「うう……正月早々ひどい目にあった」
僕は視界を涙で
すると美波がやってきて
「ウチも手伝うわよ」
「美波は向こうで座っててよ。せっかくの晴れ着を汚しちゃうといけないし」
「そう?……あ、そうだ」
美波は近くにあった布巾を手に取ると水に濡らして絞り
左手で振袖を押さえて右手に持った布巾で僕の頬に当ててくれた。
ひんやりして気持ち良いなぁ。
「ありがとう」
「大丈夫?ウチ邪魔じゃない?」
普段着慣れない振袖のせいなのか、美波が心配そうに聞いてきた。
「邪魔だなんて思う訳無いよ。ずっと傍にいて欲しいくらいだよ」
「ありがと……じゃあ、しばらくこうしててあげる」
美波が優しく微笑みながら、頬に布巾を押し当てたまま僕を見てくれている。
「さっきのはアキも悪いわよ?」
「さっきのって?」
「演歌歌手みたいって……玲さんだってアキに褒めて欲しかったんだと思うわ」
「うっ……つい、思った事を言っちゃったんだよね」
「後でちゃんと謝っておいた方が良いわよ?」
「そうだね」
正月から美波に心配を掛けちゃったな。
「ごめんね。せっかく遊びに来てくれたのに姉弟喧嘩に巻き込んじゃって」
喧嘩と言うより一方的に僕が殴られていたんだけどね。
「気にしなくて良いわよ。いつもの事でしょ」
確かに、いつも一方的に僕がダメージをもらっているんだけどね……
そんな話をしながらサンドイッチを作って
美波に手伝ってもらってリビングのテーブルへ運ぶ。
「おまたせ」
「美味しそうですっ」
葉月ちゃんが目をキラキラさせてテーブルの上のおせちやサンドイッチを見ている。
そして姉さんが「じゃあ、座りましょうか」と言うと……
僕の隣に三人がやってきて、椅子取りゲームのように僕の隣の席を囲んでいる。
「ここは私が……」
「ウチもここが良いです」
「葉月が座るんですっ」
こっち側は日当たり良好と言うわけでもないし……なんでだろう?
「僕、あっちの席へ移るから」
僕が席を立って反対側へ移動しようとすると
「いいから、アキはそこへ座ってなさい」
「はい」
美波に言われて大人しく座る……なんか、みんな殺気立っているような?
すると姉さんが
「ここは食べさせてもらうアキくんに決めてもらいましょうか」
「そうですね。それなら不公平じゃないですし」
「バカなお兄ちゃんはきっと葉月を選ぶですっ」
食べさせてもらうって何?
「さあ、アキくん。私たち三人の中で誰にあーんをしてもらいたいですか?」
「ええっ!?僕、自分で食べられるよ」
それで僕の隣にみんな集まってきたのか。
「判りました。では三人の中で誰の晴れ着姿が一番だと思いますか?」
「それ、答えないとダメなのかな?」
「「「ダメですっ!」」」
ううっ、三人に言われちゃったよ。でも……
「もう、アキったら……いいから早く選びなさいっ!」
「選ぶって……」
今の雰囲気の中で誰か一人を選ぶなんて僕にはとても出来そうに無いんだけど……
「葉月ちゃんはすごく似合ってて可愛いと思うし」
僕がそう言うと葉月ちゃんは嬉しそうに両手を上げて喜んでいる。
「姉さんは普段からは想像出来ないくらい綺麗だと思うし」
普段の行動を見なければ、姉さんも外見だけなら十分綺麗だと思う。
「ちょっと引っかかりますが」と言っていたけど、姉さんも喜んでくれているみたいだ。
「美波は……おしとやかな感じが新鮮ですごく綺麗だなって……」
美波が口に手を当てて頬を染めながら少し俯いちゃった。
「結局アキくんは誰が一番だと思うのですか?」
「えっと、一番可愛いのは葉月ちゃんで、一番綺麗だと思うのは姉さんで……一番ドキドキしたのは美波、じゃダメかな」
「やっぱり……アキくんに決められる訳が無いと思っていました」
姉さんはそう言うとリビングから出ていって……しばらくして
「本当は食後に遊ぼうと思って用意していたのですが」
と言って、姉さんは羽子板を手に戻ってきた。
「それは何ですか?」
美波が指先でちょんちょんと羽子板を触りながら質問をしている。
「これは羽子板と言って羽根突きという日本のお正月にする遊びで使う物です」
美波と葉月ちゃんにそれぞれ羽子板を渡して説明をする姉さん。
「これはどうやって遊ぶんですか?」
「羽子板で羽根を打つのですが……日本版バドミントンみたいな感じでしょうか」
「それを貸してくださいです」
葉月ちゃんが羽根を手にして……
サッカーボールでリフティングをするみたいにその場で上に打ち上げている。
