「葉月ちゃん。美波は、いつくらいから夜遅くまで頑張っているの?」
「今週からです」
「そっか」
葉月ちゃんの頭を撫でながら考える。
美波は始めたばっかりで、どれ位頑張れば出来そうとか判らないから闇雲に頑張っているんだな。
今日と明日で出来るペースが判れば、ちゃんと予定が組めて無理しなくなるかな?
そうなると僕のやるべき事は美波の邪魔をしないように負担を減らしてあげる事か。
それなら明後日から美波のお弁当も作ってあげるとか僕に出来る事から手伝ってあげよう。
美波が僕のためにやってくれているんだから僕も美波のために何かしてあげたい。
とりあえず今は何が作れそうか食材の確認でもするかな?
「葉月ちゃん。キッチンに案内して欲しいんだけど」
「はいです。こちらへどうぞです」
葉月ちゃんの可愛い小さな手が僕の手を引っ張って案内してくれる。
「ここです」
葉月ちゃんが僕の手を引きながら、反対の手でドアを開けると……
僕の家と同じくらいの広さで使いやすそうなシステムキッチンだ。
中に入ってみるとシンクとか上の棚の取っ手の位置が、うちより若干低い気がする。
やっぱり美波が使う事も考えて作ったのかな?
普段美波がここで料理をしているのかと思うと……
美波が隣に居るような気がして、なんか嬉しくなるな。
「お兄ちゃん、どうかしたんですか?すごく嬉しそうです」
「うん。美波がいつもここで料理をしているのかと思ってさ」
「はいです。いつもここで美味しい御飯を作ってくれてるです」
にこにこと笑顔で説明をしてくれる葉月ちゃん。
葉月ちゃんの笑顔を見ていると、美波の料理がいつも美味しいんだろうな、と簡単に想像できる。
「えっと……葉月ちゃん。お野菜とかは何処にあるのかな?」
「ここです」
緑色のタグがついた取っ手を引っ張って扉を開けると
ジャガイモとか玉葱などが綺麗に並べて入れてあった。
「葉月ちゃんはお昼に何か食べたい物はあるかな?」
僕と一緒に野菜を覗き込んでいた葉月ちゃんに聞いてみる。
「お兄ちゃんが作る物は美味しいから何でも良いですっ」
「ありがとう、葉月ちゃん」
12月になって寒い日が続いているから何か暖まる物が良いかな?
そうすると、うどんとか鍋物っぽいのが良いかなぁ。
……などと考えながら、赤いタグのついた取っ手を引っ張って開けると
どうやら、ここは調味料やパスタなどの乾物が入っているみたいだ。
あれ?フタに僕の名前が書いてある瓶があるな。
どれどれ……【アキ】と書かれている、その瓶は…………タバスコだった。
僕は、そっと取っ手を押して扉を閉めた。
「バカなお兄ちゃん。何で泣いてるんですか?」
葉月ちゃんが首を傾げながら質問をしてくる。
「未来に起こる僕の不幸が見えたから……少し悲しくなっただけだよ」
葉月ちゃんは頭に『?』を浮かべていた。
気を取り直して次は冷蔵庫か。
でも冷蔵庫って、その家の人の秘密と言うか趣味嗜好が見えちゃう気がする。
普段何を飲んでいるかとか昨日の夕飯の残りとか入っていたら何を食べているのかも判っちゃうし。
「お兄ちゃん。冷蔵庫開けないんですか?」
冷蔵庫の取っ手に手をかけたまま考え込んでいる僕をキラキラとした瞳で見つめてくる葉月ちゃん。
「葉月ちゃんや美波の秘密を見るような気がして……」
「うちの冷蔵庫には変な物は入ってないわよ?」
いきなり背後から声をかけられたので、後ろを振り向いて返事をすると……
「それもそうだよね……って、美波っ!?」
「何を驚いているのよ。なんか
美波の目がスッと細くなる……いけない、攻撃態勢に入られたみたいだ。
ここは思った事を素直に伝えよう。
「冷蔵庫って、どんなものを食べているとか、秘密や趣味嗜好が判っちゃうからね」
「そうね。でもウチは恥ずかしい物なんて冷蔵庫に入れてないわよ?」
「そうだよね。美波はそんな事をしないと思うけど、僕はこの前買った参考書を冷蔵庫に仕舞ってあるからさ」
うちだと姉さんは普段料理をしないので、あまり冷蔵庫を開けないから。
…………
……
しまったっ!!僕のバカッ!!
「ふぅん。アキって本当に懲りないのね」
美波が言い終わると同時に僕の首から『コキュッ』と言う聞こえちゃいけない音が聞こえて
僕の意識は刈り取られた。
僕が意識を取り戻すと……どうやら僕は何処かで寝ているみたいだ。
なんか頭の後ろが柔らかくて暖かくて……良い匂いがする。
少しづつ目を開けると……美波と葉月ちゃんが僕の顔を覗き込んでいた。
「バカなお兄ちゃん、大丈夫ですか」
葉月ちゃんが心配そうな顔で僕を見ている。
「心配掛けてごめんね」
僕は首筋を押さえながら起き上がろうとすると……
「いいから、もう少し寝てなさい」
美波におでこを抑えられて……って、あれ?
ひょっとして美波に膝枕をしてもらってる?
