――日曜日の朝。
今日は美波と一緒に平賀君と清水さんのデートにお邪魔する事になっている。
……本当に邪魔する事にならなきゃいいけど。
待ち合わせの駅前の広場に着くと平賀君一人だけだった。
「平賀君、おはよう」
「おっ、おはよう……って、吉井か」
声をかけたのが僕だと分かると少し残念そうな顔をした平賀君。
「今更だけど、僕らが一緒に行っても良かったのかな?」
「お前らが……特に島田さんが来てくれて助かるよ」
「どうしてさ?」
平賀君には悪いけど……
美波が来ると清水さんの意識は美波の方にばかり向いちゃう気がするんだけどなぁ。
「清水さんは俺だけだとうまく話が出来ないみたいだから、島田さんが居てくれた方が話しやすいんじゃないかな」
「そうかな」
「ああ。それに出来ればなんだけど……お前らのようにごく自然に清水さんと手を繋ぐ事が出来たらって思っているんだ」
僕と平賀君がそんな会話をしていると……
「だぁ~れだ?」
不意に後ろから目隠しをされる。
でも僕には、この温かい手の感触と声ですぐ誰だか分かる。
「美波、おは「キャ――ッ!?」痛ぁぁぁぁ!?」
僕が朝の挨拶をしている途中で――
押さえている手で目玉を
「誰でしょう?」
という声が聞こえてきて
「みっ、美春っ!どこ触ってるのよっ!?」
美波の悲鳴に近い声。
一体、何が起こっているんだっ!?
「お姉さまののどかな湖の水面を思わせるような素晴らしい部分です」
嬉しそうな清水さんの声。
その台詞、僕が言ったら間違いなく、両手両足の関節が一つずつ増えるだろう。
「いいからすぐに手をどけなさいっ!!」
怒っている美波の声。
その怒りの強さが僕の頭を掴んでいる手の力で痛いほど良く分かる。
「おっ、おはよう。清水さん」
少し上擦っている平賀君の声。
やっと清水さんが来てくれて嬉しいのだろう。
そのおかげで僕は酷い目にあっているんだけど……。
「目がっ、目がぁぁ!潰れ――っ!?」
切羽詰った僕の声。
手遅れになる前に僕の切実な叫びが美波に届くといいなぁ。
――――
―――
――
僕の魂からの叫びを聞いた美波が手を離してくれて
視界がぼんやりと戻っていく中――
「美春っ!普通『だぁ~れだ?』をする時は後ろから目隠しをするものでしょっ!」
そういう美波も前にやった時は僕の口を手で押さえていたよね。
しかもその後、目潰しまでされたし。
「でも、ちょうどお姉さまの両手が上がっていて胸が隠し易かったものですから、つい……」
「ウチの胸は隠さないといけないほど恥ずかしいっていうのっ!?」
なにやら美波が御立腹の様子。
ここは彼氏である僕が美波のために何か言った方がいいよね。
「そうだよ清水さん。美波には雄二と違って恥ずかしいところなんて一つもないんだ」
「アキ……酷いことをしてごめんね」
仄かに良い匂いがして……美波はそっと僕の頭を優しく抱きしめてくれる。
「ほら、美波はいつもこんなに優しいんだよ。だから……」
「だから、なんですか?」
清水さんの声が少し殺気を帯びている気がする。
「だから――美波も、もっと胸を張って(ギュゥゥゥ)痛ぁぁぁぁ!?」
「どうせウチは張るほど胸が無いわよっ!」
そんな事は無いよ、と言いたかったけど……
美波に頭を締め上げられていて僕の頬に
☆ ☆
「じゃあ全員揃った事だし、映画でも見に行こうか」
平賀君がそう言ってきた。
「アキ、ちゃんと見える?」
僕の正面におそらく美波の顔があるんだろうけれど……
視界がまだハッキリしないから、ぼやけて見える。
でも、これ以上心配は掛けたくないので
「大丈夫だよ。なんとなくだけど見えてるから」
「なんとなくって……心配だからウチと手を繋いで行こ?」
美波の温かい手が僕の手を優しく握ってくる。
いつも思うんだけど、この優しい温もりの手が
なんであんなに強い攻撃力を発揮するのだろう?
「ああっ、お姉さま!美春も手を繋いで欲しいですっ」
「美春は平賀と手を繋げばいいじゃない。ウチはアキで手が塞がっているもの」
「でも……」
「もう、仕方ないわね――平賀、ちょっとこっち向いてくれる?」
清水さんと美波がそんな会話をしている中
視界がハッキリしてきた僕が見たものは……
――プチュッ
「痛ぇぇっ!!」
僕と繋いでいる反対の手でチョキを作っている美波と
目を押さえて痛がっている平賀君だった。
「ほらほら、美春。平賀も一人じゃ歩けそうにないからアンタが手を繋いであげなさい」
「ああっ、平賀君!大丈夫ですか?」
清水さんは心配そうに平賀君に近付き、手を繋いだ。
やり方はともかく、手を繋ぐ事が出来たのだから
平賀君が言ったように美波が居てよかったのかもしれない。
僕が苦笑しながら二人を見ていると、美波が僕の顔を見上げて軽く微笑み
「アキ。目は見えるようになったの?」
「うん。もう、ほとんど見え(プチュ)痛ぁぁぁぁ!?」
「アキと手を繋ぐチャンスなんだから、しばらく目を瞑っていてね」
可愛く言っているけど、やっている事が物凄く痛いんだけどっ!?