さすが美波の妹だけあって運動神経もかなり良さそうだ。
「面白いですっ」
にこにこしながら羽根を打ち上げている葉月ちゃん。
「葉月、ウチにも貸して」
「羽根はもう一個ありますよ」
美波にも羽根を渡すと……葉月ちゃんと同じようにその場で羽根を打ち上げ始める美波。
部屋の中に『カーン』『カコーン』という音が響く中……
「でも、よくこんな物を持ってたね」
僕が質問をすると、姉さんはにっこり微笑んで
「ええ。お正月なのでアキくんに可愛い格好をさせて遊ぼうと思っていたのです」
「ひょっとして今朝ベッドの上にセーラー服を置いてあったのは……」
「メイド服やナース服でも良かったのですが」
優しく微笑んで僕を見ている姉さん。
…………美波たちが来てくれて本当に良かった。
…………
………
……
そして僕たち四人は外に出て……
「では、勝者一人がアキくんの隣に座るという事で良いですね」
「はい。絶対に負けません」
「葉月頑張るですっ」
両手にグッと力を込めている葉月ちゃんと美波。
そんな二人を優しく微笑んで見ている姉さん。
どうすれば良いのか、さっぱりわからない僕。
「あの……僕が勝ったらどうするの?」
僕が勝っても僕の隣に座る事は出来ない。
姉さんや美波に折檻されて幽体離脱すれば出来るけどね。
「アキくんが勝ったら、私たちの中から一人選んで隣に座ってもらえば良いんじゃないでしょうか」
さっきそれが出来なくて今の状況があると思うのですが?
とりあえずルールは三つ。
・振りかぶっての強打は禁止(必ず下から上に打ち上げるように打つ事)
・相手がすごく動かないと取れないところへ羽根を打ち込むとアウト
・羽根をなくしたり壊したりしたら負け
僕や葉月ちゃんの強打だと、たかが知れてるけど
美波や姉さんが本気で打ったらたぶん取れない。
当たり所が悪ければ正月早々救急車のお世話になりかねない……おそらく僕が。
それに今日は僕以外、振袖なので動きにくいからね。
あまり頭の上を高く抜けちゃうと背の低い葉月ちゃんには不利になっちゃうし。
そして家を出る前に対戦相手を決めておいた。
最初の対戦は……
「玲さん、本気で勝たせてもらいます」
「美波さん、アキくんがかかっている以上、私も本気で行きます」
いきなり優勝決定戦と言っても過言ではない組み合わせだ。
「お姉ちゃんたち、頑張ってです」
「二人とも頑張ってね」
僕の対戦相手である葉月ちゃんと並んで二人の応援をする。
正直、あーんをしてもらうなら姉さんよりは美波の方が……
でも、今ここで下手な事を言うと羽根が弾丸みたいな速度で打ち込まれかねないから黙っていよう。
じゃんけんでサーブ権は姉さんになった。
羽根を手に構えたまま、姉さんは一向に打つ気配が無い。
それどころか、余所見をして……何故か街路樹の上の方を見ている。
「姉さん、早く打たないと……」
僕の問い掛けにも姉さんは微動だにしない。そして……
姉さんがいきなり動き出した。
「いきますっ!スカイツリーアタックっ!!」
そう叫ぶと渾身の力を込めて羽根を打ち上げた。
――ドゴッ
姉さんが打った羽根の音は、さっき葉月ちゃんが打っていた乾いた音ではなく
何か重量物が激突したようなすごく重そうな音がして……
羽根は、さっきまで姉さんが見ていた街路樹の二倍くらいの高さまで上がっている。
「そんなに高く打ち上げても上の方は風が吹いているんじゃ……」
あっ、そうか。
さっき姉さんは街路樹の上の方を見ていたんだっけ。
先の方の葉っぱが揺れているのを見て風の有無を見ていたのか。
でも、あんな離れたところにある葉っぱの小さい動きがよく見えるな。
一方、美波はと言うと……
「さすが玲さん。振袖を着てても動きが全然違いますね」
何か、やたらと感心していた。
「でも落ちてくるところが判っているならっ」
美波も右腕に力を込めて羽根が落下してくるのを待っている。
そして羽根が落ちてくるのを確認すると
「スカイツリー返しっ!!」
美波も渾身の力を込めて羽子板を振っているのが判る。
そして羽子板に羽根が当たった瞬間……
――ガッ
羽子板の周りに黒い煙みたいなものがまとわりついて……羽が数枚、空中を舞っている。
ひょっとして羽根がバラバラになったんじゃ……普通、羽根って壊れる物なのだろうか。
たぶんだけど……
一撃目の姉さんが打ち上げた時にすでに亀裂が入っていて
美波がトドメを刺しちゃったんじゃないかな?
