「では、今日の授業はここまでです」
二時間目が終わり、僕が身体を伸ばしていると
「もぅ……千年も昔の言葉の勉強してどうするのよ」
美波がぶつぶつ言いながら僕の方へやってきた。
古典は美波の鬼門だからなぁ……僕もだけど。
「アキもそう思うでしょ?」
「そうだね」
僕が相槌を打つと、うんうん、と美波が腕を組んで頷いている。
「美波ちゃん」
姫路さんが僕たちの会話に加わってきた。
「千年前の人たちが、今の私たちが自分たちが使っている言葉の勉強をしているなんて思ってもいなかったでしょうね」
「そりゃそうよ。千年後なんて想像もつかないもの」
僕なんて千年後どころか今日の夕飯のおかずすら想像がつかない。
作る立場としては姉さんが居るのと居ないのではだいぶ違う。
姉さんは今日は早く帰ってくるのだろうか。
たしか今日はうちの近くのスーパーで豆腐が特売だったから……
「昔から今、今から未来へと連綿と続く私たち日本人の言葉や生活習慣も……」
「瑞希、ちょっとストップ」
「どうかしましたか?」
姫路さんが頬に人差し指を当てて首を傾げている。
「説明してくれているところ悪いんだけど……休み時間はあまり頭を使いたくないかな、なんて思うのよね。特に古典の後だと」
そして美波が僕の方を見て
「アキもそうでしょ?」
「えっ……あ、うん。麻婆豆腐にするか、普通の湯豆腐が良いか悩むよね」
……あれ?突然、目の前が真っ暗になったよ?何が起きたの?
温かくて、良い匂いがして頬にゴツゴツとした感触と……頭にその……柔らかい感触が……
どうやら美波に頭を抱きしめられているみたいだ。
そして耳元から美波の声が聞こえると……
「ウチが話しかけてるのにアンタは何に頭を使ってるのよーっ!?」
物凄い力で頭を締め上げられる。
悪い事をして頭のわっかを締められている孫悟空もこんなに痛かったんだろうか。
でも……きっと良い匂いはしなかっただろうし、ちょっぴり嬉しくなったりもしないだろう。
「痛たぁ。ごっ、ごめんっ」
「美波ちゃん?それくらいにしておいたほうが……明久君の頭が割れちゃいますよ?」
「良いのよ。瑞希」
ええっ!全然良くないんだけど……
「こうでもしないとアキに触る事も出来ないんだから」
美波の締め付けが少し
「しかし、島田よ。傍から見ると抱き合ってるようにしか見えんのじゃが……」
「そっ、そんな訳無いじゃない。これもちゃんとした体罰なんだからねっ」
美波の締め付けがどんどん緩くなってくるな。
たしかにこれだともうほとんど痛くないから……嬉しいだけだ。
「美波ちゃんの顔が真っ赤ですよ?」
「なっ、なによ。瑞希まで……仕方ないわね」
そう言うと美波が僕からパッと離れる。
頬に感じる空気が少し冷たくて気持ち良い。
「明久の顔を見ていると罰を与えられていたとは到底思えんのじゃが……」
「…………茹で蛸みたいに赤い」
「お前らが作った校則なんだぞ?ちゃんと守らないとダメだろうが」
少し離れた場所で座っている雄二がニヤニヤしながらそんな事を言ってきた。
くっ、雄二の顔がすごいむかつく……と、思っていたら
「……雄二も私の体罰を受ける義務がある」
「はっ?俺は何もしていないだろ……って、翔子っ。いつのまに!?」
霧島さんがいつものアイアンクローで雄二を立ち上がらせると、手を放してそのまま正面から鯖折りを……
「雄二の顔を見ていると罰を与えられていると思えるのぅ」
「…………茹でた蟹みたいに赤い」
たしかに雄二は顔を真っ赤にして口から泡を吹いてるから蟹に見えなくも無い。
結局、この日は放課後までに五回、美波と帰る間にも四回ほど関節技を極められた。
--次の日
……ガラッ
「お…おは……よぅ……」
何とか教室まで辿り着けた。
まさか朝から美波が校門前で待っていて靴箱のところに着くまでに
三回も関節技を使ってくるとは思わなかった。
