僕が朝御飯を食べ終え食器の片付けをして、リビングへ戻ると
「バカなお兄ちゃん。今日は葉月と何をして遊んでくれるんですかっ?」
アーモンド状の吊り目をキラキラさせて葉月ちゃんが質問をしてくる。
「葉月ちゃんは何がしたいのかな?」
「バカなお兄ちゃんが葉月と一緒に居てくれれば、何でも良いですっ」
うんうん、嬉しい事を言ってくれるなぁ……と、感動していると姉さんが
「じゃあ、カルタでも……」
「却下だよっ!」
「そっ、それは昨日も遊びましたから違う事を……」
僕がダメ出しをすると、美波も歯切れが悪そうに言ってきた。
あのカルタだと楽しいのは姉さんだけだしなぁ。
「美波は何かやりたい事は無いの?」
僕が尋ねると美波はあごに人差し指を当てて
「そうね。昨日は振袖を着ててあまり動けなかったから……」
なんて言ってるけど、羽根突きの羽根を粉砕したり
僕を死んだおじいちゃんに会わせてくれたりと
普通の人より、力強く動いていた気がするんだけど……
「少し身体を動かしたいわね」
「何かスポーツとか?」
「それも良いけど……」
美波はそう言いかけて……頬を少し染めて僕を見つめると
「スケートとか良いわね……アキと手を繋いで、ね?」
僕の左手を両手で優しく包むように握ってくれた。
美波の手の温かさが心地好い。
すると葉月ちゃんも僕の右手を小さな可愛い手で握ってきて
「葉月もバカなお兄ちゃんと手を繋いで滑りたいです」
そんな事を言ってくれる笑顔の葉月ちゃんを見ていると僕まで顔が綻んでしまう。
「私もアキくんと手を繋ぎたいのですが……両手が塞がっているみたいですね」
そんな事を言って妙な雰囲気を作って姉さんが目を瞑りながら顔を近づけてきた。
「わぁっ!ちょっ、ちょっとっ、姉さんっ!?ストップっ、ストップーっ!!」
僕の顔の直前で姉さんが近づくのをやめてくれた。
「アキくん。何をそんなに慌てているのですか?」
僕の目の前で首を傾げて見つめている姉さん。
「何をって……姉さんこそ、何をするつもりなのさ?」
すると姉さんは、ポッと頬を染めて少し俯き加減で
「そんな事……恥ずかしくてみんなの前では言いにくいです」
「恥かしくて言いにくい事を美波と葉月ちゃんの前でするつもりだったのっ!?」
「アキくんが手を使えなくて逃げられない状況だったのでチャンスだと思いました」
ダメだ……たぶんスケートをしている時でも、きっと今と同じように
美波と葉月ちゃんと手を組んでいたら姉さんが大人しくしているとは思えない。
「ゴメンね。スケートはまた今度にして他の事にしない?」
「そうね……他に何があるかしら?」
「あぅ。残念です……」
美波は僕の思っている事を察してくれたみたいだ。
ホッと安心したような表情をしていた。
葉月ちゃんは少し残念そうに俯いちゃったけど……そのうち、ちゃんと誘ってあげよう。
「そう言えば凧揚げも走るから身体を動かすよ?」
「たこあげ?」
「たこってなんですか?」
美波も葉月ちゃんも頭に『?』を浮かべている。
「実際に見た方が早いかもね。姉さん、凧は持ってないの?」
「ありますよ。今、持ってきますね」
そう言うと姉さんはリビングを出て行って……
しばらくして手に凧を持って戻ってきた。
「お待たせしました」
姉さんが持ってきた凧を手に取って見ている美波と葉月ちゃん。
「これって遊ぶ物なの?てっきり飾っておく物だと思ってたわ」
凧を触りながら美波が言うと、葉月ちゃんが凧の下についている紙を見て
「この長い紙は何ですか?」
「それで凧がくるくる回らないようにバランスをとっているんだよ」
二人とも凧を実際に見るのは始めてみたいだ。
「これってどうやって遊ぶの?」
「普通はどこまで上がるかだけど……」
「そう言えばスポーツカイトって見たことあるわね」
「へぇ、それは何をするの?」
「たしかラインが二本あって両手で操作するのよ」
美波は凧を葉月ちゃんに渡すと両手で何かを握っているような仕草をしている。
「そんなのがあるんだ」
「うん。これはラインが一本しかないのね。うまく操作できるのかしら?」
「やってみれば判ると思うよ」
「それもそうね。でも、どこで遊ぶの?」
「どこか広いところが良いよね……河川敷の近くの大きい公園にでも行ってみようか」
「はいですっ」
葉月ちゃんが両手を挙げて喜んでくれた。
――――
―――
――
そして少し早めにお昼御飯を食べてみんなで公園へ。
今日は天気も良いし、風もそんなに強くないからあまり寒く感じない。
