理由は何も無い。
あったのは多少の偶然と、唯一の必然だ。
カタルパ達が度々行うワープは、【平生宝樹 イグドラシル】のスキル、《
ただ、【平生宝樹 イグドラシル】が操作可能な範囲は半径三百メテル。物理的な接続があっても《繋ぐ世界・鎖の橋》で移動させられる範囲も、当然限られる。
つまり、ヴァートとピスケスが出会う前に『飛ばされた』カタルパとエイルは、必然的に半径三百メテルの近くに居たのである。
勿論アルカはその時移動していた訳だから、微妙にその範囲はズレてはいたが、そんなものは最早誤差だろう。
結果、「偶然」逃げた方向が悪く、「必然」そこに飛ばされていたカタルパとエイルの前に、「偶然」ヴァートが居合わせてしまうという、最悪の状況が発生していた。
□■□
街からは外れているが、その場所は平地であり――今となっては樹木が一掃されてよりその地形が分かりやすくなっている――当然、カタルパやエイルにも木々の消失は見て取れていた。
だがそこに視線を向けたのは刹那の事であり、刀を向けて相対したその時に来たのが、ヴァートだった。
あまりにも不運。こればかりは神を呪ってもいいだろう。ヴァートは三人を視界から外さずに天を仰いだ。
正義の味方の
何せ自分は、粗くとも小さくとも軽くとも――悪、なのだから。
エイル・ピースも、カタルパ・ガーデンも、【絶対裁姫 アストライア】も、こんなちっぽけな悪を見逃しはしない。見過ごしはしない。
それを理不尽とは思えない程度にヴァート・ヴェートは『終わっていて』、それでいて未だ希望を探す辺り、終わってはいない。
正義の味方が断罪するのが先か、諸悪の王様が己が手を悪に染めるのが先か。
或いは――
『賭けるしか、ないよねぇ?』
窮地だと言うのに、拳に纏う【暴食皇女 ケルベロス】は笑っている。
『いいじゃないか。そうなったとしても、デッドエンドだけど……ゲームオーバーじゃあ、ないからね』
「そんな楽観的には、なれないかな」
ここまで来たのが、無駄になっちゃう。
泣きそうなのを堪えてヴァートは言う。強い意志を宿して言葉にする。
それに、ケルベロスは『流石はアタイのマスターだ』と再び笑った。
「行くよ、ケルベロス」
『あいよ、マスター』
そこまでの会話は七秒に及んだ。当然その間、エイルもカタルパも動く事は出来た。なのにしなかった。その意味が、果たして現在の彼女に理解出来ているのだろうか?
「『《
分かってはいないのだろう。だから叫ぶ。
心から。魂から。全身全霊で。全力全開で。
轟く二人の咆哮は、獣のそれだ。
「『――
それを、正義の味方と諸悪の王は、笑って見ていた。
□■□
《
恐らく、正義の味方一味、諸悪の王、『バック・ストリート』メンバーの中で、一二を争う性能を持つアクティブスキルだろう(この中でアクティブスキルで無いのは《虹に繋がれし九極世界》と《愚者と嘘つき》の【刻印】付与効果の方である。正義の味方一味に偏っている)。
そもそも。【暴食皇女 ケルベロス】の能力とは何なのか。
《
それこそは《スーサイドオーダー》。
装備者が得る経験値を99%吸収し、そのリソース分ステータスを強化するというパッシブスキルである。
そのスキルの性質上、ステータスは馬鹿げているがヴァートのLvは高くない。500は愚か200にも満たない程に。
その為、Lvの差により効果が違うものを使用されると滅法弱い。勿論、Lv差によって失敗するといった《看破》等への耐性も低い。
そしてもう一つ、《スーサイドオーダー》には決定的なデメリットがある。
それこそが死んではいけない理由。
単純な話だ。デスペナルティになった時、《スーサイドオーダー》による強化が全て解除されるのである。
経験値は返ってこない。ステータスも返ってこない。帰ってきても、あるのはLv200にすら満たない弱者のみ。
経験はあっても経験値は残らない。
自殺の命令、或いは順序。死ぬ為の流れを騙るスキル名ではあるが、実態は『それらを想定し、否定せよ』という事だ。
誰よりも死んではならず、誰よりも醜く生き永らえる必要がある。
それこそ仲間の命を喰らってでも。
《
開けた原野に樹木の檻。
その外には、獣がいた。
【暴食皇女 ケルベロス】の姿が想起されるからか、それとも野性を解放したような気配からだろうか、『どちらかと言うと悪』とカタルパに評された時のように、今のヴァートは『どちらかと言うと獣』と言えてしまう程の野性を備えていた。
