八の字でゆっくり滑っているゆかりさんを想像したら、何か幸せになりました。
きりたんが先導して同じように滑っていれば、なお良しです。
「ゆかりさん、来月の中旬この日から一泊で一緒にスキーに行きませんか?」
きりちゃんを抱えるようにコタツに座りまったりしていると、きりちゃんは私が渡した予定帳を指差してスキーの話題を切り出してきた。
スキーか、誘ってくれるのはありがたいけど機会が無く滑った経験が無かったりする。
「えっ、ゆかりさんスキー初めてなんですか?...いえ、なんだか大抵のことをソツ無くこなしそうなんで意外と言うかなんというか」
何だかきりちゃんの中で、私に対するハードルが変に高いような気がする。
期待してくれるのはありがたいけど、ふとした拍子に現実とのギャップにガッカリとかされたら嫌だなぁ。
「あっダメダメなゆかりさんも、それはそれでかわいいと思うので大丈夫です。」
それはそれで微妙なんだけど。
「それにしてもスキー初めてですか。...初めて。ゆかりさんの初めて......それなら私が手取り足取り...密着して.....くんずほぐれず.......ぐふふ。」
小学生と言う現実設定に疑問が生じるレベルの下卑た笑い。これはひどい。
「...こほん、ゆかりさん。私が!このきりたんが!!教えてさしあげましょう!!!」
私のジト目に気づき、咳払いで仕切り直したつもりのきりちゃん。
教えてくれるのはスキーだけだよね?
キラキラと透き通った瞳になクセに、欲望丸出しな様子に不安しか感じ無いんだけど...まあ教えてもらうのはとても助かるし、多少は目をつぶるべきなのかも知れない。
でも、きりちゃんは滑れるんだ。やっぱり東北地方出身だとスキーをする機会が多いのかな?
「はい。東北地方の冬は降雪量が多く、場合によってはスキーの移動でしか身動きができない状況もあるので、生きていくために必要で......」
小学五年生が話すには割とシビアな世界が垣間見えた。続きが気になる所なのだが、このまま話し続けるとまた東北の知られざる一面(※ずんだ餅な話参照)を知ってSAN値チェックするはめになりそうだったので話しを切り上げ、別の話題をふる。
探索者には必須のコミュニケーションスキルだ。
テレビとかで見たことあるけど、リフトとかも転ばずに乗れるかちょっと不安なんだよね。
「ああ、確かに初心者は経験者に肩とか貸して貰うほうが安心かもですね。それでも不安でしたら...魔法でパワーアップした私が、ゆかりさんをお姫様抱っこして滑りましょうか?」
小学生に担がれてのスキー、シュールすぎる。それ何が楽しいの...
「ゆかりさんに頼られて、ゆかりさんと一緒の景色を見て、ゆかりさんとぎゅーっとする...全部楽しくて、幸せになっちゃいます!」
...うん。
今が向かい合わせじゃなくて良かった。まったく、きりちゃんは本当に...もう。
それなら別に、スキーに行かなくても幸せなんじゃないかな?と照れ隠し半分で、きりちゃんを後ろから抱きしめている腕に力をこめ、ほっぺたをくっつけてみる。
「はい!なので今も幸せの真っ最中です!!」
まわした腕を捕獲され、ほっぺもぎゅうぎゅう押し返された。......まあ私も幸せだから良いか。
「くふふ...ところでゆかりさん。ちょっとお顔を拝見してもよろしいですか?私のユカリンアンテナがビンビンに反応してるんです。絶対今、超絶かわいいお顔ですよね。」
何その意味不明なアンテナ。
きりちゃんが体を離してこちらを向こうとするのを、そうはさせじとぎゅーぎゅーくっつく私。そんな風に不毛な争いを続けながら、ぬくぬくしていたのが先月のお話な訳で...
