ピンポーン ピンポーン
「今、開けますー」
美波と葉月ちゃんが来たのかな?
……ガチャ
「バカなお兄ちゃんっ!」
いきなり飛び込んでくる葉月ちゃん。
でも助走する距離が足りなかったのか、さほど威力の無い頭突きが鳩尾へ……
うん、これなら大丈夫……ぐりぐり押し付けて来ている頭を撫でてあげると
「んにゅ~」
いつものように目を細めて喜んでくれている。
「もぅ、葉月ったら……そんなに急いで行かなくても」
大きなバッグを抱えた美波がドアからひょこっと顔を出す。
「バカなお兄ちゃんに早く会いたかったんですっ」
天真爛漫といった満面の笑みで僕にしがみついてくる葉月ちゃん。
うんうん。これだけ素直に喜んでもらえると嬉しいなぁ。
「賑やかですね」
姉さんがリビングからやってくると……
「わぁ~。おっきなお姉さんですっ」
葉月ちゃんは姉さんの胸を見ながら驚いたように目を見開いている。
「そっ、そうね……ほんとにおっきいわね」
美波も同じく姉さんの胸を見ながら羨ましそうな目で見ていた。
「いらっしゃい。自分の家だと思ってゆっくりしてください」
姉さんは優しく微笑んで葉月ちゃんを見ている。
「初めまして、島田葉月と言いますっ」
姉さんに向かって葉月ちゃんが、ぺこりとお辞儀をする。
「初めまして、吉井玲と言います。アキくんの姉です」
姉さんも葉月ちゃんに向かって挨拶をする。
お願いだから葉月ちゃんに変な事言わないで欲しい。
僕の無言のお願いが届いたのか、姉さんはそれ以上何も言わなかったけど葉月ちゃんが……
「バカなお兄ちゃんのお姉ちゃんですか。そうすると葉月のお姉ちゃんですねっ」
「それってアキくんと……?」
「バカなお兄ちゃんは葉月のお婿さんなんですっ」
「そうなんですか」
ヤバい……姉さんの攻撃色が強くなってきた気がする。
葉月ちゃんには変わらず笑顔を向けているけど……弟である僕には判る。
この攻撃色は僕の命に関わるほどの強い物だ。
「アキくん……後でぽっきりお話があります」
こちらに顔を向けずに話しかけてくる姉さん。
話だけで終わってくれれば良いんだけど……ぽっきりと言ってる時点でダメだろうな。
とりあえず美波と葉月ちゃんの荷物は客間へ置いてもらう事にした。
その間に夕飯の最後の仕込をしていると……姉さんがやってきて
「アキくんは美波さんと葉月ちゃんの二股を掛けているのですか?」
「そっ、そんな訳無いよっ!?」
火に掛けて振っていた鍋を危うく落としそうになった……なんてタイミングで聞いてくるんだっ!?
「葉月ちゃんが欲しがってたぬいぐるみをプレゼントしたらすごく喜んでくれて」
「それであんな小さな子に結婚を迫ったんですか?姉さんが居るのにもかかわらず」
ちょっと待ってっ!?なんかすごく怒ってる様な気がするんだけど……
そして何で姉さんがそこに関係してくるのっ!?
