明久君と美波ちゃんの結婚式の日から2週間が経ちました。
「えっと……今日は午後2時から収録があるから12時前には着いてないとダメですね」
私は今、スケジュールが書いてある手帳と睨めっこをしています。
坂本君や木下君が私の事を最近TVでよく見るって言ってくれていましたが
実は1週間に1回くらい……多い時でも2回くらいしかTVには出ていません。
もちろん、まったく出ない週もあります。
だから私には、よく言う芸能マネージャーさんは居ないので
自分でTV出演のスケジュールも管理しないといけません。
でも、どうせなら料理を作るお仕事だけでスケジュールを埋めたいんだけどなぁ。
フードコーディネーターとしての仕事の合間にするなら良いかな?と思って
簡単な気持ちで引き受けたのは間違いでした。
さすがに本業を圧迫するような事態にまではなっていませんけど……
新しい事を調べる時間があまり取れなくなっているのは少し問題かなぁ。
とにかく請けたお仕事はきちんとしないといけませんね。
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とりあえずTV局について控え室へ。
部屋に置いてあった台本に目を通すと……
…………あら?
今日の出演者の名前に『木下秀吉』ってあります。
そう言えば、木下君は本名のままで舞台俳優をやっているんでしたっけ。
私も肩書きは芸能人ではなくフードコーディネーターなので本名のままなのですが……
私は去年からTVに出るようになったんですけど
木下君と一緒の番組に出演するのは、これが初めてです。
ちなみに今日出演する番組は司会がゲストに色々聞いてくるトーク番組みたいです。
一応、台本には『こんな事を聞く予定』と言うコメントが出演する人別に書いてあります。
どういう質問をされるのかなぁ。
体重とかスリーサイズじゃなければ良いんですが……
私は料理が専門なので、そんな事を聞かれる訳が無いですよね。
私のところに書いてある質問予定にも料理の事くらいしか……あら?
『学生の時の話』とか書いてありますけど……何を話せば良いのでしょうか?
木下君の質問予定には『何故俳優を目指したのか』とか『学生の時の話』。
…………『学生の時の話』は出演者全員のコメントに書いてありますね。
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『木下さんと姫路さんは高校の時、同級生だったんですかっ!』
「はい。高校二年と三年が同じクラスでした」
司会の質問に木下君が答えているのですが……
こういう場だと爺言葉は使わないんですね。
『姫路さん?高校の時の木下さんはどんな感じでしたか?』
「えっ……あ、はい。そうですね、すごく可愛くて羨ましかったのを覚えています」
『こんな可愛い姫路さんが羨ましく思うくらいだから、本当に可愛かったんでしょうね』
司会がそう言うとスタジオ中に、ドッと笑いが起きました。
私はそんな可笑しい事を言ったのでしょうか……本当の事を言っただけなんだけどなぁ。
「姫路よ。それは言わなくても良いんじゃないかっ!?」
木下君が顔を赤くして少し困った顔で私を見ています。
『じゃあ、木下さんにも仕返しのチャンスを上げましょう』
司会がそう言って私の方を見ると……
『姫路さんは結構お胸が大きいけど、昔からこんなに大きかったんですか?』
はわわわ……台本に書いてない質問をされちゃってますっ!?
しかも聞かれたら嫌だなぁって思っていた質問を……
それまで、ざわついていたスタジオが波を打ったようにシーンと静まり返ってしまいました。
私はすごく顔が火照っているのが判り、たまらず俯いていると……
「そうですね。僕もすごく羨ましかったのを覚えています」
木下君がそう言うと一瞬、間があいて……
『あははっ』と言う、たくさんの笑い声がスタジオ中に響き渡りました。
『木下さんが羨ましく思ってどうするんですかっ!?』
司会の突っ込みが木下君に入っています。
私が恐る恐る顔を上げると……木下君が頭に手を当てて照れていました。
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―――
――
――コンコン
「はい、どうぞ」
「失礼します」
――ガチャ
「あの、木下君」
収録が終わり、私が木下君の控え室に行くと、帰り支度をしている最中でした。
「なんじゃ、姫路か。何か用かの?」
私の方を見ながらバッグからマスクを取り出している木下君。
「さっきはありがとうございました」
私が部屋の中に入りドアを閉めて、お礼を言うと……
「さっき?……ワシが何か、したかの?」
木下君は首を傾げて私を見ています。
「あの……変な質問をされて私が答えられなかった時……」
質問の内容を思い出して恥ずかしくなったのでちょっと下を向いちゃいました。
「あの時は姫路が困っておったみたいじゃからな。余計な事をしてしまったかの?」
「余計な事なんて……すごく助かりました」
実際、木下君がああ言ってくれたおかげで話の流れが変わって
その後は変な質問もされずに無事収録を終える事が出来ました。
木下君に改めてお礼を言おうと身体を前に
「本当にありが…(ドンッ)…きゃっ」
私はドアの直前に立っていたので身体を前傾させた時に
お尻がドアにぶつかって前のめりに倒れてしまいました。
「いたた……」
私が倒れたままで居ると……
「姫路も結構そそっかしいところがあるのう……大丈夫かの?」
