早坂さんは明かしたい   作:パン de 恵比寿

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本作は、かぐや様は告らせたい83話「かぐや様は阻止したい」を見て、
衝動的に書きたくなったお話です。
一応、白銀×早坂になる予定……。

表現等で拙いところも多くありますが、最後まで読んで頂けると幸いです。
注:Pixivとの二重投稿。需要があったら続きます!



早坂さんは明かしたい

『演じない私の方がいいって言ってたよね

  だったらーーー本当の私を見せてあげる』

 

 

 耳に残るのは、他ならぬ自分の言葉

 

 きっと、どうかしていたのだと思う

 無茶な命令ばかりする主人への苛立ちが積もりに積もったか。或いは、一時の熱にでも浮かされていたのか。

 酷く軽率で、浅はかな行動であったと。冷淡にも己を見返すもう一人の自分がいる。

 

 ……だったら、この話はこれで終わりだ

 未来に活かすために必要な反省点だけを汲み上げたなら、あとは忘却の岸へと流し去ってしまうべきこと。

 一時の気の迷いと。魔が差したというのならば、二度と同じ過ちを侵さぬよう戒めれば良い。

 

 あの言葉も所詮は、彼を籠絡せんがために告げた演技でしかなかったのだと……

 

 

 

 そう……認めてしまえば楽だろうに。

 

 私の心は、未だ迷いを引きずったままでいる。

 

 本当の自分を明かしたいなどと、誰にも、何にも、そんな望みを抱いたことなどなかった

 人は演じることでしか愛されることはないのだと。

 そう信じるままに、本当の自分を隠し、騙し、強い姿を演じてきた。

 

 それなのに、何を今更……

 

 窓の向こうの青空に真っ直ぐに伸びていく飛行機雲。ガラスに映る自身の顔を二つに分かつように。

 

「私は……」

 

 どうして欲しかったのだろう

 

 本当の私を見せて

 ありのままを曝け出して

 

 認めて欲しかった?

 それとも否定して欲しかった?

 

 

 私はいったいーーー彼に何を明かしたかったのだろう

 

 

 

 

 

 識者は語る。曰く、心ほど不確かなものはないと

 

 

 

 

 

【早坂さんは明かしたい】

 

 

 

 

 

「早坂さんの様子がおかしい?」

 

 放課後の生徒会室。夕日が差し込み、窓からエイオーと響く部活生達の声を片隅に、藤原千花はハテと首をかしげた。

 

「いえ。ただ最近少しボーッとしてることが多いというか」

 

「かぐやさん、早坂さんと仲いいですもんねー」

 

 エヘーと笑う藤原書記に、対する四宮かぐやはそうですね、と微笑みを返しながらも内心冷や汗を流す。

 ほんとうに、この娘はいったいどこまで知っているのか。

 

 早坂愛は修学中のかぐやをサポートすべく秀知院に送られた、いわば陰の付き人。

 万が一にも互いの関係を公に悟られぬようにと、不良生徒……品行方正な生徒会とは真逆の立ち位置を演じる早坂であったが、何故か藤原書記は彼女の存在をよく知っていた。

 

 その上、先日二人でカラオケ店にて一緒にいる姿を見られてしまい、現在、彼女の中で二人はマブ☆ダチの仲であると勝手に認識されてしまった。

 ……まあ実際は主人とその専属侍従というさらに深い間柄ではあるのだが。

 

 相手はあの暴走戦車。下手な否定や隠し事をすれば更なる悪状況に陥ることもあり得る。

 だからこそかぐやは誤解をそのままに。ならばせめて利用してやろうと冒頭の相談を投げかけたのだった。

 

 

「ぼーっと、かぁ。確かに早坂さん、いつもはすごく明るいのに、時折 人が変わったようにミステリアスな空気醸し出してることありますもんね!」

 

「そ、そうですね。最近は特にそれが多いというか……会長の話を持ち出すと、決まって遠い目をするようになって」

 

「最近って、いつぐらいからなんです?」

 

「先週の金曜……ほら。藤原さんをカラオケに誘ったでしょう?その時からですよ」

 

「会長……カラオケ……」

 

