一年生の時の美波と明久のバレンタインのお話です。
ウチとバカとバレンタインpart01
二月も一週間が過ぎた頃、だいぶ日本の冬の寒さにも慣れてきた。
日本の冬は寒いけど、ドイツみたいに雪は降らないのね。
テレビのニュースで見た日本の何処かは人の身長より高く雪が積もっていたけど……
そんな事を考えながら通学路を歩いていると
「ねぇねぇ、バレンタインのチョコ、もう買った?」
と言う台詞を今週に入ってから、よく聞くようになった。
他には……「ともチョコ」や、だいぶ少ないけど、たまに「本命」と言う言葉が聞こえてくる。
そして……そうやって喋っているのは全員が女子なのよね。
みんなが言っている『バレンタイン』って、たぶん二月十四日の『Valentinstag』の事よね。
ドイツだと男の人が女の人に花を贈る日だったと思うんだけど……
日本だと違うみたいね。
――お昼休み
今日はウチ一人でお昼を食べている。
友達がまったく居ないと言う訳じゃないんだけど……同じクラスにはあまり居ない。
たまに運動部から「手伝って」と言われて、参加する事もある。
すると大体決まって勧誘されるんだけど、ウチは部活動をするほど暇じゃないのよね。
お母さんの代わりに妹の葉月の面倒をみないといけないし
日本の事を勉強して、日本語をもっとうまく話せるように、ちゃんと聞けるようになりたいから。
それと言うのも……
「お腹空いた……」
机に突っ伏してボソッと喋る言葉はそればっかりの男子。
お弁当忘れたのかしら?
情けないわね……いつもの事ながら。
仕方ない。バレンタインの事で聞きたい事もあるし……ウチのお弁当を少し分けてあげるかな。
ウチは弁当箱のフタを閉めて、その男子の隣に行く。
「吉井、何やってんのよ?」
彼の名前は吉井明久。
日本に来て、失敗に次ぐ失敗で誰も近寄ってこなくなったウチに
「僕と友達になってくれませんか」と言ってきて元気をくれた人。
そして……いつもバカな事ばっかりしてるけど
本当は誰かのために一生懸命頑張っている優しい人。
「あぅ、島田さん……」
いかにも弱々しそうな返事で……アフリカのサバンナだったら間違いなく
ライオンやチーターなどの肉食獣のお昼御飯になってる小動物っぽい雰囲気を出して……
でも、そこも可愛いって思えるのが不思議よね。
「先週から塩と砂糖と水を食べていたんだけど、昨日ついに砂糖が切れちゃって」
机の上で元気無く答えているけど……本当に情けない理由ね。
しかも塩も砂糖も、どっちが無くなっても大して変わらない気がするんだけど?
「質問に答えてくれたら、ウチのお弁当分けてあげる」
「本当っ!?答えるっ、答えるっ。何でも聞いてくださいっ!」
吉井が、ぱぁっと顔を輝かせて今にも踊りだしそうなくらい元気良く机から起き上がる。
そんなに元気があるなら最初からそうしなさいよ。心配しちゃうじゃない。
「日本のバレンタインの事で聞きたいんだけど……」
「バレンタイン?」
「うん。なんで女の子が嬉しそうなの?」
「バレンタインは女の子が男の子に挨拶代わりにチョコレートを贈るんじゃなかったかな」
「そうなの?」
「うん。僕も小学校の頃は良く貰っていたけど、最近は全然貰ってないなぁ」
吉井が、なんか遠い目をしてるわね。
「でも、挨拶であげるだけなのに何で嬉しそうなのかしら?」
「どうしてだろうね?」
「それを聞いてるのよっ!」
「痛だだぁぁ」
あまりにも役に立たない答えを返してくるから……つい、手首の関節外しちゃったじゃない。
「ううっ……カロリーをくれると思ったのに」
涙目で関節をはめようとしている吉井。
いけない。普段きちんとお昼を食べてない吉井に食べてもらおうと思って
今日のお弁当は少し多めに作ってきたのに。
ウチが関節をはめてあげると嬉しそうな顔で「ありがとう」って……
やったのはウチなのに……本当にバカみたいにお人好しなんだから。
「島田さん、どうしたの?」
「えっ、あっ……ゴメンね。どれでも好きな物を食べて良いわよ」
そう言って弁当箱を差し出すと、吉井は目を輝かせて
「うわぁ。どれも美味しそうだね」
と言って唐揚げを一つつまんで口へ……すごく美味しそうに食べてくれている。
なんか嬉しくなっちゃうな。
吉井が食べ終わるのをジッと見ていると……
「ありがとう。すごく美味しかったよ」
吉井が屈託の無い笑顔を見せてくれる。
良かった。ウチの作った唐揚げを気に入ってくれたみたい。
「どういたしまして」
「今月に入って初めて物をちゃんと噛んで食べた気がするよ」
「アンタね……」
今月に入ってから、もぅ十日近く経つと言うのに
普段どんな生活をしているんだろう?
