其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第九十九話

 さて、如何(どう)したものか、と梓は思考する。

 既に分かった事が多過ぎてどうしようもない。

 智恵があるのはカタルパだけではない。と言うか、梓にそれが無い訳が無い。

 そもそも、彼女の外見についてだが。

 茶髪で赤眼など、古今東西聞いた事が無いので眼はともかく髪は染めたものと思われるが、宝石のような赤眼と相まってか、何処かくすんでいる。所々傷んでいるようでもあり、乙女でありながらちゃんとした手入れが出来ていないようだ。

 

 敢えて言うが、梓の色盲は直っていない。だからこそここで重要なのは、「色が付いている」事である。光の反射から色を割り出す事を無意識にしているが故に、梓は本当は、その失色を打破しているのだが、それは別の話。

 

 舐め回すような視線にピスケス――リアルである為に名は違うのだが――は不快に思わないのか、寧ろゆっくり回ってみせた。

 梓がそれに眉を上げた。言葉にしない事にすら敏感に察知し、対応している。

 だから、梓は。したくない質問をした。

 

「なぁ、お前。今まで何して生きてきた?」

 

 ある程度の解答が分かっていながら、それを本人の口から言わせるのは梓の悪い癖だ。それは認知ではなく再確認なのだから。

 だから、この解答は、絶望に値しない。

 

「逃げたり、捕まったり、怒鳴られたり、殴られたり、蹴られたり、ぶたれたり、後はそうね……犯されたり?」

 

 ――だから梓が何をすればいいのか、それで決まった。

 

□■□

 

 逃げながら異世界を旅する少女。彼女が何から逃げているのか、梓は問わなかった。

 逃避行生活と自由の謳歌。これが両立出来る筈も無く。彼女がデンドロ世界で三日に一日のペースで来る理由が、それだけでも何となく察せられるものだ。況してやそれが、現実世界で決まって夜である理由も。

 日中逃げ回り、夜に旅立つ。これを毎日繰り返しているのだろう。何処に心休まる時があるのか、答えは明白で、それをカタルパ達が奪ってしまったのも、明確だった。いや、ここで態々言い換える必要もあるまい。庭原 梓は確かに、目の前の少女の安息を絶ってしまったのだ。少なくとも今日一日の。今夜の安息を。

 今夜の安寧を、奪った。

 どうやって夜に安全を、無防備な中安全を確保していたのかは謎だが、奪ってしまったからにはそれを補完する必要があるだろう。

 

「……で?どっから来たんだ、お前」

「お前じゃないわよ……あぁ、名前言ってなかったっけ」

 

 サラリと話を逸らしてくる。あまりに自然な流れに乗りそうになるが、堪えた。

 

「名は聞くが、何処から来たかは答えろよ」

「チッ、騙されないかぁ」

「……お前割と粗雑だな」

 

 少々高貴さを感じる風貌だっただけに、そこは少し残念だった。完璧な人間は居ない、という事か。

 梓然り、叶多然り、カデナ然り、松斎然り。

 

「私はディアドラ。流石にフルで名乗る必要も無いわよね?」

「まぁ、流石にな。……ところで、それは偽名じゃなくて本名なのか?」

「えぇ……奇しくも」

「マジかー……マジかぁ」

 

 だとすれば、『事実は小説よりも奇なり』なんて言っていられない。

 言葉通り過ぎて笑えない。元より笑う心算など毛頭ないのだが。

 アルスター物語に登場する悲劇のヒロイン、ディアドラ。デアドリーやディンドランとも呼ばれるそれと同じ名前だと言うのなら、偶然と語っていいのなら、あまりにもあんまりだ。この状況は、彼女が歩んできた人生は、きっと悲劇と言って差し支えないのだろうから。

 

 ――救わねばならない。

 

 反射的に、そう唱えた。

 その安寧を絶ったから。否。

 その悲劇を知ったから。否。

 

「僕が誰もに手を差し伸べるような英雄で――」

 

 悠々、一拍空けて。

 

「『俺』が誰も彼もを救いたがる正義の味方だからだ」

 