 結びつく単語に、血の気が引いたようにサーッと顔を青くする書記

 

「ああ、そうか……早坂さんも聞いちゃったんですもんね、会長のナマコボイス」

 

「ナマコ……?以前にも聞いたのですが、会長の歌声というのはそんなに……?」

 

「下手なんてものじゃないです!アレは聞いているだけで段々と正気を失って、SAN値がゴリゴリ削られていくんですよ!もうー種の邪神レベル!」

 

 懐から取り出したダイスを何故かコロコロと振っては、迫真の表情で迫る書記。

 そのまま、うーんと苦悩するように項垂れたかと思えば、よしっと勢いよく顔を上げ、廊下へと駆け出していく

 

「私、早坂さんを探してきます!思いっきり抱きしめて慰めてきます!」

 

「え、えぇ……」

 

 まるで慈愛に満ちた聖母のような表情を浮かべ、廊下へと消えていく藤原書記。

 一人とり残されたかぐやは、しばらく呆気に取られたように立ち尽くしていたが、フムと思案に暮れるように顎に手を当てた

 

 

「会長の、歌……ですか」

 

 微かに眉間に寄る皺。今しがた得た情報を頭の中で反芻する一方で、どうしても自身のイメージと結びつけることができずにいた。

 

 想像に浮かぶのは、絢爛たるホールの中心で情熱的なオペラ熱唱する白銀の姿。

 その口から、かの少女たちが語ったような、汚物にも劣るような音色が生み出されるとは想像もつかない。

 

 そも、以前に校歌を歌っている姿を拝聴した時だって、多少ぎこちなさは感じたもののしっかりと歌えていた。

 何より会長の低く、それでいてどこか艶やかな声色に知らず頬が熱くなったのも確かだ。

 

『アレを聞いているだけで段々と正気を失ってーー』

 

「まさか、早坂……」

 

 先日のカラオケ謀反(かぐや命名)にて、再度会長を落としにかかった早坂。前回の敗北がよほどショックだったか。

 元々プライドの高い性格ではあるとはいえ、彼女にしては珍しく固執する姿を見せた。

 結果は今回も失敗に終わったが、僅かばかりの時間とはいえ、会長と早坂があの暗く密接した空間で共にいたことは確かだ。

 

 確かに、会長は他の有象無象(おとこたち)に比べれば、顔付きも良くかっこいいと言える部類かもしれない。

 性格を挙げても質実剛健で、『利己の為に他人を傷つける行為を許さない』という、誇り高く優しい信条持ち合わせている。

 妹さんを始め家族に対する愛情も深く、将来を共にする仲になればきっと幸福な家庭をーーー

 

「ーーコホンッ」

 

 閑話休題

 会長の人間性については、日頃から彼の身辺調査を命じている早坂も知るところだろう。

 けれどあの早坂にかぎって、まさか会長に恋するなんてことは……。

 

「そもそも、ナマコみたいな声ってどんなものなんでしょう。ナマコの味……」

 

 ふと湧いた疑問に、携帯を取り出しては検索してみるかぐや。

 調べもの友である広辞苑が手元にないため、以前 後輩の石上くんに教えてもらった「うぃき」なるサイトを利用してみる。

海鼠(ナマコ)」、無脊椎、棘皮動物門、ナマコ綱に分類される動物。学術的な知識はあっても、調理における味という分野にまでは理解が及んでいなかった。

 

「えっと……旬は初冬。日本では酢の物として食べることが多く、コリコリとした独特の食感を楽しむ食べ方をされる。

 味は淡白ながらも海鮮類特有の風味を持ち、特に内臓である『このわた』はゼラチン質がネットリと甘く、塩辛として調理されることがーーー」

 

 そのワードを目にした途端、携帯を持つ手がピクリと揺れる

 

 

 淡白ながらもネットリと甘くーーー

 

 

『ナマコの内臓のような……』

 

 

 ネットリーーー

 

 

『アレを聞いているだけで段々と正気を失ってーー』

 

 

 甘いーーー

 

 

 

 

『ーー早坂』 ネト甘ボイス

 

