――――Fクラスの教室
「おはようなのじゃ」
「うーっす」
「…………おはよう」
「木下君、おはようございます」
「なんじゃ、明久と島田はまだ来ておらんのか」
「二人でしたら、さっき学校の下の公園に居ました」
「何をやってるんだ、あいつら」
「明久君と美波ちゃんが何か話をしていたみたいなので……邪魔しちゃいけないかなと思って声は掛けなかったんですが」
「…………このままだと明久たちは遅刻」
「新学期早々、明久もバカだな……まぁ、あいつのバカは今に始まった事じゃないがな」
「何じゃ、雄二よ。顔が悪いぞ」
「なっ……明久以外にそんな事を言われるとは……」
「んむ?すまんのじゃ……顔が悪いんじゃ無くて、悪い顔をしている、じゃった」
「秀吉……そこは前後を間違えると意味が全然違うからなっ!?」
「気を付けよう……して、雄二は何故そんな顔をしているのじゃ?」
「お前ら、ちょっと耳を貸せ……明久と島田にささやかなプレゼントをしてやろうかと思ってな」
「…………?」 「なんじゃ?」 「なんでしょう?」
…………
………
……
「まず、始業式が始まって少ししたら秀吉は具合が悪くなった振りをするんだ」
「んむ」
「そしたら保健委員のムッツリーニが秀吉に付き添って体育館から出る」
――プッシャァァァ
「おいっ、ムッツリーニっ!『付き添う』って言葉だけで鼻血を出すなっ!」
「…………保体のテストの点数だけで保健委員になって良かった」
「土屋君、満足そうな顔で倒れながら言っても……」
「まぁいい。ムッツリーニは寝ながら聞いてくれ」
「…………(コクコク)」
「あの……具合が悪くなる振りをするだけなら私でも……」
「ダメだ。姫路だと洒落にならないだろ……それに周りが騒ぎ過ぎる恐れがある」
「ワシが具合が悪くなっても心配ないのかのぅ」
「まぁ、あくまでも演技で良いからな。秀吉は得意だろ?」
「んむ」
「ムッツリーニと一緒に外に出たら秀吉は体育館の配電盤のところに行ってくれ」
「んむ。そこで何をするんじゃ?」
「少し待ってくれ。先にムッツリーニに説明をするから」
「それでムッツリーニは秀吉と別れた後、放送室へ行って……って、なんでそんなに悲しそうな顔をしているんだっ!?」
「…………一緒じゃダメなのか?」
「ダメだ。秀吉は体育館の照明の操作をしてもらうからな。ムッツリーニは校舎の放送室だ」
「…………仕方ない」
「ムッツリーニよ。残念そうな顔でワシの手を握るでない」
「ムッツリーニには放送室で待機してもらって俺が合図したらメンデルスゾーンの結婚行進曲を流して欲しいんだ」
「…………音楽のデータは?」
「待機している間にダウンロードしてくれ。そんなに長い曲じゃなくて良いから」
「…………了解。他には?」
「曲を流したら俺の声もスピーカーに流して欲しいんだが……お前ら携帯持ってないんだよな」
「んむ」 「…………(コクコク)」
「そこで姫路の出番だ。悪いが携帯を貸してくれないか?」
「はい、構いませんが……何に使うんですか?」
「俺が姫路の携帯に電話するからそれを合図にムッツリーニは行動を開始して欲しいんだ」
「…………了解」
「それでマイク代わりに携帯を使う」
「ワシは何をするのじゃ?」
「ムッツリーニが結婚行進曲を流したら、それを合図に秀吉は体育館の照明を全部落としてくれ」
「そんな事をして大丈夫なのかのう」
「暗幕を引いてるわけじゃないから真っ暗にはならないだろ」
「なるほど」
「そしてすぐに体育館の入り口付近の照明だけ点けて欲しいんだ」
「それは良いのじゃが……何故、入り口付近だけなのじゃ?」
「明久たちは正面の入り口から入ってくるから……スポットライト代わりだな」
「判ったのじゃ」
「あの……私は何もしなくて良いんですか?」
「ん?姫路は携帯を貸してくれるだけで……なんでそんな悲しそうな顔をするんだ?」
「私も明久君や美波ちゃんに何かしてあげたいです」
「それなら……あいつらの本当の結婚式に料理でも作ってやれ。すごく喜ぶと思うぞ」
「判りました」
「雄二……おぬし、存外鬼畜じゃな」
「…………外道」
「そうか?俺は本心から、あいつらに幸せになって欲しいと思うから今回の事を考えたんだが」
「…………本音は?」
「昨年末、翔子に告白したからな」
「おせちを作る時に言ってましたね」
「万が一翔子が暴走しても、俺たちより恥ずかしい奴らが居れば気にならないかと思ってな」
「すでに手遅れだと思うのじゃが……」
「(コクコク)…………かなり今更」
「抜かしてろ。あいつらにサプライズな始業式……じゃない、サプライズ結婚式をプレゼントするぞっ」
―――――
――――
―――
――
―
――――ガラッ
Fクラスの教室に入ると……誰も居なかった。
「やっぱり誰も居ないわね」
「うん」
とりあえず卓袱台に鞄を置いて時計を見ると10時少し前。
今頃、みんなは体育館でババァのつまらない話を聞いている頃かな?