木下君は苦笑いをしながら近付いて来て、私に手を差し伸べてくれています。
「ありがとうございます」
そう言って掴んだ木下君の手は……とても温かくて柔らかい手でした。
私が立ち上がるのを確認すると木下君は
「姫路よ。お礼を言われると嬉しいのじゃが、ワシらは友達じゃろう?」
「えっ、ええ……そうですね」
そう言えば、高校二年の時に同じクラスになってから……
試召戦争や、プールや海に遊びに行った時、肝試しや野球大会など
私と美波ちゃん、明久君や坂本君に土屋君、木下君は
いつも一緒に色々な事をやっていた気がします。
「友達が困っている時は助けるのが当たり前じゃ。お礼を言われる程の事はしておらん」
私の手を握りながら優しく話している木下君。そして……
「それにさっきの一言はワシの渾身の笑いのつもりだったんじゃが……姫路だけ笑ってくれなかったのぅ」
木下君は空いている手で頬をかきながら少し照れています。
ちょっと可愛いかも?なんて思っちゃいました。
「えっ、あっ……ごめんなさいっ!そこまで考えている余裕が無かったから……」
私が慌てて頭を下げようとすると
「気にするでない。本当はあの時、姫路の困っている顔を見るのが辛かっただけじゃ」
そう言うと私と繋いでいた手を離して、にっこりと微笑むと
「悪いと思うなら、ちと
ふっ、と昔を思い出しちゃう木下君の笑顔を見て私は……
「はい、私で良ければ」
笑顔で返事をしていました。
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―――
――
そして木下君と二人で行った食事処は……
TV局から歩いて10分くらいのところにある、うどん屋さんでした。
TV局から近いと言う事もあって客席はほとんど個室です。
いかにも芸能人御用達と言う感じですね。
そして私たちがうどんを食べ終えて少しすると……
「お待たせしました」
デザートが運ばれてきました。
木下君は白玉善哉、私はクリームあんみつです。
実は私たちが頼んだデザートは……
「んむ。うどんもさることながら、ここの甘味はいつ食べても美味しいのう」
木下君が可愛い顔を綻ばせて喜んで食べています。
その笑顔を見ているとすごく嬉しくなっちゃって……
私が木下君の笑顔に見蕩れていると
「ん?姫路よ。食べぬのか?」
「えっ?あ……いえ、木下君が美味しそうに食べてくれているのを見て嬉しくなっちゃって」
すると木下君は首を傾げて
「何故、姫路が嬉しくなるのじゃ?」
「えっと……ここのデザートは私がプロデュースしたんです」
「なにっ!?これを姫路が……」
木下君は善哉と私を交互に見て驚いています。
「はい」
「これは普通の店で食べる物より甘みが強いのじゃが、しつこくなくて食べやすいのう」
「ええ。それは白玉と善哉に少しお塩を入れてあって、使われている糖類の量は他の物とさほど変わらないのですが甘みを強く感じられるようにしてあるんです」
「なるほどのう」
「あと、ここのデザートとセットで付いてくるお茶には糖類や脂肪を吸収しにくくする効果があるので食べても太りにくいんですよ」
「そうじゃったのか」
お茶を
「和の食材には体脂肪になりにくい物や、繊維質が多く含まれていて消化に良い物があるので、このお茶とセットで摂取する事で身体に吸収しにくくなっているんです」
木下君は、ひとしきり感心した後、私を見ながら……
「すごいのう。これを姫路が……」
「ふふっ。私がプロデュースした料理で笑顔になってもらえれば……小さな幸せをあげられたって嬉しくなるんです」
「それで姫路はこの仕事を……頑張っているのじゃな」
すごく優しい表情で微笑む木下君。
本当は…………明久君が言っていたのを私が感動して真似しているだけなんですけどね。
「ええ。それで私がこの店に来ていた時に、偶然ここのデザートを食べたプロデューサーさんが私を見て、いきなりTV出演を勧めてくれて……それがきっかけでTVに出演するようになったんです」
「そうじゃったのか」
「そう言えば、木下君はTVだといつもの喋り方ではないんですね」
「んむ。この喋り方は、ちと独特らしくてのう……姫路や明久たちの前以外では演技をしておるようなものじゃ」
木下君はうんざりと言った表情で少し俯いてしまいました。
でもすぐに顔を上げると……にっこりと笑顔になり
「おぬしの前だと少しも気取らなくて済むからの。すごく楽で良いのじゃが……もし良ければ、たまにワシと出かけたりしてくれると嬉しいんじゃがのう」
「ええ、私は全然構いませんけど……おうちでもそうなんですか?」
私がそう尋ねると……木下君は落ち込んだ表情をして
「最近、家では姉上がピリピリしておっての。話しかけづらいんじゃ」
「優子ちゃんは何をやってるんですか?」
「なんでも小説家を目指しているそうなのじゃが……」
「そうなんですか。どういうお話を書いているんでしょうか」
「ワシには全然教えてくれんのじゃ……たまにDクラスに居た玉野が遊びに来て姉上と朝まで話し込んでいる事があるのじゃが……」
木下君は少し遠い目をしてしまいました。
「玉野は姉上が見ていないところでワシに女装を勧めてくるからの……時々、家にも居づらいんじゃよ」
何故か木下君が遠くへ行ってしまう様な気がして……私は思わず木下君の手を取り
「判りました。じゃあ、たまにはこうやって食事や遊びに行きましょうね」
私が笑顔でそう言うと
「そうか……姫路よ、心から礼を言うぞ」
木下君はすごく嬉しそうに……
私の手を優しく握り返してくれました。