転生したから主人公ハーレムを見届けるつもりだったんだが 作:roll
夏の夜は好きだ。涼しくて、なにも考えずに近所を散歩しているととても気持ちがいい。それに比べて夏の昼というのは、どうにも苦手だ。運動するにも勉強するにも、出掛けるにしてもやる気が起きない。もちろん学校なんて行きたくもない。だがそんな地獄の日々も昨日で終わったのだ。
今日から夢の夏休み。宿題という地獄は残っているものの、我々学生にとっては最高の長期休暇である。
だがこの日は、夏休みの始まりという他にもう一つ重大なことがある。そう、原作入りだ。
今夜、物語は動き出すんだ。
「月が綺麗だな…」
「それは告白なの?」
「違うわバカ」
まあ、カッコつけたものの、今のところ異常なし。予想を外したとも考えたが、まだ夜は始まったばかりだ。今日も今日とて、保護者のように俺に引っ付き回っている八坂が後ろにいるのだが、問題ない。妖怪が来れば八坂を優先的に殺らせればいい。完璧。な筈だ。多分。
「そういえば、前回の一緒に見廻りした後の事なんだけど、滝川先輩が家に来なかった?」
「あぁー…そういや来てたな」
こいつ…嫌なことを思い出させてくれやがる。俺があのあとどんな思いで先輩が作ったダークマター処理したと思っている。不味そうに食ったら先輩に悪いから頑張ってポーカーフェイスで乗り越えたんだぞ。
「なんでアンタが知ってんだ?」
「やっぱり…注意しておかなければ」
「おおう、俺からも頼むわ」
そろそろ胃がおかしくなるやも知れん。
「ねぇ、楓…」
「ん、どした?」
八坂が、急にモジモジと動きながら、話し掛けてくる。なにやら今日は落ち着きが無いようだ。どうしたというのだろう。無駄が嫌いな八坂にしては、このようなことは珍しい。
「――!…八坂、話は後でいいな?」
現れた。2時の方向と9時の方向に5体ずつ。妖怪だ。妖怪という存在は独特な空気を纏っている。近くに現れるとその空気を感じとり関知できるよう陰陽師は真っ先に訓練されるのだ。
「襲われてる住人は?」
八坂は身体強化の呪符を懐から取り出し、強化を施す。呪符と呼ばれるのは陰陽師の武器で、人より強い力を持つ妖怪に対抗するための手段だ。種類は多種多様なのだが、俺と八坂は基本的に強化系統の呪符を好んで使う。
聴覚強化の呪符を使って辺りに耳を済ませると、荒い息づかいと靴で走る音が聞こえる。その10数メートル後ろには妖怪の足音も確認できる。
「2時の方向に一人。俺は9時の方向に向かう」
「了解」
刹那、八坂が消えた。正確に言えば、目にも止まらぬスピードで向かった、だが。
おそらく、襲われているのは主人公だろう。ここでしっかり八坂に救出させて正しい原作入りをしよう。
まあ、その前に自分の仕事を先に終わらせるとしよう。
**
「災難だったなぁ、アンタ」
暗い夜の住宅街。明かりは少ないが、隣を歩く男の疲れきった表情を見ることぐらいは出来た。
「ああ、全くだ…」
彼は主人公、『五十嵐隆人』。めでたく陰陽師の世界に足を踏み入れた彼を俺は家まで送っていっている。本来ならば、八坂がやるべきこと、というか八坂にやってほしいことなんだが支部長のオッサンの『若い男女を一緒に帰らせるのは…ねえ?ほら、八坂君的にも、佐久間君的にもさ』の言葉で断念した。どう言うことだよ俺の時とは対応違うじゃねぇか、とも言おうとしたが、あれでも立派な上司。歯向かうのは良くない。
それはそれとして、最後まで八坂の言葉の続きを聞いてやれなかったがどうしようか。最近のアイツは感情が表に出るようになったので、怒るときは怒るのでしっかり謝っておいた方が良いだろう。
「それで、どうだ?」
「…なにが?」
「八坂だよ、アンタを助けた女。第一印象は?」
「まあ…美人だなってぐらいか」
「だよなあ」
初対面の反応にしては上々だ。まあ、俺が何かしなくてもコイツは勝手にハーレム作り上げていくだろうからいいんだが。
「けど、イマイチ実感がわかないんだよな」
「ああ…最初はそんなもんだよ」
そう、誰だってそうだ。創作物の中でしか見たことの無い妖怪が、実際に存在しているのだ。初めて見た者がそう感じるのは無理もない。俺だってそうだった。
「でも、現実はああいう奴らが普通にいるし、例外はあるが大抵が人に害を為す。順応していかないと着いてこれないぞ」
「そうだな…。と、佐久間。ここでいいよ。それと、助けてくれてありがとう」
どうやら既に家に付いていたようだ。五十嵐は頭を下げた。助けた人からこういう風に感謝されることはあるものの、原作主人公からとなれば話は別のようだ。なんだか少し照れ臭いが、他にも別のことを考えてしまった。
これからの人生、アイツは何度死にかけるだろうか?この度に何度立ち上がるのだろうか?そして何度奇跡を起こすのだろうか?俺には預かり知らぬところではあるが、アイツがその過程でどう成長していくのかを見てみたい。柄にもなくそう思ってしまった。
「さて、俺もそろそろ帰るか…。だがまあ、その前に…」
腰のホルスターからハンドガンを素早く抜いて俺から見て右側にある電柱目掛けて発砲する。一応、消音の呪符は常時掛けているから近隣の住民に気付かれることもないだろう。
それでも着弾した時の音は消せないのだが、何時までたってもその音は鳴らない。
「急に発砲なんて危ないなぁ、佐久間くん。お姉さん悲しいぞ?」
「さっきからこそこそ付いてきてるからでしょうが」
栗色のロブヘアの女性、滝川アヤメが電柱の影から現れて悪態をつく。名字を聞いてわかるように、滝川桜先輩の姉である。同じ年上とはいえ妹の庇護欲をそそる魅力とは違い、大人の魅力を持っている。が、どうも俺を弟のように扱う節があり、少し苦手意識を持っている。
「佐久間くんが男の子を連れて歩いてたからさぁ」
「いや、おかしいだろ。女の子連れてたから不審に思って追ってきたならまだしも、男連れてたから追ってみたってどう言うことだよ」
「だって君、男友達と学外であったりしないでしょ?」
「……まあ、確かにそうですけど」
そうなんですけど、どうしてアンタが俺の交友関係把握してるんですかねぇ…。
謎の情報収集力の高さに恐れおののいている俺を他所に、アヤメさんは鼻歌を歌いながら歩き出した。
こうして、俺は目標の第一歩を踏み出した。やはり主人公とは不思議なもので何か惹かれるものがあるから、問題はないのだろうが。
それよりアヤメさん、そっちは俺の住むマンションの方角なんですが。アンタ、家は逆方向でしょうが。