其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第百四話

 奔る。奔る。奔る。

 「それ」、【往古雷魂 デモゴルゴン】には過去が無い。

 それは神のように――「望まれたからそこに居る」かのように。

 「何に」望まれ、「何時」望まれ、「何処で」望まれ、「何故」望まれ、「どのように」望まれ、そして「何を」望んだか、など関係ない。

 

 ――ただそこに、斯くあるべし。

 

 往古来今、神とは、悪魔とは、そういうものであった。

 何一つの例外なく、そういうものであった。

 どのような観測であったとしても、その現象は変わらない。

 我思う故に我あり。その理論は神や悪魔にさえ通用するのだ。

 願望。願われ、望まれ。然ればそれは翻り、「そこに居たい」という己が願い、望みとなる。

 神や悪魔としての歴史は無い。だが産まれたからには意味がある。

 何故なら?

 往古来今、全てはそういうものだったからだ。

 

□■□

 

 天が、そしてデモゴルゴンの周りが光る。正に縦横無尽といった雷撃は、容赦なく一行に向かおうとしていた。

 木龍と蝿、そして水晶で防ぐにしても限度がある。実弾で相殺するにしても銃口は一つ。頭上から、そして正面から迫り来る雷撃の双方は対処出来ない。

 

『前はやる!上を任せた!』

「「任された」」

『良かろう』

 

 雷を喰らわんと天へ木龍は伸び、その天を覆うように蝿の群れが遮った。更にその蝿と地上を遮るように、巨大な水晶が精製された。

 地に沿って奔る鉄の線。天へと伸びる木と蝿と水晶の塔。

 雷迎は、その全てに正面から突っ込んだ。

 爆発音と衝撃音、その他諸々を引き置いて、先ず閃光が視界をジャックした。続く爆音と衝撃に耐え、ある者は正面を、またある者は天を見た。

 そして。

 

 前と上から、光は降り注いだ。

 

『ぐっ――』

『――《宝玉精製》!!』

 

 銃撃の反動で反応が遅れた■■■より先にギャラルホルンは動き、水晶でドームを形成した。

 然し急造品。ある程度の拡散は出来ても、防ぐ事は出来ない。一瞬勢いを止めるに過ぎないだろう。

 だが、その一瞬があれば、彼等は事足りる。

 

 容赦なく雷撃はドームを砕き、その中で炸裂した。

 然しそこには亡骸は無く、奇跡的に残されたのは地から姿を見せる木の根が一つ。

 デモゴルゴンは遠目からでもその状況を理解した。いや……だからこそ理解した。

 躱され、反撃に出られる。

 何せ此処は、()()()()()()()()()も離れてはいないから。

 途端取り囲むように現れた木龍。四方を囲むように四体。

 そしてそのどれからも、彼等は「吐き出された」。

 往々に眼前に敵を捉え、各々の手段で攻撃を試みる。だが、

 

『足りない』

 

 その一言に呼応して降り注いだ雷に、一蹴された。

 

「がっ……!!」

『何……っ!?』

 

 設置型の罠があった訳ではない。完全に見てからの反応であった。

 だからこそ脅威に映る。コンマ数秒程度しか猶予は無かっただろう。だがそれで合わせたのだ。化け物でなくて何なのだ、そう全員が思った時、腑に落ちる解答を得た。

 【往古雷魂 デモゴルゴン】はこの場所で産まれたのならば、つまり神と王の戦場跡地でありながら神と化け物の戦場跡地で産まれたのならば、この場所と深い繋がりがあってもおかしくはない。

 つまりこの場所で使用したイグドラシルの運用方法が知れているであろう事。

 或いは――

 

「カタルパ・ガーデンの知能を模倣しているかもしれない、事……」

 

 ミルキーが導き出した解答に、受け入れ難い仮説に、驚愕は隠さず、だが疑問は無く、夫々は受けいれ、諦めた。

 ()()()()()解決させる事を、諦めた。

 つまりはそう、時間である。

 

 一陣の風が吹いた。

 

「《一寸先は霧(ミスティック)》」

 

 霧がデモゴルゴンごと一帯を覆い、

 

「《架空の魔書(ネクロノミコン)》《怨嗟の感染(シュプレヒコール)――架空の魔書》。指定は『学習魔法・火炎耐性(ファイア・レジスト)』、『学習魔法・氷結耐性(アイス・レジスト)』」

 

 その霧の中で、二匹の化け物が顕現し、

 

「《形呑永愛(ガタノトーア)》」

 

 文字通りの五里霧中で、確かに其方を見ていた視線が刺した。

 二体の化け物が逃げ道を塞ぎ、一秒であれその身体は動かなくなった。最早避ける術はない。

 

「後は頼んだぜ、アイラ」

「頼まれた。《彼方の星を繋ぎ(スターロード)神話と鎖を紡げ(オーバーライト)》、《蒼天揺らめく旗(アズール・フラッグ)》」

 