『白銀、くんーーっ』 恋に落ちた瞬間の顔

 

 

 

 

「早坂ぁ!?いまどこにいるの!返事をなさい早坂ぁー!!」

 

 

 夕暮れの生徒会室。

 そこからは部活動に励む生徒達に負けないくらい大きく威勢に満ちた声が響いていた。

 

 

 ********

 

 

「どったのハッシー。最近元気ないじゃーん?」

 

「ナニー?カレシとでも別れたー」

 

「……そんなの居ないしー。最近シフトがきつくってさー」

 

「あぁ、前言ってたバイト?」

 

「働きすぎー」

 

 放課後の学園に黄色い声が木霊する。

 ハッシーと呼ばれた少女と共に連れ歩く二人の女生徒。その格好は、伝統と重んじる衆知院の校風に似つかわしくない、酷く浮ついたものばかりだ。

 授業を終えた生徒達の多くが部活動へと励み行く中、彼女達だけは真っ直ぐに下駄箱並ぶ昇降口へと向かっていた。

 

(ハッシー、か……)

 

 先を行く二人の背中を眺めながら、自らにつけられた渾名を独り言つ早坂。

 個人的には安直で少し可愛さに欠けると思う呼び方も、今ではすっかりと慣れ親しんでしまった。

 

 彼女達と過ごす時間は嫌いではなかった。

 年相応に羽目を外して、オシャレなんかもして。

 呼び出しがあれば直ぐさま主人の元へと馳せ参じなければならぬ立場ではあるが、それなりの自由も満喫できている。

 友人として、彼女達と結ぶ信頼が心嬉しくもあった。

 

 

 ーーーだけど

 

『本当の私を見せてあげる』

 

 ああ、また。胸にはしる傷み。

 

 彼女達に見せる表情も。言葉遣いも。

 全ては秀知院学園に溶け込むために被った偽りの仮面。彼女達を騙し偽り続けていることに変わりはない。

 何度も誘いを断って。嘘を重ねて。

 それでも共に居てくれる彼女達に感謝を抱きながらも、胸奥には罪悪感が募っていく。

 

 いっそ、非情になれれば良かったのだろう

 騙されていることも知らぬ愚かな輩と見下せてしまえば、幾らか楽になれただろうにーーー私の心はその情を捨てきれないでいる。

 

 だからこそ、哀しいのだ。

 彼女達が親しみ、求めてくれているのは本当の私ではない。

 完璧に演じるほど。それを認められるほどに。

 本当の私が薄れていくようで……

 

 

「……ッシー」

 

「……」

 

「ちょっとハッシー!なにボーッとしてんの!」

 

「え?」

 

 

 呼ばれる声にふと我に変えると、先を歩いて居たはずの二人が廊下の横道に身を隠しているのに気づく。

 同時に、視界の奥からズンズンと歩み来る一つの影。栗色に揺れる長い髪と、腕章に書かれた「風紀委員」の文字がーー

 

「げっ」

 

 

 ああもう、失態だ

 

 

 

 

 

 

「貴方たちはいったい何度言えば分かるんですか!この神聖なる学び舎で、そんな浮ついた格好をして!」

 

「あーはいはい。分かってますってー…」

 

「全然分かってない!ほらブレスレット外して!ああもう、耳にピアスまで開けて!」

 

 廊下に響き渡る快活ながらも凛とした声。

 衆知院学院生徒会役員会計監査 兼 風紀委員取締役補佐でもある伊井野ミコ。

 品行方正を地で行き、たとえ先輩だろうと決して物怖じしない彼女に捕まってしまった3人は、そのままお説教を受けるハメになっていた。

 

「早坂先輩もです!ほら髪どめ外して!学校の指定は黒色って決まってるんです!」

「そんなこと言ってー。生徒会の書記ちゃんだってしてるじゃない」

「あれは極黒リボンだからいいんです!」

「極……?」

 

 髪留めを取られ、肩まで伸びる長い髪がぱさりと落ちる。

 それはまだいい。問題は髪留めに内臓されたかぐや様と繋がる通信装置まで一緒に取られてしまったことだ

 