姫路さんが声をかけてくれて美波と話をしてくれたからそのすきに逃げられて助かったけど……
姫路さんが居なかったら教室に来るまでにあと五回は関節技を掛けられていたかも知れない。
「う……うぅす…」
卓袱台に突っ伏している雄二が力なく片手を上げて挨拶をしてくる。
雄二の隣の卓袱台に倒れるように座り込んでそのまま僕も突っ伏した。
「明久……生きてたか」
「僕……このままだと来年の初日の出を見れる気がしないんだけど」
「奇遇だな。俺も今年の除夜の鐘を聞く自信がねぇ」
「雄二はまだ良いよね。僕なんてクラスも一緒だから休み時間ごとに……」
「バカっ。お前なんて学校だけだからまだ良いだろ。俺なんて家にまで押しかけて来るんだぞ」
「それは校則違反よりも普通にダメなのでは……」
僕と雄二がぐったりしながら話をしていると……
「吉井クン?坂本クン?」
僕たちは異端審問会に取り囲まれていた。
そう言えば昨日でFクラスの
「俺らが居ない間、ずいぶんとお楽しみだったらしいな」
「バカ言うな。お前らが居ない間にBクラスに試召戦争吹っかけられて大変だったんだぞ」
「どうして設備が変わってないんだ?」
「三週間程度で設備を変えても仕方ないだろ。言う事を一個聞いてもらうようにしたからだ」
「お前らだけで勝ったのか!?」
普通はビックリするよね。こっちは6人しか居なかったんだし。
「悪いと思うなら、しばらくほっといてくれ」
「「「「思わねぇ」」」」
「即答かよっ」
今にもみんなが僕たちに飛びかかろうとした時、教室の扉がガラッと開いて
「おはよう」
「おはようございます」
「……おはよう」
美波と姫路さんと霧島さんがやってきた。そして僕と雄二が囲まれているのを見ると……
「アンタたちっ、何やってるのよっ!?」
美波が僕の前に、霧島さんが雄二の前に立ち
「アキに手を出したら、ただじゃおかないわよ」
「……もし、雄二に手を出したら許さない」
二人の迫力に
「アキに」 「ウチだけなんだからね」
「「手を出して良いのは」」
「……雄二に」 「私だけ」
「「ちょっと待てっ」」
僕も雄二もそれは認めていない。
僕と雄二が立ち上がって二人を止めようとすると
「「黙ってなさいっ」」
僕は美波に左腕の関節を捻るように極められて
雄二は霧島さんに右肩の関節を押さえるように極められている。
「ウチらの楽しみを取るなら」
「……絶対に許さない」
僕らはこんなに痛いのに……と思っていると
周りのみんなは……
「くっ……羨ましい」
「……妬ましい」
「俺も技を掛けて欲しい……」
「女の子に触ってもらえるなんて……」
僕と雄二の痛い表情だけでは彼らに、この痛みは伝わらないらしい。
もっとも伝わったところで喜ぶかもしれない。なにせ恐ろしい頭脳の持ち主ばかりだから。
--二時間目の休み時間
「……雄二。なんとかならないの?」
「そうだな。あの校則を何とかしないと身体が持たねぇ」
「普段も割りと技を掛けられてはいるけど……」
「あの校則が出来てから顔をあわせるたびにだからな」
僕と雄二が卓袱台に突っ伏して会話をしていると
「そうね。アンタたち早くなんとかしなさいよ」
美波が会話に混ざってきたのは良いんだけど……手をわきわきと動かしているのがすごく気になる。
「あの穴の修理か……お金があってもダメなのは判ったがどうやれば直せるんだ」
「そうだね。僕たちが自分で穴を塞ぐしかないのかな?」
「バカ言うな。俺たちにそんな事が出来る訳無いだろ」
僕と雄二がムッツリーニを見ると……
「(ブンブン)…………俺を見るな。そんな技能は持っていない」
首をブンブンと振って否定するムッツリーニ。
流石にそこまでは無理だった様だ。
「じゃあ、どうすれば……」
「そう言えば、あの時ババァは穴が直れば全部元通りって言ってたな」
「雄二、よくそんな事覚えてるね」
「お前の記憶力が悪過ぎるだけだろ……なんで全部なんて言ったんだと思っていたんだが」