 化け物も、霧も、デモゴルゴンも、それが纏う雷さえも蒼々と染めて、数値を読み取る。

 《仰げば尊き正義の断片(ライト・フラッグメント)》よりも今は此方の方が強い事は効果上明白。

 世界が蒼空に塗れて、刹那の内に黒白へと変貌する。

 その世界を貫く、一筋の閃光。雷などとは比ぶべくもない、極光が地を駆けた。

 二体の【実在虚構】をすり抜けて、それは当たり前のように炸裂した。今までの苦戦は何だったのか。

 嘲笑うように爆裂音が鳴り響き、正義の味方が降り立った。

 

「雷は奴の手引きでしか発動していなかった。なら単純じゃねぇか。反応速度を越えて殴ればいい」

 

 そう言い放つも、そう簡単な事ではなかろう。況してやカタルパの知能を模倣していたかもしれない、となれば。

 ――それこそ、本人をぶつけない限りは。

 知能殺しの鬼札。

 知能を以て知能を制す者。

 “不平等(アンフェア)”。

 正義の味方。

 

 それが、カタルパ・ガーデン。智力の化け物。

 

「……神と悪魔の混合体、にしては味気ないな」

 

 素っ気ない感想と共に、カタルパは剣を振り下ろした。

 

□■□

 

 ――先ず「おかしい」と思ったのは、カタルパだった。

 次に奇妙に思い始めたのは■■■だった。

 波状にその困惑は広がり、軈て始点に収束する。

 たった今倒された筈の、だがその骸が一向に消えないデモゴルゴンに、視線は集まる。

 討伐のアナウンスも無い。

 光の塵も発生しない。

 だがデモゴルゴンそのものは、息絶えている――筈なのだ。

 神だから、悪魔だから、()()()()等と宣う心算なのだろうか。

 

 ――違う。

 

 そう最初に気付いた者は誰だっただろうか。

 だがもう、何もかもが遅かった。

 如何なる抵抗も、意味を成さなかった。

 神と悪魔の発生条件が何かしらの願望であるならば、当然何かしらが願い望んだ事がある。

 

 ――神が神に(こいねが)う事が、どれ程滑稽であろうとも。

 

□■□

 

「『『!?』』」

 

 アイラとギャラルホルン、そしてネクロノミコンが異変を感じた。

 水晶の天使は胸を抑え、正義の女神は頭を抱えた。幻想の魔書は何も起こっていないようだが、内で何が起きているかは計り知れない。

 

『成程……そういう……!』

「待て……いや待てそれは想定『出来ない』、どういう事だネクロ」

 

 何かを察したらしいネクロに、カタルパは問い掛ける。アイラをお姫様抱っこで抱えて距離を取るが、恐らく無駄だろう。

 

『MVP特典には……ある程度の指向性が存在する』

「は?何だよいきなり……」

 

 突然無関係な事を言い出したネクロに、焦りを隠しきれないカタルパが毒づく。

 

『例えばそこの【■■■】ならば身体を覆い隠す着ぐるみ、ある者であれば死骸、ある者であれば暗黒騎士のような見た目の装備品……』

「だから……何が言いたいんだよ」

『つまり……貴公には「意志を持つ」装備が集まる傾向がある』

「……いや、だから……何なんだって……?」

 

 そこで勘づく。その話を聞いていた一同もまた、同様の結論に至っただろう。

 

『あの神と悪魔の混合体は……我々、カタルパ・ガーデンが所有する「意志ある装備」が願った事で発生した、と考える事は……出来ないだろうか?』

 

 意志ある装備、と聞いて、カタルパはガタノトーアとミスティック、二つの例外を示そうとした。

 が、それは口から出る前に遮られる。

 

『ミスティックはミスティック自身が貴公から消費されるMPの量を調整している。気分次第、というやつだな。ガタノトーアは必殺スキルがそうだ。アレは貴公自身の視線ではなく、あの単眼鏡で反射された視線、半ばガタノトーアの視線で停止させる……良いかマスター。貴公の装備品に例外など一つも無い。貴公に「死んで欲しい」と願う者など一人も居ない』

「……………………」

 

 そこで、嫌でも理解させられた。

 彼等が――ミスティックが、シュプレヒコールが、ネクロノミコンが、ガタノトーアが、ギャラルホルンが……そして何よりも、誰よりも、アストライアが願った事は――

 

『貴公にただ、カタルパ・ガーデンとして、生きて欲しかった――』

 

 途端、トサリと魔書が落ちた。カタルパが声をかけるが、反応は無い。

 次いでギャラルホルンが崩れ落ち、ニベルコルに倒れかかった。質量通りの重たい水晶が、そこには残されていた。

 霧が晴れ、化け物が消え、赤黒い鎖も現れず、水晶が精製される様子も無く、単眼鏡はレンズの倍率が変わらない。

 意志が、或いは意識が……途絶えた。

 胸のざわつきが治まらない。心拍が上昇を続け、マトモな思考を阻害する。

 

「っ……!?」

「――アイ、ラ……?」

 

 そして願いは、カタルパから彼女を奪おうとしていた。

 

「待て……待ってくれ……何も分かっちゃいないんだ……まだ……何も……」

 

 そう、まだカタルパは何が起ころうとしているのかさえ理解しきれてはいないのだ。だのに世界は彼から心の拠り所を、確かに奪おうとしているのだ。

 このままでは彼女の意識が途絶える。そうしたらカタルパは、果たして平静で居られるのだろうか?

