其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第百一話

『え、イヤよ。まったく、そんな事で私を呼ばないでよね。じゃ、私はカデナ君とまた共闘するから。早く梓も来なよ』

 

 そんな声が、携帯越しに聞こえた。そしてそのまま終わる。ツーツーという無慈悲な通話終了の合図が梓の耳に届いた。

 梓の冷や汗と苦笑、ディアドラの微笑。

 馬鹿な、快諾してくれる筈では。梓の期待を尽く裏切って、天羽は首を横に振った。見えはしないが、そんな気がした。

 少しづつ梓は笑みを引き攣らせ、ディアドラは口角を上げる。

 つまり。

 

「僕が引き取れ、と」

「あらまぁ……」

 

 やれやれというジェスチャーを取りながらも、何処かディアドラは嬉しそうだ。

 椿の所に押し付けようかとも思ったが、アレの『英才教育』を受けさせる訳にも行くまい。狩谷も何をしでかすか分からない。

 必然的、この無辜な少女(ディアドラ)を梓が引き取る羽目になる。

 

「えぇ……どうすんのさ」

 

 生活スペースに於いては特に問題は無い。寧ろ一人暮らしをするには大き過ぎた位だ。

 問題はスペース以外の生活面だ。

 天羽が泊まりに来ていた時とかは大して考えていなかったような情報が、今更のように頭の中を流れる。

 ……それは天羽を女性として見ていないという事実を少なからず含んでいるが、言わないが花だろう。

 

「……よし。金は渡すから自分の衣服とかは自分で買ってきてくれ」

「ま、そうヘタレるとは思ってたわ」

 

 あっさりと受け入れ、玄関まで歩いて行く。然し靴は履かず、じっと梓を眺めている。因みに今着ている服は椿が調達してくれていたものであり、靴も然りである。

 

「……どうした?」

「……いや、分からないから」

 

 ディアドラの言葉に梓は首を傾げる。今時靴の履き方が分からない人間が居るのだろうか?

 

「買い物って……具体的にどうするのか、よく分からないのよ」

「…………成程」

 

 ネットショッピングという選択肢もあっただろうが、店頭販売も未だ現役だ。

 女性のファッションについては無知な梓ではあるが、やれやれと着いていく事を決めた。

 

□■□

 

 ショッピングモールで、少女ははしゃぐ。

 

「へぇ、ショウウィンドウってやつでしょ、これ!凄いわね」

「もう何十年も前の産物だよ。大して珍しくもない」

「いいの。私にとっては初めてみたいなものなんだから」

 

 スカートを翻し、踊るように店を回る。

 髪がくすんでこそいるがその赤眼や綺麗な容姿は人の目を惹き付ける。白い薄手のシャツと青白いロングスカートという清楚なイメージを持たせた格好は、爛々と煌めく宝石のような眼を際立たせていた。

 

「……一……二。それと三、か」

「……梓?」

「いや、なんでもない。それで、何を買いたいか、とか具体的じゃなくてもいいから、どういう服が見たいんだ?」

 

 逸らしていた目を少女に移し、梓は問いかける。

 

「そうね、お姫様が着るようなドレスとかには興味があるけれど……」

「んなもん日常生活で使うかっての」

「分かってるわよ」

 

 頬を膨らませて拗ねたような表情を浮かべるディアドラ。案外感性が子供っぽい。隷属していた環境下で、よくそうも精神を保っていられたものだ。何度も諦めず、汚泥を被ってでも這い上がる。結果こうして光の下で自由を謳歌しているのだから、救われている。

 

「――確かにそれは、シンデレラみてぇだな」

 

 灰かぶり姫の童話を思い出しながら、梓は笑う。

 

「シンデレラ……そうね、シンデレラが着ていたような、全然豪華っぽくないドレスみたいな服が気になるわ」

「豪華っぽくないドレスってまた難儀な注文を……」

 

 頭を掻きむしり、梓は目を逸らす。ディアドラは再びショウウィンドウを転々と眺めながら、踊るように歩いて行く。

 梓の逸らした目は、矢張り何処かを向いていた。

 