 一人が二人分、誓った。

 英雄で、正義の味方だから。

 彼女を救い出す、と。

 

□■□

 

 既に算段は着いていた。やる事は決まっていて、ほぼほぼ完了している。

 

「取り敢えず……」

 

 梓はガラケーを開くと誰かに通話し始め、同時にパソコン――これまた一昔前どころか数十年前の産物と思われる旧式である(よくマトモに動くものだ)――を立ち上げて、何かしら調べ出す。

 ディアドラが覗いたところで特に分かる事もなく、仕方なく来訪者用に置かれているお茶菓子に手を伸ばした。

 パリッと煎餅の割れる音が響く。梓の声は小さく、ディアドラに聞こえないようにしているようだ。キーボードを叩く音もやけに静かで、静寂がその客間を支配していた。

 

「――あぁ、それで頼む。じゃ」

 

 パチンと携帯を閉じて、梓が視線をディアドラに向けた。携帯を置き、両手でキーを打ち始めると、次第にディアドラにも画面から状況が読めてきた。

 

「さて、どうするディアドラ。今なら引き返せる。が、このまま居座ろうとするのなら、僕は()()()()()()をやるぜ?」

「貴方……生粋の馬鹿ね?」

「今頃気付いたか?」

 

 軽く笑ってみせた梓だが、ディアドラの反応は対称的だった。それもその筈だろう。

 

「私を()()()()なんて、馬鹿な事は言わないでよ?」

「いやぁ、どうだろうなぁ?お前の意見を聞きたいな。ディアドラ」

 

 その目に篭っていたものは、先程の舐め回すような視線とは違った。それが外見を見ながら内面を俯瞰するような『観察』であるならば、その視線はただ本質を見ている、見抜いている目。打って変わって心の奥底の、本音を聞き出す為の『凝視』の目だ。寧ろ内面しか見ていないような、そんな視線。

 不快だとは思わなかった。その目が、ディアドラを救う為に向けている事が、よく分かったからだ。

 救ってほしい、ではなく匿ってほしい。そうであった筈だが、と苦笑する。

 思う通りに行かないのが人生で――何事も予想外なのが人生だ。

 

「――面白いじゃない。あいつらに勝てるって言うなら。それに私の命を賭けてもいいわよ」

 

 ディアドラは笑う。

 元から賭けられていた命を、天秤にかけられていた命を、今更のように差し出して。

 もう片方に乗るのは果たして、羽か――誰かの命か。

 ディアドラと庭原 梓の二人は行軍する。

 目的は少女ディアドラの『救済』。

 死が死である世界で、死にものぐるいで進み出す。

 

 残り時間は22時間。

 賽はもう、投げられている。

 

■同時間軸 【ギャラルホルン】戦場跡地

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 地を抉り、風を裂き、縦横無尽に駆け巡る。

 然し。

 

 光の速度で奔る雷には勝てない。

 

『Lu――――Gahhhhhhhhh!!!』

 

 化け物が叫び、雷鳴が轟く。

 降り注ぐ光の乱流に全てが飲み込まれていく。

 

「ちょ、ちょっ――耐えられないって!」

「黙って木を展開して!」

 

 正義の味方が居ない中、武力と勇気は走っている。奔走している。

 欠けた時点で足りていない。当然だ。だから勝てない。

 

『Lu――――Gah!!』

 

 化け物の雄叫びと共に再び嘶く雷。

 万雷の喝采は、容赦なく二人に襲い掛かる。

 

「あーっもぅっ!!」

 

 実名を開示しながら(本意ではなかろうが)光の雨を潜り抜ける。

 

「早く戻ってきなさいよぉっ!!」

 

 その叫びは虚しく谺する事もなく。雷の雨に遮られた。




( °壺°)<次で百話ですってよ皆様!
( ✕✝︎)<趣味で始まり、趣味で続いているものを読んで頂きありがとうございます
( °壺°)<百話目は番外編みたいのにしたいのですが
( °壺°)<ここで挟むのもアレなので、またいずれ
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