其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第百五話

 カタルパ・ガーデンの武器は、意志を持つ。

 それの根底は今となっては誰にも理解出来ないが、『正義の味方は一人であってはならない』という暗黙の了解を守る為に持ったのかもしれない。

 意志。感情、思考――指向性。

 そこに最初から「カタルパを守る」意志は存在しなかっただろう。アイラ以外には。

 ならば何故、或いは何時追加されたのか。その思考の中でカタルパの事を憂うようになったのか。

 あの蟲(ミスティック)が。あの少女(シュプレヒコール)が。あの枯木(ネクロノミコン)が。あの怪異(ガタノトーア)が。あの水晶(ギャラルホルン)が。

 何故意志を持ったか、ではなく、何故カタルパを憂う意志を持ったか。

 それは五里霧中である。或いは暗中模索。

 つまりはいつもの事――だった。

 

□■□

 

 簡潔に言って、カタルパに為す術は無かった。

 【■■■】が第6形態で《■■■■■(バルドル)》を使用し、大乱闘を繰り広げているが、他のメンバーもそれを補助したりデコイをやったりとひた走っているが、その視線は戦場とカタルパを往来していた。

 霧を吐く機構こそ残されているが、消費MPの度合いが分からない手甲。

 ただ赤黒い意匠が凝らされただけになった刀は鎖を飛ばさない。

 唱えても何も起きず、宙に浮く事も無ければ語り出す事も無い魔導書。

 スコープ機能すら使えなくなり、伊達眼鏡のようになってしまった単眼鏡。

 ニベルコルがその場に横たわらせた、嘗て敵であった水晶の塊。

 そして何よりも。

 抱えたままの少女が、重過ぎた。

 奪われたのは、意識だけだ。形は未だ、カタルパが持つそこに残されている。だが、カタルパにとってそれは、何も無いのと半ば同じだった。

 それは、別にアイラにだけ言える事では無い。少し離れて横たわっているあの水晶天使に向けてすら言える。

 カタルパにとって存在は、内と外が揃って初めて一つだったのだろう。どちらかが無くなった時点で、それは一つとして認識出来なくなる。今は、正にそれだった。

 抱えたまま、カタルパは動けない。このまま怒りとも焦りとも悲しみとも取れない曖昧な感情を引き摺って戦地に立ったとしても、何一つする事なく絶命するだろう。

 進む「勇気」も、物理的に越えていく「武力」も、この現状を疑う「疑心」さえ、カタルパにはないのだから。

 それならばカタルパは、今この瞬間に命を断つ事が一番の幸福であるのかもしれない。

 意識が、意志が集合して最早何者でも無くなった浄化装置(カタルシス)の行く末を、見なくて済むのだから。

 カタルパを守りたいという意志が捻じ曲げられて一つに纏まってしまった「何か」を、もう見なくて済むのだから。

 だがそれでも、カタルパがその場を離れなかったのは、偏にアイラの為だけでは無い。

 

 「カタルパを守りたい」という正義は――カタルパにとっての正義ではない。

 ――正義の敵は、別の正義だ。

 ならばそれを打倒するのはカタルパ・ガーデン(正義の味方)の、義務だ。

 

「ごめん……ごめん、アイラ、皆」

 

 意志がある事に気付けなくて、とは言わなかった。

 意識を失えど、アイラが銀剣に姿を変えた。使用出来るスキルこそ一つも無かったが――それは、スキルの管理権限がアイラにあったのかもしれないが――それでも、充分だった。

 驚く程に手に馴染む。それはカタルパの為の武器なのだから当然と言われればそうなのかもしれないが、それだけではないような気もした。

 

「意識だけが、全てじゃない。形だけが全てじゃない。両方揃って初めて一つだ。だから俺が手に持つこれらは……全て完全じゃない」

 

 多対一の乱戦の中に、カタルパは歩いて行く。その歩は止まることなくその中心、カタルシスへと向かっている。

 

「だからこそ中途半端な俺に扱えるし――」

 

 そこで初めて、カタルパはカタルシスの全容を見た。

 

「だからこそ、取り返そうと思うよ」

 

 そして、目こそ合わせなかったが、そう言い放ったのだ。

 

□■□

 

 刹那、青年は迅雷の如く駆け出した。

 意志を持たないそれらは、ただ意匠が凝らされただけの我楽多だ。

 スキルは使えるが使わない。生身のまま、数値の書き換えさえ行わないまま、ただのカタルパ・ガーデンは、カタルシスへと駆け出した。

 あの蟲の腕による一撃でさえ致死であろうに、恐れはないのか、止まる気配を見せない。

 そのまま進み、接見し、合間見えて――

 

 そのまま一太刀を浴びせた。

 

「「「「……?」」」」

 

 【■■■】以外の四人が同様に首を傾げた。

 原因は単純だ。

 神が確約したのであれ、悪魔が契約したのであれ、願望は履行される。

 つまり、『カタルパに死んで欲しくない』という願望だけは、汚しようのない程に履行されていなければいけない。

 ならばカタルシスが、カタルパを傷つける道理が無い。

 

「願われなくちゃ救われねぇ程、俺は腐っちゃいねぇ心算だったが……」

 

 武器を仕舞い、拳を握る。

 目と目が合っているのに石化しないのは、セーフティか何かが働いているからか、カタルパには分からない。だがこれだけは解る。

 

「俺の事が大切ですと言うのなら……せめて、俺の事を、少しは信じてくれよ。な?」

 

 恐らくは自分以上に自分を慮っていてくれた事。それこそ他力本願になる程に。

 

「有難う。その心は嬉しいぜ。だから――」

 

 そしてカタルパは。

 

「気持ちだけ、受け取っておくよ」

 

 カタルシスの顔面を、殴りつけたのだった。

 水晶で出来た、彼女と瓜二つの顔面を、何一つの躊躇いなく。その拳を振り抜いた。

 当然、無傷とは済まない。水晶の硬度に達する程に丈夫ではないし、理解不能な程の速度で殴りつければ反動がある事も、カタルパはエイル・ピースとの戦いで十全に理解している。

 それでも尚殴ったのは、偏に彼等彼女等への思いがあったからだろう。

 

「さぁ、返して貰うぜ()()()()()()。そいつ等は彼処の奴等と同じくらい、大切な仲間なんだ」

 

 本来の浄化の概念(カタルシス)は応じない。だが清濁姫構(カタルシス)は応じた。

 

「ソウ、カ……ヨカッタ」

 

 そう、短く、応じたのだった。

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