□■□

 

 結局、今ディアドラが着ているような服を何着か購入した。バリエーションはそんなに多くない事になるが、服に対して特に頓着が無い、と言えば聞こえは良いのか。いや、女性がそうでは見るに堪えないか。然しそこにいるのは乙女心を理解できない庭原 梓という唐変木である。故に話はそれ以上進展しない。

 

 そしてまた、頓着が無いからこそ目は他所を向き、それ故に気付けるものも多少はある。

 ショッピングモールを出て少し歩いてから、不意に梓は立ち止まる。

 

「……やれやれ。美しいだ可愛いだは僕には分からんが――」

「……え?どうしたの、梓」

 

 ディアドラが心配そうな表情を浮かべる中、矢張り梓は彼女から目を逸らしていた。いや……何か、違うものを見ている。

 

「今の内に選べ。これは警告だ」

 

 何か……いや、誰かに向けて梓は言い放つ。声を少し荒らげているようにも取れた。ディアドラは視線を追い、建物の影に隠れてよく見えないが数人、見覚えのない人間を見た。

 

「一、諦める。これを最も推奨してやる。と言うか実際一択な訳だからこの選択肢を出すのもどうかと思うが、二。撤退する。『戦略的』撤退は出来る内にしておけ?ただの撤退は悲惨だぞ?」

 

 怒気は無い。然れどそれに似た何かは感じる。

 黒眼が見つめる先の男達には、怯えと、少しの焦りがあった。……焦り?『何』に焦っているのだろうか、とディアドラは首を捻る。

 自分を()()()()()()()ペナルティがある、と言うのなら一応の納得は行くが。いやそもそも、出会った事の無い人間である彼らがディアドラ引き戻さしに来た、とは考え辛い。ならば何故彼らは焦るのか。ましてやその視線は梓だけではなく、その数人の間を行ったり来たりしているのか。

 それは次の、梓の台詞で分かった。

 

「誘いたいなら誘うで自由にしろよ。ただ、許すとは言ってねぇがな」

 

 要するに、ナンパである……。

 「え?」とディアドラに言わせる隙すら与えず、梓は畳み掛ける。

 

「お前らの視線は観察の目だが、そこには好意がある。そりゃそうだ。こいつは美少女だからな。だがだからと言って()をお前ら如きに渡す訳がねぇだろうが」

「…………え?」

 

 今度こそ、その一文字が口から発せられた。

 今、姪と言ったか?

 後ずさり。諦め。詳らかな意思は分からないが、男達の気配が去って行く。

 

「……ま、待って、貴方今……」

「あ?あぁ、お前は僕の姪だ。うん」

 

 年齢的に娘ってのは合わないだろうからな、と零す梓。

 違う。そんな事が聞きたいんじゃない、とディアドラは叫ぼうとしたが、それが言葉に出来なかった。

 口から漏れ出たのはそんな言葉ではなく嗚咽で。

 目から溢れ出たのは涙だった。

 

「おいコラ、なんで泣きやがる。……仕方ねぇな」

 

 胸を貸し、頭を撫でる。

 ただそれだけで、涙の雨は加速する。

 姪。血の繋がりこそないものの、初めて出来たと言って過言ではない『家族』。

 嗚咽の中に混ざった「ありがとう」を、決して梓は聞き逃さなかった。

 

□■□

 

「で?あと一時間くらいな訳?」

「こっちではね。だから後現実では二十分くらい、かな!」

 

 大分慣れてきたのか、カデナとミルキーには余裕が見える。

 【往古雷魂 デモゴルゴン】も、本気で倒しに来ている訳では無いのを知ってか、牽制が多くなった。

 

「知性がある、っぽいよね」

「まぁ、なんだかんだ神様達が戦った戦場跡地に産まれた〈UBM〉だし?ましてやそれが数字の神様ってんだから、私達よりも賢いんじゃない?」

 

 雷を潜り抜けるのも、随分と慣れてしまった。

 だが……。

 

