ピスケスことPeace by caseが再びデンドロの地を踏む前、現実ではこのような会話が行われていた。
「デスペナ明けに、この場所に行け。詳しい話は現地でニベルコルがしてくれるだろう」
梓はマップを手渡すと同時にそう告げた。ディアドラとしてはちんぷんかんぷんな話で、5W1Hで問い質したかった。
何故ニベルコルが居ると知っているのだろうか。彼とカタルパの険悪さをディアドラは知っている。到底信じきれる話でもないが、疑う必要性も無い。
「あとそうそう。着ぐるみに出逢ったら同伴させとけ。なるたけ急ぐように」
「え、えぇ……」
着ぐるみとは、とこれまた問おうとしたが、何か含意がある様子だった。
アルター王国で着ぐるみの人と言えば、大抵はただ一人を指す。
彼と繋がりがある、というのも何処かで聞いた話だ。
特に首を横に振る理由も無い。ニベルコルが居るなら尚更だ。
犬猿の仲と言う程でも無いが、別段仲が良い訳でもない。けれど居てくれないと落ち着かない。ニベルコルとケルベロスの仲と同じくらいに。
「いいじゃないか、ライバルみたいで」
梓はそう言うが、ディアドラにはイマイチ分からなかった。
その言い方は、「梓には居ない」ように聞こえて。
□■□
「あ、ホントに居るのね」
『アイツも少しづつではあるが、顔が広くなってやがるクマ。喜ばしい反面、現実と照応して大丈夫かと疑いたくなるクマ……』
【■■■】■■■・■■■■■■はピスケスにそう言った。
姿形はあるが、中身が窺えない。着ぐるみだけの伽藍堂だと言われたら、それはそれで信じそうだ。それ程までに、それの内面は見えなかった。
当然それがその着ぐるみの能力である事など分かる筈もなく。
「えっと、よろしく?」
『よろしクマー』
仔細を知らぬままピスケスは、最大戦力を仲間にした。
『それで、敵の情報は?』
「私が知っているのは【往古雷魂 デモゴルゴン】って名前と、それと雷を出すって事ぐらい」
『デモゴルゴン……それに雷……成程、神と悪魔か』
「でも不思議ね、神様の側面を持つなんて」
『ん?デモゴルゴンが神の側面を持つ事が不思議クマ?』
走りながら、会話を交わす。ピスケスのその言葉に■■■は意味不明の語尾を付けながら問うた。
「いやホラ、デーモンとゴルコンでしょ?で、ゴルゴンって言ったらメデューサとか……あぁいうのじゃないの?」
『あぁ、成程クマ。ゴルゴンに悪い印象しかねぇってことか』
「……あれ?違うの?」
『ゴルゴンは三姉妹で、そのどれもが本来女神だクマ。ただ、三女のメデューサだけは不死性を持ってなくて最終的に怪物になっているクマ。ゴルゴン三姉妹と言う総称はメデューサがゴルゴンとも呼ばれる事から来ているクマ』
「つまり私は、そのメデューサを基準にゴルゴンを語っているから、『ゴルゴン三姉妹』として、つまり三姉妹で捉えた時にある筈の神性を見落としていた訳ね」
『理解が早くて助かるクマ』
「褒められている気がしないわー」
寧ろ着ぐるみに褒められるって何よ、とピスケスは零した。
着ぐるみは苦笑した。
『まぁ、正体を隠す為なんだ、許してクマ』
許してくれ、とは言わなかった所にユーモアを感じながら、並走する二人は戦地へと赴くのだった。
□■□
来て早々叫びながらガトリングガンを打っ放すクマの着ぐるみは、アルカ達にどのように映っただろうか。「あ、変人だ」と流されたに違いない。少なくともアルカ・トレスとミルキーはその反応であり、ギャラルホルンも半ば順応していた。驚いたのは隣にいたピスケスと、盾役に尽力していたニベルコル位のものだろう。
「えっと……取り敢えず、理解はしたわ。私は陽動かしら。《
ニベルコルから少し話を聞いてからシンデレラを振ると、ピスケスの姿が揺らいだ。だが存在感だけは消えていない。そこに居る、そう認識出来る。灰を被っても硝子の靴は硝子の靴だ、と言うことか。
姿が見えずともそこに居る。ならば自然、幾本かの雷は其方に向かう。
それこそが狙いだ。見えない中、重厚な存在感を放つそれを、己と雷の間に置く。
バチイッ、と閃光が煌めき、拡散する。その光景で察した。彼女はギャラルホルンの水晶盾を持っている。
「なんだ……あれ俺がサポートに回った方が良いのか?相殺を俺とあの着ぐるみがやってくれるとして、防御と援護をアルカ・トレスと
希望論を唱え出したニベルコルに、諌めるような視線が幾つか飛ぶ。『フラグはやめろ』と。
歴戦の猛者、彼等は知っているのだから。そういうものは大抵、折れずに回収されると。
「うぁぁぁぁっ!!」
『くっ……耐えて下さい、マイマスターッ!』
雷が掠めた。そも光。音より遥かに速いもの。多少の蛇行はあれど、先ず避けられるものではない。亜音速で動こうが、光の速さには届かないのだから。
況してやピスケス及び【幻想針姫 シンデレラ】の戦闘スタイルは、この戦況には向いていない。ここまでよくやったものである。
だが、被弾して尚彼女は止まらなかった。
「あと、少し、なのよ……!」
掠めただけで悲鳴をあげるこの身体を押さえ付けて、恐怖に竦む精神を引き摺りながら。震えながら一歩。痛覚は切っている。だが痛い怖いと泣き叫ぶ心を締め付けながら一歩。
水晶が閃光を散らし、その眩くも淡い光にビクリと震えた。
だが、託してくれたから。庭原 梓は――『私』の家族は、私に託してくれたから、と。
怯え竦む理由になっても、止まる理由になってはならない。
彼の思いに応える為には、どんなにゆっくりであっても、進まねばならない。
「あと少しで、来てくれるのよ……!」
言葉が、彼等に届いた。耳にではない。心にだ。
再確認させられた。
使命感は無いが倒さねばならない事を。
危機感も無いが倒さねばならない事を。
「ただそこに居るから」倒さねばならない事を。
何故ならば、目の前の怪物は間違いなく、無差別に人を殺すであろう、『悪』なのだから――!!
「《
「――《
巨大で強大過ぎる■■■と、既に発動しているミルキー、発動しても「届かない」ピスケスを除いた二人、アルカ・トレスとニベルコルが必殺スキルを発動させた。とは言え、イグドラシルの必殺スキルはON/OFFの無いパッシブだが。
全ては悪を屠る為に。然らばその目的に敵対するものこそが……悪、なのだろう。
『
そう、アレのように。
追記。
何故か15分更新でした。
再三再四の確認を怠った証拠で御座います。
大変申し訳ありません