其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第九十六話

 粗悪と巨悪と正義。

 盤面に居たのはそれだけであり、それ以外は檻の中に居た。もっとも、その檻の中には、既に一人しか居なかった訳だが。

 時間軸としては、彼と彼女、アルカ・トレスとピスケスの戦いに決着がついた、正にその瞬間。そんな時、事態は動く。

 

「《廻り巡る断絶の刃(オステオトーム)》」

 

 巨悪がそう、唱えたのは。

 

「《延々鎖城(フレーズ・ヴァルトブルク)》」

 

 正義がそう、唱えたのは。

 

「《インサルト・オーダー》」

 

 粗悪がそう、唱えたのは。

 奇しくも同時であり、王と神と獣が動いたのもまた、同時だった。

 そこに最早、只人は居なかった。

 檻の中の龍だけが、それを見ていた。

 

□■□

 

 《廻り巡る断絶の刃》と《延々鎖城》の説明など、今更必要ないだろう。然らば、《インサルト・オーダー》の説明をせねばなるまい。

 《インサルト・オーダー》。《スーサイド・オーダー》と同じように、『命令』を意味する用語が入っているが、それもまた《スーサイド・オーダー》と同じく、その『命令』をしない事を強要――してはいない。

 《インサルト・オーダー》は寧ろ、遍く全てを陵辱(インサルト)する事を推奨している、と言える。

 条件は『パーティーメンバーが自分一人である事』。

 効果は『24時間以内にデスペナルティによって減少したパーティーメンバーの数に比例したステータスの上昇』である。

 勿論、彼女達『バック・ストリート』のメンバーは全員一つのパーティーに収まっている。

 シンデレラとケルベロスの二人は《紋章偽装》を持っておらず、パーティーメンバーには含まれていない為、ヴァートのパーティーメンバー数は三名となる。

 とすれば現在――ニベルコルとピスケスがデスペナルティになった現在、ヴァート・ヴェートは一人であり、デスペナルティになった二人分補正が入る。

 他者の死ですら、獣である為の証明にする。

 哀悼だとか復讐だとか、そんなものすら陵辱して行く。

 【暴食皇女 ケルベロス】が()()であればある程、ヴァート・ヴェートの人間性は損なわれて行く。

 『命令』に対処すればする程に。

 『粗悪』を掲げれば掲げる程に。

 

 それは、正しくない、のだろう。

 正義の味方にとってではない。自分自身にとってだ。

 それでも、間違えてでも、時に踏み外すのが人生だ。

 踏み外す事が許されない世界から逃げてきたのだから、ここでどれ程踏み外しても、構わないだろう。

 ――踏み外しても、共に歩んでくれる者達がいる、この世界なら。

 間違えても、間違えない。

 

 そんな獣は、先ず諸悪の王へと駆け出した。

 

□■□

 

 拳と鋸が衝突する。トラック同士が全速力で正面衝突したかのような衝撃が二人を中心に生じ、カタルパは一歩退る。《延々鎖城》が発動しなかったのは、間に合わなかったからか、それとも自分への敵意ではなかったからか。未だ妨害の判断基準がカタルパ自身にも分からない、謎の多いスキルである。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 叫ぶ。理性を燃焼して力に変えているような少女は、単純ながらも強力な一撃を無慈悲に放ち続けている。だが、『愚弄』の化け物も的確に対応し、適度に受け止め適度にいなしている。HPも最低限にしか減じていない。

 これでは王の体力を削り切る前に獣が倒れる。それは神の目でなくとも明らかであり、誰からの目でも明らかだった。そう、獣自身にも。

 《スーサイド・オーダー》のデメリットは無視出来ない――どころかその為に死んだ二人(シンデレラを入れて三人か?)を思えば、寧ろ死んではならない。そうなると益々、自殺(スーサイド)なんてしていられない。彼等の思いもまた、残さず平らげなければ。陵辱して、しきって、糧にしなければ。

 自殺(スーサイド)には反発し、陵辱(インサルト)は受け入れる。対極の対応、同一の方向性。己が人間性すら糧となる最悪の方向性。

 だがそれが、自身の粗悪の証明なのだ。

 それしか、自身の粗悪を証明出来ないのだ。

 だからヴァート・ヴェートは、立証する。

 反発と享受を繰り返し、自殺をせず陵辱を繰り返し、前に進む。自身の感情も陵辱して、ただひたすらに野性のままに前進する。本能が告げた命令のような衝動に、身を任せる。

 そして。

 