「どうするの?僕のイグドラシルはMPとか使わないから際限なく使えるけどさぁ……そっちはもう、MPもSPも無いよね?」

「んな事言ったらカデナ君だってイグドラシルが使える()()で私の回復とかも出来ないでしょ?」

「まぁね。どうしよっか、このジリ貧」

「アイテムだっていずれ底を突くでしょうし……あと一時間ってのも、結構厳しいわねぇ……」

 

 会話をしながらも、視線は敵に向いていて、最小限の動きで雷を交わし続けている。

 

「攻勢、出たいわね」

「あはは、ミルキー一人じゃ手数が足りないからねぇ」

 

 せめて防御要員が欲しいよねぇ、とアルカが言う。

 誰かが守り、アルカが援護し、ミルキーが殴る、という体勢ならばどうにかなりそうなものなのだが、二人だけではこの雷の雨を潜り抜けて一撃与える事は難しい。不可能ではないが、無傷でもいられまい。そう何発も受けていられるものでもない。彼らの言う通り、ジリ貧と言うやつだ。

 視線の先、【往古雷魂 デモゴルゴン】は悠々と宙に胡座をかいている。

 捻じ曲がった双角。焼け焦げたような黒い肌に山羊を想起させる顔面。六本の腕には武具が握られていて、それぞれが雷を纏っている。その内の一つは独鈷杵のようにも見えた。インドからも何か伝承が流れてきているのだろうか。

 名だけが伝えられて、中身がないモノ。それ故に何を詰め込もうとも矛盾が産まれないモノ。

 

『Lu――――Gahhhhh!!!』

 

 怪物が吼える。神の一面を持った、と梓は予想していたが、それならばそれは魔神と言える程に禍々しいものだった。

 雷が奔る。

 牽制ではない、本気の一撃と言ったところか。

 イグドラシルを展開しようにも間に合うかどうか。

 

「あ、これ――」

「ダメなやつ――」

 

 諦めが早いのも如何なものか。

 だが、その瞬間まで耐え抜いたのは正解だった。

 

「展開しろ、ベルゼブブッ!!」

 

 そんな声が、届いたのだから。

 一瞬の閃光を遮る黒い群れ。

 光エネルギーと熱エネルギーをその小さな身で受け止め、散らして行く。だがその群れは尽きない。やがて雷は止み、空になったアイテムボックスが落ちた。

 

「うっわマジか……灰すら残さず一個分……これじゃ《ガーベッジ・リンカーネーション》も使えねぇし……うっわ、大出費じゃねぇか」

 

 悪態を吐きながら、二人の後ろから青年が近寄る。

 

「あんたは……」

「ニベルコル、だったっけ?」

「あぁそうだよ。ったくイラつくぜ……なんでお前らと組まなきゃいけねぇんだよ……」

 

 なら何故来たんだ、という問いを発する前に、答える声があった。

 

『致し方あるまい。此方(こちら)が脅したのだから』

 

 それは、水晶を組み合わせて造られた、人造天使のような見た目をした何かだった。

 

『此方は特典武具ではない故、厳密にカタルパ・ガーデンだけのもの、とは言えない。今回は《宝玉精製》でこのような形を造った後に()()をコレに移した。そうする事でカタルパが死んで尚此方は此処に居る。後は此方自身が此奴(こやつ)のリスポーン地点に向かうだけである』

「……抜け目ねぇな、この野郎」

 

 ――――つまり。

 

『今の此の姿こそが【七天抜刀 ギャラルホルン】なのである』

 

 脅した加害者(ギャラルホルン)脅された被害者(ニベルコル)

 二人の参加者を加えて、【往古雷魂 デモゴルゴン】討伐戦は加速する。

 

「えぇ……」

「梓は何を考えてんのよ……」

 

 若干引いている二人を置いて。




( ✕✝︎)<ニベルコル!?馬鹿な、奴は死んだ筈では……!
( °壺°)<ちゃんと一回死んでんだなぁ

補足。
【七天抜刀 ギャラルホルン】は〈UBM〉になれなかった『何か』の残骸でしかない為、所有権はカタルパには無く、また本体が分離してカタルパの持ち物ですら無くなった為に今回のような(アホみたいな)事が出来た。
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