「もぅアキったら……今度遊びに行ったらまた燃やすからね?」
御無体な事を言いながらも僕の心配をしてくれているみたいだ。
「美波。やる事があるんじゃないの?」
「あるわよ。でも気分転換にアキの顔を見に来たら冷蔵庫の前で固まっているんだもの。心配になるじゃない」
そう言って僕のおでこの髪をそっと払いのける。
「ごめんね。美波の邪魔をしないように気をつけていたつもりなんだけど……」
「無理しなくて良いわよ。アキが葉月の相手をしてくれて御飯を作ってくれて……」
僕のおでこの髪を払いのけると今度は頬を撫でるように触ってきて
「ウチの傍に居てくれるだけで十分よ」
美波が優しく微笑んで僕を見つめている……なんか照れちゃうな。
「むぅ……バカなお兄ちゃん。葉月の前でお姉ちゃんにデレデレしすぎです」
頬を膨らませて僕の腕を
「ふふっ。それじゃウチは部屋に戻るわね」
僕が起き上がると美波はソファから立ち上がった。
「あ、そう言えば美波はお昼に何か食べたい物はあるかな?」
「アキが作る物は美味しいから何でも良いわ」
あれ?葉月ちゃんと同じ事を……やっぱり姉妹なんだなぁ。
「あ、そうそう。冷蔵庫の中の物は何でも使って良いわよ」
そう言い残すと美波はリビングを出て行った。
リビングに僕と葉月ちゃんの二人だけに……
僕がソファに座りなおすと葉月ちゃんが
「お兄ちゃんは葉月のお婿さんなんですっ」
「ははっ。ごめんね」
僕は謝りながら葉月ちゃんの頭を撫でてあげた。
時計を見ると11時過ぎか。
そろそろお昼の準備をするかな?
「じゃあ、葉月ちゃん。そろそろお昼御飯作ろうと思うんだけど、お手伝いお願い出来るかな?」
「バカなお兄ちゃんから頼まれたら仕方ないですっ」
まだちょっと怒ってるみたいだけど手伝ってくれそうだ。
結局うどんは見つからなかったので和風スープパスタを作ってみた。
「「「いただきます」」」
どれどれ、初めて作ったけど……うん、うまく出来てるな。
スープの味もしょうゆをベースにしてみたけど濃すぎず薄すぎずでちょうど良いかな。
「美味しいですっ」
にこにこしながら食べてくれてる葉月ちゃん。
さっきの事は忘れてくれたみたいで良かった。
「ほんとに美味しいわね。よく作っているの?」
「いや、初めて作ってみたんだけど……思ってたよりも美味しく出来てるね」
「アキがこんなに料理が上手だと……はぁ、これからが大変だわ」
美波がため息をつきながら食べている。何かおかしいところでもあったのかな?
「ん?どうしたの?」
「ウチとアキのどっちが料理を作るか、よ」
「僕じゃないの?」
さっき僕に夕飯も作ってくれって言ってたよね。
「今日の御飯じゃなくて……もっと先の事よ」
すごく真剣な表情で考えている美波。
「良く判らないけど美波が忙しい間、お弁当も僕が作ってあげようか?」
多分、今の僕が美波にしてあげられる事って、これくらいしかない気がする。
「悪いわよ。それに……」
「それに?」
「アキにウチの料理を食べてもらいたいもの」
僕も美波の料理を食べたいけど……
「でも大丈夫?この前みたいに無理をしないで欲しいんだけど……」
「大丈夫よ。今日の午前中でだいぶペースがつかめてきたから」
「それなら良いけど」
「心配させてごめんね。でも、もう夜更かししないでも二学期が終わるまでには出来ると思うわ」
「そっか。じゃあ楽しみに待ってるよ」
「うん」
美波に笑顔が戻って良かった。
「ところでお昼を食べているところ悪いんだけど」
「どうしたの?」
「夕食は何を作れば良いのかな?」
「そうね。お父さんもお母さんも好き嫌いは特に無いから何でも大丈夫だと思うけど……」
「僕が夕食を作る頃には帰ってくるのかな?」
「たぶん日付が変わる頃じゃないかな」
「そんなに遅いんだ。大変だね」
そうなると温め直しても大丈夫な料理を作らないといけないな。
「ほんとにごめんね」
「気にしないでよ。僕が美波のお手伝いをしたくてやってるんだし……それに美波と一緒に居れて嬉しいから」
「アキ……ありがと」
美波が頬を染めて俯いてしまった。
「でもそうなると買い物に行かないといけないかな」
「葉月もお手伝いするですっ」
葉月ちゃんが手を上げてお手伝いを申し出てくれる。
「葉月ちゃん、ありがとう。じゃあ、お昼食べたら一緒に買い物に行こうね」
「はいですっ。バカなお兄ちゃんと二人っきりでデートするです」
満面の笑みで喜んでいる葉月ちゃん。すると美波が小声で……
(アキ?判ってはいると思うけど……)
美波の目と声とオーラがすごく怖い。
(あははっ。大丈夫だよ。美波は心配性だなぁ)
(はぁ……今日は一緒に行けないから仕方ないけど、あまり葉月を甘やかしちゃダメよ?)
(努力するよ)
笑顔で喜んでいる葉月ちゃんと不安そうな顔で心配している美波。
対照的な二人を見ながらお昼を食べ終えた。
さて夕飯は何を作るかなぁ。