 ――その拳は、断たれた。

 

「――届かない、かぁ……指一本でさえ、先生には……」

 

 物理的に断たれた右腕を見て、粗悪の獣はそう零す。それと同時に骨と肉を晒しながら血が溢れた。

 痛みは無いが、当たり前にあった筈の右腕‪が消えると言うのは、精神的に来る。とても正気を保ってはいられない。

 だがカタルパと違い、理性を捨てた獣は止まることはない。理性が無いからこそ、その痛みで立ち止まらない。ただ前へ。まだ脚は絶たれていない。

 

「《インペリアル・オーダー》ァァァッ!!!!」

 

 最後の『命令』。残された僅かな意志で、獣は叫ぶ。

 もうどろどろに溶けて原型を失った心が、そう叫べと『命令』していた、そんな気がした。

 それは、こんな粗悪を支えてくれた、二人の友人のお陰かもしれない。

 もう二人とも此処(世界)には居ないけれど、()には居てくれている。

 

 まだ獣と王の決闘は、終わらない。

 

□■□

 

 完全に忘れ去られた存在であろう正義の味方は、木の檻にもたれかかっていた。

 すると檻の内側から声がした。

 

『ねぇ、見守る心算なの?』

 

 言わずもがな、アルカの声だ。カタルパは「あぁ」と短く答えてから、改めて戦局を窺う。

 

「まぁ、あの一対一に加わってもいいんだが……俺とアイラで荒らしてもいいんだが、それは味がない。それに……親子喧嘩はもうしたからな。師弟だって喧嘩しておくべきだろ」

 

 本心からの意見に、流石のアルカも戸惑った。二人も悪がいて、それを見過ごすなど。

 だがそれは杞憂だった。続いた言葉でアルカは気付かされた。

 

「二対二よりは、二対一にしておきたいしな」

 

 彼は、悪が『減る』のを待っているだけなのだった。

 無駄な戦いは避けたい、という理論なのかもしれないし、疲労させてからの方が楽に倒せる、という風に考えているのかもしれない。智力の化け物なのだから、何を考えているのか勇気の化け物に分かる訳が無い。だから本心からの言葉であると理解した上で、その理解をアルカは心の何処かで拒むのだった。

 

「だから今は、傍観しておくよ」

 

 そうすると良いよ、とも返せなかった。アルカはカタルパに心酔しているが、それでも理解出来ている所など、表層だけでしかないのかもしれない。嘗て『庭原 梓』検定なる巫山戯た検定があったら、一級の資格を取れるだろう、という風に宣ったが、あくまでそれは、庭原 梓の表層検定でしかなかった、と訂正しよう。

 庭原 梓の内側、或いは裏側を理解できる者など、庭原 梓本人か、その劣化品にして別者のカタルパ・ガーデンか、若しくはその写し身である【絶対裁姫 アストライア】くらいのものだろう。

 理解されないからこそ、それは化け物なのだから。それが『正しく』て、それが『善い』事なのだから。少なくとも、化け物自身にとって。

 いつも、いつまでも理解されないまま時は過ぎて。

 そんな折、獣と王の戦いには終止符が打たれた。

 

「……んじゃ、やるか」

 

 カタルパ・ガーデンが木の檻から身を離す。静観を決め込んでいたアイラも、そこで漸く【Cross weapon】を展開した。

 

「一応、名乗りあった方が戦いっぽいかね?」

 

 悪に名乗る名は無い、と言うのが正義の味方の常套句だろうに、あくまで決闘として。正義の味方はそう告げる。

 ならばそれは、善悪の戦いではないのだろう。

 

 ――獣と神の、戦いなのだろう。

 

「【獣拳士】、ヴァート・ヴェート」

『そのエンブリオ、【暴食皇女 ケルベロス】』

「【数神】、カタルパ・ガーデン」

「――エンブリオ、【絶対裁姫 アストライア】」

 

 今更どうやってエイルにヴァートが勝ったのかなど記載する必要もない。ただ勝者と敗者が居て、その勝者が連戦する羽目になっただけの事。

 ただそれだけで、それ以上も以下もなかった。

 理性を捨てて野性に落ちた獣と、野性を捨てて理性を得た神は。

 

 名乗り終わるや否や、接見し、

 

「「《彼方の星を繋ぎ(スターロード)神話と鎖を紡げ(オーバーライト)》」」

「『《インペリアル・オーダー》ァッ!!』」

 

 咆哮した。

 まだ、戦火は潰えない。

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