逆だった。
その世界は、ほんの一瞬だけ蒼かった。
ラピスラズリを散りばめたように。青空が地上にまで侵食したように。
次の瞬間、翻ったかのように世界はモノクロになった。
古い写真を見ているかのようなモノクロは、現実の、庭原 梓の見ている日常の写しのようだ。
この世界で、庭原 梓はモノクロを見ていない(元から白黒だったものを除く)。だと言うのに、初めて見るモノクロは、自分で作り上げたものだった。
さてここで。
庭原 梓が何故現実で殆どのものが白黒に映るのかを覚えているだろうか。
明確な答えは提示されていないが、『光』を失ったから、と言える。
そして、梓は初めてこの世界で『光』を失った。いや、見失った、と言い換えようか。
庭原 梓は見失った。『光』を。その光の正体を、有耶無耶にしたまま。
「僕は、見失ってしまった」
「だから今度は、俺達が」
『私達が、見つけようじゃないか』
「『
だからこそ、カタルパ・ガーデンは――――
□■□
白いパレットに、鉛筆で描いたような、
カタルパ・ガーデンと、【五里霧虫 ミスティック】と、ジャバウォックは立っていた。
「行くぞ、【ミスティック】」
「Ma……Maah?」
【ミスティック】は何が起きたのか分からないのだろう、突っ立っていた。何をすればいいのか、手を拱いているようにも見える。
そんなのはお構い無しに、
しかし、それを向けただけだった。
先程まで五分五分だった。どうせ攻撃するのだろうが【ミスティック】のENDであれば、多少のダメージは負うだろう、と。死にはしないだろう、と。ジャバウォックは軽視した。
何もしていなかった【ミスティック】も、唐突に放たれた閃光を受けた。
そして、【ミスティック】のHPが尽きた。
「Ma、Maah――――!?」
「何、だと!?」
ジャバウォックは傍観を止め、【ミスティック】に手を伸ばした――しかし、思いとどまった。
ここで英雄叙事詩が中断される事を、不本意ながらジャバウォック自身が望まなかったからだ。
彼を倒したい、だが英雄叙事詩は見たい。その葛藤の末、後者が勝ったのだ。
然しそれでも、疑問は未だ払拭されていない。
いや、「何故か」の答えは1つしか無いから分かっている。
問題は、その疑問というのは、それの内容なのだから。
「《揺らめく蒼天の旗》、か。ハンプティダンプティもロクな〈エンブリオ〉を創らんな。……ああ、私もロクな〈UBM〉を創らんか」
序に言えばロクな〈マスター〉を創らん奴も……いや、あれはプレイヤーのせいか、とジャバウォックはほくそ笑む。それは、化物に埋もれた人間性の発露でもあった。
そしてまた、分からないなら分からないでいい、と断じた。どうあれ、ジャバウォックは【ミスティック】の救済を諦めた。
HPが尽きた【ミスティック】は蘇生可能時間を過ぎ、光の塵へと化していく。
「……おい、化物」
「その化物とは私の事か?そう言えば名乗っていなかったか。私はジャバウォックと言う。〈UBM〉を創る、云わば運営だ」
「……運、営?」
「この世界は<Infinite Dendrogram>と言うのだろう?私達は云わば、そこの運営だ。管理AIと呼び称されるものだ」
「へぇ……そんな存在が態々『俺』を殺しに、ね」
「アリスが警戒し過ぎなのだろうがな」
「アリスンが、ねぇ」
「ん?……あぁ、そうか。そうだな。アリスンだったな。ああ。そのアリスンが警戒しているからこそ、私は今回差し向けたのだが……」
チラリとカタルパと目を合わせ、逸らす。
完全に消滅した【ミスティック】の跡を見て、ジャバウォックは話題を取り敢えず切り替える事にした。
「で、一体何なんだ。【ミスティック】を一撃で屠った《揺らめく蒼天の旗》とは」
「運営なら知ってるだろ」
「生憎、私の管轄では無い」
「……成程、チェシャとかアリスンとか、あの辺も運営で、それぞれ役割があるのか」
「察しが良いな。寧ろ良すぎる。だからアリスンはお前を殺そうとしているのかもしれないが」
「なんとも物騒な運営がいるもんだ。
このスキル、《揺らめく蒼天の旗》については……アイラが知っている。俺はそれに合わせて行動したに過ぎない。だから、聞きたいならアイラに聞いてくれ」