――――くいっ
不意に美波に袖を引っ張られて
「アキ、体育館に行かないの?」
ここでみんなが戻ってくるまで待っていて
また変な噂を立てられたりしたら、美波に迷惑が掛かるし
須川君たちが戻ってきて美波と二人っきりだったのを知ったら
僕に襲い掛かってくるだろうし……待っていても良い事なんて無いよね。
「そうだね、行こうか」
美波と二人で体育館へ向かう。
…………
………
……
《……で、あるからアタシとしては……》
体育館への連絡通路の途中からでもババァの話が聞こえてくる。
すると美波が
(学園長先生のお話、全部聞けなかったわね)
(別に聞けなくても僕たちには関係ないと思うよ)
僕としては話くらいなら聞いても良いけど、頼み事だけは……二度と聞きたくないけどね。
そして正面入り口に近づくと……扉は半開きで人が通れるくらい開いていた。
(扉が開いていて良かったわね)
(そうだね……とりあえずババァの話が終わったら入ろうか)
(もぅ、アキったら……ダメよ、ちゃんと学園長先生って呼ばないと)
僕が美波に軽く頬を抓られていると……
《……以上で終わりとさせてもらうよ》
《学園長先生のお話でした》
パチパチパチ……と、少しの拍手が聞こえる。
ババァの話に本当に心から拍手を送っている生徒が居るのだろうか?
とりあえず、この間にみんなのところへ行こう。
えっと……毎回、こういうイベントの席の位置は同じだから
たぶん右からAクラスで一番左がFクラスだよね。
(美波。行くよ)
(うん)
《それでは続きまして……》
僕と美波が体育館に入り、司会役の先生が進行しようとすると……
いきなり館内のスピーカーから、どこかで聴いたような音楽が流れてきた。
――♪♪♪~♪ ♪♪♪~♪ ♪♪♪~ ♪♪♪~
(アキ?これって……)
(聴いた事あるよね……何の曲だったっけ)
(メンデルスゾーンの結婚行進曲ね。すごく有名な曲よ)
(へぇ)
僕が感心していると……
――――フッ
と、体育館の照明が消えた。
暗幕を引いているわけではないので館内はさほど暗くはならなかったけど……
ぼんやりとした薄暗さの中、いきなり……
――カッ
僕たちの頭上の照明だけが点いた。
スポットライトと言うのは少し言い過ぎだと思うけど
周りが薄暗くて僕たちの周りだけ灯りが点いているので嫌でも目立ってしまう。
まるで暗闇の中を動いていて、いきなりサーチライトを浴びせられた泥棒のように
僕と美波は、その場で固まってしまった。
すると聞き覚えのある声でアナウンスが……
《皆様。向こう正面、体育館出入り口をご覧ください》
椅子に座っている生徒や先生たちが一斉に僕たちの方へ振り返る。
くっ……この声は雄二じゃないかっ!
一体、何を企んでいるのかと思ったら……
《ただいまより新郎新婦の入場です。盛大な拍手でお迎えください》
…………っ!?
あの野郎っ!
いきなり何をトチ狂った事を言ってるんだ……と、思っていたら
――――パチパチ、パチパチ、パチパチ
―――パチパチ、パチパチ、パチパチ
――パチパチ、パチパチ、パチパチ
―パチパチ、パチパチ、パチパチ
体育館内に盛大な拍手が響き渡る。
さっきのババァの挨拶への拍手なんて目じゃないほどに……
中には口笛まで吹いている者も居る。
隣にいる美波は首まで真っ赤になっていて
僕の腕に顔を押し付けるようにしがみついている。
僕は顔が物凄く熱くなっているのを実感しながら
正面に居る生徒や先生方から顔や視線を背ける事が出来ずに
新婚旅行は何処に行こうか、スピーチで何を言おうか、子供は何人欲しいとか……
…………そんな事を考えていた。
そして少しすると……
《……雄二。私たちも今すぐここで結婚しよう》
《ばっ……何をトチ狂ってやがるっ、翔子っ!?》
《……どうして吉井と美波のためにはするのに私のためにしてくれないの?》
《おっ、俺はこんな恥ずかしい事をするのは嫌だぁぁぁ》
あのゲス野郎っ!
僕になら、こんな恥ずかしい事を平気で出来るのかっ!?
…………なんて思っていると、いきなり首を太い何かで絞められて
「よぉしぃいぃぃぃ。貴様っ、遅刻した挙句にまたこんな騒ぎを起こしているのかっ!」
形容し難い怖い顔をした鉄人が僕の首を太い腕で絞め上げていた。
「ちっ、遅刻はしたけど、この騒ぎは雄二のせいじゃ……」
僕がそう言うと
「まったくお前らはいつも問題ばかり起こしおって……」
僕の首を絞めたまま、雄二の方へ歩き出す鉄人。
僕は離して欲しくて鉄人の腕を叩いていると美波が
「先生。アキを離してあげてもらえませんか?」
「ダメだ。こいつは逃亡する恐れがある。むしろ気絶した方が暴れなくて楽だ」
先生がそんな事を言って良いのっ!?
すると美波は申し訳なさそうな顔で僕を見ると
「ゴメンね。ウチじゃ、どうにも出来ないみたい」
僕は喋るのがちょっと大変なので
手を握り締めて親指を立てて『大丈夫だよ』と意思表示をする。
握り締めた僕の手を優しく両手で包んでくれる美波。
「でもでもっ……アキ、安心してね?」
美波が頬を少し染めて潤んだ瞳で僕を見つめてきて……
こんな状態でも僕を安心させようとしてくれている美波の優しさが嬉しい。
そして美波は優しく微笑んで僕に向かって
「もしアキが気絶してもウチが人工呼吸してあげるからねっ!」
気を失っている時にされても判らないから
出来れば気絶していない時にして欲しいんだけどなぁ……
僕は美波に手を握られながら鉄人に引っ張って行かれた。
――この始業式により
文月学園で僕と美波の事を知らない生徒は誰一人として居なくなった。
ついでに雄二と霧島さんも全校生徒に覚えられたみたいだった。