 そして噂をすればというか、間が悪いというか、チカチカと受信の光を放つ通信機。

 色はオレンジだからそれほど緊急の用事ではないようだが、何度も繰り返し信号が送られてくる様は心臓に悪い。

 遅れたら後で小言を言われるのだろうなと思うと、余計に気が重くなるのを感じた。

 

「ねー?もう十分反省したからさー。今回は見逃してくんない?ウチどうしても急ぎの用事がーーー」

「そんなこと言って、目を離したらまた直ぐいつもの格好に戻ってるじゃないですか!今日という今日は絶対に逃しませんよ!」

 

 普段から散々煙に巻かれている反動か、必死になって食らいついてくる伊井野。

 これでは拉致があかない。多少強引な手でも、この場を切り上げる方法を頭の中で画策していると

 

「ーーーあ、白銀会長!会長も手伝ってください!」

 

 間の悪い時というのはとことん重なるものなか、廊下の奥から、白銀御幸が顔を見せていた。

 途端、早坂の表情に緊張がはしる。

 

 

「どうした伊井野」

「どうしたじゃありません!ほら!見てください彼女たちの格好を!」

「ん」

 

 言われるがまま、女性徒たちの姿に目を滑らせる白銀。相も変わらず悪い目つき。もっとも、その表情はあまり乗り気ではなそうだ。

 妹や親しい相手ならまだしも。普段から生徒会長が持つ権限を悪戯にひけらかそうとしない彼としては、他人を高圧的に叱るような行為は慣れていないのかもしれない

 

「……あー、ちょっち。そうじっと見られると恥ずいんだけど」

 

「ねー……」

 

 おちゃらけてばかりの彼女達も、珍しくどこか照れた顔を見せている。

 そして、中でも特に動揺を見せるものが一人

 

「ちょっとハッシー、アタシの背中に隠れようとしないでよ。キャラじゃなくない?」

 

「ひょっとして、会長にホの字だったー?」

 

「……?ハッシー?」

 

 小首を傾げ覗き込んでくる白銀に、なんとか視線を合わせまいと努力する早坂。

 彼とは先週の金曜日にカラオケ店にて顔を合わせたばかり。まして髪を下ろされ変装が完璧ではない今、正体がバレる危険性は十分に在った。

 

「もー、そんな訳ないしー☆会長目付き怖いから苦手なだけでー☆」

 

 だからこそ、いかに別人を装えるかが疑いを打ち消す鍵となる。

 一般人擬態(ギャルモード)全開(フルカウル)

 今まで演じてきたどの人格よりも高く黄色い声を上げては、清楚さ(ハーサカ)とは程遠いおちゃらけた雰囲気を醸し出す。

 

 そうだ。以前、会長が教室を訪ねてきた時にだって、直接会話を交えても気づかれなかったのだ。

 今回も大丈夫ダイジョーー

 

 

 

「……ハー、サカさん?」

 

 

 

 ああもう、ほんと最悪

 

 

 

「会長さん何言ってるしー☆ウチ早坂だよー?名前間違えるなんてひっどぉーい☆」

 

「は……?いや、ハーサカさんだよな?この前カラオケで……」

 

「えー、何々それってアレ?この前 会ったよねてきな?」

 

「うっわー、会長 手ぇ古ッ!」

 

「でもちょっと大胆〜」

 

「なっ!?生徒の見本たるべき会長が、注意するどころか白昼堂々ナンパ!?この俗物っ!」

 

「違ぁう!!」

 

 なお諦めぬ早坂の一点攻勢。浮き立つ女子3人を味方につけ、白銀を孤立無援の窮地に追いやる。

 人心掌握のプロである早坂にとって各々の思考パターンを読み、場を支配することなど造作もない。

 

(このまま騒動(ドタバタ)に紛れて、疑いを有耶無耶に出来れば上々)

 

 時間さえあれば、早坂とハーサカが別人と証明するための偽装工作を練ることもできる。

 何としても、かぐや様の関係者であると知られることだけは、絶対に避けねばならなーーー

 

「早坂さーん!」

「ーーーっ!?」

 

 だがその時、後方からから聞こえてきた声に、全身に悪寒がはしる。この声、気配は間違いない

 

(対象(フジワラ)--!?)

