転生したから主人公ハーレムを見届けるつもりだったんだが 作:roll
夏休みといえば、一般の高校生たちは何を思い浮かべるだろうか。海水浴、夏祭り、肝試し等々。今、俺の頭に浮かぶだけでも多くのイベントがある。普通ならば俺も同じ高校生としてこれらのイベントに参加するのかもしれないが、陰陽師連合に所属しているものとなれば違う。毎年、夏休みのうちの7日間は合宿となる。実際、死ぬほど面倒な行事で、無くなればいいのにとも思ってはいるが、原作入りした今、もちろん五十嵐もこれに参加し、イベントも発生する。細部までは覚えていないが、確か八坂と新ヒロインとフラグを立てる筈だ。それを影からこっそり見る、というのも目的の一つではある。それに、他の支部との交流という目的もあるのだが、それはまあ置いておいて良いだろう。
「おい楓ー、早く来いよ…って、どうしたんだ?」
「車酔いだバカ琢磨…」
陰陽師連合の同僚にして、俺の数少ない男友達である霧島琢磨がハイテンションで話し掛けてくる。元気が有り余っている琢磨に対して三時間の長時間移動で車酔いしてしまった俺はグロッキーだった。空気は澄んでいて、周りの木々は緑に染まって美しいのだろう。だが俺にそれを楽しむ余裕はない。
「お前ホント乗り物に弱いな」
「うっせぇ、山道だったからカーブが多いんだよ」
一般の人間には公に知られていないのだから、しょうがないのだがこんな山奥の秘境の様なところに来なくてもいいんじゃないかなぁ。
「それにしても、今年もこれやるんだな」
「毎年恒例なんだろ…?今さらだな…」
ハッキリ言って訓練は面倒くさい。模擬戦に次ぐ模擬戦は苦痛でしかない。一対一の時ならばまだいい。だが三対三の時なんかはホントに最悪だ。
「でもなぁ…せっかくの夏休みだぜ?」
「そりゃあそうなんだがな…」
「オイ、何やってるんだ?みんな集まってるぞ?」
立ち止まって話していた隙に他の参加者は集まっていたようだ。五十嵐が呼びに来た。よく見れば周りには誰も居なくなっていた。もうそろそろ地獄の合宿が始まるようだ。
「わかった、すぐに行く。お前は戻ってろ」
「いやぁ、それが知り合いが全くいなくて心細いんだよ。一緒に行こうぜ」
「ハハ、そりゃそうだな。じゃあ行くか、五十嵐」
「八坂がいるだろうが」
というか、速く行け、すぐに行け。そもそも何でこんなとこにいんの?
「そんなこと言うなよ佐久間」
「そうそう、なんか冷たくないかぁ?」
「ハァ…分かったよ。さっさと戻るぞ」
無駄に目立つことは避けられないだろうが、今さらでも速く行くに越したことはないだろう。
「あ、それともあれか?俺と二人っきりが良かったわけ?ごめんなぁ、俺そっちの趣味無くて」
「え、お前まさか…」
「お前ら額に風穴空けられたいのか…」
**
そんなこんなで待ちに待った(待ってない)訓練の時間がやって来た。初日の訓練はなんと、俺が一番嫌だった三対三の模擬戦だった。
「では、組み合わせを前に貼り出す。その後はメンバーで集まって5分の作戦会議の後、総当たりで模擬戦を行う」
俺が所属している深山支部と陰陽師連合の総本山である本部を含めた4つの団体で行われるこの合宿のスタートがこの忌々しい訓練だとは驚きだ。大体、この訓練自体にそこまで意味がないのだ。完全くじ引き制で決められたこの3人組に団体の壁はない。もちろん今後全く一緒に仕事をしないであろう人と組むこともある。つまりこの訓練の最大の効果は他団体とのコミュニケーションであろう。コミュ力平均より低めの俺からしたら酷い訓練だ。
まあ、そんなトラウマものの訓練も拒否権は無いのだ。前に歩を進めて組み合わせの確認。探す時間はそれほどかかりはせず、すぐに見つかった。
…やっぱ知り合いはいねぇな。武原一也に、シャルロット・ローレンス、か…。ん?シャルロット・ローレンス、だと…?
「おー、楓はあの女王と一緒か」
いつの間にか隣にいた琢磨にそう言われる。やはり、そのシャルロット・ローレンスか。同じ名前の他人という限りなく低い可能性を信じていたのだが、やはり人生とはそうは行かないようだ。
初めての食い違いだ。何を隠そうこの女王の異名を持つイギリス人陰陽師、シャルロット・ローレンスこそ、今回フラグを立てる筈の五十嵐隆人のハーレムの一人であり、本来俺ではなく五十嵐隆人と3人組を組むはずだった人物なのだ。
「どうしよ…」
「可哀想に…ワガママで有名だぞ、その人」
「実力も伴ってるから質が悪いよなぁ、それ」
本当に勘弁してくれ。どうする?どうにかして変えてもらうか?いや、不可能だろうな。そもそも俺という不純物が混ざっている時点で原作と変わってくることは考えておくべきだった。
「チッ、面倒くさいことこの上ない…。何で俺がこんな目に」
「あら、私になにか不満な点でもあるというのかしら?」
「ああ?そりゃそうだろ。このポジションは俺のモンじゃない」
「何を言っているのかは分からないけれど、ここまで馬鹿にされた経験もないわね」
「お、おい楓…あんま刺激すんなよ…俺はもう行くから」
そう言って怯えた様子の琢磨は走り去っていく。
刺激?刺激とはなんのことだろうか。まあそんなことより今はこの状況からどう五十嵐隆人にシャルロット・ローレンスとフラグを立てさせるかが重要なんだが。
「ねぇ、貴方…」
「うるさいなぁ、こっちは忙しい…って!?」
誰かに声を掛けられ振り向くと俺の目の前には二本の剣。さらにその奥にいるのは金髪碧眼の美女。
「あー、もしかしなくてもアンタがシャルロット・ローレンスさんで?」
「ええそうよ。そういう貴方は佐久間楓ね?これからの訓練、せいぜい私の足を引っ張らないように気を配りなさい」
ああ…これだから、この訓練は嫌いだ。