外れているのではない。微妙にズレているのだ、彼女は。ヴァート・ヴェートというマスターは。
その結論に至るのはあまりにも容易く、だからこそ、万人に理解されるからこそ――彼女の本質は誰にも理解されない。
正義にもなれず悪にもなりきれず。人からズレて獣に片足を突っ込んだ。
ヴァート・ヴェートには野性と理性が混在していて、善と悪が共存していた。
カタルパ・ガーデンが智力の化け物で、ミルキーが武力の化け物で、アルカ・トレスが勇気の化け物で、セムロフ・クコーレフスが疑心の化け物で、エイル・ピースが愚弄の化け物だと言うのなら。
ヴァート・ヴェートは『最も化け物に近い人間』なのだ。人間離れこそしていないが、正道からはズレている。だが外れていない。
つまりは半端。中途半端なのだ。
それでも、半端で何もかもの『なりそこない』だからこそ得られた自我があって、仲間が居て、一心同体のパートナーに出会えた。
――だからその為なら、正義にでも悪にでも人にでも獣にでも化け物にでもなってやる。
――どうなったって、私がそれを守りたいという意志は、変わらない。
ヴァート・ヴェートの野性と理性が調和して、化け物に獣が牙をむく。
まだ戦いは、始まってすらいない。
□■□
木の槍を、間一髪で躱す。蛇のようにしなり、雨のように降り注ぐそれを、余裕を持って躱しきることなどピスケスには出来ない。
出来るのは精々、双剣をもっていなしながら攻撃を当てる事くらいだ。だが【幻想針姫 シンデレラ】による弱体効果がある為、それでも充分だった――のだが。
『弱体した側から強化されて……』
「それにあっちの方が上だからジリ貧なのよねぇ……」
そこは経験の差か、〈エンブリオ〉の進化形態の差か。〈超級エンブリオ〉の名は、伊達ではないようだ。
強化倍率を上げる効果を有している【平生宝樹 イグドラシル】の強化を上回る速度での弱体は、シンデレラには行えない。唯一の希望であろう《
分かりやすい万事休すだ。これなら諦めはつくのだが、ヴァートの安全が補償されない以上――ここで倒したからといって三日後、或いはそれ以降にこうした事が起こらないとは限らないが――三日の安寧が確約されない以上、ここで止めるしかないのだ。
倒せなくとも、足掻くしかない。
それがピスケスのすべき事、なのだから。
――然し。空気を読まないのがアルカ・トレスの特徴である。
ドスッ。
嫌な音が、自分の胸から聞こえた。
降り注ぐ木の槍は余裕はなくとも完全に捌けていた筈だ。
なのにふくよかな胸部を裂いて、深々と、木が紅く染められて、ピスケスの身を穿いている。
――助からない。それは瞬時に悟った。ただ原因が分からず、ピスケスは天を仰ぐ。するとどうだろう。
天へと伸びる、紅く染まった槍の穂先が見えた。
「…………あぁ、そういう」
失念していた。敵は、植物じゃないか。
上から降る槍に夢中で、下を見ていなかった。
こんな『当たり前』なんて言葉が形骸化した世界で。まさか『当たり前』に則って殺されるとは。
「木の槍」と形容していたのも良くなかった。あれを「枝」などと形容していれば、植物的な構造の話に触れて、地下の根にまで注意が行っただろうに。
何とも呆気なく終わってしまうものだ。
『マイ、マスター……』
「どう、したの、かしら?」
言葉と共に血を吐きながら、最早気道の安全すら危ういと言うのに、ピスケスは未だ両手に収まるお姫様に応える。
『……ごめん、なさい』
口をついて出たのは、無力感に打ちひしがれるような、そんな弱音、謝罪だった。
「いいのよ……でも、次は――」
勝ちたいね、とは続かない。
彼は空気を読まないのだから。
言葉を遮るように降り注ぐ雨に、串刺しになった少女が更に穴だらけになる。
光の塵と多少のアイテムを残して。Peace by caseは敗れ去った。
「やれやれ、解除されたから無駄に時間がかかったな……どうしよ。アズールのトコに行こうかな……」
殺した事に思う所は無いのだろう。アルカはいつもの調子で、そう呟いた。
( °壺°)<これでニベルコルとピスケス。二人の『バック・ストリート』メンバーがデスペナルティになりましたね
( ✕✝︎)<……アルカェ……
( °壺°)<彼、嘗ての常識人枠なんですよ