッツリーニがすごく残念そうな顔をして……
((((((チッ))))))
――――何故か、クラス中から舌打ちする音が聞こえた。
☆ ☆
――ギィッ
重そうな門扉を開けると……
さすがに誰も居なかった。
真冬の屋上なんて晴れていても寒いだけだし
好き好んで来る人は居ないよね。
いくら女装しても僕が女子更衣室に行くのはマズいから
仕方なく寒いのを我慢して、屋上で話をする事になった。
そして清水さんは屋上に出ると手にスマホのような物を持ち
しばらく辺りを歩き回ると……
「今のところ、大丈夫みたいです」
と言って、手に持っていた物をポケットに仕舞う。
「美春、何をしてたの?」
「はい、作動している盗聴器がないか調べていたのです」
しかし、いつも不思議に思うんだけど……
ムッツリーニや清水さんは何処から、こういう知識や機材を仕入れてくるのだろう?
「それで相談って言うのは?」
「はい。あの……」
美波が話しかけると清水さんは何かを言いかけて俯いてしまった。
ひょっとして男の僕が居ると言い難い事なのかもしれない。
美波と清水さんを二人っきりにするのはちょっと心配だけど
少し離れたところから見ていれば大丈夫だよね。
「僕が居ると言い難い事なのかな?それなら、あっちの方に……」
僕がそう言って歩き出そうとすると……
「――相談って平賀の事?」
美波は僕が移動するのを袖を引っ張って止めながら、清水さんに質問をしている。
すると清水さんが顔を真っ赤にして……
――こくん
と、小さく頷いた。
「やっぱりね」
美波は、清水さんが頷くのを嬉しそうに見ている。
「何がやっぱりなのさ?」
「アキは本当に鈍いわね。さっき平賀の名前が出た時、美春の顔が赤くなったじゃない」
「そうだったっけ?」
僕が首を傾げていると
「美春が風邪を治して学校に来てから……平賀君とうまく話が出来ないんです」
少し俯いて話し出す清水さん。
「前から平賀君とは、そんなに話をする事はなかったのですが……」
いつもと違って、しおらしい清水さんは小さく見える。
「お見舞いに来てもらってから平賀君と話をしようとすると何を話して良いのか判らなくなって……」
「平賀もそうなの?」
「いえ、平賀君は何か話をしたいみたいなのですが……美春がすぐに行ってしまうので会話が続きません」
「ふぅん。相談って言うのは――」
美波があごに手を当てて清水さんの話を聞いている。
そうか。清水さんは平賀君に……
「なるほど。清水さんは平賀君とあまり話をしたくないから近付かないで欲し――っ!?」
「アキは黙ってなさいっ!!」
「痛ぁぁぁぁぁっ!?」
僕が話している途中で、美波に右腕と左腕と右足を絡められて
全身密着状態で関節技を掛けられた。
すると清水さんは呆れた顔をして
「お姉さまも大変ですね」
「アキが鈍いのには、もう慣れたわよ。それで平賀とうまくいくようにしたいのね」
僕は美波の関節技の痛いのには全然慣れないんだけどっ!?
美波は僕に関節技を掛けたまま、清水さんに話しかけている。
「はい。まずは普通に話す事が出来るようになりたいのですが……」
清水さんは呆れ顔から一転して恨めしそうな顔になった。
「でも……この鈍感豚野郎がお姉さまと密着しているのが許せませんっ」
わきわきと動かしている両手が怖いんですがっ!?