でも凧揚げって風がないと揚げるのが大変な気がするなぁ。
「ウチらは初めてだけど、アキは毎年凧揚げってしてるの?」
葉月ちゃんと手を繋ぎながら美波が質問をしてくる。
ちなみに僕は凧を両手で抱えるように持っている。
……そうでもしないと姉さんが変な事をしてくる気がするから。
「すごく久しぶりだよ。前に遊んだのって小学校に入る前じゃないかな」
「はい。アキくんが最後に凧揚げをしたのは小学校に入学する年でしたね」
「姉さん、よく覚えてるね」
「ええ。やっぱり、その時も今から行く公園で凧揚げをしていました」
そう言うと懐かしそうな顔をして僕の頭を撫でてくれる姉さん。
「そして川に落ちた凧を拾いに行こうとして、アキくんも川に落ちて風邪を引いたんですよ」
小さい頃に僕が風邪を引いたのって、それが原因だったのか……
「アキって小さい頃から無茶な事ばっかりやっていたのね」
美波が僕の頬を指で軽くつつきながら言うと、葉月ちゃんが
「バカなお兄ちゃんが今度風邪を引いたら葉月に看病させて欲しいですっ」
「姉さんも看病してあげたいです」
「ウチも付きっきりで看病してあげるわね」
そして三人で僕を見つめて……
「「「今日も落ちないかしら(ですかっ)(でしょうか)?」」」
…………川を前にして、みんなに背中を見せたら危ないな。
…………
………
……
河川敷を歩いて、もう少しで公園に着くというところで……
一人の女の子が犬を連れて散歩していた。
それに付かず離れずで一人の男子が一緒に歩いている。
女の子が男子に近づくと、男子の方が少し距離を取る。
そして犬が道端に興味を引く物があったのか、立ち止まっていると
男子の方も先に行くでもなく、ちょっとだけ離れて待っている。
あの二人はどこかで見たような気がするな……と、思っていると
美波が僕の袖を軽く引っ張って
(ねぇ、あれって愛子と土屋じゃない?)
僕たちも歩きながら少しずつ近づいていくと確かにムッツリーニと工藤さんだった。
(ほんとだ。正月から二人一緒でどうしたんだろう?)
(アキは本当に鈍いわねっ)
そう言うと頬を抓られた。
(いひゃい)
(いい?絶対に二人の邪魔をしちゃダメよ)
(邪魔って?)
(いいからっ!気が付かない振りをするのよっ)
(う、うん……)
とりあえず美波には、そう返事をしたけど……新年の挨拶もしちゃいけないのかな?
美波が立ち止まって、僕がそんな事を考えていると……
でも美波の思惑通りには行かず、工藤さんがこっちを見て少し驚いたような顔を見せたけど
すぐに犬を抱きかかえるとこっちへやってきた。
ムッツリーニも後を追うようにしてこちらへやってくる。
「あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「…………おめでとう。今年もよろしく」
こっちへやってきて軽く頭を下げる二人。
「あけましておめでとうございます。今年も愚弟をよろしくお願いします」
と言って頭を下げる姉さんと
「あけましておめでとうですっ。今年もよろしくですっ」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね。二人とも」
「あけましておめでとう。今年もよろしく。ムッツリーニ、工藤さん」
僕たちもそれぞれ新年の挨拶をする。
すると美波が工藤さんを引っ張って僕たちと少し距離を取った。
(愛子。新年早々邪魔してゴメンね)
(やっ、美波ちゃん。考えすぎだよっ、ボクたちはそんなのじゃなくて……)
(考えすぎも何も正月から二人っきりで居たら普通はそうじゃないの?)
(それはその……)
美波と工藤さんが二人でひそひそ話をしているみたいだけど……
何故か、工藤さんが顔を少し赤くしているな?
(あのね。美波ちゃんと吉井君にお願いがあるんだけど……いいかな?)
(何よ、あらたまって。友達じゃない。ウチらに出来る事なら手伝うわよ?)
(ありがとう。それでね……)
工藤さんが僕とムッツリーニの方をちらちら見ながら美波と話をしている。
ところで……
「ねぇ、ムッツリーニ?どうして工藤さんと、こんなところに居たの?」
「…………家に家族が全員居て息苦しいから息抜きに外に居るだけ」
それは正月休みだから仕方がない気がするんだけど……
ムッツリーニは夜寝る時も息苦しいのだろうか?
……なんて僕が考えていると、いきなり工藤さんが
「あっ!そんなに動いたらダメッ、ブラ。(鎖が)外れちゃう」
…………はっ!?