 

 早坂が最も恐れる天敵の姿がそこに合った。

 予測不能、解読不能。知らず知らずのうちに場をかき乱すド天然。

 このままでは折角出来かけていた白銀会長包囲網も木っ端微塵に破壊されてしまうと。焦る早坂の気も知らず、藤原書記は一直線に駆け寄ってくる。

 

「会長!早坂さんから離れてください!嫌がってるじゃないですか!」

 

「え……書記ちゃん?」

 

 だが抱いていた警戒とは裏腹に、まるで早坂を守るように会長との間に割って入る藤原書記。その表情は分かりやすいくらいに、私怒ってます、な顔だった

 

「なっ。いったい、どうしたと言うんだ藤原書記」

 

「どうしたじゃありません!まったく、少し人並みに出来るようになったと思えば、すぐ調子に乗って!それで人様に迷惑かけるなんて、私そんな風に育てた覚えはありませんよ!」

 

「え。なになに、何の話?どーゆう展開?」

 

「藤原先輩、流石です……会長相手にまるで聞き分けのない息子を叱る慈母のよう」

 

「聞いてないし」

 

 会長に詰めかかる藤原書記の背中を見ながら、思考を巡らす早坂。

 よくは分からないが、彼女がこちらの味方になってくれていることは間違いないらしい。

 ……ならば、ソレを利用しない手はなかった

 

「書記ちゃーん、ウチ怖かったようー」

 

「もう心配いらないからね!大丈夫?耳鳴りとか吐き気とか、夜な夜なシューベルトの『魔王』が何処かから聞こえてきたりしてない!?」

 

「え、いやそれは分からないけど……ちょっと保健室に行きたい気分かも」

 

「ミコちゃんお願い!」

 

 ビシッと敬礼で応える伊井野に連れられ、そのまま逃げるようにいそいそと保健室へと向かう早坂。

 白銀会長は未だ書記ちゃんに足止めされている。

 予期せぬ展開ではあったが、何とか窮地は脱することができそうだ。あとはこの間に、会長の目を欺く準備を整えることができれば……

 

「まったく早坂さんばかり虐めて何が楽しいんですか!猛省してください!私は怒ってますよ!」

 

「だから話が見えん!いったい何を言って……」

 

「とぼけるんですか!この前の金曜日のこと、忘れたとは言わせませんよ!」

 

「金曜…?」

 

「っ!?書記ちゃん待っーー!」

 

 危険ワードに咄嗟に制止を呼びかける早坂。

 

 だがそんなもので止まるはずもない。

 ああ、やっぱり。彼女が現れた時点で、自分は既に詰んでいたのだ

 

 

 

「早坂さんをカラオケに連れ込んでは、盛大にジャイ◯ンリサイタルやらかしたでしょうがぁーー!」

 

 

 

 ******

 

 

 

 

「…お待たせしました」

 

「いや……」

 

 

 夕日の傾く西の空。一般生徒は立ち入り禁止の学園屋上にて、白銀と早坂の二人は合っていた。

 先ほどの騒動(ドタバタ)鎮圧(あとしまつ)を終え、二人の顔には色濃い疲れの表情が残っている。

 

 藤原書記の特大ボイスにより為された暴露。

 それは『ハーサカ=早坂』の事実を白銀に知らしめる以上に。カラオケで逢引していた事実により、周囲に二人が恋仲ではないかという噂を拡散させた。

 

 この不穏な噂が、あの人物(・・・・)の耳に届いてしまえばどうなるか。利害が一致した二人の行動は早かった。

 

 方や刻苦勉励の修羅。方や人心掌握のエキスパートの二人が手を組み、本来無理と言われた人の口に戸を立てることを成し遂げたのだ。

 特にゴシップ大好きな早坂の友人ふたりを言いくるめるのは相当な骨であった。

 

「ん」

 

「いただきます」

 

 労いの意味も込めてか、差し出された缶コーヒーを素直に受け取る早坂。

 風が冷たくなってきたこの時期、手に伝わる暖かさはありがたかった。

 