しかし美波は決断が男らしすぎて、行動に移すのが早すぎるなぁ。
☆ ☆ ☆
僕は美波に、平賀君は清水さんに手を引かれるようにして映画館へ。
その事については何も言わないようにしていた。
ずっとこのまま手を繋いでいたかったから……きっと平賀君もそうなんだろう。
でも、まさか映画を見ている最中も手を繋いでいたいからって……目潰しはしてこないよね?
「今日は何の映画を見るの?」
美波が質問をすると平賀君が一枚の宣伝用のポスターを指差す。
この映画のCMはテレビで見た事があるな。
コメディーっぽい作りだったけど、たしか恋愛映画だったはず。
「これにしようと思っているんだけど、清水さんもこれでいいかな?」
「美春はどんな映画でもいいです。暗いところでお姉さまにいた……なんでもありません」
「ちょっと美春っ!アンタ何するつもりなのよっ!?」
――――
―――
――
僕らは席に着いた。
さすがに日曜だけあって人は割りと多く、席も四人並んで座る事は出来なかった。
でも前に二人、後ろに二人という風に比較的まとまって席を取る事が出来た。
僕と美波が前に座り、平賀君と清水さんが後ろに座る。
そして映画の前の注意事項やこれから公開される映画の予告などが始まると……
(誰でしょう?)
(ちょっと、なにするのよっ、美春っ!?)
いきなり美波が暴れだしそうになったので慌てて手を繋ぐ。
すると美波は落ち着いてくれたのか、静かに後ろへ振り返り
(映画を見ている時に目隠しされたら見れないじゃないっ!?)
(だって、先ほどお姉さまは目を隠せと……)
(平賀っ!手を繋いででも抱き締めてでもいいから美春を押さえてなさいっ!)
(えっ!?)
(今度変な事をしたら、ウチはこのまま帰るからねっ)
美波は二人にそう言って前を向く。
このまま帰るって事は手を繋いでいる僕も映画を見ないで帰るって事だよね……。
(平賀君は美春と、その……手を繋ぐと嬉しいのですか?)
(そっ、そりゃまぁ……さっきも目は痛かったけど嬉しかったよ)
(そうですか。では、この前お見舞いに来てくれたお礼もまだきちんとしてませんし、それに……)
(それに?)
(これだけ暗ければ手を繋いでいるところを誰にも見られる心配は無いですから)
(――それでも嬉しいよ)
そして映画は始まり、その内容は――
某国のお姫様が日本に留学してきて文化や言葉の違い、生活習慣に戸惑いながらも
主人公の男の子との交流で少しずつ周りの人たちとも馴染んでいき
バレンタインデーで告白するというものだった……男の子が。
(このお姫様、美波に似てるよね)
この映画のヒロインのお姫様は――
秀吉みたいな古風な喋り方で髪形はポニーテール。
しかも胸が少し……と言うか、だいぶ残念な感じだった。
そして勝気な性格なんだけど面倒見が良くて、意外とさみしがり屋なところがある。
(痛っ)
(なんとなくアキにお仕置きが必要な気がしたわ)
美波は少し口を尖らせて僕の頬を軽く抓った。
美波って、たまにすごく鋭い時があるよね。
(それで、ウチはお姫様なんてガラじゃないわよ?)
(そんな事ないよ。それより僕の方こそ、美波につりあう王子様になれそうもないし)
(そうね。ウチにつりあうかどうかは別にして、アキが王子様から王様になって国を任せたらすぐ崩壊しちゃうかもね)
(うっ……ゲームだったら出来るんだけどな)
僕はそう言って、ふと横を見ると……
(でもウチは……アキは今のままでいて欲しい。たくさんの人を幸せにする事は出来ないかもしれないけど、たった一人……その人のために一生懸命頑張っている優しいアキが大好きなんだから)
触れでもしたら雲散霧消しそうなほど儚く……幻想的で綺麗だった。
☆ ☆ ☆
そして映画はエンディングを向かえ、スタッフロールが流れ始めた頃。
それまでの静寂が消え去り、周りが少しずつざわめき始め動き出す。
「平賀君。そろそろ手を離してもいいですか」
「あっ……そっ、そうだね。じゃあ、そろそろ出ようか」
そんな言葉が後ろの席から聞こえてきても僕は座ったまま……。
バレンタインデーで愛の告白かぁ。
――そうだよね。
告白するのは、なにも女の子だけって決まっているわけじゃない。
男の方から告白したっていいよね。
あげるのはチョコレートじゃなくても気持ちがこもっていれば……。
……考え事をしていたら、美波に声をかけられる。
「アキ?どうしたの、そんな顔して」
「えっ?僕、変な顔してた?」
「ううん……すごく真剣な顔だった」
美波が優しく微笑んで僕を見ている。
その笑顔がすごく可愛くて……思わず見蕩れてしまう。
いつの日か、僕はきっと美波に……
その時、美波はどんな顔をするだろう。
今みたいに見ている僕まで幸せになる笑顔を見せてくれるかなぁ。
――それまで待っててね。