きっかけは、ほんの些細な一言だった。
言ったのが稀代の美少女だったからなのか
はたまた他の誰かが言っても同じだったのかは判らない。
兎にも角にも、たった一言で……みんなの考え方が変わった。
--Fクラス教室
ガラッ……
教室の扉を開けて鉄人がやってきた。
今日も時間に正確だな。ごつい顔に似合わず。
そして教壇に立ち……
「それではホームルームを始める」
………
……
「工藤」「ヨシイコロス」 「久保」「サカモトコロス」 「近藤」「ヨシイコロス」
この返事の内容を気にしない教師はきっと鉄人くらいだろう。
「斉藤」「サカモトコロス」 「坂本」「こいつらの返事はおかしいだろっ!?」
雄二の返事は無かったかのようにスルーされた。
あ、次は美波か。
「島田」「はい」
自分の返事が終わると美波が僕に話しかけてきた。
(アキ、どうしたの?)
(ん?)
(ウチの顔、ジッと見てる気がしたんだけど……)
(いや……今日はあまり元気が無さそうだな、と思ってさ)
(じゃあじゃあ……アキがウチに元気を分けてくれる?)
そう言って微笑むと、そっと自分の手を僕の手に重ねてきた。
「新田」「ヨシイブチコロス」 「布田」「ヨシイマジコロス」 「根岸」「ヨシイホンキデコロス」
みんなの返事の対象が僕限定になってる気がする。
しかも、もはや殺気と呼べるような生易しい代物ではない
明確な殺意が半端じゃないくらい伝わってくる。
………
……
「よし、遅刻欠席は無しだな。それでは今日も一日勉学に励むように」
そう言って鉄人は行ってしまった。
今日の一時間目は体育か。冬の体育ってマラソンばっかりなんだよなぁ。
「美波ちゃん。行きましょう」
「じゃあね、アキ。また後で」
姫路さんと美波は着替えをするために行ってしまった。
「ほら、明久。ボケッとするな。早く着替えないとアイツらに殺されるぞ」
雄二に促されて僕も荷物を持って更衣室へ……
--校庭
「なんでこんなクソ寒い日に外を走らないといけないんだ」
雄二が白い息と共に文句を吐き出している。
「僕は教室で縮こまって授業するより良いけどなぁ」
「わしは寒いのより乾燥してるのが嫌じゃのぅ」
秀吉が一緒に着替えをしてくれたおかげで
他のバカどもが更衣室に入ってこなかったので助かったけど……
後でバレたら僕も雄二も、美波や霧島さんに殺されるかもしれない。
「へぇ、やっぱり女の子は肌の乾燥が気になるんだね」
「違うぞっ!わしは喉がおかしくなるから乾燥が嫌なだけじゃからなっ!?」
秀吉が真っ赤になって否定してると
「「「吉井ぃ、坂本ぉ」」」
気がつくとバカどもに囲まれていた。
おかげで風が来なくて少し暖かい。
「島田や霧島だけでは飽き足らず、木下にまで手を出そうって言うのかっ!」
「おぬしらは何を言っておるのじゃっ!?」
「んな事、するかっ」
「そうだよっ。友達同士で話してるだけじゃないか」
女友達に対してのだけどね。
「ちょっとアンタたちっ!何やってるのよっ!?」
そこへ美波がやってきた。
「しっ、島田か。吉井が木下に手を出そうとしてたから……」
「ぬぁんですってぇぇぇ!?」
美波が一瞬で僕に詰め寄ったかと思うと……僕の胸座を掴み
「アキっ!どういうことなのよっ!?」
「どうもこうもないよっ。普通に雄二と秀吉と三人で話をしてただけだよっ」
「そうじゃな」
秀吉と雄二も頷いている。
「アンタたち……よくもウチを騙してくれたわねっ」
「いや、俺たちもてっきり……」
「それにウチはアキに手を出すなって言ったわよねっ!?」
「「「ぐっ……」」」
美波が、かなりお怒りのようだ。
さっき秀吉と一緒に着替えした事がバレたらまずいな。
「アキっ!ウチらの愛を見せてあげるわよっ!!」
「はっ?」
まさか、こんなところでキスするつもりなのっ!?
たしかファーストキスは通学中だったっけ……
でも、それって今すると逆効果だと思うんだけど?
「アキ、両手を出しなさいっ」
「えっ?両手を?」
「いいから出しなさいっ」
「はっ、はいっ」
僕は手の甲を下にして両手を前に出す。
すると美波は手の甲を上にして僕の手首をしっかりと握ってきた。
「アキもウチの手首をしっかり握っていてね。危ないから」
「うん」
僕も美波の手首を握り締める…………ところで、危ないって何をするつもりなの?