「ちっ、違うよ。葉月ちゃんは美波にプレゼントしてあげたくて、ぬいぐるみを欲しがってて」
「それをアキくんがプレゼントしてあげたんですか?」
「うん」
その過程で観察処分者になったりしたんだけど……姉さんには黙っていよう。
もちろん美波にもね。
「そうだったんですか。本当にアキくんは昔からそうやって……」
「ん?何か言った、姉さん?」
「いいえ、何でもありません」
そう言うと姉さんはリビングの方へ行ってしまった。
入れ替わりに美波と葉月ちゃんがやってきて
「アキ、美味しそうね」
「良い匂いですっ」
「もうすぐ出来るから待っててね」
「はいですっ」
葉月ちゃんが元気良く手を上げて返事をしてくれた。
しばらくして完成したのでテーブルに持って行き……
「「「いただきまーす」」」
「お兄ちゃんが作ったの美味しいですっ」
「ありがとう」
ニコニコと笑顔で美味しそうに食べてくれる葉月ちゃん。
「ほんとに美味しいわね。味が濃すぎず薄すぎず……ちょうど良いわ」
美波が手に持ったスプーンを見ながら、ため息をついていた。
あれ?美味しそうに食べてくれていたんだけど……
「美波、どうしたの?なんかおかしいところでもあった?」
「ううん、すごく美味しいんだけど……ウチが作ったのをアキが満足してくれるか心配になっちゃって……」
僕は美波が作ってくれる料理の方が好きなんだけどな。
「アキくんの料理は美味しいですね。いつも御馳走になっている私は本当に感謝しています」
姉さんに改まって言われると、なんか照れちゃうな。
「アキくんの手料理が毎日食べられる人は、きっと幸せになれますね」
「バカなお兄ちゃんは葉月のお婿さんだから、葉月は幸せになれるんですねっ」
葉月ちゃんが目をキラキラさせて両手を上げて喜んでいる。
「こらっ、葉月。お行儀が悪いわよ?」
美波が葉月ちゃんを
「あぅ、ごめんなさいです」
葉月ちゃんが“しゅん”と、してしまった。ちょっと可哀想な気もするけど……
「そっ、それにアキはその……ウチにずっと隣に居て欲しいって……結婚式の時、言ってくれたし……ね?」
美波が確認するように僕に目線を送ってきた。
……確かに僕は美波にそう言ったし、僕もずっとそう思っている。
「お姉ちゃんばっかりずるいですっ」
ぷぅっと葉月ちゃんが膨れてしまった。
「葉月にもウェディングドレス着させて欲しいですっ」
「アキくん。私もウェディングドレスが着たいです」
ちょっ!?いくら貰い手が居ないからって何で姉さんまで僕に言うのっ!?
「二人ともちょっと落ち着こうね?結婚式って言っても体験だったんだしさ」
試着で良ければ、いくらでも着てくれて構わないんだけど……
「ちょっと、アキっ!!ウチは本番のつもりだったのよっ!?」
ヤバい。落ち着かなきゃいけない人が三人に増えてしまった。
すでに事態は僕の手に負えなくなりそうだ。
「えっと……ほら、冷めるとお肉硬くなっちゃうから早く食べないと……」
みんなの注意を別の方向へ持っていこう。
「そうですね。せっかくアキくんが作ってくれたんですし……美味しいうちに頂きましょう」
姉さんが助け舟を出してくれた……助かった。
「アキくん。はい、あーん」
僕の隣に座っていた姉さんが、スプーンを僕の口の前に出してきた。
何で今そんなことするのっ!?せっかくみんなが収まりかけてきたのに……
「わぁっ!自分で食べられるよっ!それは姉さんの分なんだから、ちゃんと食べて欲しいんだけど?」
「アキくんはわがままですね」
しぶしぶといった表情で自分で食べてくれた…すると正面に座っている葉月ちゃんが
「バカなお兄ちゃん、あーん」
思いっきり手を伸ばした、あーんを……でも、さすがにテーブルの向こうからだと届かない。
「葉月ちゃんも自分で食べようね」
「じゃあ、デザートは葉月がお兄ちゃんに食べさせてあげるんですっ」
そう言って手を引っ込めてくれた。
さすがに美波はテーブルを挟んで対角線上に座っているから、手を伸ばしても無理だろう。
スプーンを見つめて何か、ぶつぶつ言ってるような……
念力でスプーンを飛ばして、あーんをするつもりなんだろうか?