僕がビックリして工藤さんの方を見ている横では
ムッツリーニがいつものように鼻血を出していた。
「(ボタボタボタ)…………工藤の犬の名前はブラームス」
ムッツリーニが鼻血を止めながら教えてくれた。
確か音楽家で居たような気がするけど……その略し方は色々と問題がある気がする。
今、僕の隣で(自分のせいとは言え)被害を受けている友人も居るし。
しかし、ムッツリーニの想像力が豊か過ぎるのも大変だな。
犬の名前って判っていても
…………
………
……
ムッツリーニの鼻血も止まった頃……
「美波ちゃんたちは何をしに来たのかな?」
「僕たちは凧揚げに来たんだ」
僕が持っていた凧を二人に見えるように前に出すと
「へぇ、面白そうだね。ボクたちも一緒に行っても良い?」
工藤さんがブラちゃんを抱きながら言ってきた。
「お姉ちゃんたちも葉月と一緒に遊んでくれるんですかっ」
すごく嬉しそうな葉月ちゃんを見ながら美波が
「土屋もそれでいいのかしら?」
「…………問題ない」
その台詞は今まで鼻血が止まらなかったムッツリーニが言っても信じがたいんだけど……
工藤さんが地面に放してあげて、リードを握ると元気よく歩き出すブラちゃん。
葉月ちゃんはその後をにこにこと笑顔でついていく。
「ブラちゃんはなんて犬なの?」
毛が、ふさふさもこもこしていてすごく暖かそうだ。
色は足の先からお腹にかけて白で背中の方が濃い茶色。
目は大きな黒目で、ぎょろっという表現がしっくりくる。
「シーズーっていう種類なんだ。中国とかチベット原産みたいなんだけどね」
「へぇ……この子は前にムッツリーニが写真に撮っていたよね?」
「(コクコク)…………落ち着きがなくて工藤そっくり」
「ムッツリーニ君、ひどいなぁ。そこは活発って言うんだよっ」
工藤さんが少し拗ねた顔でそう言ってると……
姉さんがこっそりと僕に耳打ちをしてきた。
(アキくん。ちょっと聞きたいのですが……)
(なに?)
(康太くんと愛子さんは付き合っているのですか?)
(まさか。あのムッツリーニに彼女なんて出来るわけが……)
僕が姉さんにそう言ってると、いきなり美波が僕の口を手でふさいで
(アキは黙ってなさいっ。玲さん、ちょっとこっちへいいですか)
美波が姉さんの手を引っ張って僕から少し離れるとなにやらひそひそ話をしている。
少しして姉さんがあごに手を当てながら僕の傍まで戻ってくると
「本当にアキくんは鈍いですね。もっと勉強しないといけません」
「いきなり、なにっ?なんなのっ!?」
「アキは変な事言うんじゃないわよ?」
「変な事って?」
僕が質問をすると、美波は僕の顔をジッと見て……小声で
(愛子が土屋と手を繋ぎたいんだって……ウチらはそれに協力するのよ)
「ええっ!?」
――ダンッ
「いっ……」
いきなり美波に足を踏まれて
僕があまりの痛さに声を出そうとすると美波に口を手で塞がれた。
(静かにしなさい)
――コクコク
僕は頷くしか出来なかった。
(アキだって愛子と土屋にも幸せになって欲しいでしょ?)
――コクコク
……今の僕にはムッツリーニの真似でしか返事が出来ない。
(大きな声を出しちゃダメよ、わかった?)
――コクコク
やっと美波が口から手を離してくれた。
(さっき愛子に頼まれたのよ。土屋と手を繋ぎたいって)
確かに相手があのムッツリーニだと、工藤さんが手を繋ぐのは難しいだろう。
言葉による想像や風で舞うスカートだけで鼻血が出て倒れる男だから。
(それで僕たちはどうすればいいの?)
(これから考えるわよ。だからアキも変な事を言って土屋に変に意識させないでよ?)
(了解)
僕が普段通りを装ってムッツリーニと工藤さんに手を繋がせれば良いんだな。
そしてムッツリーニの方を見ると……
葉月ちゃんがブラちゃんを追いかけて……勢い余って転んじゃった。
一番近くに居るのはムッツリーニか。
手を差し出しているな……
いつもエロが先に来るイメージのムッツリーニだけど、なんだかんだ言っても
倒れている小学生の女の子を起こしてあげる優しさは持ってるよね。
「ありがとうですっ」
葉月ちゃんがお礼を言ってムッツリーニの手につかまると……
――――ダバダバダバッ
ええっ!あの程度で鼻血があんなに出るのっ!?
ものすごく前途多難な気がする。