「ゆかりさん、実はこの部屋でペットを飼おうかと思ってるんですよ」
ペット。もふもふだったりさらさらだったりして飼い主を癒してくれる動物達。
私自身、ペットショップので彼らを見かけると、ふらふらと引き寄せられ、ついつい時間が経つのも忘れて見入ってしまう時がある。
きりちゃんも年頃の少女だし、かわいい動物達に触れ合いたいと思ってもなんら不思議でもないことだろう。うん、とっても良い案だと思う。この部屋なら私も一緒に遊べるだろうし。
それで、何の動物を飼うつもりなのだろうか。
「凄い目がキラキラしてますね...えっと、それで迷っているので参考に聞きたいんですが、ゆかりさんは猫派ですか?犬派ですか?」
なるほど。割とスタンダートな2つの選択肢までは絞っているらしい。他の人なら悩む判断だろうが......一緒に散歩したり、家で戯れたり様々な妄想...じゃなくて、シミュレーションをしている私ならば即答できる。犬だ。
様々な要因を考慮する必要があるが、一番は構っても邪険にされなさそうと言う点が大きい。
Webで見かけた猫の漫画で、飼い猫に冷たくされた飼い主さんに自分を重ねた時は涙目になりそうだった。
いや、もちろん猫には猫のかわいさが......でも犬のモフモフとか、健気さはそれに匹敵、あるいは凌駕.......それに芸を教えるのもロマンがあって.......あと、犬種は柴犬が超おすすめで...........
「あっ、はい。...まあ、それなら犬にしましょうか。」
話しの途中だったが、速攻で私の案を採用してくれるきりちゃんに嬉しさよりも不安を感じる。
...私の意見で判断してしまって良いのだろうか?それにきちんと家族に了承を得ているのだろうか?私だってペットを飼いたいと思っても、家に人があまりいない我が家では諦めざるを得なかった経緯がある。きりちゃんは小学生だ。家族の了承は必須だろう。
「そこは大丈夫です。そもそもずん姉さま発案ですから。それに、ゆかりさんはこの部屋の主も同然じゃないですか。私は幼いですし、つまりはペットの筆頭飼い主でもあるわけで、意見を尊重するのは当たり前です。」
その理屈はおかしい。前提の段階から。
...まあいいや。ずん子さんなら家族に根回しはすんでいるのだろう。何かそういうの得意そうだし。それに、きりちゃんも初めてのペットで色々不安だろうし、私が多少の責任を持つ程度ならやぶさかではない。
...それに飼い主ともなれば、公然とモフモフできるだろうし。
「それじゃあ、これに名前を書いて下さい。」
きりちゃんが取り出したのはドックタグ。飼い主とペットの名前、それと住所と電話番号の欄があるプレートで、ペットが迷子になった時でも見つけてくれた人から連絡が来るかもしれない、そんなペット用品だ。
気が早すぎないだろうか。まだ肝心のペットもいないのに......と言う言葉は、《既に飼い主欄に私の名前が鉛筆で下書きされたドックタグ》と《きりちゃんのきらきらした瞳》を見たら口から出なかった。ペットを楽しみにする気持ちは分かる。すごい分かる。うん。
まあ、わざわざこの表情を曇らせることも無いかと、渡された油性ペンで飼い主欄に名前を書き、ドックタグを手渡す。ペットの首輪に生涯つけるものだ。かなり丁寧に、心をこめて名前を書いた。
この次は《飼い主欄》にきりちゃんの名前も書いてもらって、やってくる犬の名前の話題で盛り上がるのもいいかもしれない。
あれ?...と渡した後に気づく。
下書き通りに名前を書いたけど、きりちゃんの名前を書くスペースが《飼い主欄》にほとんど無いと言うことに。いくら筆頭飼い主?とやらでも私だけ名前を書くのは悪い気が......何て考えていると、
「はい、それじゃ...」
きりちゃんは受け取ったドックタグの《ペットの名前欄》に《東北きりたん》と書き、下書きを消し、そのままポケットから出した首輪にドックタグを繋げ、何故か自分の首につけた。
さらに頭に犬耳付きなカチューシャをつけ、私の瞳をまっすぐ見て告げる。
「これからよろしくお願いしますね。ゆかりさ...ご主人様?」
犬耳と首輪をつけてかわいく変身し、ポーズを決めるきりちゃん。
...なるほど。私はペットへの欲求に目がくらみ、罠にかかったらしい。
私はにっこり笑い、首輪に手を伸ばす。そのまま外してしまおうとしたが、
「わー。早速構ってくれるんですね。ご主人さまー。ちょー嬉しいですぅ。」
同じくにっこり笑顔なきりちゃんの両手に阻まれ、レスリングのように手を組み合う形に。
何その棒読みっぽい話し方は...それにペットのつもりなら、飼い主の言うことを聞くべきじゃないかな?
だからきりちゃん、私を社会的に抹殺しようとするのはやめようね。
「残念ながらペットになったばかりで躾不足です。きちんと調教すれば、盲目的に言うことを聞くお利口さんになりますよ?それに安心してください。社会的に死んでも東北家で受け入れますので。」
目を伏せ残念そうな表情の後、不敵に笑い出すきりちゃん。
やめて、今のやばい格好で調教とか、やばいセリフを口にしないで。それとそのセーフティネットは使ったら最期、絡め取られて一生抜け出せないやつだ。
と言うか、魔法でブーストでもしてるのか、きりちゃんの、力が......かなり強い。
くっ...このっ.......