 コーヒー片手に屋上から見下ろす運動場。

 白球を追いかける部活生たちを眺めながら、両者の間には沈黙が流れていた。

 

 かける言葉が見つからなかったのだろう。

 当然だ。白銀の身からすれば、知り合いだと思っていた相手……ましてや以前にこっぴどく振ってしまった少女が、全く別の姿で目の前にいるのだから。

 いったい どうして。いつから。

 平静を装う顔の下にはいくつもの疑問がひしめいていることだろう

 

 だが気まずいのは早坂とて同じ。どう弁明すべきか。どう話を切り出せばよいのか。彼女にしては珍しく言葉に迷っていた。

 

 沈黙を破ったのは白銀から。意を決したように口を開く

 

「……結局、ハーサカさんでいいんだよな?」

 

「もう、確証は得ているのでしょう?私の正体も……」

 

 もはや言い逃れができるとは思っていなかった。まして、相手があの白銀御幸ならば、だ

 小さなため息の後、白銀へと向き直り。着崩した制服姿には到底似つかわしくない恭しい所作でお辞儀をする早坂。

 

「改めまして。四宮家使用人の早坂愛と申します。かぐや様には専属侍従として。円満な学園生活をお送りいただけるよう、奉公させていただいています」

 

「……なるほど、それで…。色々と氷解した」

 

 はじめ驚きの表情を浮かべていた白銀だが、流石の聡明さと言うべきか。静かに目を閉じ、納得したように頷く。

 

 なぜ四宮のメイドが秀知院の生徒に化けているのか。

 その上で、なぜそんなおちゃらけた格好をして。四宮との関係をひた隠しにしているのか。

 それらの理由についても、彼の頭の中では既に結論が導き出されているのだろう。

 

 ただ一点、疑問を残すとすれば……

 

「先に訂正させていただきますが、私が『ハーサカ』として貴方に近づいたのは、私個人の意志によるものです。

 生徒会という狭い枠の中とはいえ、貴方がかぐや様の上に就く者として相応しい人物たるか……『四宮』に仕えるものとして見定めさせて頂きました」

 

 浮かべるのは四宮家仕様人としての厳しい表情。

 いかに正体を見破られようとも、全てを明かすつもりなど毛頭ない。主人が守りたい秘密はその身に変えても隠し通すのが侍従の務めだ。

 

 白銀とかぐやの間で行われる恋愛頭脳戦。早坂がハーサカを演じて白銀に言いよったのも、結局はその延長によるものだった。

 幾度も交際のチャンスを得ていながら、いつまでたっても会長を落とせない かぐや。ならば、早坂になら会長を落とすことができるのか、と。

 

 ……だがその事実を明かすことは、白銀に四宮かぐやの恋情を明かすことにも繋がる。

 

 や。ぶっちゃけ周りから見ればお互いの気持ちなどバレバレであるし、いつまで経っても頑なに素直になろうとしない彼らには内心どうしようもないと思っている。

 

 だがそれでも、己が犯したミスにより戦いの決着がつくことだけは、良しとはしなかった。

 かぐやの。そして早坂自身のプライドが許さなかったのだ。

 

「じゃあ…。こっぴどく振られて傷ついたというのも……」

 

「嘘です。いえ、振られたという事実には少し傷つきましたが……主に自尊心が。

 その……申し訳ございませんでした」

 

 ぐっと渋い顔を浮かべる白銀に、素直に頭を下げる早坂。

 彼がハーサカをフったことに随分と負い目を感じていることは知っていたし、その気持ちを利用までしたのも確かだ。騙したことを含め、謝りたいという気持ちは本心だった。

 

「ですから、その、私が言えた義理ではないのですが。……もう会長さんが気負う必要はないんです。

 あれは全部演技だったのですから。ハーサカという人間も、最初から何処にも……」

 

 存在しなかった。そう続く言葉を、早坂は詰まらせてしまった。

 

 ただそう言ってしまうこと。認めてしまうことが、また……あの胸奥に走る痛みを強く思い出させたのだ。

 

 

