其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第九十八話

 勝者の居ない檻の外、生存者はただ一人嘆息した。

 

「――取り敢えず、回収しておこうかな」

 

 湧いて出る蔦で、アイテムを一つずつ回収して行く。

 彼等の生きていた証と呼べるものを、拾い集める。

 

「……流石にこれは、予想外だなー」

 

 皆で大団円コースだと思ったのに、とアルカは独り言をこぼす。

 木龍ですら聞かなかったその台詞に、答える声があった。

 

「そりゃ私達が梓の予測なんて出来る訳ないじゃない?」

 

 それは【狂騒姫】ミルキーの声だった。

 『決闘』が終わってからの登場とは……確信犯だろう。

 

「別に分かっているフリをしていた訳じゃないし、理解出来ると自惚れた訳でもないよ。けど、それは今は理解出来ない事を認めるってだけであって、理解出来ないと諦める理由にはならないから」

 

 その言葉通り、きっとアルカは理解しようとする事をやめないだろう。彼にはそれでも前に進む勇気があるのだから。或いは……それしか彼には無いのだから。

 怒りも恐怖も無い。ただ無関心があった、筈なのだが。

 呆れも嘲りも無い、何か。胸中に燻る感情を表現する方法を、アルカは持ち合わせていなかった。

 ドロップアイテムを拾い切ったところで、カタルパは蘇らない。まぁ、そんな事で蘇るなら同じ理屈でヴァート・ヴェートも立ち上がる事になるのだが。

 ……そうなったらそうなったで、アルカもミルキーも問答無用で再びデスペナルティにするだろうが。

 

「まったく、私を置いてこんな事をしているとはね……待機命令出された時は危険だからかと思ったけれど……それだけじゃないみたいね」

 

 アルカが回収していないドロップアイテムに目をやる。拾い切ったのに、拾い残しがある。

 それはエイル・ピースの残骸。

 諸悪の王が生きていた証。流石にそれを拾う気にはなれなかった。

 捨てる神あれば拾う神ありとはよく言うが、この場合捨てたのは【数神】になるとして……拾うのは、果たして?

 

「神のみぞ知る、だよね」

「なら、梓か……アイラちゃん?」

「まさか。それこそ『第三者』、だよ」

「……具体的に言うと?」

 

 分からないのか?とは言わない。空気は読まないし心も読まないが、だからと言って不遜とか無頼とか、そういう訳ではないのだから。

 

「あの教えならまだしも、神様って一人だけとは限らないし……拝火教みたいに二人って事も無い訳でしょ?だからさ……二人目以降の『そうしたモノ』が居ても何もおかしくない」

 

 【(ザ・ワン)】であれ、神の名を有する何かであれ。

 

 ――残留思念めいた何かであれ。

 

□■□

 

 目覚めて早々、庭原 梓は外に出た。

 別に今更、あの実母の元を訪れようと言うのではない。

 あの諸悪の王様は、無意識で解答を導く梓と同じように、無意識に事象を悪へ導く。

 だから会ってどうこうした所で、何も変わらない。

 梓が導ける『解決策』は、解消ではなく解決する為の策は、本当に――庭原 椿を殺める他、ないのだから。

 それを選択する『勇気』なんて、持ち合わせていい筈が無い。

 それを実行する『武力』なんて、持ち合わせていい筈が無い。

 だから無くて、本当に良かった。

 化け物と呼ばれるからこそ、出来ない事があって良かったと思えた。

 然しながら、持っていない事に安堵する反面、梓は持っている事に戦慄しなければならなくなった。

 

 トゥルルルルルル……

 

 一報。ガラケーを開いてみれば「天羽」の二文字が踊っている。

 

「……なんだ?今外なんだが」

『梓!?あと何時間!?』

 

 慌てたような声。明らかに平静を欠いている。

 何時間、という聞き方からして、デンドロで何かあったらしい。

 それも、良くない事が。

 解答は導けても、正当とは限らない。ましてや何でもありの空想世界での出来事となれば、梓には予想しようがない。だがそれでも、正義の味方が出向かなければならないような非常事態であろう事は、何となく察せられた。

 

『カデナ君が……アルカがヤバい』

 

 その文面だけで、【諸悪王】や『バック・ストリート』という自分達にとってのあからさまな脅威が無い現状での、危機的状況が伝わった。梓は大して歩いていなかった道を引き返し、自室へと戻る。