「それがどうかしたの?」
「穴が直るだけで良いなら全部って言わないだろ?だから穴が直る事できっと他の何かも元に戻るんだ」
雄二があごに手を当てながら考えている。
「他の何かってなんだろうね。美波わかる?」
僕に向かって手を伸ばし掛けてた美波に振ってみる。
「そっ、そうね。ウチにはさっぱり思いつかないわね」
慌てて伸ばし掛けていた手を止める美波。危なかった……
「もぅ。それより友達に戻っちゃったウチらの関係を早く戻してよっ」
美波が照れ隠しなのか顔を少し赤くしてポカポカと軽く叩いてくる。
僕は両手でそれを受け止める。いつもこれくらいなら可愛いんだけどなぁ。
「関係を戻すか……それだっ、島田」
いきなり雄二が叫んだから美波がビックリしたみたいだ。
身体を一瞬強張らせたかと思うと……美波の手が一瞬消えたかと思う速度で僕の顔面にヒットした。
当然僕は声を発する暇も無く後ろへ吹っ飛ぶ。
「ああっ、アキ!?ごめんね……何よっ、坂本。いきなり叫ぶからビックリしてアキを殴っちゃったじゃない」
「普段から殴ってる気がするのじゃが……」
秀吉が呆れ顔で言ってるけど……普段はもっと衝撃が強いよ?
「悪い悪い……まぁ明久だから問題ないだろ」
うう……なんで僕ばっかりいつもこういう目に会うんだろう?
「それよりババァが言ってた全部の意味が大体想像がついた」
「いたた……結局なんだったのさ?」
「お金を出さないと修理できない。ではお金を何処から出すのかなんだが……」
「勿体ぶらずに早く言いなさいよ」
「元々この学校にお金を出しているところが出せば問題ないんだ」
「それってスポンサーって事ですか?」
指を頬に当てながら姫路さんも会話に加わってきた。
「そうだ。スポンサーが修繕費用を出すなら当然この間の校内放送の事は問題無くなってると言う事だ」
「そっか。それで僕らに責任を取ってスポンサーにお金を出させろって言ってるのか」
「まぁ、そんなところだな」
「でも何処にお金を出してもらえば良いのよ?」
「それは調べれば判るだろうが……たとえスポンサーが判ってもお金を出してくれるかが問題だ」
「山は見えたけれど登り方が判らないって感じですね」
「そうだな。放課後にでもババァのところに行って、この間来ていたスポンサーは何処なのか教えてもらうしかないな」
「……伝達事項は以上だ。これでホームルームは終わりだ」
鉄人がそう告げて放課後に突入か……と、思っていたら
「このあと坂本と吉井、島田は俺と一緒に学園長室へ行くからな」
「ええっ」
僕が不満そうに返事をしていると雄二が
「明久。どうせ俺らは放課後にババァのところに行く予定だったろ?」
「そっか。そう言えばそうだったね」
教室を出て僕と美波と雄二の三人は鉄人の後についていく。
「西村先生。どうしてウチら三人が呼ばれたんですか?」
そう言えばそうだな。
いつも何かしら問題を起こしてる雄二とそれに巻き込まれている僕が呼ばれるなら判るけど
問題を起こしそうに無い美波が呼ばれるのは珍しい。
「お前たち三人だけではない。霧島も呼ばれている」
「翔子が?」
霧島さんの名前が出て雄二が少し渋い顔をする。
霧島さんも普段なら呼ばれる事は無い筈だしなぁ。
「それと客人も来ているので粗相のないようにな。特に吉井と坂本」
僕たちが何かやったらその場で殴られそうな雰囲気だ。
「相手の態度しだいだけどな」
雄二が軽口で返す。
雄二が何かやるのは構わないけど、それに僕と美波と霧島さんを巻き込まないで欲しい。
そして学園長室へ着き、ドアをノックすると
「失礼します」
鉄人が挨拶をして僕たち三人も部屋の中へ入る。
中には霧島さんと高橋先生、そして知らない女性が一人と……
何度か会った事はあるけれど今まで見たことの無いスーツ姿でいる男が一人。
「お久しぶりデス。吉井サン、坂本サン」