 そっと抱き寄せて、行かないでくれとただ懇願した。然し神は、或いは悪魔は、その願いを聞き届けなかった。

 不意に、カタルパに体重がかかる。だらりと下がった腕、力無く頭を垂れて、それこそ眠りに着いたかのように身体を預けている。

 

「…………梓……」

「……………………こんなんを見てぇ訳じゃ、ねぇっつの」

 

 思い思いの言葉を口にする者、思う事はあれど黙る者、反応は多々あれど、その視線は二人に集中していた。

 その視線が動いたのは、骸が動いたからだった。

 

 ボコリ。水晶が随所から生え、体積が肥大する。

 べキリ。枯れた木のような翼が生え、それは宙に浮く。

 グシャリ。幾つもの節からなる腕と脚が伸び、昆虫特有の翅が翔く。

 ミシリ。腹が膨れ、幾つもの口が……口と言うよりは裂け目のようなものではあったが、叫び出した。

 ギロリ。魔神の顔が跡形も無くなる程に目が開き、威圧的な眼光を放つ。

 ジャラリ。その顔が縦に二つに別れたと思えば、乙女の上半身が生え、鎖を纏いながらその眼を開いた。その眼は先の眼と同じだった。

 

 言わずもがな。寧ろ言わせてくれるな。

 狂気に満ち満ちた造形、だが何処か懐かしさを感じさせてしまう。禍々しく、醜く、然れど頂点の美がそれらを掻き消して無理矢理その姿を完成させている。

 蟲の脚に雷が纏わりついている。デモゴルゴンそのものの、雷の概念もまた、消失してはいなかった。

 デモゴルゴンとしての形状の名残りは殆ど残されていない。水晶によって肥大化した体躯、その水晶からですら生える脚と腕。裂け目には口、枯れ木の翼、顔を割いて佇む乙女、全てを滅ぼすであろう眼。

 最早それは、デモゴルゴンではなく、カタルパ・ガーデンの軌跡だった。

 神も悪魔も、願いを叶える産物ではあるが、決定的な違いは確かにある。特に悪魔は、ただ願いを叶えるだけではない。魂を奪う者が居れば、「望まない叶え方」をする者もいる。「美しくなりたい」と願った時に、その者よりも美しい者を皆殺しにする事で美しくなる、といったようなものだ。

 

 だからこそ、と言えた。

 カタルパへ向けられた願いを叶える為に、その願いを叶える為の素材にされた。

 叶える為の装置としてのデモゴルゴンはもう居ない。そこに残されたのは、デモゴルゴンによって遺されたのは、カタルパ・ガーデンの為に、カタルパ・ガーデンにとっての脅威――この世の悪全ての元凶、この世界全てを滅ぼす機構。ミスティック、シュプレヒコール、ネクロノミコン、ガタノトーア、ギャラルホルン、そしてアストライア。その全ての要素の集合体。

 

 途端、辺り一帯に情報の乱流が発生した。

 それを、カタルパ達は見た事がある。ニベルコルとピスケスの二人は、「出会った事が無いから」戸惑ってこそいたが、要所要所で見られた文字から、察する事は出来た。

 これが真の発生か、と。

 

【――対象を逸話級〈UBM〉【清濁姫構 カタルシス】と命名――】

 

 二人がマトモに見た情報はそれだけだったが、充分過ぎた。

 浄化が、始まる。

 

□■□

 

 何度も何度でも言う事だが、カタルパの戦闘スタイルは当然の事ではあるのだが自分の〈エンブリオ〉である【絶対裁姫 アストライア】を中心に構成されている。

 だが今あるのは、動かない少女、浮かない魔書、鎖を飛ばさない剣と、霧を吐かない手甲、眼光を放たない単眼鏡、水晶を産まない天使。

 彼が闘う事は果たして、出来るのだろうか?




【清濁姫構 カタルシス】

哲学に於ける「浄化」を意味する語ではあるが、カタルパに影響を受けた事は明らか。
カタルパの所持する特典武具(ネクロノミコンや厳密にはMVP特典ではないギャラルホルンも含めて)が全て意志を持つという共通点から、そこを逆手に取ったかのように産まれた怪物。
ミスティックの脚と腕、シュプレヒコールの腹、ギャラルホルンの胴、ネクロノミコンの翼、辛うじて残ったデモゴルゴンの首(?)にアストライアの上半身。
神の側面を持つからこその雷撃であったが、矢張り魔神。悪魔の性質も残されていた。願いを叶える事に対しては、悪魔として忠実だったようだ。
本当に叶うのかどうかは別として。
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