少女格闘中
数分に及ぶ格闘と説得のすえ、何とか私の直筆サインが入った犯罪の決定的な証拠...ドックタグは渡してもらうことができた。冤罪なのに、決定的な証拠とは如何に。
でも引き換えに今日この後は、きりちゃんのワンワンプレ...ごっこ遊びに付き合うことに。
どうしてこうなった...と言う最近良く思う疑問は、《きりちゃんと仲良くしてるから》と言う大元の原因にたどり着いてはいる。
でも今更きりちゃんとの関係を切ることなんて考えられない私には、原因が分かってもどうしようもないのだが。
......まあ、いいや。見方を変えれば、《小学生のおままごとに付き合ってあげる優しい年上のお姉さん》的な構図になるし。健全健全。
「ゆかりさん、そんな胡乱げな目で見て、どうかしました?あっもしかして、ゆかりさんはペットに服を着せないタイプですか?それなら...」
...健全とはいったい。
イソイソと躊躇なく服を脱ごうとするきりちゃんを止めるべく、とりあえずいつものように頭をなでて、《私はペットに服を着せるタイプ》と私自身、初耳な情報が私の口から発せられた。
...でも相変わらず、さらさらな髪に加え、いつもはない犬耳(ずん子さん作。実際に感覚があるらしく、ぴょこぴょこ動いている)は最高にさわり心地が良く、もっと強く撫で回したい欲求が生まれる。
「んっ...そうですか。んぅ......ご主人様。今私は犬なんですから、撫でる力はもう少し強めにお願いします。」
考えを見透かされたような言葉に一瞬手が止まるが、要望どおりに強めに撫でてあげる。整った髪が少しだけ乱れてしまうが、気持ちよさげなきりちゃん。
何だろう、綺麗に積もった雪面に足跡をつけているような充足感が......これ以上考えるのはダメだ。何か戻れなくなりそう。
「わんっ!!」
無心で撫でていること数分。今度はお手をしたいと要望を受けたので命令してみると、きらきらとした瞳で私の手の上に手を重ねられた。その輝いている瞳には《ご褒美》と書いてあった。即物的な所が正直でかわいい。
そのまま、右手にほっぺたを押し付けるようにじゃれついて来る。
何を要求されているのか伝わったので、手を動かしてあげると気持ちよさそうに声を漏らすきりちゃん。
何このかわいい生物。凄いかわいいんだけ...無心。そう、無心にならなくては。
「んっんぐ...えへへ美味しかったです。」
私の手のひらに載せたお菓子を食べるきりちゃん。やばいかわいい。...えっと、さっきまで何を必死に考えてたんだっけ?
...ああ、そうだ。きちんと待てができて、とっても良い子な飼い犬には、きちんとご褒美をあげなくちゃ。飼い主として当然の義務だ。
普段触らない首の後ろや、人獣両方の耳など、触ってあげると体の力が抜け、リラックスしてくれることが分かった。
ただ、敏感な部分みたいなので、やさしく触ってあげる。健気に命令を聞いてくれる飼い犬の気持ちに答えたくて、撫で方を工夫し、撫でる範囲を広げ、撫でる動作にも気持ちがこもる。
「マーキング...です。はぐっ...次は、左手ですからね。待っててください。」
私の右手は、きりちゃんに両手で押さえ込まれ、はぐはぐと甘噛みされていた。痛みは無く、跡も残らなさそうだが指一本づつの丁寧さと、そして必死にマーキングをする姿は堪らない愛おしさを感じてしまう。こんなに慕ってくれるなんて...なんて理想的なペットなのだろう。
「ご、主人...様。」
犬は急所でもあるお腹を見せることで、服従の意思を伝えるらしい。だからそんな時は、きちんとお腹に触れて、上下関係を教えてあげなくてはいけない。
ベットに仰向けになり、瞳を揺らしながら見上げるきりちゃんを見下ろし、私は...
ぁ......こんなペットなら、ずっと飼っても、いい、かも...しれな、い.......
「むふふ、堪能しました。満足です!!」
むふーっと鼻息荒く告げるきりちゃんは、犬耳と首輪をようやっと外してくれた。
従順なきりちゃんは、すっごいかわいかったし、めでるのも楽しくて、さわり心地もよかった。自分が何やってるのかよく分からなくなるまで、私も堪能してしまった。何だか意識がまだぼーっとしてる。
...まあ、色々危なかったが、自制すべき所はきちんと自制したし、乗り切った後では楽しい思い出の一部と言えなくもない。特に最期なんて危なく思わずお腹に足を...いや、これ以上考えるのはやめよう。
思いとどまって手でお腹を撫でるだけにしたし...うん。きちんと自制できてるから問題ないはずだ。
そんな風に自己暗示をしていたら、いつのまにか犬耳カチューシャと首輪を、私は付けられていた。
...あれ?きりちゃん?
「ゆかりさん。昔の偉い人は言いました。相手の立場になって物事を見ると、視野が広がると...」
その偉い人とやらも、ペットと飼い主の立場は考慮にいれてなかったと思う。
「ゆかりさん。今夜は、付き合ってくれるって言いましたよね?特にどっちがペット役なんて決めてなかったし...交代です。
それにゆかりさん、何だかんだで結構楽しんでいましたし、自分だけ飼い主をして終わるなんて...フェアじゃないと思いません?」
口元は笑っているが、ジッと見つめる瞳は笑っていない。そんな瞳に覗き込まれる。...あっこれ、抵抗できないやつだ。
察してしまった私に、ゆっくりと《ご主人様》の手が近づいて...
この日以降、私ときりちゃんは《お手》と互いに言い会うと、反射的に相手に手を出してしまう...謎の後遺症にさらされることとなる。