 ふと。キイィィと周囲に響く重い振動音に空を見上げる。遥か上空には真っ白な尾を引き駆けていく飛行機の姿があった

 

 

「ーーーそれで」

 

「?」

 

「ソレが、前に君が言っていた『本当の私』なのか」

 

 

 静かに息を飲む。

 

 彼が、あの夜の言葉を覚えていたことに、ではない。

 

 ああ……そうか。そう納得してもらうことも出来るのか、と。

 

 

 今 浮かべる侍従としての顔は、会長に初めて見せるものであり。今迄の嘘を明かした姿でもある。

 ならば彼にとっては、今見せている顔こそが『本当の私』なのだろう。

 

『演じない私の方がいいって言ってたよね

  だったらーーー本当の私を見せてあげる』

 

 あの日、言い果たせなかった告白。

 会長の想像を絶する歌唱力の低さ……いいや。彼がマイクを持つと性格が変わるタイプであることを見抜けなかった失策か。

 手痛い反撃をくらい、曖昧な形で終わってしまったが、今となってみれば、それで良かったとも思っている。

 

 合コンという慣れないの空気にあてられていたのか。

 早坂は主人の命令を逸脱して会長に迫り。

 会長もまた、昔から歌うことを抑圧されてきた反動か。普通に人前で歌えるようになった喜びに、少なくともまだ苦手なラップに挑戦しようとしてしまうくらいには舞い上がっていたのだろう。

 

 そう………お互いに浮かれていたのだ。

 

 だから、この話も、これで終わらせるべきだと。

 

 

(……ただ、そうだ、と頷けばいい)

 

 

 演じればいい。いつもと同じように、心に蓋をして

 

 ……それなのに

 

 

 

「ーー違いますよ」

「え?」

 

 驚いたように顔を上げる白銀。

 長く白い飛行機雲。空に引かれた白線はしかし、いつ迄も形を留めてはいない。

 輪郭は徐々に曖昧になり、周囲の青色へ溶けていく。

 夕日に照らされる早坂の表情は、不思議と憂いとも寂しさとも云えぬ不思議な色を帯びていた。

 

 

「……今の貴方に、私はどう映りますか?演技を、しているように見えますか?」

 

「……まあ、そうだな。少しだけ」

 

「でしたら……そういうことなのでしょう」

 

 早坂は云う。四宮の従者を演じる自分も、『本当の私』ではない。数ある仮面の中の一つでしかしないのだと

 

「どういうことだ?演じているなら、自分で分かるものじゃないのか?」

 

「--演技の根幹は、その役になりきること。己を隠し。記憶を騙し。心から別人に変わらなければ真に迫る説得力(リアリティ)は生まれない。

 ……けれど。そうして己を偽っていくうちに段々と、自分の本心が分からなくなっていくんです」

 

 どこか哀しさの混じる笑み浮かべる早坂。その姿は、白銀が今迄に会ったどの『彼女』とも違って見えた。

 

「胸に抱く思いの丈が大きくなるほどに、境界はより曖昧になっていく。

 この想いは本心からくるものなのか。仮初めの感情が作り出した虚構でしか無いのか……薄れいく自己に、時折、自分の心さえ見失いそうになる」

 

 

 そう。それは、今も。

 

 分からなかった。

 どうして自分は、彼にそんなことを打ち明けているのか。

 

 あの夜のことだってそう。

 彼を落とそうというのなら……演じなければ愛されないというのなら。

 何故私は、ありのままの姿を彼に明かそうとしたのか。

 

 

 

 演じない方が良いと言ってくれた人だから?

 

 氷のようだった主人を変えてくれた人だから?