「そうか。では、聞かせてくれるのか?私に。況してやいきなり『運営です』等と言ってきた私のセリフを鵜呑みにし、信用して、教えてくれる、というのか?」
『カーターが望むなら。私は今のカーターに釣り合う者では無い。そういった選択はカーターに選ばせる』
「釣り合う釣り合わないとか言うな。お前は俺だけの〈エンブリオ〉なんだから」
『以前と同じようで、全く違うセリフに身震いするよ。梓では無くカタルパ・ガーデンとしての、『君』だけの〈エンブリオ〉か……おや?私は『梓』の際にも言われているぞ?二人の内どちらが私の〈マスター〉に……?』
「だぁぁっ!混乱すんな!後回し…には確かに出来ない話題だが!」
『まあ、どちらも君で、どちらも私の〈マスター〉だ、という事だ。大丈夫だとも』
「……ならいいけどさ。で、アイラ。説明しちまっていいのか?」
『構わんよ。元から隠しきれるものではないからな』
「……夫婦漫才のようだな」
尤も、実物は見た事が無いが、とジャバウォックは続けた。
【絶対裁姫 アストライア】が十字架の状態から人の形に成る。
アイラとしてその地に降り立ち、ジャバウォックに一礼した。
「お初にお目にかかる。私は【絶対裁姫 アストライア】。《秤は意図せずして釣り合う》と《不平等の元描く平行線》に続き《揺らめく蒼天の旗》を得たメイデンwithアームズの〈エンブリオ〉だ」
「そうか。私はジャバウォック。管理AI4号、〈UBM〉担当。
さて、挨拶はこれくらいでいいか?気になる事はすぐに聞きたい性質でね」
眼鏡では無く、その奥を光らせてジャバウォックが問う。
燕尾服を纏ったカタルパと、鎖を腰に巻いた白いワンピース姿のアイラは互いに見合わせ、頷いてからこう、切り出した。
「俺達のスキル、《揺らめく蒼天の旗》は」
「今回の敵、【ミスティック】を殺す際の最適解のようなスキルだった」
最適解、という響きにジャバウォックは眉をひそめた。元々カタルパ・ガーデンを殺す為に生まれた存在が、カウンターのように特攻を受けるとは何事か、と。まあ、■■■の存在を知ってはいたのだから、それ程不思議だとは思わなかったが。
「一度、世界は蒼に染まり」
「範囲内の全てのステータスをリストアップする」
「そして、世界は白黒になり」
「範囲内にあったステータスの内最も高い数値を攻撃力として対象の相手一体に叩き込む」
「……最も高い数値?」
ジャバウォックは首を傾げた。
つまりだ。デバッファーが相手だったからそのデバフを受けない数値を切り出し、相手に叩き付けるスキルだと言う。
まあ確かにデバッファーに対しての適正ではある。最適解で無いにせよ。おかしなチートスキルではあるにせよ。
然し乍ら、【ミスティック】の霧のせいで近くにはカタルパと【ミスティック】くらいしかいなかった筈――――そこで。答えに辿り着く。
「まさか、私のステータスを、叩き込んだのか?」
「正解」
ジャバウォックは唖然とした。他力本願にも程がある。《秤は意図せずして釣り合う》も今回の《揺らめく蒼天の旗》も。他力本願すぎる。《不平等の元描く平行線》だって自身だけでは3桁ステータスしか写せない。あまりにも、一人だけでは、貧弱すぎる。
他力本願でありながら、
だが、理由はなんとなく分かる。
彼らは『正義』だとか『善』だとか、そういうワードに執着しているように見える。
正義であろうと、善であろうとしている。
そしてその正義や善は。1人が語るだけでは成り立たない。
複数人が語って初めて『それ』に昇華するのだ。
個人が語る分にはただの理論でしか無い。共感者や同調する者が現れなくては、正義は正義足りえない。善は善足りえない。
他力本願と嘆くならば、『正義』などという概念がその時点で他力本願なのだ、その派生の果てとも言える彼を、そう卑下する意味は無い。彼が産まれるより遥か昔に、その概念が他力本願の塊だったのだから。
それ故に、この他力本願は、そういう意味で正しいと判断出来る。
それに、相手を利用して勝つ、など昨今の英雄叙事詩では見ないものじゃないか。
ジャバウォックは化物の身で笑った。高らかに笑った。そこに嘲りは無く、素直な称賛の気持ちがあった。
「素晴らしい……素晴らしい!!
私はお前を気に入ったぞ、カタルパ・ガーデン。何よりも弱者になろうとしながら、強さも追い求めるその姿勢!