「今、アキの事は放って置きなさい」
それなら美波も関節技を解いて僕を放って置いてくれないかなぁ。
「はい……」
清水さんは美波の言葉に返事をして、しばらくこっちを見ていた。
その表情は、さっきまでの恨めしそうな顔ではなくて
なんとなく羨ましそうな表情をしている気がする。
そして美波は……ずっと何か考えていた。
――僕に関節技を掛けながら。
「ちょっと、美波っ!いつまでこの格好で居るつもりなのっ!?」
「あ、ごめん。アキとこうやって抱き合ってると嬉しくて、つい……」
技を解いてから、美波は「ごめんね」と謝りながら
僕に技を掛けていたところを優しく
僕の認識だと、あれは抱き合ってるとは言えない。
たしかに良い匂いがすぐ近くでするし
美波と触れ合っていると実感できるんだけど……
何より身体中の骨がミシミシ言ってすごく痛い。
でも……
美波が申し訳無さそうに一生懸命撫でてくれているから
僕もそれ以上文句は言えなかった。
「平賀君とどう接して良いのか判らなくて……」
清水さんが……ポツリと呟いた。
すると美波は僕の肘を擦りながら清水さんに向かって
「美春は平賀の事、どう思ってるの?」
「真面目で責任感があって、クラスの代表として頑張っていると思います」
「ふぅん……美春もまんざらじゃなさそうね」
美波が嬉しそうにそう言うと……
清水さんは仄かに頬を染めて少し俯き
「美春は今までお母さんとお父さんと……」
そして両手を胸の前で合わせて美波を見ると
「お姉さまくらいしか好意を寄せてもらった記憶がありません」
すごく嬉しそうな表情の清水さん。
「そっ、そう?……ウチは美春に好意を寄せた記憶が無いんだけど……(ギュウ)」
美波は少し顔を引きつらせて、掴んでいる物を思いっきり捻っている。
――僕の腕が人としておかしな形に。
「痛ぁっ!みっ、美波っ!?腕っ!僕の腕っ!」
「えっ?あっ、ごめん」
美波はすぐに僕の腕を解放して介抱してくれた。
「美春に好意を寄せてもらえるのは悪い気はしないのですが」
清水さんは僕と美波を見て
「こういう経験が全く無かったのでどうすれば良いのか判らなくて、このままでは……」
「「このままでは?」」
僕と美波が首を傾げながら清水さんを見ていると
清水さんはすごく辛そうに……
「お姉さまのストーキングに身が入りません」
「ウチ、この話聞かなかった事にしても良いかしら?」
そう言って美波は僕の手を引っ張って門扉の方へ行こうとすると
「お姉さまっ!待ってくださいっ!美春にはお姉さましか相談できる人が……」
清水さんは少し身体を震わせながら顔を伏せてしまった。
美波は、仕方ないといった表情で清水さんのところへ戻ると
「判ったわよ。それで平賀がお見舞いに来てくれた事にお礼は言ったの?」
「はい。一応『ありがとうございます』と一言だけ……」
「それだけじゃ、ダメよ。平賀は勇気を出してお見舞いに行ったんだから、美春も勇気を出して話しかけないと」
美波がそう言うと清水さんは両手を合わせて目をキラキラさせながら
「さすがお姉さまです。そこの心身ともに腐れきった鈍感豚野郎と付き合っていても美春の事をちゃんと考えてくれています」
清水さんの中で僕より評価の低い人間が居たら会ってみたいものだ。
「せめてクラスの人たちや知り合いが居ないところでなら、美春ももう少しちゃんと話せると思うのですが……」
「それじゃ学校以外なら周りの目も気にしなくて良いんじゃない?」
「それって……デートと言うヤツですか?」
清水さんが少し驚いた顔で美波を見ている。
「そう……なるのかな?」
美波が僕を見て首を傾げているので
「そうだと思うよ。きっと平賀君も清水さんから誘ってもらえれば喜ぶんじゃないかな?」
「でも美春と平賀君だけだと心細いので……お姉さまも付いてきてくれませんか?」
清水さんは不安そうな表情で美波の手を握っている。
美波は優しく微笑みながら、その手を握り返し
「ええ、いいわよ。もちろんアキも一緒にね」
「ええっ!僕もっ!?」
「当たり前じゃない。まさか、ここまで聞いて一緒に来ないって事は無いわよね?」
美波が満面の笑みで僕を見ている。
その笑顔は僕が断るなんてまるで考えていないみたいだ。
そして美波は小声で
(美春にウチを諦めさせるチャンスなのよ)
(そうかもしれないけど……)
(それにこうやって頼まれたら友達として助けてあげたいじゃない)
美波は本当に面倒見が良いなぁ。
美波がやりたいって言ってるなら僕は美波を手伝ってあげたい。
(判ったよ。僕に出来る事は無いと思うけど)
(そんな事ないわよ。アキが居た方がきっとうまくいくと思うわ)
(そうかなぁ?)
(そうよ。ウチもアキと一緒の方が頑張れるし……ね?)
