楽しんでいただければ幸いです。
ーー終局特異点、又の名を冠位時間神殿ソロモン。
「憐憫」の理を持つ第一の獣。
ビーストⅠとも呼称されるその男は、名をゲーティアと言った。
倒れ伏し、薄れゆく意識の中でゲーティアはぼんやりと考えた。
先程自分を倒してカルデアに帰還していった男。
人類最後のマスター、藤丸立香について。
なぜ、勝てなかったのだろうか?
七十二柱の魔神柱が、いたというのに。
人類史全てを熱量に変換した、第三宝具があったというのに。
「時間神殿ソロモン」として確立させた、固有結界があったのに。
何よりも、私は正しいはずであったのに。
魔神柱達の力が足りなかったからだろうか?
ーー否。あれらはソロモンの使い魔。力不足であるはずがない。
第三宝具の火力が足りなかったのだろうか?
ーー否。人類史その物とも言えるような物だ。あれ以上の火力など存在しまい。
固有結界が上手く作動しなかったのだろうか?
ーー否。自身の状態について不具合など一切感じることはなかった。
ならば、私が、間違っていたのだろうか?
ーー否、否!断じて否だ!私は私の正しいと思うことをした!それに後悔などしていないし、ましてや私が間違っているなどと誰が言えるだろうか!
魔神王としてのゲーティアは敗れ、人として誕生できた人王ゲーティアも敗れた。
宝具、魔力、尊厳、理想。
自らの持ちうる殆どを失ったゲーティアが次に失うのがその命であることは、誰の目から見ても明らかであった。
ゲーティアの体から、だんだん力が抜けていく。
視界もボヤけ、体の感覚も抜けていくようだった。
そんな状況の中、ゲーティアの脳裏に浮かんだのは、走馬灯でもソロモンの生前の記憶でもなかった。
ゲーティアの脳裏に浮かび上がったのは、大盾と高潔な心を持つ、スミレ色の髪の少女だった。
だんだん薄れていく意識の中で、それでもゲーティアは考える。
なぜあの少女、マシュ・キリエライトが神の権能にも等しい自分の宝具を受け止められたのか。
彼女が持っていたのは、英雄王の乖離剣でもインド神話の英雄たちの宇宙を焼き尽くす宝具でもない。
ただの盾一つ。
魂が高潔であれば砕けない。
ただそれだけの機能しか持たない、自分から見れば塵に等しいようなガラクタ。
そんな物で、どうして彼女は人理を熱量とする第三宝具に耐えられたのだろうか。
いや、彼女は第三宝具に耐えられたわけではない。第一宝具に触れた時点で彼女の身体は蒸発したはずだ。
ならば、ならばなぜ、あの盾はそこにあり続けたのだろうか。
思考もままならないような状況でも、あの光景は鮮明に目に浮かぶ。
第三宝具「誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの」を放ち、藤丸立香ともどもマシュ・キリエライトを消し去ったと確信していた。
そんな中でなお、彼女の盾は、主を失っても藤丸立香を守り続けていた。
彼女の高潔な心は、彼女が死んでも残り続けたのだろうか?
あの時、自分の目には、確かに蒸発したはずのマシュ・キリエライトが盾を構えているのが見えた。
何故だろうか?
彼女の気迫が凄まじかったから?
彼女が深く自分の印象に残ったから?
盾を見るだけで彼女のことを思い出してしまうほどに彼女が厄介な存在だったから?
いや、どれも違うだろう。
あの時、確かにあの場所で、藤丸立香とマシュ・キリエライトは私を超えたのだろう。
幾億もの光線を、たった一つの絆で。
なんだろうか、この感情は。
彼らのことを考えると口元に笑みが浮かんでしまう。
死ぬ間際だというのに、どうしても心に彼らの笑い合う姿以外が浮かんでこない。
屈辱?
違う。
憎悪?
違う。
戦闘欲?
違う。
……ああ、そうか。
この感情は、羨望か。
羨ましかった。
お互いにお互いさえいればいいと思い、相手のためなら命さえも捨てて見せる。
何が起こったあとでも二人で笑い合うその関係が、羨ましかったのだ。
そこまで考えたところで、自分の寝転んでいる地面が割れた。
体が、神殿の下へと落ちていく。
どこまで落ちるのだろうか。
おそらく、どこまでも落ちるのだろう。
この薄暗い虚数空間の中で、たった一人で。
そう考えたとたん、いきなり心が締め付けられた。
何故だろうか。
どうせ自分は死ぬのだ。一人でいても何人でいても変わらないだろう。
…いや、これは、この感情は、「寂しさ」か。
ああ、確かに寂しい。
七十二柱の魔神柱もおらず、ましてや藤丸立花にとってのマシュ・キリエライトのような関係の相手など存在しない。
そして、もう、人間の営みを見ることはできなくなってしまうのか。
ああ、それは嫌だ。
それは、嫌だな。
だが、仕方のないことなのだろう。
私は、負けたのだから。
それでも、もしも欲を言うならば。
少しだけ、少しだけでも、人と過ごしてみたかった。
ーーおお、いいじゃねーか。ゲーティアさんよ。
そんなふざけた、身震いしたくなるような声が、聞こえた気がした。
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意識が、沈む沈んで沈んで沈んで沈んで、遂に、浮き上がった。
突然開けた自分の視界。
その中に映る物、その全てが理解不能で。
「は?」
ゲーティアは、呆けた声を上げるのだった。