其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第百二話

 灰すら残らかった蝿の群れ。

 生きた証は何処にも無く、ただ守る為に散ったという結果だけが残された。

 

「もう一発来たら危ねぇけど……見え見えの動作と溜めだ。牽制ばっかだったんじゃなく、チャージしていたから強気に出なかっただけ、ってとこだろ。で、お前らの意見も聞きてぇんだが。俺は何をしてやるべきだ?」

 

 何となく、ニベルコルが頼り甲斐があるように思えた。かつて敵対し、今尚その関係は続いているのだから、こうして肩を並べる事は「有り得ない」の一言に尽きるのだが……それでも、有難い事に代わりはない。

 

「ちょっと盾役頼めるかしら!」

「援護だけならイグドラシルがするからさ」

「……成程な、攻めあぐねてやがったのか」

 

 その程度ならやってやるよ、とニベルコルが蝿を展開し始める。

 その小さな一匹一匹の蝿が、今は頼もしく思えた。

 

「ったく……この水晶が居なけりゃ今すぐにでも……」

『ふっ、愚かな事は考えるものじゃないぞ。此方が逃がす訳が無かろう』

「……だよなぁ、知ってた」

 

 俺が逃げても、他があるしな、と毒づく。

 再び降り注ぎ始めた雷に、蝿の群れは的確に対処している。

 数匹の群れを個として、それぞれの雷に幾つかの群れが突っ込み、相殺させる。

 最適を繰り返すが、それでも足りない。

 ミルキーが一撃与えるには、もう少しばかり、()()()()()()

 それは距離であり、力であり、単純に数だった。

 蝿がニベルコル本人から展開される以上、進めば進む程その防御は手薄になり、イグドラシルの補助を持ってしても捌ききれないものが当然現れる。

 それを躱していては、届かないのだ。

 横に降る閃光を前に、三人は攻めあぐねていた。

 

『ふむ……つまりは、こうか』

 

 刹那。

 突如現れた水晶の盾がミルキーの周りを旋回し、雷から彼女を守り始めた。

 見れば水晶天使……【七天抜刀 ギャラルホルン】が其方に手を伸ばしていた。《宝玉精製》で展開し、コントロールしているようだ。

 然し雷は光の速さで突き進む。

 今の彼らは、遠くに鎮座する魔神の、ほんの僅かな指の動き等の動作から先読みして躱しているに過ぎない。

 その先読みを違えた瞬間が、彼らの死。

 役割分担を間違えたその瞬間が、灰すら残らない合図である。

 それを、カタルパが来るまで。一時間繰り返す。

 

 ――――例え、彼が来たからと言って、勝利が確約されていなくとも。

 

 …………その選択を、変えるのだろうか。

 仮に。あくまで仮定として。

 その時点で、更なる災厄がカタルパが原因で引き起こされる事を、知っているとしたら。

 彼らは素直に、この瞬間に死ぬ事を選択出来ただろうか。

 きっと、出来なかった。

 それだけは、この事を知らなくたって言える事だ。

 

□■□

 

 『仕事』が一段落ついた狩谷は、少しの間ログインしようか、とデバイスを頭につけた。

 彼女、セムロフ・クコーレフスは何日か振りにデンドロの世界に降り立った。

 何となく街をふらつきはするも、目的はない。カタルパがデスペナルティになっている事は、既に本人から連絡されていた。

 そんな中、やけに静かな街中に轟く雷の音を、微かに耳にした。

 

「今の音は……それに、この方角……ミルキーさんか、カデナさん?いえ…………」

 

 彼らの中に雷を起こす人間は居なかった筈だ。

 であれば……何者、或いは――何物か。

 彼の居ないこの時を狙ったのか、偶然の産物か。

 どちらにせよ良いものでも善いものでもない。

 胸のざわつきを覚えながらも、ミルキーより遅い脚で、セムロフは駆け出した。

 

「また、厄介事……なんですよね。はいはい。貧乏くじ貧乏くじ」

 

 多少の余裕を見せながら。そんなものが無ければ、狂気に落ちていると言い聞かせるかのように。

 

□■□

 

「それで、これですか」

「「「よし、補助役来た」」」

『遅かったな、【探偵】』

 

 三人(+一体)に歓迎されながら、来て早々ミルキー達にバフをかける。

 本当に厄介事で、本当に貧乏くじだった。

 

「進んで下さい、ミルキーッ!!」

「えぇ、任された!」

 

 強化を受けてミルキーが走る。事前に展開されていた木龍や水晶の盾を、時にその意味の通り盾として使い、時に縦横無尽に駆ける為の足場に用いた。

 踏み台にされた事に一瞬木龍が嘶いたが、それもアルカに宥められて留まった。

 

「《轢かれた脚は此処に(テケテケ)》」

 

 体を真っ二つに圧し切り、

 

「《考える脚(バラバラボトム)》」

 

 上半と下半の二つに別れて舞い踊る。

 下半の脚が上半を蹴飛ばし、ミルキーが一気に接見する。

 

「《有る地を這う者(アンダーウォーカー)》」

 

 自身が地に足をつけている事を条件に起動し次の一撃を強化する【上半怪異 テケテケ】のアクションスキルを【狂騒姫】の唯一無二のスキル《混沌こそ全を産む(マザー・オブ・カオス)》を経由して発動した。

 そして跳躍。

 目と鼻の先にその姿を捉えて――

 

『《千却万雷》』

 

 魔神の一声を前に、墜ちた。

 驚きの声を光の速さで置いていき、閃光が奔った。

 かろうじて――それも奇跡的に――躱したミルキーは、原型は愚かあった証すら失った左腕を見遣る。

 

「――ノーモーションで」

「雷を、撃った、だと……?」

 

 遠目からでもそれは分かった。カデナが戦慄し、ニベルコルが舌打ちする。水泡に帰すどころか、何一つ残せそうにない。

 

「だから嫌なんだよこういうのは……っ!」

 

 今更ながら蝿を飛ばす。然しそれらを念入りに一発ずつ雷が撃ち落とした。群れで翔べばその群れを纏めて。バラして翔べばその一匹一匹を逃がさないよう一発ずつ。

 

 ――今、【往古雷魂 デモゴルゴン】は、ミルキーを敵と認識したのだ。寧ろ今までは路傍の石程度にしか思っておらず、今尚現在進行形でカデナ含む面々を敵とは認識していない。

 

『GUUH…………』

 

 先程のハッキリと聞き取れた言葉は幻聴だったのかと思わせる程に野性的な唸り。

 まだ二十分程しか経っていないと言うのに、既に終幕は近い、かのように思われた。

 

「行くわよ、シンデレラ」

『介入して良いのでしょうか……と、聞いても無駄でしたね』

『行くクマァァァァァっ!!』

 

 その声が届かなければ。


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