すごく残念そうな顔をしているけど……しばらくすると
「ねぇ、アキ?」
「ん?どうしたの?」
「今日は明日のお昼の準備はするの?」
「今日は、しなくても大丈夫じゃないかな」
お昼までなら普通に朝起きてから準備しても十分、間に合うだろう。
「そっか。それなら今夜、玲さんに少し勉強見てもらわない?」
「そうだね」
「玲さん、よろしいですか?」
美波が姉さんに確認を取っている。
「ええ。構いませんよ」
姉さんはスプーンを持つ手を止めて笑顔で返してくれる。
「では御飯を食べてから、すぐには効率が良くないのでお風呂に入ってからにしましょうか」
「判りました」
「アキくんもそれで良いですね?」
「うん」
「「よろしくお願いします」」
美波と二人で頭を下げる。
「「「ごちそうさまでした」」」
「お兄ちゃん、美味しかったですっ」
「ありがとう。今日のデザートはアイスクリームだけど今食べる?」
「お風呂上がってから食べますっ」
葉月ちゃんの頭を撫でてあげてると美波が
「洗い物はウチがやってあげるから、アキはお風呂に入ってきちゃえば?」
「僕が洗い物やるから、先に美波と葉月ちゃんで入ってきたら?」
「葉月はバカなお兄ちゃんとお風呂に入るですっ」
と、言って僕の手を引っ張る……それは色々まずいんですがっ!?
「葉月は女の子なんだからアキと一緒に入っちゃダメよ」
「でもでも、バカなお兄ちゃんは葉月のお婿さんだから家族じゃないんですか?」
「アキはまだウチらの家族になってないんだから……家族になったらウチ以外の人と入るなんてもっとダメなんだけど……」
なんでお姉ちゃん以外の人はダメなんですか?と言う葉月ちゃんの質問に対して
美波が顔を真っ赤にして色々と説明している。
なんか大変そうだけど僕が口を出すと、ややこしくなりそうだから
美波には悪いけど黙っていよう。
「仕方ないですね」
僕の後ろから姉さんが声を掛けてきた。
きっと最年長者として葉月ちゃんの説得を手伝ってくれるんだろう。
姉さんは、にっこりと微笑みながら
「実の姉である私がアキくんと一緒に入りましょう」
そんな説得の仕方は期待してないんだけどっ!?
「ねっ、姉さんっ!?何言ってるのさ、僕は一人で入りたいんだけどっ!!」
「そっ、そうですよ。いくら実のお姉さんでも一緒に入るなんてっ!」
美波も相変わらず顔を真っ赤にして僕と一緒に姉さんに反論をしてくれた。
「小さいころは良く一緒に入っていたじゃないですか。あんなに喜んでくれていたのに」
「知らない人が聞いたら本気にしちゃうじゃないかっ!」
喜んでいたと姉さんが錯覚しているのは僕も覚えてないくらい小さい頃だ。
そんな言葉も話せない頃の僕が喜んでいたのかどうか、かなり怪しいと思う。
「じゃあ、みんなで入るですっ」
葉月ちゃんが両手を上げて笑顔で提案してくる。
「ごめんね。うちのお風呂はそんなに人がたくさん入れるほど大きくないんだ」
「バカなお兄ちゃんはいつになったら葉月と一緒にお風呂に入ってくれるんですかっ」
そんな真剣な表情で聞いて来られても……仕方ない、とりあえず、この場を何とかしよう。
「じゃあ、葉月ちゃんがもっと大きくなったらね」
そう言って笑顔で葉月ちゃんの頭を撫でてあげる。
…………あれ?なんかマズい事を言っちゃった気がする。
「ア~キ~~?ウチの目の前で堂々と浮気なんて良い度胸してるわね?」
「アキくん?姉さんは悲しいです……最愛の弟をこんな形で失うなんて……」
後ろを振り返るまでも無い。
僕の背中を貫通するほどの鋭い殺気が……
葉月ちゃんの頭を撫でながら僕の笑顔は固まっていた。