僕が美波の嬉しそうな笑顔に見蕩れていると清水さんが
「えっと……美春から平賀君を誘うのですか?」
「そうね。その方が良いと思うけど」
美波がそう答えると清水さんは珍しく泣きそうな顔になり
「それは……美春にはちょっと難しいです」
「そっか。それが出来ないから平賀を呼び出すんだっけ」
清水さんが俯いて、美波はあごに手を当てて考えている。
少ししてから二人同時に僕の方を見て
「じゃあ、アキにお願いしましょ」
「そうですね。ここに居るだけなのも、分不相応にお姉さまと付き合っているのも心苦しいでしょうから美春のお手伝いをしてもらいましょう」
清水さんが僕を睨むように見て、美波は笑顔で僕に向かって手を合わせている。
「ええっ!僕が平賀君に伝えに行くのっ!?」
「美春は、まだ平賀君とうまく話せませんし」
「ウチが行って変な誤解をされるのはアキも嫌でしょ?」
「それはそうだけど……」
☆ ☆ ☆
――ガラッ
結局二人に頼まれて断りきれなかった僕が、Dクラスの教室の扉を開けて
「平賀君、居るかな?」
「ん?吉井じゃないか。宣戦布告にでも来たのか」
平賀君が自分の席に座ったまま、そう言うと……
教室の中に居た生徒が僕の方を睨んでいる。
「違うよ。平賀君に話があって来たんだ」
「なんだ、話って?」
平賀君は仕方なくと言った感じで席を立って扉の近くに来てくれた。
そして僕は平賀君に向かって……
「えっと、僕と付き合って欲しいんだ」
――教室の中が一斉にざわめきだした。
あれ?僕、言い方を間違えたかな?
(あいつ、たしか島田と付き合っているんじゃ……)
(ひょっとして平賀と島田の二股かけるつもりなのか)
その二股はすごくおかしい組み合わせだと思うんだけど……
とりあえず今はそんな事に構っていられない。
すると一人の女の子が手に何かを持って僕の方へやってきて
「アキちゃんっ!やっと女の子になる決心がついたのねっ」
「玉野さんっ!?変な誤解と、フリルの付いた服を持って僕に迫るのはやめて欲しいんだけどっ!?」
玉野さんが手に持ったフリフリの服を僕の頬に押し付けてくる。
僕が玉野さんの肩を抑えて距離を取ろうと、もがいていると
「なっ、なんで俺がお前と付き合わないといけないんだよっ!?」
心の底から嫌そうな顔をしている平賀君に小声で
(付き合って欲しいのは僕じゃないよ。僕は清水さんの代理で来たんだ)
(えっ?)
(清水さんがお見舞いに来てくれた御礼をしたいからって)
僕がそう言うと平賀君は玉野さんに向かって
「玉野さん。悪いんだけど、ちょっとあっちへ行って貰っても良いかな?」
平賀君がそう言うと玉野さんは顔を輝かせて
「平賀君もどうせ付き合うならアキちゃんが可愛い方が良いでしょ?これ着たら絶対可愛いと思うのっ!」
僕に服を付きつけるのを一向に止めようとしない玉野さん。
すると平賀君は、はぁっとため息を一つ吐くと
「判った。じゃあ、後で吉井に着てもらう様にお願いするから、ちょっと席を外してもらっても良いかな」
「うん、約束よっ!」
にこにこしながら玉野さんはあっちへ行ってくれた。
(ちょっとっ!なんて事、約束してるのさっ!?)
(仕方ないだろ。ああでも言わないと玉野さん、絶対引き下がらないし)
僕が睨んでいると平賀君がまた小声で
(それでさっきの話だけど……なんでお前が清水さんの代わりに来たんだ?)
(清水さんがクラスの人たちの前だと平賀君とまともに話が出来ないみたいだから僕が代わりに来たんだよ)
(じゃあ、相手はお前じゃなくて清水さんなんだな?)
(うん、判ってもらえて何よりだ)
とりあえず僕がここに来た用件は、きちんと伝わったみたいだ。
平賀君はすごく嬉しそうな顔で僕の手を取ると……
「ありがとう。喜んで付き合うよ」
――――しばらくの間、学校中が僕と平賀君を見る目が変わった。
そして僕がDクラスの教室を出ようとすると――
――ピシャッ
平賀君が扉を閉めた。
「僕、Fクラスに戻りたいんだけど?」
「悪いな、吉井。俺もクラス代表として約束した事は守らないといけないんだ」
平賀君が申し訳無さそうに俯いてそう言うと
教室内に居た男子生徒は何故か哀れんでいる様な顔で僕を見ている。
一体どうしたんだろうと思っていると……
「アキちゃんっ!お着替えの時間ですよっ!」
満面の笑みでフリフリの服を手にした玉野さんと
数名の女子に僕は囲まれて……
『いやぁぁぁぁぁぁ…………』