 

 

 

 ーーーそれはきっと、正しくも違う

 

 

「人は演じなければ愛されない。それは紛れも無い本心です。

 逆を言えば、『本当の私』というのは、それほど取るに足らない存在なんです。

 強く見せなければ……良く演じなければ、誰も振り向いてくれないほどに」

 

 

 ただ、そう。思ったのだ

 

 私と彼はーーー

 

 

「それでも……そんな私でも。貴方は『本当の私』が良いと言ってくれますか?」

 

 

 

 

 

 

 

「早坂ぁ!」

 

 バァン!と。乱暴な音で開かれる屋上入り口の扉。

 驚き振り返れば、そこには四宮かぐやが珍しくも息を荒げた様子で仁王立っていた。

 

 

「し、四宮?」

 

「会長!?」

 

 

 思わぬ人物がいることに驚いたのか、恥ずかしげには身なりを整える四宮。

 だが、白銀の側に早坂が立っているのに認めるや否や、張り付いたような笑顔を浮かべながらツカツカと歩み寄ってくる。

 

 

「お取り込み中のところ申し訳ありません、会長。少し彼女……早坂をお借りしていってもよろしいでしょうか?」

 

 花の咲くようような笑顔を浮かべながら、ゴゴゴゴと有無を言わさぬオーラを纒い微笑みかけてくる四宮。

 可愛い。だからこそ怖い。

 

「あー……わかりました。白銀会長もよろしいですね」

 

 気がつけば、早坂の表情は使用人としてのソレに戻っており、どこか白けた瞳で白銀に「合わせて」と目配せしてくる。

 

「む…あ、ああ……」

 

「では失礼します」

 

 そのまま四宮に背中を押され、せかせかと屋上を後にする早坂達。

 遠くなっていく二人の後ろ姿を、白銀はただ呆然と見送ることしかできず、手にはコーヒー缶の温もりが残滓のように残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーへ?会長の誤解を解いていた?」

 

 再三の呼び出しにも応えず、会長と屋上で何をしたのかと。怒り心頭の顔で詰め寄ってきた主人に、早坂はシレっとそう返した。

 

 

「そうですよ。ハーサカであることがバレそうになって……詰め寄って来る会長さんの誤解を解こうと身動き出来ずにいたんです。

 ……そもそもの話。かぐや様が私を合コンなんかに送らなければこんな事には――」

 

「そ、そんな……でも侍従であることは隠し通せたのよね?」

 

「……いいえ。あそこでかぐや様が出張って来ちゃったから、もう確実にバレたと思います」

 

「な――っ!?」

 

 

 羞恥と絶望に染まる主人の顔を、猫のような細く冷ややかな瞳で見下ろす早坂。

 

 実際には、ハーサカである事実はかぐやが顔を出す以前からバレていたのだが、非難を上手く躱すためにも敢えて口に出さない。

 主人への不敬を責められそうなものだが、正直、怒っているのは早坂も同じだった。

 

 人が散々思い悩んだ末。意を決し、今度こそはと本心を明かそうとしていたら、またしても邪魔に入られてしまったのだから。

 

 

「大丈夫ですよ。かぐや様が会長を好きだってことは明かしてませんから」

 

「好っーー!?誰が好きだなんて言いましたか!私は会長を人間として尊敬しているだけであってーーー」

 

「………はぁ…」

 

 

 もう何度聞いたかも分からぬ言い問答に、ため息を零し窓の外を眺める早坂。

 沈んでいく夕日に、今日という一日を想い返す。

 

 

 

(結局……また明かせなかった)

 

 行き場を失った想いの波。半端に開け放たれた心が寒さに震えるように、胸奥に牴牾しさが広がっていく。

 

 早坂の存在が会長にバレたことで、互いの関係もまた変わっていくだろう。

 もう、ハーサカの顔を使うことはできない。学園の外、他校の女性徒として会うことも叶わないだろう。

 心馳せの深い会長のことだ。変にお互いを知ってしまった仲、わだかまりが生まれぬよう。私の業務に支障が生じぬよう、距離を置くようになるかもしれない。

 それを残念と思ってしまうのは……早坂とハーサカ、どちらの想いなのか

 

 

 

(けれど、わかったこともある)

 

 

 何故自分が、彼に。

 

 

 白銀御行にだけ、本心を明かそうとしたのか

 

 

 

 

 

(似ているんだ……会長と私は)

 

 

 

 

 

 だからこそ、私は彼を赦せないのだ

 

 

 

 

 

 

 

 ■本日の勝敗□ 

 

 『早坂の敗北』 会長に本心を明かすことができなかったため

 

 ■□

 

 

 

 

 

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