「ああっ、羽根が……」
その場に呆然と立ちつくす美波。
「美波?」
僕が声を掛けると
「ウチ……負けちゃったのね」
そう言うと……にっこり笑って
「残念ね……せっかくみんなで作ったおせちをアキに食べさせてあげたかったんだけどなぁ」
僕に笑顔を見せてくれてはいるけど……近くで見るとよく判る。
……肩が少し震えていた。
そして離れ際に一言……
「アキ……頑張ってね」
「うん」
まだ美波にもチャンスはある。
僕が勝って美波を選べば良いだけ。
たったそれだけのこと。
…………
………
……
「アキくん。これは最後の羽根です」
「うん」
僕は姉さんから羽根を受け取る。
「いいですか?この羽根を万が一なくしたり壊したりしたらアキくんの一人負けですからね」
「大丈夫。判ってるよ」
そして羽根を葉月ちゃんに渡して少し離れる。
美波のためにも……そして僕自身のためにも負けられない戦いがここにある。
「バカなお兄ちゃんっ!いいですかっ!」
「うん、いいよ」
にこにこと笑っている葉月ちゃんを見ていると……さっきまでの意気込みが失せていく気がする。
天真爛漫な笑顔の葉月ちゃんを見てると勝っちゃいけない気がしちゃう。
どうすれば……そうか、葉月ちゃんを見ちゃうからダメなんだ。
僕は目を瞑って……
「葉月ちゃん、1ポイント」
葉月ちゃんが得点を取ったことを無情に告げる姉さん。
くっ……葉月ちゃんを見てないと羽根を打ち返すことが出来ないっ!
心眼なんてそんなの漫画の中だけだった。
どうすれば良いのかなぁ、と考えていたら
「アキッ」
ふいに美波に呼ばれて……気がつくと僕めがけて羽根が飛んできていた。
とりあえず考える時間を稼ぐために僕も高く打ち上げるかな?
そして思いっきり羽子板を振り上げた。
…………が、羽根は思っていたより来るのが遅くて、上の方で引っ掛けちゃった。
すると羽根は僕の後ろの方に勢いよく飛んで行ってしまった。
「あっ」
僕は羽根を取りに行こうと後ろを振り向くと……
チリンチリンとベルを鳴らしながら一台の自転車が通り過ぎた。
その自転車には前後にカゴが付いていて
僕が打った羽根は…………後ろの方のカゴにぽとりと落ちた。
「ああっ……」
僕が声を掛ける間もなく自転車はそのまま走り去ってしまった。
「アキくん」
姉さんに呼ばれて振り向くと……
「さっき言いましたよね?なくしたり壊したりしたらアキくんの『一人負け』だと」
すごく嬉しそうな笑顔の姉さん。
「では勝敗も決まった事ですし、お腹も空きましたからうちに帰って御飯にしましょう」
そう言うと美波と葉月ちゃんの背中を押しながら家へ向かい始めた。
――――
―――
――
そして僕は椅子に座って……
右に葉月ちゃん、左には姉さんが座っている。そして美波は……
僕のほぼ正面に座っている。
美波の傍らにはサイドテーブルがあって、その上には一のお重が置いてあり
僕はテーブルを背にして座っているので葉月ちゃんの横にサンドイッチが載ったお皿が
姉さんの横には、二と三のお重が置いてある。
「バカなお兄ちゃん。あーんですっ」
「あーん」
ぱくっ……もぐもぐ。僕がさっき作っていたサンドイッチだ。
「アキくん、あーん」
「あーん」
ぱくっ……もぐもぐ。これは煮しめの里芋か。
そう言えば、雄二は今年は里芋以外食べる事が出来たのだろうか?
「アキ?あーん」
「あーん」
ぱくっ……もぐもぐ。
これは……美波が想いを込めて入れてくれた黒豆だ。
「ふふっ。アキ、美味しい?」
「バカなお兄ちゃん、今度は葉月にも食べさせてくださいですっ」
「アキくん、姉さんはこの海老が食べたいです」
天真爛漫な笑顔の葉月ちゃん。
優しい笑顔で見守ってくれる姉さん。
ずっと隣で見ていたい美波の笑顔。
三人とも楽しそうな笑顔で……
誰か一人が勝っていたら、みんなが笑顔で居れなかったかも、と思うと
最初から勝ち負けなんてどうでも良かったのかもしれない。
みんなの笑顔がそう言ってる気がした。