『
ジャバウォックは叫ぶ。その叫びに森はざわめき、鳥達は逃げるように飛び立つ。
そして、燕尾服の青年とワンピースの少女は。
『お前もその倒される強者だ』と言外で語っていた。
それにジャバウォックは気付かない。或いは気付いていて無視しているのかもしれない。
「では、
「次は〈UBM〉なんてオマケはいらねぇからな?」
「……そうか。ではちゃんと一人で来よう。
いや、或いは有り得るかもしれんな。『我が半身』と来る、という事が」
意味深な言葉を言い残し、ジャバウォックは森の奥へ消えて行く。
そして、取り残されたカタルパに、何処からかアナウンスが流れた。
【〈UBM〉【五里霧虫 ミスティック】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【カタルパ・ガーデン】がMVPに選出されました】
【【カタルパ・ガーデン】にMVP特典【霧中手甲 ミスティック】を贈与します】
「【霧中手甲】?」
「ほう、MVPとな。凄いじゃないか、カーター」
MVPになったと言うのに、二人は何処吹く風と言ったような雰囲気だった。実感が湧かないせいだろう。
「取り敢えず、喜ぶべきなのか?」
「べき、なのだろうな」
「じゃあ……有難う、アイラ」
「こちらこそ有難う、
「ん……なんかむず痒い」
「そういう事を言ってくれるな。こちらも恥ずかしい」
会話に夢中で【霧中手甲 ミスティック】を忘れていた二人がその存在を認識するのは、その手に実際に収まってからだった。
■或る管理AI達の話
そこは、基本的にプレイヤーが介入出来ない場所。運営限定で入れるような場所(運営以外が入れない、という訳ではない)。
ジャバウォックが倒された〈UBM〉の情報の中に【五里霧虫 ミスティック】の情報が追加されているのを確認したと同時。
「ねー、結局殺し損ねてたみたいだけど、どうしたのかしら?」
アリスンがジャバウォックにそう問いかけた。そこには失敗を咎めようとする思いは微塵も見受けられない。
「そう、だな。私は彼をとても気に入った。真に求める英雄叙事詩足りえないのは承知の上だが、それでも期待する価値はある。そんな人間だった」
「貴方がそう言うのは珍しいわねー」
「そうか?バンダースナッチなどと同じにするな、と言いたいが」
「他と比べちゃダメよー」
いつもアリスン――アリスののほほんとしたような口調には出鼻をくじかれる。と言うか、こちらのペースが乱される。
彼女は〈マスター〉至上主義。厳密に〈マスター〉でないジャバウォック達を、果たして彼女はどう受け取っているのだろうか。
少なくとも。
「貴方自身が殺しに行った時は、止めるつもりだったけどー」
……カタルパ・ガーデンの方が、彼女の中ではジャバウォックより上らしい。
と言うか殺せと言っておきながら殺しに行った際に止めるとは何事か。
愚痴のような意見はあったが、どうせマトモな会話にならない。大体の事柄を〈マスター〉中心で考えるような奴なのだから、ジャバウォック自身と〈マスター〉を天秤に乗せていてはどう足掻いても後者に軍配が上がってしまう。
彼女は彼女で、ああ見えてカタルパ・ガーデンという〈マスター〉を気に入っているのだ。
「あわよくば、いつか〈SUBM〉と戦ってほしいものだな」
「死んじゃうわよー?」
「大丈夫だろう。【五行滅尽】以外は彼にとって、庭原 梓では無くカタルパ・ガーデンにとって、悪の筈だからな」
もうそれで、アリスとの会話を切り上げたジャバウォックは、ごちゃ混ぜの体躯で何処かへ去って行く。
アリスン改めアリスは、それを後ろから見るだけだ。
「楽しみねー、これからが」
どうせならイベントをやってもらおうかしらー、などと言って、スキップ(のような動き)でアリスも消えた。
後にはもう、誰も残されていなかった。
《揺らめく蒼天の旗》
『蒼の世界』
一定範囲内の全ての「ステータス表記が可能な物質」からステータス情報を抜き取り、最も高い数値を記録する。また、発動した瞬間のステータスの為、『一瞬だけ50万になり後は10万程度』という相手に対して50万になった瞬間に発動すれば50万という数値を記録する。
発動時間は一秒。その一秒の間に数値が変動し、一秒を切っても尚上昇していた場合、効果が切れた瞬間での最大数値を記録する。
『白黒世界』
『悪』である対象一体を選択し、『蒼の世界』で読み取った数値の中で最も大きな数値を攻撃力扱いして相手に叩き込む。
十字架を向けた方向に居れば大体当たる。必中では無い。また防御力無視は無いので相手のENDによる引き算は行われる。
『蒼の世界』→『白黒世界』となる。一度『蒼の世界』を発動すれば『白黒世界』に移行しなければならない。もう一度『蒼の世界』でスキャンする事は出来ない。
ストック制。最大で一つ。溜まる時間は脅威の『72時間に一つ』。まあ、効果的にはそれが妥当かもしれないが(発動した後デスペナになれば戻って来た時に再発動出来るが、それはそれ)。
別に【ミスティック】に対する最適解では無く、本当はそのバックにいたジャバウォックという『悪』、もとい『巨悪』に対しての強者打破だったのだが、【ミスティック】も『悪』には成り得た為(正義を倒すという『悪』。とのこと)、今回は完全に飛び火を食らった形。
(庭原)「見ろこのチートスキル!」
(天羽)「これ、何気にすごくない?」
(アイラ)「三日に一度故、使い所は選ぶがな」
(庭原)「連戦の時とか超迷うだろうな」
(天羽)「現在のシュウさんのステータス記録したらSTR20万だからなー……ダメージが酷い事になりそう」
(庭原)「そもそもシュウがいる時点で酷い事になりそう」