「ところでドイツのバレンタインデーってどんな感じなの?」
ウチが少し呆けていると吉井に逆に質問された。
「ドイツだと男の人が女の人にお花を渡すのよ」
「へぇ」
とりあえずバレンタインの事は吉井に聞いても判りそうに無いから……
他に聞きたい事……あるにはあるんだけど……
「どうしたの?」
吉井が首を少し傾げてウチを見ている。
いけない。ちょっと考える事に集中しちゃってたみたい。
「良かったら、もっと食べて良いわよ」
「いいの?島田さん、今日何か良い事でもあったの?」
今、アンタがウチの作ったお弁当を美味しそうに食べてくれているのが嬉しいのよ。
…………って言えればなぁ。
よし。聞くだけ聞いてみるかな。
悩んでいたってウチ一人じゃ答えなんて出せないんだし。
でも、いざ聞くとなったらすごく勇気がいるわね……
「あのね、吉井」
「ふぉぅひふぁふぉ?」
吉井が口一杯に頬張ってウチの言う事を聞いている。
……って、そんなにおかずを口に入れたら喋れないじゃない。
もぅ、本当にバカなんだからっ!
とりあえず吉井の口の中のおかずが無くなるのを待ってから……
「その……吉井は今誰か、す…………き……ひ…と……」
「僕が何?」
にこにこしながら吉井がウチを見ている。
「だからっ!吉井は今誰か……その、簀巻きにしたい人は居るのかって聞いてるのっ!?」
ダメだ……やっぱり聞けない。もしウチ以外の名前が出てきたら……
でも、何で簀巻きなのっ!?
もっと日本語の勉強をしなきゃ……と、ウチが思っていると
「えっと、僕は雄二くらいだけど……島田さんは簀巻きにしたい人が居るの?」
「アンタよ」
「ええっ!何で僕なのっ!?僕何かしたのっ!?」
吉井がすごく驚いているけど……ウチもなんでこんな会話になったのか驚いているのよ。
「ウチに何もしてくれないからよ」
「御礼が足りなかった?それなら今から言うからっ!」
そう言うとぺこりと頭を下げて
「ごめんなさい」
なんで『ごめんなさい』って謝る言葉が御礼になるのよ?
ほんとに日本で育ってきたのかしら……
ウチみたいに外国から来たのを、バカだから忘れているだけじゃないの?
ウチが吉井の顔をジッと見ていると……
「ひょっとして一回じゃ足りなかった?」
おどおどしだして、また頭を下げると……
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…………」
続けて謝ってきた。まったく、このバカと来たら……
何で謝り続けるのよ?と、ウチが思っていると周りから……
(吉井、何で謝っているんだ?)
(さぁ?島田の機嫌が悪いだけじゃないのか?)
なんかヒソヒソ話しているけど……ひょっとしてウチが吉井をいじめているように見えてるのっ!?
「よっ、吉井。そんな事しなくて良いわよ。べっ、別に御礼なんていらないし」
わざと周りに聞こえるようにハッキリ告げる。
すると振り子のように頭を下げて謝っていた吉井が
「えっ!御礼が足りなかったんじゃないの?」
目をパチクリさせてウチを見ている。
(なんだ、吉井は御礼していただけなのか)
(アレが御礼なんて、やっぱり吉井はバカだなぁ)
とりあえず周りの人の誤解は解けたみたい。
はぁ、このバカと居るとウチまで変な目で見られて……まぁ、良いか。
ウチが気になる視線は一人だけだし……
その視線の持ち主はきょとんとした顔でウチを見ていた。
いつになったらウチの気持ちに気付いてくれるのかしら?
――次の日の夜
今日はお母さんが早く帰ってきたのでウチと葉月と三人で夕御飯を食べている。
「ねぇ、お母さん」
「?」
「日本のバレンタインってどういうものなの?」
「日本のバレンタインデーは、女の子が好きな男の子にチョコレートを贈って気持ちを伝える日よ」
お母さんが食べるのを止めて教えてくれた。
吉井が言ってたのと違うじゃないっ!
挨拶どころか告白じゃないのっ!
「じゃあ、『ともチョコ』や『本命』って?」
「『ともチョコ』は友達にあげるチョコで、『本命』は本当に好きな人のことよ」
お母さんはそう言うと笑顔になって
「美波も本命が居るのかしら……って、吉井君ね」
いきなり吉井の名前がお母さんの口から出てきたので
持っていたスプーンを落としそうになった。
「ひょっとして前に言っていたお姉ちゃんが気になる人ですかっ」
葉月が目をキラキラさせて聞いてきた。
嘘をつくのも良くないわよね……
お母さんも葉月も会うことは無いでしょうし。
「そうだけど……」
「吉井君の話をする時、いつも楽しそうじゃない」
「葉月もバカなお兄ちゃんにチョコレートあげたいですっ」
両手を上げて嬉しそうに言う葉月。
本当にこの子は天真爛漫と言うか……自分の気持ちに素直で羨ましいな。
「美波の部屋にある大きなぬいぐるみをプレゼントしてくれた人ね」
「はいですっ」
「もし会ったらウチも御礼言いたいわね」
「お姉ちゃんの学校の人だって事しか判らないです……」
あの大きなぬいぐるみ、すごく高かったと思うんだけど
そんな物をポンとプレゼントしてくれるなんて……
よっぽどのバカか、良い人ね。
「それなら春くらいに学校のお祭りがあるからウチの学校に来てみれば良いんじゃない?」
「ほんとですかっ」
「ええ。ウチも探すの手伝ってあげる」
「ありがとうですっ」
葉月が学校に来たら、吉井にも探すの手伝ってもらおうかな。
きっとあのバカはウチが言わなくても手伝ってくれるでしょうけど……
……上級生で今度の春に卒業していなきゃ良いけどな。