「ヤバい。秀吉伏せろっ」
「なっ、何じゃ!?何が起きるんじゃっ!」
雄二が秀吉の頭を抑えて伏せる。
「行っくわよぅぅぅぅ」
美波の掛け声と共に僕の身体がガクンとすごい力で動き出す。
美波が自分の身体を軸にして回り始めた。
…………僕をぐるんぐるん振り回しながら。
「「「「うわっ」」」」
「あぶねぇっ」 「痛ぇっ」 「島田っ、やめろっ」 「ぐぁっ」
僕の足に何か当たるたびに悲鳴が聞こえる。
そして少しすると回転が弱まって…………美波が手を放して僕は地面に転がされる。
「痛たた……美波、大丈夫?」
僕が起き上がって美波を見ると……
「ふにゃぁぁ……アキぃ、大丈夫だったぁ?」
美波は目を回して倒れていた。
「ああっ。美波無理しちゃダメだよっ」
「ごめんねぇ、アキぃ……」
力なく地面に倒れこんでいる美波。
起きるのを待って、このまま地面に寝かせとくと風邪引いちゃうかも……
「美波?ちょっと我慢してね」
「アキぃ?」
僕は美波の背中とひざの裏を抱え上げるとお姫様抱っこで立ち上がり
「雄二、悪い。美波を保健室へ連れて行くから先生に言っといて」
「ああ。気をつけていけよ」
僕は美波を抱え上げ、そのまま一路保健室へ……
走って転んだら大変だから、なるべく急いで歩いた。
「アキの匂い……」
そう言って鼻を僕の胸に擦り付けるように頭を動かす美波。
「わぁ、美波!?暴れたら危ないよっ」
「何よ、減る物じゃないんだし……それに先週は全然甘えられなかったんだから、これくらい良いじゃない」
鼻をくんくん動かしているのを見ると子猫みたいで可愛いんだけど……
結局、美波は保健室に着くまで僕の胸に頭を押し付けていた。
「くっ、あいつら……」
「これ見よがしに、いちゃつきやがって」
「放課後までに絶対粛清を……」
「待てぃっ!おぬしらっ!!」
「「「「木下」」」」
「おぬしら、本当にそれで良いと思っているのかっ!?」
「そうですっ」
「姫路まで……」
「でも俺たち、彼女が出来る気がしないし……」
「ああ、たまたま出来た吉井や坂本が羨ましくて」
「妬ましくて、ついつい……」
『人の事を羨ましいと思う前に自分で努力したらどうなんですかっ!!』
「姫路……」
「この中に去年わしや雄二、明久や島田と同じクラスだった者もおるじゃろう」
「「ああ」」
「ならば、あやつらが出会った時から付き合ってた訳ではないのを知っておろう」
「そうだな。島田は入学した当初は明久の事を死ぬほど嫌っていた筈だ」
「そう言えば、そうだったっけ」
「でも明久はそんな島田の事を誰よりも気にかけておったのじゃ」
「俺と殴り合いしてまでな」
「坂本と正面からぶつかったのか」
「ああ。あの時の明久は強かったぞ。何度殴り倒しても倒せる気がしなかったからな」
「そんなに……」
「私は小学校の時から明久君を知っていましたが……はっきりと意識しだしたのは振り分け試験からでした」
「明久君に振り向いてもらおうと想って……いつも美波ちゃんを意識してましたけど」
「明久君は……美波ちゃんが日本にやってきて右も左も判らない状態で」
「それでも一生懸命日本の事を勉強して……明久君と一緒に居たくてずっと努力をしてるのを傍で見てて」
「そんなに頑張っている美波ちゃんを放っておけなくて……今の二人があると思うんです」
「姫路……おまえ、無理しなくてもいいんだぞ」
「大丈夫です。私は明久君の事は美波ちゃんに全部お任せしたので」
「と言う事は、俺たちも……」
「ああ、努力すれば彼女が出来るのか」
「普段、近付くなとか言われてても」
「トイレに帰れとか言われても」
「いや、おぬしら。それは普通に嫌われているだけかと思うのじゃが……」
「それに今は姫路もフリーなんだし」
「俺たちも頑張れば……」
「それはどうでしょうか」
「いや、姫路よ。下手に笑顔で居ると、あやつら誤解するのじゃが……」
「姫路がダメでも木下が居るしな」
「おぬしは何を言っておるのじゃっ!?」
「ああ、アキちゃんも居るしな」
「よし、俺たちも努力とやらをしてみようじゃないかっ」
「「「「おおっ!」」」」
「ところで努力って何をすれば良いんだ?」
「そんな事、俺が判る訳無いだろっ!」
「そう言えば、俺たちのクラスには……」
「ああ、結婚を前提に付き合ってる奴が二人も居たっけ」
「そうだったな。そいつらに聞けば判るだろ」
「ぅおぃっ!俺をそんな目で見るなっ!!」
--一時間目の休み時間
「雄二っ!なんて説明してくれたのさっ!?」
「どうした、明久。島田は無事だったのか?」
「美波は大丈夫だったけど、雄二の説明のせいでいきなり殴られた挙句に体育でプリント提出って何だよっ!?」
「校庭50周とか言われないだけ良かったじゃないか」
くっ……このバカに先生への伝言を頼んだのが間違いだった。
「俺はただ、保健室に明久が島田を連れて行って保健体育の実習をしますって言っただけだぞ」
「それが大問題なんだよっ、バカッ!!」
「それを聞いた時の大島先生のダッシュはすごかったぞ。オリンピックに出たら間違いなく金メダルだったな」
「雄二よ。この間の噂の後にそれはまずいだろうて」
「そうか?あれはもう解決したと思っていたんだがな」
こいつはへらへらと笑いやがって……おかげで僕がどれだけ大変な目にあったと思ってるんだっ!
「おかげで保健室でずっと正座させられてたんだぞっ……美波の傍に居れたから良いけど」
「その島田はどうしたんだ?まだ戻ってきてないみたいだが」
「まだ保健室で寝てるよ」
「そんなに具合悪いのか?」
「いや、この間の日曜日に僕たちと一緒に如月ハイランドに行ったから、ちょっと無理しちゃったみたいで」
「…………無理って何かやってるのか?」
「うん。僕にクリスマスプレゼントを手作りで作ってくれているらしくて日曜に出来なかった分も頑張ってるみたいなんだ」
「島田の手作りのプレゼントか。羨ましいじゃねぇか」
気がつくと僕たちの周りをぐるっとFクラスのバカどもが取り囲んでいた。
雄二を囮にして、なんとか逃げ出せないかと考えていたら……
いきなり全員その場で土下座をして
「「「「俺たちに恋愛の仕方を教えてください」」」」
はっ?