話しはスキー当日に続く。
→→スキー当日まで時間経過中→→
「それじゃあ、レッスンを始めましょう。ゆかりさん。」
見渡す限りの雪面に晴れ渡る空。きりちゃん曰くスキー日和らしい。勝手にかなり寒いのだろうと固定概念を持っていたが、そこまででも無いらしい。
きりちゃん...いや今日は教えを請うので、きりたん先生、が選んでくれた(お揃いの)スキーウェアのおかげだろう。
「先生...えへへ。」
...かわいいなぁ。
無意識に撫でていた右手は、手袋と帽子に阻まれ、サラサラな髪に届いていない。
いつもと違う感触に物足りなさを感じ、手袋を外そうか悩んでいると葛藤を悟られてしまったらしく、きりちゃんに寒いから外しちゃダメですよと注意を受けた。
図星を突かれて少しびっくりしたが素直に頷いておく。今日はきりたんが先生だし、従わないと。
なんてやりとりをしてると、気づいたら一緒に来ていたずん子さん達はさっさとリフトに乗って滑りに行ってしまっていた。
元々別行動の予定とは言え何も言わずに行ってしまうなんて薄情な。
(※注 結界発動中は周りの声が聞こえにくくなります)
「それでは、まずはスキー板の装着からですね。スキー板を担いで歩く時や、転んだ時とか割と簡単に外れるので、また装着する時は靴側の雪を取り除いて踵から勢いをつけて金具を踏めば再度つけることができます」
講義が始まった。
何だろう。普段とのギャップでかっこよく見える。...知らない間に娘が成長していたことに気づく親の気持ちってこんなんだろうか。
...うん。
何だかんだ言ってきりちゃんは真面目で、とっても良い子だ。信頼だってしてるし、今日はきちんと教わろう。
「次にストックを使って平面を進む方法ですね。リフトを乗る時も使います。慣れると使わないでも進めますが、最初は使えるものは使った方が安定します。」
スティックを雪面に差して体を押し出すように力を入れると前に滑って進んだ。平面だからすぐに止まってしまうが。
「最後にブレーキの方法ですね。スキー板を八の字にすれば止まります。そのまま体を傾ければカーブします。では実際に、そこのなだらかな斜面を蟹歩きで上って、何度か試して見ましょう。」
なるほど。
...あれ、最後ってことはこれで講義終了?
「はい。後は滑ってなれたほうが早いです。そのために初心者コースがあったりしますからね。て言うか、ゆかりさんの運動センスはずば抜けてるので超級者コースにいきなり送り出しても臨機応変に何とかすると思ってます。」
なるほど。
...いや、だからハードル高いって。
「後は人同士の接触に気をつけて下さい。どっちかって言うとスノボーですが、上級者でも人同士の接触で危なくなる前に自分で倒れて回避する場面は多々ありますから。...たまに周りを見ずに突っ込んでくるDQNがスノボ・スキー問わずいますが、そういう奴は近づく前に私が吹っ飛ばしちゃうので安心してくださいね。」
話を聞きながら、きりちゃんの冗談に笑いが漏れてしまう。
「このために新魔法《詠唱破棄きりたん砲》をマスターしてきたので。」
きりちゃんのにっこり笑って細められた瞳は、本気の色が滲んでいた。私に向けられた目でないとしても、私の笑顔は引きつってしまった。
「大丈夫です。非殺傷ですから、ちょっとお空に吹っ飛んでもらうだけですよ。...県をまたいで」
きりちゃんの目、養豚場のブタでも見るかのように冷たい目だ。残酷な目だ...
かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのねって、かんじの...
「ゆかりさん?ちゃんと話を聞いてください。教える身として困ります。」
あっ、はい。
その後、基本を終えた私は、午前中に一度だけ初心者コースに進むことができた。
「こっちです!ここまで同じように滑って下さい!」
その小さな体で精一杯手を挙げ主張するきりちゃんまで、同じように蛇行して滑る。
風を切る音。
視界を流れる風景。
火照った体に冷たい空気。
きらきらと輝く真っ白な雪面。
私の大切な親友兼、妹兼、コーチのおかげで、初めてのスキーはとても楽しい思い出となった。
「むっ、敵影接近!きりたん砲一斉掃し...むぐむぐ」
そんな大切な家族は、少々過保護な所がたまにキズなのだが。きりたんの口を抑えながらそんな事を思った。