 あの世界で、あからさまな脅威ならざる脅威と言えば、梓には一つか二つしか思い浮かばない。

 

「『何』に、出会った」

 

 一つはかつてのクロノ・クラウンのような、PKといったもの。

 そしてもう一つは――

 

『――――【往古雷魂】』

 

 天羽 叶多は告げる。

 

『【往古雷魂 デモゴルゴン】』

 

 神出鬼没の災厄。

 誰もがその存在を知り、誰もが追い求め、然れど出会えるとは限らない災禍のモノ。マスターと存在的に対を成す化け物。

 ユニークボスモンスター、〈UBM〉である。

 

□■□

 

 デモゴルゴン。

 ギリシャ神話を由来とする、とされるがその実態が一切不明な異教神、もしくは悪魔とされる何かの名。当時は始原の存在とすら言われ、デモゴルゴンという名を発する事すら禁忌とされた謎の存在である。

 『失楽園』にて混沌と夜の領域に住まう事が記載されているが、『狂えるオルランド』ではヒマラヤ山脈に寺院を持つともされている。

 

 つまり、正体不明。名前だけがあり形が無い。名は体をあらわすと言うのなら、デモゴルゴンという名は不明の二文字を体現したと言えよう。

 デーモンとゴルゴンを混ぜたような名前のソレは、最早誰にもその実態が掴めない。

 

 そんな正体不明の名を有する〈UBM〉、【往古雷魂 デモゴルゴン】。

 元ネタである往古来今とは、過去から現在まで代々続く時の流れを意味している。

 デモゴルゴンにあるものは、姿形ではなく、その名だけが伝えられてきたという時の流れだけだろう。何とも皮肉が効いている。

 

「さて、雷なんて要素は無い訳だから……デンドロがデモゴルゴンという悪魔ないし神に何かしらの解釈を付け加えた、と考えるべきなんだろうが……」

 

 神と雷というのは親和性が高い。何せ(かみなり)は古来「神鳴り」と書いていた程だ。ギリシャ神話のゼウス神や北欧神話のオーディン等も雷を扱う事から、デモゴルゴンに悪魔としての一面ではなく、神としての一面を付与したものと思われる。

 とすれば種族は悪魔ではなく、天使が近いのだろう。

 何者でも無いからこそ、何者にでも成れる。悪魔でも神でも無かったモノは、神のような何かになったらしい。

 

「ふむ……何しでかすか分からないっていう点は〈UBM〉()()()が……元ネタが不明じゃ本当に分からねぇ……」

 

 今までだって、名は体をあらわすという例に漏れる事は少なかった。ミスティックの霧やガタノトーアの石化は正しく、である。

 シュプレヒコールの音と束縛、ネクロノミコンの魔法と学習。大体は元ネタと呼べるものに準拠している、と言える。

 ギャラルホルンは七という数字に則っている……だけだろうが、誤差だろう。一応、逸脱はしていない。

 そう、何か根底があるからこそ、名前を聞いただけである程度の予想は付くのだ。しかし今回は違う。

 既に叶多はデンドロの世界へと舞い戻り、アルカ・トレスと共に【往古雷魂】の討伐に助力している事だろう。

 残り23時間。正義の味方はただひたすらに、傍観者として時を浪費する。

 そんな彼に、ノックの音はやけに軽快に響いた。

 

「…………誰だ?」

 

 思い当たる節がない。母親だったりしたらどうしようか、と梓は扉を開く。ガラケーであったりインターホンが無かったり。割と『遅れている』梓である。

 かくして扉の向こう側に居たのは。

 

「おはよ、カタルパ・ガーデン」

 

 長い茶髪と宝石のような赤い目をした少女だった。それはもう美少女と言って差し支えない程度の。

 

「…………誰だ?」

 

 状況を飲み込めず、梓は再び同じ言葉を吐いた。

 告げられた名からして、デンドロの人間だろう。……なら尚更判別出来ない。

 

「私は訳あって今すぐは本名が言えないんだけど、取り敢えず【Peace by case】の名前で通じるでしょ?」

「あぁ、そりゃ分かるが……そうか、お前がピスケスか」

 

 『バック・ストリート』のメンバー、ピスケス。

 弱冠18程に見える少女は、梓を見るや含羞んだ。

 

「ちょっと匿って」

 

 庭原 梓とカタルパ・ガーデン。

 二人にして或る意味一人の物語は、二つの世界で別々に巻き起こる。

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